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リトルシスター

 黒猫亭の店先を覗くと、数人の女子高生がたむろしていた。占いのブースは出ておらず、星姫の姿も見えないが、魔法使いの弟子たちは、この猫の額ほどの店先で、いつも勝手に会合を開いているようだ。

 彼女たちはひそひそと話しあい、時おり、悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げた。陽だまりの中でうごめく、搗きたての餅のような太腿がやけに扇情的で、ぼくは目をそらした。

「あんな短いスカートはいて、寒くないのかなあ」

「若いですから」

「きみとそんなに変わらないじゃないか」

「変わりますよお。今ではとても、あんな恰好はできませんもの」

 彼女もまた数年前は「あんな恰好」をしていたのだろうか。どうしても膝丈のスカートをはいて、お下げにしている印象しか浮かばないが。

 黒猫亭の両隣、電気店とカメラ屋はシャッターを下ろしたまま。ここへ来たばかりの頃は、まだ細々と頑張っていたが、いよいよ危ないのかもしれない。対照的に、カメラ屋の隣の「薬のハルモトヤスシ」と、その向かいの伊丹青果店の店先は、相変わらず人だかりを競いあっていた。

 当然、いつもの幸吉の姿はなく、静香もいない様子。代わりにアルバイトとおぼしい若者が一人、いまひとつ手馴れない調子で右往左往していた。同じ年頃でも、やはり修行を積んだ若旦那とでは、貫禄がちがう。たとえば幸吉は計算機もソロバンも用いず、たちどころに会計を暗算する。わざと安く間違えて。

「見てください。ちょうどアレが始まるみたいですよ」

 商店街を通り抜けたところで、彼女は立ち止まり、ピンクの手袋をはめた手を胸の上に重ねた。やはり足を止め、同じ方角を見上げている人が、そこいらじゅうにいた。視線を追うと、駅ビルの壁の巨大な画面にたどり着いた。足場はすべて撤去され、画面には抽象的な映像が映し出されていた。

 宇宙的マクロとも顕微鏡の中のミクロともつかない。無機質でありながら有機的でもある。モノトーンから極彩色に変わる。なるほど見ているだけで酔いそうで、ユキトが目を回したのもうなずける。なにやら潜在意識を掻き乱されるような映像である。

 やがて混沌の海は秩序の波を生じ、なんとも見分けがつかなかった物質が、無数の蝶となって羽化した。それまで2Dだった画面から蝶たちは飛び出し、駅ビルの前の空間をくるくると飛び回ると、うら若い乙女のシルエットを結んだ。

 いかにも近未来的な、光沢のある青いミニのワンピース。幅の広いカチューシャをつけた、さらさらのボブヘア。あまりにも人工的に整った顔立ち。濃い青のアイシャドウと、真紅の口紅。色とびを起こしているかと疑ったほどの、白い肌……巨大な乙女は十二月の空の下からぼくを見つめて、嫣然と微笑んだ。

「……ブレード・ランナー」

 佐々木ユキがそうつぶやかなかったら、ぼくもまた目を回していたかもしれない。まもなく、乙女の映像はどんどん解像度を落とし、再び極彩色の蝶に解体されると、画面の中に飛び戻った。最後に蝶たちはいくつかの英単語を綴ると、闇に飲まれるようにして消えた。いつのまにか、画面には何も映っていなかった。

 Opened My Eyes。

 画面が消えたあとも、虹色に綴られたそれらの文字が、みょうに網膜に焼きついていた。ぼくは眉をひそめた。

「いやな映像だね」

「そうですか」

「落ち着かない気持ちにさせられる。お腹の中が、ぐるぐる回っているようだよ」

 思わず腹を押さえた。あのときほど強烈ではないが、最初の異変と似た感覚がある。まるで腹の中の何かが、さっきの映像と一種の共鳴を起こしているかのように。

 それにしても、あの映像の乙女は何者だろう。十年来テレビのない生活を続けてきたぼくは、現在のタレントに限りなく疎い。佐々木ユキに尋ねたところ、

「リトルシスターと呼ばれています」

「それがモデルの名前?」

「あくまで通称なのですけど。あの映像が流れるようになって、まだ二日でしょう。でも、ご覧のとおりすごいインパクトですから、ニュースになったりして。すでに遠くから見物に来る人もいるみたいです。モデルのプロフィールはいっさい不明。もちろん本当の名前もわかりません。おそらくCGだろうという、もっぱらの噂ですが」

「彼女が……CG?」

 とてもそうは思えなかった。

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