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おれはひとりのパラサイト

 部屋に戻って、林檎をかじりながら、少しばかり仕事をした。

 食い物さえ与えていれば、腹の虫はわりと機嫌がいい。サナダムシではないけれど、人畜無害な寄生虫なのかもしれない。腹に寄生虫がいない状態のほうが、人間という生物としては異常なことだと、篠田医師は言っていた。日本人は神経質すぎるのだという。

 お腹だけではない。かれらは社会からも寄生虫……パラサイトを追い出そうと血眼になっている。クリーンだけれど高コストなステージ。そこから一旦転げ落ちたときに、どこにも行き場がなく、逃げ場がない。半年前のぼくが、まさにそれだった。幸運にも二階堂ユキトという、ハタチ前の青年に拾われたけれど。

 ぼく自身が、まさにパラサイトなのだ。

 ぎゅう、と腹の虫が鳴いた。

 ちょうど犬や猫が甘えるような音だったので、思わずくすくす笑ってしまう。べつにこのままでもよいのではないか。それとも人面瘡のように、いずれは宿主を滅ぼしてしまうのか。

 鬼になるために?

 机の上に放り出したままの、紙袋に目が行った。篠田医師が分けてくれた漢方薬。人面瘡を滅ぼしたという、バイモとは、ユリ科の植物の鱗茎を陰干ししたもので、咽の痛みなどに効くらしい。もちろん、謎の腹の虫に効果があるという保障はないが、とくに強い薬ではなし。気軽に試してみたところで、毒にはなるまい。

 そうは思うのだが、なぜかためらわれた。かつて宮沢賢治は、「おれはひとりの修羅なのだ」と唄ったが、ぼくもひとりのパラサイトとして、腹の虫に同情し始めているのだろうか。

 考えあぐねて、そのまま寝ころんだ。天井の木目の下に、リトルシスターの面影が浮かんで消えた。やはりあの映像には、一種のサブリミナル効果が仕掛けられているのではあるまいか。OMEなら、それくらい平気でやらかすだろう。ひょっとすると、幻覚にとりつかれて精神科へ駆け込む者が、続出するかもしれない。

 あれもまた、サブリミナル効果によって引き起こされた幻覚、だったのだろうか。

 映像を眺めている最中に気づかなかったのは、ユキトが男だと言う先入観があったからだろう。もちろん正真正銘の男性なのだが、リトルシスターの顔だちは、ユキトと瓜二つ。少なくともぼくには、完全に重なって見えた。佐々木ユキは、リトルシスターの顔が見る者によって変化すると言っていたが……

 たしかに、整った顔というのは、言い換えれば没個性的である。これといった特徴がないから、整っているのである。

 ものすごく乱暴な分けかたをすれば、美しさにはミケランジェロ的な美とラファエロ的な美の二種類があって、ラファエロ的な美を煮つめてゆけば、女であれ男であれ、二階堂ユキトのような顔に行き着くのではないか。ゆえにCGであれ実在のモデルであれ、ロマンチックな方面に美を追求すれば、必然的に、リトルシスターはユキトに似てくるだろう。

 と、ここまで考えたところで、いつのまにか眠っていた。なにやら夢を見たようだが、忘れてしまった。ノックの音で目が覚めた。

 身を起こすと、牧村美由紀が入って来るところ。古風な買い物籠に満載の食料を、重そうに抱えていた。わざとかすれた声音で、彼女は言う。

「買い物も料理も、修業の一環っス。相撲は格闘技っス」

 ぼくはピンときた。

「今夜はちゃんこ鍋だね」

「ごっつぁんっス」


 五十分後、ぼくたちは食後のウーロン茶をホットで飲んでいた。これなら腹の虫もいやがらないらしい。

 四、五人前のちゃんこ鍋が、シメのうどん玉も含めて奇麗さっぱりなくなっていた。それでも昨日よりずっとペースは落ち着いており、美由紀が相伴にあずかる余地があったくらいだから、量も減ってきているようだ。もっともその前に、林檎を二十個くらい平らげてはいたが。

「腹の虫が満足しているのが、はっきりとわかるよ。仔犬みたいに、ころころと喜んでやがる」

「聞いてみましょうか。ヨコマチさん、ちょっと失礼」

 彼女は這って、ぼくと机の間に割りこんだ。不意うちだったので、逃れる暇も押し戻す余裕もないまま、またしてもアヤシゲな構図ができあがった。林檎に似た、リンスの匂いがした。

「聞こえます聞こえます。なんだか半分寝ぼけているみたいに、こんなふうにつぶやいています」

 コノメシハ、ジツニ、ウマイメシデシタ、ネエ、ゴシュジン。

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