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人面瘡

「女の子の悲鳴が聞こえましたよ!」

「女の子の悲鳴が聞こえましたな!」

 美由紀と佐々木さんが同時に叫んだ。

「ヨコマチさん、腹話術の心得でも?」

「ないよ」

 そんな芸があれば、今ごろ路頭に迷っていない。美由紀は下唇に指を当て、それからぼくに席を立つよう指示した。言われたとおりにすると、目の前でひざまずき、ぼくの腰を抱くようなかっこうで、ゆっくりと顔を近づけた。

「ちょっと待て……何を?」

「しっ……じっとしていてください」

 ぼくのお腹に耳をあてた。もし不意に客が入ってきたらぎょっとしそうな、限りなくアヤシイ構図のまま。

「ははあん」

「変な声を出すな」

「いえいえ、たしかに声が聞こえますよ。何やらぶつぶつ言っているようです。コノ、クロイ、ミズ、ハ。ジツ、ニ、マズイモノ、デス、ヨ……ゴシュ、ジン」

 あいつだ。

 美由紀が口真似で伝えた「腹の中の声」の独特な口調には、たしかに覚えがあった。二度も夢にあらわれた、スイカ畑の番小屋の少女だ。が、しかし、これはいったい、どういうことだろう。ぼく一人にしか聞こえないのなら、幻聴で済ませられるが、美由紀や佐々木さんにまで聞こえたとなると、タダゴトではない。

「うーむ。これは面妖なり」

 親指と人差し指で顎をささえて、佐々木さんがつぶやいた。

「ヨコマチ先生は、むろん『伽婢子』をお読みですよね」

「ええ、まあ。学生時代に読んだきりですが」

 伽婢子と書いてオトギボウコと読む。江戸時代の前期に、浅井了意が著わした怪談集である。おもに中国の怪談の舞台を日本に置き換えてアレンジした短篇から成り、有名な『牡丹灯籠』もこれに含まれる。上田秋成の名作、『雨月物語』の先駆けとなった作品といえる。

 佐々木さんは言う。

「あの中に、『人面瘡』という話があったのを、覚えておいででしょうか」

「ジンメンソウ! それ、知ってます。『ブラック・ジャック』に出てきましたよね」

 美由紀が横から口を出したとおり、手塚治虫先生の漫画の中でも、『伽婢子』のエピソードが紹介されていたかと記憶する。読者もご存知だと思うが、だいたいこんな話である。


 むかし、ある農夫がひどい病気になった。

 半年ばかり寝ていると、左の腿の上に変なできものがあらわれた。それには、目、鼻、口があり、まったく人の顔のようであった。

 熱は下がったけれど、今度はできものが痛んでしょうがない。ためしに、食べ物を近づけてみると、そいつは口を動かして、もぐもぐ食べた。酒を飲ませれば赤くなった。食わせれば痛みは消えるが、食わせずにいると、たまらなく痛む。医者は皆サジを投げ、男はしだいに弱っていった。

 あるとき、旅の坊さんが村にやってきた。できものを見せたところ、治らないことはないと言う。男は喜んで田畑を売り払い、坊さんはその金で、いろいろな薬を買ってきた。それらを一種類ずつ、できものに食わせるうちに、ある薬草を近づけると、顔をしかめて、どうしても食べようとしないことが判明した。

 そこで薬草を粉末にし、葦のストローでむりやり口に吹き込んだところ、十七日の間に枯れてカサブタを作り、そのうちすっかりよくなった。

 これが世にいう「人面瘡」である。

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