人でなしの恋?
とりあえず、「聞き込み」の報告をしていおいた。昨夜の佐々木ユキの行状。そして篠田医師が証言した、謎の歯型について。成果としては貧弱なものだが、美由紀は目を輝かせた。
「吸血鬼ですか! じつに興味深いですねえ」
と、どことなく腹の虫の口調がうつっていた。ぼくは尋ねた。
「きみは、リトルシスターの映像を見てきたかい?」
「それは暗黒邪神の一種ですか」
「いやいや。駅ビルの巨大画面が映す立体映像の女だよ」
彼女は首を振った。画面自体は目にしたが、わけのわからない二次元の映像が、ちらちらと映っていただけで、壊れているのかと思ったと言う。ぼくは佐々木ユキの受け売りで、ひととおり説明しておいた。美由紀が興味を示したのは、やはりこの点だった。
「見る人によって、顔が変わる?」
「ユキさんによれば、その人のアニマを投影させるらしい」
「アニマとは?」
「究極の女性像、とでも言うべきか。ちなみにぼくには、ユキトとそっくりに見えたよ。一緒にいたユキさんには、そうは見えなかったようだが。ぼくも当初は、ただ、だれかに似ていると思っただけなんだけど。喫茶店に戻ってユキトと顔を合わせたとたん、愕然とした」
「ほお」
「なんだその微妙な目つきは」
「ヨコマチさん、そちら方面の心得は?」
「ないよ。三島由紀夫は読むけれど、右翼でも同性愛者でもない。しかし三島はすごいね。今でいうところのBLだとかメイドだとかを先取りして……ああ、そうだった」
「やはり、そちら方面の?」
「違うって。ヤミナベのとき、罰ゲームと称して、きみがむりやりユキトにメイド服を着せただろう。正直、そのケがないぼくでも、ちょっとぞくっとしたよ。あのときのインパクトが、尾を引いていたんじゃないかな」
そうですかと言いながら、美由紀は下唇に軽く人さし指をあてた。ぼくは残りの茶を飲みほし、そそくさと話題を変えた。
「ユキトといえば、ここ一週間ほど、ちょっと様子がおかしくないか。いつもどおりクールなんだけど、ものすごく無理をしているような。皿を割るところを五回見たし、一度なんかバナナの皮で滑って転んだし。リトルシスターを見て目を回したことも、ふだんのユキトからは考えられない話だよ」
「わたしも気づいていました。最近のマスター、夜中によくうなされているみたいです」
美由紀の部屋はユキトの隣に位置する。建物も木造だし、多少は声が通るだろう。けれど、隣に聞こえるほど大声でうなされているユキトなど、ちょっと想像できない。それもまたここ一週間のできごとだという。さらに話は怪談めいてきますけど、と前置きして彼女は続けた。
「これも真夜中なんですが、ときどき、話し声が聞こえるんです。しかも、相手の声はまったく聞こえないのに、マスター一人だけ、何やらぼそぼそと」
「電話してるんじゃないの?」
「電話なら、なんとなくわかるじゃないですか。内容はまったく聞き取れなくても、会話の調子で。ところが深夜のマスターの場合、明らかに目の前にいる何者かに、話しかけているみたいなんです。それに、メイド服を賭けてもいいんですが、相手は絶対に女の人ですよ」
「女の……」
「いかにも親しげなんですよ。マスターは言うまでもなく美青年ですし、これはまるで……」
ぼくと美由紀は顔を見合わせ、同時に人さし指を立てて声を揃えた。
「人でなしの恋!」




