痕跡
小刻みに部屋が揺れた。同様の微震には慣れてしまっているが、このときばかりは、覚えず飛び上がりかけた。揺れがおさまったところで、ほう、と美由紀が溜め息をもらした。見ればいつもの、くだけた雰囲気に戻っていた。
「ときにヨコマチさん、最近の地震に関する噂をご存知ですか」
「地盤がどうの、開発がこうのというんだろう」
「いえいえ。地底人のしわざではないかという、もっぱらの噂なんですよ」
ぼくの顎が数センチ落下した。よくもまあ、ここまでくだらない都市伝説のネタを仕入れてくるものだ。いつかの幽霊話といい、おそらく商店街の連中が、暇に飽かせて囁いている与太話を、せっせと拾ってくるのだろう。彼女は言う。
「真夜中になると、あらわれるらしいですよ。閉鎖された地下道や、使われていないマンホールから。体じゅう、ぬらぬらと光るゴムで覆われ、ヘルメットをかぶり、ガスマスクのようなもので顔を隠しているといいますよ」
「よしんばそれが事実だとしても、地底人と決めつけるのはイカガなものか」
「ですがヨコマチさん。この冬は少し温かすぎると思いませんか。それもK駅の周辺だけ」
たしかに、インディアン・サマーみたいな日が続いていると感じていたが。
「そうなのかい? ぼくはほとんど外出しないから、何とも言えないけど。全地球的に、温暖化現象が叫ばれている昨今じゃないか」
「一週間くらい前ですか。伊丹青果店の横の通りで、アスファルトが溶けているといって、ちょっとした騒ぎになりましたよ。ほんの一、二メートル四方でしたけどね。つまり、K駅前周辺にインディアン・サマーをもたらしている異常気象の熱源は、地下にあるというわけです。これを地底人の活動と、結びつけずにいられましょうか」
開いた口が塞がらないまま、さらに顎が三センチ落ちた。寄生生物に地底人と、この界隈は百鬼夜行絵巻と化しつつあるのか……とてもついていけそうにないので、ぼくは強引に話題を変えた。
「何らかの、目印があればいいんだよなあ」
「え?」
「地底人の話じゃないよ。キイに寄生されていることを見分けるための、何らかの痕跡さ」
「そっちですか」
「幸吉くんが倒れていた状況からして、すでにキイは五人の女性のうち、一人の体の中で『発芽』していると考えるべきだろう。ならばぼくがイコに寄生されたときみたいに、お腹がラッパを鳴らすとか、コーヒー嫌いになるとか」
ただ、イコの話を思い合わせても、キイがそこまでバレバレの痕跡を示すとは考えられない。間抜けというか無欲な姉と異なり、したたかで貪欲で非情な性格のようである。宿主の記憶を部分的に消せるとなれば、自覚症状にはまったく期待できないだろう。
「なるほど。ここでわたしは、体を強引に調べられるのですね」
「そんなことは一言も言っていない……おや?」
机の上で、イコがむくりと身を起こしていた。寝ぐせをいっぱいこしらえ、むにゃむにゃと目をこすっているさまは、漫画を切り抜いたようだ。
「少しお腹が空きましたねえ」
やはりそれで起きたのか。林檎を二つ与えると、寝ぼけたまま平らげた。そのまま再び寝てしまうかと思えば、懸命に眠気をこらえる子供みたいに、半眼のまま宙を見据えて言う。
「ご主人のお考えどおりですよ。妹はじつに上手く隠れますからねえ。どなたの中に入っているのか、姉のわたしにも見分けがつかないのです」
「聞いていたのか」
「はい。ただ、ひとつだけ見分ける方法がありまして」
それは? と、膝を乗り出したぼくと美由紀に、イコはまたしてもとんでもない事実を告げるのだった。
「アザができるんですねえ。わたしたちにキセイされると、ちょうど小豆粒くらいの、赤い、星の形をしたアザが。左の腿の付け根の内側に」




