方法論
夜が明けても、小妖怪はそこにいた。突然日常に割り込んできた小さな異物は、少なくとも、もうしばらくはここに居座るつもりらしかった。
「メシにしましょう、ご主人」
どんな状態であれ、繰り返されれば、それが日常となる。昨日は怪異以外の何ものでもなかった存在が、当たり前の顔をして、今朝はぼくの四畳半の部屋に居座っている。
美由紀が作ってくれた服は、小妖怪にたいそう似合った。イコもたいそう気に入った様子で、片手でつまんだスカートをひらひらさせながら、しばらく机の上で踊っていた。東洋的とも西洋ふうともつかない、不思議な踊りだった。
しかし彼女はなぜ、赤い布地を選んだのだろう。夢の中にあらわれたイコが、赤い民族衣装を着ていたことを、牧村美由紀は知らなかったはずだが。いわゆる、イメージカラーというやつか。基本的にエサさえ与えていれば上機嫌な、間の抜けた金魚をおもわせて、この色が最も似つかわしいのは確かだ。
朝食は台所に用意されていた。ぼくが朝寝をしている間に、美由紀が作っておいたのだろう。ゆうべはほとんど眠れなかった。ほかにすることもないので、電気スタンドを枕元に引き寄せて、ずっと本を読んでいた。ほとんど集中できないまま、機械的に活字を追ううちに、明け方近くになってようやく眠りに落ちた。
温めた朝食を、イコと二人で食べた。小妖怪の食欲はだいぶ落ち着いてきており、オトナ一人前で済むようになっていた。それでもイコのサイズを考えれば、あり得ない量なのだが。さらに奇妙なことに、ぼくはまだ一度も、この寄生生物が排泄したり、あるいはそのために席を外すところを見ていなかった。
世の中には、痩せているのに大食いの人がいるものだ。いったい食べたものがどこへ行くのかと、周りはその人をからかうが、イコの場合、それが完全に物理学的な謎となっている。H大学SF愛好会副会長(推定)佐々木ユキではないけれど、一種の擬人化された小ブラックホールとしか思えないほどに。
「なあ、おまえもその気になれば、宿主を操って精気を吸うことができるのか」
暗闇の中、ウェアウルフのように眼を輝かせ、牧村美由紀の背後に忍び寄る自身の姿が浮かんだ。掌を舐めながら、イコは顔を上げた。あれだけがつがつ食らいついていたのに、エプロンはなぜか少しも汚れていないようだ。
「できるのかもしれませんが、わたしはメシのほうが好きですからねえ」
「妹と違って、か」
「はい。一度セイキを吸うと、メシを二十回ぶん頂いたくらい、お腹がふくれるそうですよ。その間は体の外側がぽかぽかして、内側はふわふわして、なんともよい気持ちらしいですねえ」
まるでドラッグである。しかも食事二十回ぶんのエネルギーに相当するのだとすれば、単純に三食で計算すると、約一週間。つまり幸吉が襲われた十二月四日の夜から数えて、遅くとも一週間後には、キイが再度活動を開始する可能性が高くなる。第二の犠牲者が出るかもしれないのは、その頃だ。
そして、キイがだれに寄生しているのかわからない以上、次に襲われるのがぼくである可能性も、決して低くはない。
(ここでわたしは、体を強引に調べられるのですね)
調べなければ、いけないのかもしれない。第二の犠牲者が出る前に。しかし、どうやって?
(ちょうど小豆粒くらいの、赤い、星の形をしたアザが。左の腿の付け根の内側に)
どうやって?
ノックの音に飛び上がりかけた。美由紀ならまず、ノックを省略する。慌ててイコの上に茶碗をかぶせようとしたとき、ユキトが顔を出すのが確認できた。
「話は聞かせてもらいました」
入ってくるなり、すっとぼくの前に正座した。指先でイコをじゃれさせながら、あくまでクールな眼差しをぼくに向けたまま。
「調べる必要があるでしょうね。とくに事情を知っている美由紀ちゃんが、白か黒か。まず最初にはっきりさせておいたほうが、今後も動きやすくなるでしょう」
「イメージ的には白なんだが」
「印象だけで判断できますか?」
「いや……本人は何と?」
「アザはなかったと言っています。ただし、言うまでもないことですが、キイさんは部分的な記憶までも操れるのです。本人の証言はまったくアテになりません。となると……」
「第三者による客観的な観察が必要不可欠、か」




