蝋のように蒼ざめて
リアリティのカケラもない、カビの生えた怪談話だ。にもかかわらず、みょうにゾッとする何かを感じた。佐々木さんは顎を指でささえたまま、じっと目を閉じていた。このポーズ、いつもの和装と相まって、やたらサマになっているのが、ぼくの恐怖に拍車をかけた。震える声で尋ねた。
「つまり佐々木さんはこう言いたいのですね。ぼくのお腹に、人面瘡ができつつあると」
「いえいえ、ただちょっと似ていると感じましたもので。先生の場合、声の主は腹の中におるようですし……」
そこで一旦言葉を切り、佐々木さんは目をカッと見開いた。
「忘れておりました! 同じ『伽婢子』の中に、デンシチュウとかいう、人の腹に寄生する妖怪の話が出ていたかと記憶します」
デンシチュウは「伝尸虫」と書いたはずだ。その名はうむを言わさず、星姫がもち出した「三尸」を思い起こさせた。
「腹に寄生する妖怪、ですか……なんだかとても気になってまいりました。六角堂にその本はありますか」
「あいにく切らしておりまして。入荷次第お知らせしますが、図書館に行かれたほうが早いかもしれませんぞ」
そのとき、からん、と音がして、店のドアが開いた。
入ってきたのは、ボスこと伊丹さんと、良庵先生こと篠田医師。王子ことユキトが最後にドアを閉め、ぼくと佐々木さんに会釈したが、どこか心ここにあらずといった印象。
「おやおや作家先生、具合はいかがですか」
美由紀に外套を手わたしながら、篠田医師が尋ねた。実質、タダで診てもらった礼を言い、だいぶいいようですとお茶を濁した。まさか、お腹から女の子の声が聞こえます、とは答えられない。伊丹さんはコートも脱がず、医師と佐々木さんの間にうずくまり、むずかしい顔で頬杖をついた。ユキトがカウンターの裏に回った。
「美由紀ちゃん、お二方にコーヒーを」
「はい。あの、マスター、どうかなさったんですか」
彼女もまた、王子が蒼い顔をしていることに気づいたようだ。目はどこかうつろで、人形的な顔だちを、ますます蝋人形らしくみせていた。篠田医師が代わりに答える。
「少々、映像に酔われたようです」
「映像に?」
「駅ビルの壁のやつですよ。電光掲示板だかディスプレイだか知らないが、あれが昨日から、試験的に立体映像を映しておりましてね。OMEの手前味噌な広告らしいが、どうもね。お世辞にも趣味のよくない映像でして。二階堂くんは、先ほど初めて目にされたようだが、見つめているうちに、すっかり目を回されたのですよ」
「以前、奇怪なニュースが流れたことがありますね。テレビで人気アニメを見ていた子供たちが次々と目を回すという。あの類いでしょうか」
ぼくが口をはさむと、医師は眉根を寄せてうなずいた。
「あれはまだしも二次元でしたが、駅ビルのやつはばかでかいうえに、3Dですからね。二階堂くんのみならず、ちょっと繊細な神経の持ち主なら、多かれ少なかれ目を回すでしょう。駅前で事故が続出する前に、反対運動を起こすべきでしょうな」
「うーむ」
と、うなったのは伊丹さんだ。商店街の闘士として、反対運動という言葉に反応したのかと思いきや。
「まったくもって奇怪至極。不可解としか言いようがない……いえね。セガレのことなのですが」
伊丹幸吉が運びこまれた総合病院から、三人ともフォルスタッフへ直行したらしい。伊丹さんと篠田医師との間に話し合いたいことがあり、たまたまユキトが来ていたので、それではコーヒーを飲みながら、という流れになったとか。佐々木さんが尋ねた。
「幸吉くんの容態がおもわしくないのですか」
「いや、どちらかというと、ぴんぴんしております。セガレ本人も、すぐ店に戻って仕事をしたいと主張しておりましたが、検査やら何やらで、最低一日は引き止められるようです」
「ではいったい、何が奇怪至極なのでしょう」
美由紀がコーヒーカップを二人の前に置いて、そう言った。
心配顔とは裏腹に、メイ探偵の瞳はアヤシク輝いていた。




