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プロローグ

三人称単一視点を意識して書きました。

(ここが……古文書に書いてあった大神殿かぁ)

 幾つもの連なった馬鹿でかい石柱の陰。そこから顔を出したエレナは、足元一面に白い大理石が続いている神殿を見渡した。巨大な白い柱は上部の方で隣り合った柱と弓形(きゅうけい)のように繋がり、天井は神殿全体を覆う半円状である。それに加え、声が反響する開放感は広大な草原にいるかのようだった。

 格子窓(こうしまど)や明かり取りの窓すら無いのに冷気が立ち込めていて寒く、辺りは薄明るい。大神殿の名に恥じぬ壮大な建造物だ。

 不意にそうやって全体を見回していたエレナの視界へ割って入り、

「――もう一度言う。貴様らは一介の研修生に過ぎん。それをよく肝に銘じておけ」

 六人の研修生を前にして、重く威厳ある口調でリラマンは言った。そのまま眉を寄せて()め回すと、黒のマントを大きく(ひるがえ)らせて(きびす)を返した。見下した言い方だったかどうかは無きにしも(あら)ずだ。

 闇の魔術を教鞭(きょうべん)するリラマン・クロムウェル。闇の魔術だけあって彼の着用するローブや外套(がいとう)は全てが黒色だった。靴や手袋、ひしゃげた髪や瞳までもが漆黒色で、歳は三○代後半と言ったところである。

 エレナはリラマンが向かった先を目で追った。その方向には湾曲した段差があり、階段のように上方へ迫り上がっている。最上部には四つの小さな柱があり、囲まれた中央には円形の台座が鎮座している。それ以上先は、この先程から感じている禍々(まがまが)しい魔力の圧迫感によるものなのか直視することが出来ない。思わず目が(くら)んでしまいそうになる。

 しかしそれでも、台座の上の方で宙に浮いた人影があることは何となくだが分かる。人影から全方向に伸びた黒い鎖が軋んで音を上げた。鎖は空中で滞空する十二個の巨大な石へと続いているが、むしろ石の方から鎖が伸びているようにも見える。

 と、今にも圧力に押し潰されそうになっているエレナの横から神妙な軽口が飛んできた。

「あれがこの世の悪の塊だなんて信じられないよね。君はどうみる?」

「……アーサー先生?」

 不確かながら聞き返す。確かこの男は南方魔術学院から遠征に来た講師だったはずだ。

「ああそうだよ。君は記憶力が良いね。さっき自己紹介したばかりなのにあのリラマンという男、僕の名前をもう忘れていたよ」

 アーサーは皮肉げに肩を(すく)めて苦笑する。その様子を見たエレナは少しだけ緊張が(ほぐ)れた。

「私、正直リラマン先生はあまり好きじゃありません……」

「お、奇遇だねぇ、僕もだよ」

「先生はほとんど初対面なのに失礼ですよ」

 そう注意してやると、

「いやそうだった! はっはっは!」

 アーサーの高らかな笑い声が神殿内に響き渡った。どうしても場違い感が(いな)めない。その時、彼の声が物凄い怒号でぴしゃりと遮られた。

「諸君!! 今一度気を引き締めて望むのじゃ!!」

 真っ白な髭と、真っ白なローブが印象的の好々爺然(こうこうやぜん)とした学院長アポクリファ・オールブライトだった。数段ある段差を上った先――台座の中央、その頭上辺りに向かって両手を翳している。

「すみません学院長」

「アーサー先生、しっかりの」

 学院長は言ってから手に力を込めたらしく、手先から黒くもやもやしたものが溢れ出ていた。ここからでは見通しが悪い。

 エレナは改めて羽織っていた黒の外套を自分で抱きしめるようにしてきゅっと握り締めた。始まろうとしている。封印魔術(シーリング)が。

「……アーサー先生、さっきの事ですが私には分かりません。ただ先代の魔術士達が封印してきただけのもので、それを受け継いで魔方陣を敷き直すことが当然のことだと思っていました」

 と、さっきの質問に対する返答を呟いてみる。

 傍らで立ったままのアーサーはこちらの顔をじっと見詰め、顎に手を遣る仕草をして数瞬置いた(のち)、口を開いた。

「若者はそういう見解か。僕には……"あれ"はただの女の子にしか見えないなぁ」

 やはりあの影は人間らしく、しかも少女だとアーサーは言う。

 エレナは半ば瞳孔(どうこう)を大きく見開き、再び邪念の先に視線を送る。(みどり)双眸(そうぼう)が段差の上を捉えた。

 封印魔術(シーリング)。その少女を封印するために魔方陣を敷き、強大な魔力と術式で抑え込む大規模魔術だ。恐らくこの魔術を施行(しこう)出来るのは学院長くらいだろう。それ程この少女の存在が危険だと言っているようなものだった。

「始まるみたいだね。ま、僕は護衛が仕事だからここに残っているけどさ」

 アーサーの外巻きに跳ねた茶色の髪がはためいた。これはウェーブしていると言うのだろうか。腰には一メートル半はありそうな細身の長剣が突き出ている。少しお洒落気(しゃれげ)甲冑(かっちゅう)もどきローブから察するに、彼は魔術騎士と呼ばれる風貌(ふうぼう)をしていた。

 その時、 

「!? 何だ……?」

 アーサーは何かを感じ取った。

 エレナも背筋を()(つくば)る悪寒に気圧される。思わず身の毛が弥立(よだ)ち、小刻みに震える手や足のせいで吐き気を(もよお)す程だった。苦渋(くじゅう)の顔で視線を置いていた段差のさらに上を見上げる。

「学院長! 魔力サイクルが逆流している!」

 重々しいリラマンの怒声が聞こえてきた。

 続けていつになく焦燥感(しょうそうかん)を持った学院長のしゃがれ声が響く。

「いかん! この術式は駄目じゃ!」

(な、に……?)

 エレナには全く状況が理解出来ていなかった。それもそうだろう。封印魔術(シーリング)の研修と題した遠征訓練は学年で優秀な六人が選抜されたが、事前に詳しい説明は一切なかった。ましてや非常事態(イレギュラー)に対する時の行動は尚の事聞かされていない。ほとんど書物で読んだ知識しか無かった。

「何が起きているんだ? 嫌な予感がする」

 アーサーが呟いた次の瞬間、頂上で浮いた少女から咆哮(ほうこう)が上がった。けたたましい音だった。神殿内部に激震が走る。

 (たてまつ)られたような四角い祭殿(さいでん)の中で浮かんでいる少女から、衝撃波のような風が四方八方へ飛んで石柱にぶち当たり、亀裂を入れる。それはエレナの方にも飛んできた。

「避けるぞ」

 言うが早いか、アーサーは後ろで呆然と立っていたエレナ達(研修生)を(かば)う様に背を向けて両手を広げると、

瞬間移動魔術(ムーブ)!」

 エレナの視界が一瞬だけ(にご)った。気付くとこの神殿の入り口――螺旋階段(らせんかいだん)の前に立っているではないか。驚いた彼女は声を荒らげる。 

「先生、魔術騎士なのに瞬間移動魔術(ムーブ)が使えるんですか?」

「見くびらないで欲しいな。こう見えて魔術博士号も持っているんだよ?」

 それより、とアーサーは目付きを鋭くして神殿最奥を凝視した。さっきよりも轟音(ごうおん)が激しくなっている。体に電気が走った。何か人間ではない大叫喚(だいきょうかん)が建物全体を歯軋(はぎし)りさせる。猛烈に吹き荒れる風がエレナの視界を奪う。

 しかし轟音だけは全く別のものだったらしい。よくよく思い直してみれば建物が崩れた音だった気がする。 

「――誰じゃ!?」

 遠くで学院長の声が木霊する。

 天井から瓦礫(がれき)が落下してきて少女を繋げていた鎖に激突した。ピン、という鎖の()ぜる音と共に空中で滞空していた巨大な石があらぬ方向へとぶっ飛んでいった。そのまま神殿の壁をぶち抜いて外へと消えてしまう。

 穴の開いた天井――瓦礫の煙から現れたのは二人の男女だった。飛び降りてくる。

「……久しぶりだな、クリフ学院長」

 男はニヤニヤと嫌味ったらしく言いながら白銀のマントをはためかせて着地した。全身白銀で統一されたローブを羽織っていて、髪もツンツンで白銀だった。

 学院長とリラマン、その他二人の講師は宙に浮いた少女をそれぞれの方角で取り囲んだ立ち位置から男の顔をまじまじと静観する。

「貴様……シルヴァンダーク・ドラクロワか!」

 リラマンのどことなく皮肉げな声。他の講師も息を荒らげて(いきどお)るが、思わぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)に為す術が無い。それは現段階で術式を中断することが絶対に出来ないからだ。言い換えれば魔方陣を展開するために集中する講師四人は、無力と言う事。そんな最中、頭上の鎖がまた一つ千切れるような音を鳴らした。

「っち、時間がない。どけ!」

「ぬぅ! アーサー先生!!」

 学院長が憤慨(ふんがい)して叫んだ。このための護衛役なのだ。わざわざ南方魔術学院から呼び寄せた意味がない。

 エレナの横で呆然としていたアーサーは己の使命を一瞬の内に回想し、遅れて走り出す。後ろを振り返って、

「君たちはそこから降りて急いで逃げなさい!」

 言いつつ階段の頂上――祭殿の台座に向かってアーサーは長剣の(つか)に手を遣り抜刀した。よく分からないが切っ先をシルヴァンダークに向ける。

 その様子を見届けて、エレナははっとして我に返った。

 白銀の男が開けた穴はもう既に巨大な穴になり、バラバラと崩れてきている。

「エレナ……いいのかよ俺達逃げちゃって」

 仲間の震える声に、エレナ自身も怖気付いて何も答えられなかった。逃げなきゃ危ないと十七年間生きてきた本能が告げる。

 しかし口から出た言葉は違うものだった。けれど、嘘を付いた。本当は怖くて、逃げ出したかったんだ。

「私達も参戦するよ!」

「おいエレナ正気か!?」

「アーサー先生だけじゃあの二人を抑え込むのは荷が重いわ」

 ごくりと生唾を飲む音。皆は顔を見合わせ、決心する。

「女だけ行かせてられっかよ! 行くぞ皆!」

 研修生代表として今まで指揮してきたラスクが先導して走り出した。その背をエレナと残りの四人が追従する。

 こちらに向かって倒れてきた石柱を、しかし間髪の所でエレナが杖を使い弾き飛ばす。突風が髪を後ろに吹き飛ばさせた。

「よくやった! もう振り返るな!」

 ラスクが階段を駆け上がる。エレナは煙と瓦礫の(くず)で転びそうになるが、歯を食いしばって地を蹴った。

 そして上まで登り切った瞬間、再び邪悪な魔力が重く、全員の背に降り掛かる。

「ぐっ――!?」

 ラスクが息を詰まらせるようにして倒れ込んだ。他の皆もほぼ同じだった。

「っ……!」

 圧倒的な魔力、圧迫感。強過ぎる。この場合の事を懸念(けねん)して引き返していれば今頃皆――と一瞬だけ思考を巡らせて、しかし思いを振り払い、踏ん張って顔を上げた。

 切り結ぶアーサーとシルヴァンダークと呼ばれた男。もう一人の女は学院長の、

「先生!!」

 エレナが驚愕の声を上げる。大量の血飛沫(ちしぶき)。学院長の右腕は肩からばっさり切り落とされていた。

「来てはならん……逃げるのじゃ……」

「……」

 そのすらっとした長身の女はエレナの知っている人物にそっくりだった。肩まである紫の髪が無意味にはためき、無言のまま糸目をこちらに向ける。ぞっとした。(ドラゴン)(にら)まれているような気さえした。女のドレスシャツには赤い鮮血が染み込んでいたが、動揺は感じられない。いきなり怜悧(れいり)な目を大きく見開く。

「……貴女?」

 女の声は朦朧(もうろう)とした頭のせいで掻き消された。超大な圧力に全身を()られてエレナの意識が飛びそうになるが、それを根性で(かろ)うじて()じ伏せる。

 一方、動きを止めた桔梗色(ききょういろ)の髪の女に向かって、対面したアーサーに袈裟切(けさぎ)りで追い込んでいるシルヴァンダークが(むち)を打った。

「何をしている、殺れ! これで封印が解かれる!」

(たわ)けがっ。これがどういうものか、分かっているのか!!」

 学院長が声を荒らげて叫んだ。中央で浮いた少女を眼前に、意味深な視線をシルヴァンダークへ送る。

 後ろで苦渋の顔をしていたリラマンは、学院長の姿を見て静かにほくそ笑んだ。誰にも見られずひっそりと。その、どす黒い闇は心の底で何を望んでいるのか。誰にも分からない。


「……"魔王"!!」


 そう呟いたのは激しい剣戟(けんげき)の中でアーサーと相対する男・シルヴァンダークだった。満面の笑みで唇を歪めている。それとほぼ同時に最後の黒い鎖が突っ張って引きちぎれ、残っていた巨大な石が四散して壁を貫通――ぶっ飛んだ。バギン、という頭蓋(ずがい)を噛み砕いたような音と共に少女の体が解き放たれる。光が(ほとばし)り、同時に魔法陣と思われる赤ワイン色の巨大な円が足元を渦巻いて縮こまり、瞬時に発散した。光の残り(かす)のようなものが空中を舞う。

 エレナはそこで力が抜けてしまい、倒れ込んだ。同時に、莫大な大魔力の壁がその場に居た全員を呑み込む。 

「やむを得ん!」

 学院長は周りの講師に視線を送ると、撤退の合図を出した。事前に相談されていなかったが、これはその場その場の指示(アドリブ)だろう。

 アーサーも学院長の仕草で頷き返し、切り結んでいたシルヴァンダークの剣を力技で押し返した。火花が散って、何故かアーサーの方がもんどり打って転がる。

「フン、撤退か。賢明な判断だな学院長! しかし覚えていろ、お前はこの私が必ず――」

 シルヴァンダークは学院長を睨み据えて、次の言葉を(のど)からせり上げる。その間にアーサーは転がったまま前転して倒れていたエレナの方へと歩を進める。学院長が左手を離し、術式を編み変えた。

その僅か二秒の間に体勢を立て直したアーサーも、既に右手を振り翳していた。最後の一瞬だけ学院長とシルヴァンダーク、倒れながらも薄目を開いていたエレナと長身の女の視線が交錯(こうさく)する。女は目をひん剥いていたようにも見えた。

瞬間移動魔術(ムーブ)!」

 次の瞬間、シルヴァンダークと女以外跡形もなく消え去っていた。

「――ッチ……まぁいい」

 シルヴァンダークは地に伏せた鎖だらけの少女に向かって独りごちた。

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