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Opened My Eyes

 たしかに「リトルシスター」の髪型も衣装も、そして顔立ちも人工的である。電気羊の夢を見るかどうかは知らないが、アンドロイドをおもわせる。

 けれども、そうであるがゆえに、ぼくには人工的な化粧の下の「生身」が強く意識された。わざとハレーションを起こさせたような、オーバー気味の露光も、生身のディテールを覆い隠すためのトリックではあるまいか。

「しかし、だれかに似ているんだよなあ……」

「リトルシスターが、ですか」

「けっこう強烈な既視感を覚えたんだが。そんなところも、映像の魔力にアテられたんだろうか」

「見る人によって顔が変わるという都市伝説なら、早くも生まれつつあるようです」

「都市伝説、か。そういえば美由紀ちゃんも、工事中に女の幽霊が出て、作業員の足を引っ張るとか言っていたな。なにかとみょうな噂が絶えない」

「幽霊はともかく、プロフィールを持たないモデルを使ったのは、意味があるように思えます。何者でもないから、何者にでもなれる。集合的無意識にアクセスして、見る者のアニマを投影させるんですね」

 と、ずいぶん詳しいし、よく考察されている。おそらく昨夜の某SF研究会の会合で、話題にのぼったのだろう。ぼくたちは歩きながら会話を続けた。

「Opened My Eyes……OMEがあんなものを取りつけたのは、今度が初めてだろう。本社は六本木にあると聞いたけど」

「あまり知られていないんですけど、駅ビルの最上階のほとんどを占めているのが、OMEのオフィスなんです」

「辺鄙な駅なのに」

「あの会社の前身は不動産屋ですよね。じつは、それがK駅前にあって。いわばここは、OME発祥の地にあたるんですね」

「ああ、それで。趣味のよくない広告があらわれたのか」

「荻原社長は駅前の再開発プロジェクトの理事に名を連ねています。手始めに駅ビルをやっつけたあとは、さらに範囲を広げようと画策しているようです」

 荻原新一郎はOMEの創業者でもある。一介の不動産屋から身を起こした、典型的な「成功者」だ。

 メディアへの露出も多く、常識を手玉にとるような、逆説的な発言で何かとマスコミを騒がせている。かれはまた女性関係の乱脈さで名を馳せており、そちら方面でも週刊誌に、尽きないネタを提供し続けている。

 五十をいくつも過ぎていないだろう。商売のえげつなさとは裏腹に、風貌は貴族的で、なかなかの美男。左足がよくないらしく、常に杖を携帯しているが、それがまたサマになっている。大手企業から宗教団体、女性擁護団体にいたるまで、無数の敵があり、無数の訴訟をかかえながら、なおもその勢いは留まるところを知らない。

 佐々木ユキは言う。

「もしかすると荻原社長は、ここにOME帝国を築こうとしているのかもしれません」

「それはどういう?」

「OMEの、OMEによる、OMEのための都市です。今さら都心の一等地を買収するのは困難ですけれど。発祥の地でもあるK駅前にそれを築くのは、決して不可能ではありませんもの」

 いかにもSF好きらしい空想だ。と、笑い飛ばすことはできなかった。かれの言動を思い合わせるにつけても、荻原ならやりかねないと考えてしまう。コンビニで立ち読みしたもと文芸誌の対談で、荻原はこんなことを言っていた。

(わたしはヒットラーが嫌いではない。ヒトラーではなく、ちゃんとヒットラーと書いてくれたまえ。かれは三流の画家であり、一流の狂人だった。じつにチャーミングな男であり、わたしにとって、偉大な兄弟といったところさ)

 偉大な兄弟……その一言は有無を言わさず、ジョージ・オーウェルの恐るべき近未来小説『1984年』に登場する象徴的支配者、「ビッグ・ブラザー」を連想させた。

 戦慄の中で、ぼくはつぶやいた。

「だから、リトルシスターなのか……」

 乙女の唇が、赤い月の形に歪むさまが、まざまざと脳裏によみがえった。

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