第4話 厳しい指摘と見抜かれた実力
鉱山街ルベルの朝は早い。しかし、今日の『エトワール・メモリア』のテント周辺には、いつも以上の緊張感が張り詰めていた。
昨夜届いた、王立国庫管理局からの書状。そこには今日から専従の査察官が派遣されると記されていた。
団員たちが固唾を飲んで入り口を見守る中、冷たい朝霧を裂いて一人の男が現れた。
長身に仕立ての良い漆黒の外套を羽織り、浅黒い肌に漆黒の髪、そして氷のように冷たく鋭いグレーの眼光を持った男。昨日、客席の暗がりから公演を監視していた謎の男だ。
「王立国庫管理局から出向を命じられた、スパーダだ」
男の低く響く声に、空気が一気に凍りついた。
アリシアは震える膝を必死に押さえ、団長として一歩前に出た。
「お、お待ちしておりました。団長のアリシアです。その、税金のことですが……」
「単刀直入に言おう」
スパーダはアリシアの言葉を冷たく遮った。
「王都での大公演。そこで十分な利益を出し、滞納している莫大な興行税を全額返済すること。それができなければ、このテントも、機材も、お前たちが飼っている魔獣も、すべて国が差し押さえる」
無慈悲な最後通告だった。
「そんな……横暴だ! 俺たちの家族を奪う気か!」
ケンタウロスのバルガスが前足を鳴らして激高し、猛獣使いのゴルダンが連れている火竜が低い唸り声を上げた。団員たちが一斉に敵意を剥き出しにする。
だが、スパーダは微塵も動じず、冷ややかな視線で彼らを見回した。
「横暴? 勘違いするな。税を納めないお前たちの怠慢が招いた結果だ。このまま無能な経営を続ければ、遠からずこのサーカス団は自滅する。だからこそ、俺が指導のために派遣された」
スパーダの正論に、アリシアは何も言い返せず、悔しさに唇を噛み締めた。
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「全員、そこに並べ」
スパーダの容赦のない声が響く。昼下がりのテント前、団員たちは不満げな顔をしながらも一列に並ばされていた。外部の人間である新聞記者のダンビローグも、心配そうな顔を作って少し離れた場所から事の成り行きを見守っている。
「昨日、俺は密かに客席からお前たちの動きを見させてもらった。結論から言えば、無駄と浪費の極みだ」
スパーダは手元の手帳を開き、淡々と指摘を始めた。
「料理長のマグダ。魔法の樽での保存食作りはいいが、備蓄用の廃棄が多い。食材の調達ルートを見直せば経費は二割削減できる。メイク担当のシルヴィ、高価で貴重なラメの粉を使いすぎだこちらも削減しろ。特攻隊長のジグ、出番前に魔導ホイールのエンジンをふかすのは燃料の無駄だ。即刻やめろ」
次々と飛び出す的確で冷酷なダメ出しに、団員たちの顔がみるみる怒りで朱に染まっていく。
「なによ、あんた! 芸術がちっとも分かってないわ!」
「オレのエンジン音はみんなの気合を入れるためだぞ!」
団員たちのヘイトが最高潮に達しようとしたその時、スパーダはパタンと手帳を閉じた。
「――だが、マグダの作る料理が団員の高い士気を維持しているのは事実だ。シルヴィのメイクは激しい動きでも一切崩れていなかった。ジグの車体制御の技術は、燃料の無駄を補って余りある客寄せの効果もある」
ぴたり、と団員たちの抗議の声が止まった。
「えっ……」
「アタシのメイク、崩れてなかったって……」
自分たちの技術やこだわりを正確に評価されたことに、シルヴィやジグの顔に思わず喜びの色が浮かぶ。
「お、おい! 国の犬に騙されるな! 飴と鞭で俺たちを操ろうとしてるだけだ!」
我に返ったバルガスが慌てて注意を促すが、スパーダの完璧な観察眼に、全員が言葉を失っていた。
「フン、どこぞの冷血役人が偉そうに講釈を垂れおって」
重苦しい空気を切り裂いたのは、入り口に鎮座する石像、ガーゴイルのゲオルグだった。彼は石の腕を組み、鼻で笑う。
「数字しか見えないお堅い頭で、夢の世界が測れるとでも思っているのか? うちの若き団長はな、お前みたいな血も涙もない男に指図されるいわれはないんだよ。とっとと元居た飼い主様の所へ帰りな」
愛ある毒舌でアリシアを守ろうとするゲオルグの言葉に、団員たちが再び「そうだそうだ!」と勢いづく。
スパーダは彼らの反発を一身に浴びながら、表情一つ変えなかった。
(……感情的で、全く統率が取れていない烏合の衆だ。だが……)
彼の視線は、団員たちの中心でオロオロと戸惑いながらも、必死に皆をなだめようとしているアリシアに向けられた。
(この頼りない少女が、なぜかこの厄介な連中を繋ぎ止めている。昨夜のあの舞台での輝き……それがこのサーカスの価値そのものか)
査察官としての厳しい見立ての中、スパーダの胸の奥で、彼女の空中ブランコを見た時の微かな熱が再び燻っていた。だが、彼はその感情を冷徹な仮面の奥に押し隠す。
「文句があるなら、俺が提示する目標利益を達成してから言え。さあ、時間がない。アリシア団長、まずは俺にこのサーカスの内部を案内しろ」
スパーダの鋭い命令に、アリシアはびくっと肩を震わせ、不安げに頷くしかなかった。




