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「必ず復讐してやるわ」

 美由紀は人さし指を唇にあてた。

「幸吉さんと伊丹さんは、うまくいってなかったのですか」

「実の親子ですもの。愛情と確執が入り混じっているのは、どこの家庭も同じでしょう。そのうえ二人は同業者であり、師弟であり、隠居と店主でもある。夫は義父を師として尊敬しているけれど、現役の店主として、拡張計画には、どうしても賛同できなかったみたい」

「お金の問題で?」

「気持ちの問題よ。融資が必要ないほど、資金は充分足りていた。でもこの商店街の中で、伊丹青果店だけがどんどん膨れ上がることを、夫は危惧しているの。それでは世界を舞台に大企業がやっていることと、何も変わらない。ひたすら膨張するだけの醜い怪物に成り下がってしまう」

 商店街全体の繁栄を度外視して、エゴにのみ走り続ければ、いつかバランスを崩す。巨大化しすぎた恐龍のように、環境が変わったとたん、すでに身動きできなくなっている自身に気づくだろう。それは古い考え方だ。と、幸吉は主張したという。

 親父は親父の敵と、同じ穴のムジナに成り下がるつもりか、とも。

「敵とは?」

「Opened My Eyes……OMEよ」

 背筋に冷たいものが走ったと、美由紀は述懐する。考えてみれば、静香のこれほど攻撃的な態度は、初めて目にする。伊丹さんや幸吉という、個性の強い男たちの陰で、つつましやかに控えているイメージが強かった。静香は語を継いだ。

「牧村さんは知らなかったでしょうけど、いまや桜吹雪商店街は、一四五三年にオスマントルコ軍によって包囲されたコンスタンティノープルのようなものなの」

「はい?」

「要するに、風前のともし火ね。駅前の再開発プロジェクトが水面下で着々と進んでいてね。似たような商店街が次々と買収されるなか、ここだけが強固な抵抗を続けている。そして、再開発プロジェクトを事実上指揮しているのが、OME社長、荻原新一郎だわ」

 荻原の前身は不動産屋である。昔とった何とやらで、地上げはお手のもの。あの手この手で攻めてきたが、伊丹さんも商店街のビスマルクと呼ばれたツワモノ。簡単には陥落しないどころか、随所でゲリラ戦を展開。一旦買収が決まった横丁を離反させるなど、荻原にとっては手痛い反撃に出るほど善戦していた。

 幸吉の思いは複雑だったようだ。

 伊丹さんの政治的手腕は認めざるを得ないし、それが商店街を救っているのも事実。ばか正直な自分には、とてもまねの出来ない芸当だ。と、そう思う反面、政治的な闘争を楽しんでいるようにさえ見える、阿修羅のごとき父親の姿を危ぶんでいた。

 OMEの脅迫は、伊丹家の家族にまで及んでいた。

「脅迫、ですか」

「わたしが嫁いでまだ半月だけど、その間にも、おかしなことがたくさんあった。無言電話。変な手紙。正体不明の小包。一度開けてみると、腐ったカボチャが入っていて、その上に赤いペンキで、『NO PAIN』と書かれていた。痛みと伊丹をかけた皮肉ね。その程度なら、まだお遊びのうちだけど」

 店の風評被害を煽るためのデマ。個人への中傷。そして、ストーカー。

「跡をつけられる、覗かれるは当たり前。拉致されそうになったことも、一度や二度じゃないわ。だから……」

「幸吉さんが倒れていたのは、OMEのしわざだと思われるのですね」

 静香は驚いたような目を向けて、それから微笑んだ。薄闇の中で、唇の赤さが際だっていた。美由紀の体に再び戦慄が走り、そのまま動けなくなった。だから音もなく歩み寄った静香が、耳もとに吐息がかかるほど、唇を近づせたときも、硬直したように目を見開いたまま。

 首筋を噛まれるのではないかと、なぜかそのとき考えた。

「そうよ。夫は覚えていないと言い張っているけど、わたしはそうは思わない。わたしや義父に心配をかけたくないばっかりに、見え透いた嘘をつくのだわ。おそらくスタンガンか何かで、気絶するまで脅かされたに違いない。もちろん、OMEの連中にね」

「もし、そうなら……」

 きゅっと唇を噛む音が聞こえた気がした。耳朶を噛まれたように、美由紀は息を呑んだ。

「必ず復讐してやるわ」

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