天才少女のスイカ
事件の真相は、次のユキトの一言に尽きるだろう。
「いやあ、すみませんでした。ぼくがお招きしたのに、うっかり忘れていました」
「わたしのほうこそ。これを探しているうちに、遅くなっちゃって」
生首、いやスイカをさすりながら、胡桃沢夏美は、真っ赤になってうつむいた。
たしかにこの季節、まるごとスイカを売っている店も少なかろう。電車を三回乗り換えて、やっと見つけたのだとか。そうしてようやくフォルスタッフに駆けつけたとき、店内は真っ暗だった。彼女がドアを開け、入り口でつまずく音に誰も気づかなかったのは、言うまでもなく、ちょうど胡さんが大くしゃみをしたからだ。
伊丹静香の隣、ぼくの向かい側に、彼女の席が用意された。とりあえず、ぼくはユキトを厨房まで引っぱって行った。
「きさま、彼女に何をした」
「何を、とおっしゃいますと?」
「へたなタレントより、よほど有名人だぞ。そもそもこんなあやしげな店の、アヤシゲなヤミナベなんかに……」
「なんかに?」
なんで来たんだろう?
ユキトは頭を掻いた。
「いやあ、さすがにぼくも本当に来るとは思わなかったんですよ。ええ、もちろん胡桃沢さんのことは存じておりました。有名人ですからね。話のついでに、あなたもおいでになりませんか、と。ジョークのつもりだったんですけどねえ」
美形の男性タレントとトーク番組で共演するほどの彼女だ。いまさらユキトの美貌に惹かれたとも思えない。もしかして、ヤミナベにスイカを丸ごとぶちこむというネタに賭けたのか? ……わからない。天才の考えることは、凡人のぼくにはさっぱりわからない。
スイカはデザート用にと、あっさり厨房へ引っ込められた。夏美は名残惜しそうだったが、ネタが割れた後では、もはや意味をなさない。
鍋が煮えるのを待つあいだ、飲みものと前菜が配られた。すでにできあがっている伊丹さんと佐々木さんに倣って、ぼくもアルコールを所望した。ちなみに胡さんは、意外にもまったく飲めない。乾杯がすみ、氷の中で揺れる琥珀色の液体をうっとりと眺めながら、人生において希少な至福のひとときを味わう。
「それでは皆さん、胡桃沢さんとは初対面ですので、軽く自己紹介といきましょうか」
そして至福のひとときは、いつも一瞬で過ぎ去る。
いったい、超売れっ子の胡桃沢夏美に向かって、何と自己紹介しろというのか。パーティーグッズのちょん髷でもかぶり、
「チョー売れてない作家のヨコマチでちょんまげ。拙者、居候でソウロウ」
なんちゃって、だめだだめだ。これで場がしらけたら、致命的に救いがない。頭をかかえているぼくの隣で、美由紀が席を立った。
「胡桃沢さん、はじめまして。そしてようこそフォルスタッフへ。わたしは牧村美由紀。ミステリアスなメイドです」
それだけかよ! と突っ込む暇も与えられず、ぼくの番となった。
「ヨコマチといいます。えー、胡桃沢さんの本は最近、読ませていただきました。正直とても感動しました。次回作も楽しみにしています」
ふう。
我ながらうまく切り抜けたぞ。考えてみれば、ぼくの素性はH社の水原恭子から聞いているだろうから、説明するまでもないのだ。胡さんの、イー、アル、サン、スー、ウランちゃん。という意味不明なジョークのあと、夏美が席を立つ。
「はじめまして。突然おじゃましてます、胡桃沢です。ところで、胡桃沢夏美とクリスマスツリーって似てますよね」
「似てません」
「そこで問題です。わたしの好きな果物は何でしょう?」
「スイカ」
「ざんねーん。スイカは野菜でした」
天才の考えていることは、なんだかさっぱりわからない。




