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幻想白夜のサーカステントで、君と秘密の恋宙ブランコ ~王立国庫査察官に溺愛される、優雅で甘い月夜の巡業~  作者: 団田図


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第3話 絶望の通知

 熱狂と拍手の余韻が、冷たい夜風に溶けていく。

 鉱山街ルベルでの初公演は、観客の入りこそまばらだったものの、惜しみない喝采に包まれて幕を下ろした。


 舞台裏では、早速ちびゴーレムたちがコトコトと石の体を鳴らしながら、怪力と土魔法を駆使して機材の片付けに入っている。その働きぶりを横目に見ながら、控室に戻ったアリシアは大きく息を吐き出して長椅子に腰を下ろした。極度の緊張と、空を舞う高揚感から解放され、どっと疲労が押し寄せてくる。それでも、彼女の胸の奥には確かな熱が灯っていた。


「お疲れ様、アリシアちゃん。今日も最高のフライングフィーバーだったわよ。私の施したキラキラメイクも完璧にバえてたわ」


 スライムのメイクアップアーティストであるお姉のシルヴィが、労いの言葉と共に冷たいタオルを差し出してくれる。アリシアは「ありがとう、シルヴィ」と微笑み、額の汗を拭った。


 しかし、ふと視線を机に向けた瞬間、アリシアの表情が強張った。

 使い込まれた帳簿の上に、見慣れない純白の封筒が置かれている。そこには、赤々とした蝋でいかめしい紋章が押されていた。


王立国庫管理局おうりつこっこかんりきょく……徴税課ちょうぜいか


 アリシアの呟きに、控室の空気がピンと張り詰める。

 父の急逝後、経営難に陥っている『エトワール・メモリア』は、莫大な興行税を滞納していた。また厳しい督促状か。アリシアは震える手で封を切り、中の書状を取り出した。


 便箋に躍る無機質な文字を追ううちに、アリシアの顔からみるみる血の気が引いていく。


「……嘘」


「どうしたの、アリシアちゃん?」


 異変に気付いた猫獣人のチャイが、テントの梁からひょっこりと顔を出した。声を聞きつけ、入り口の警備を終えたガーゴイルのゲオルグや、他の団員たちも心配そうに集まってくる。


「明日から……査察官ささつかんが来るって」


「査察官だと?」

 ゲオルグが石の眉間にシワを寄せた。


 アリシアは乾いた唇を震わせながら、書状の内容を読み上げた。

 滞納している税金の確実な回収、ならびに劇団の経営を立て直すため、王立国庫管理局から専属の査察官を一名派遣する。これは命令に準ずる通達であり、拒否することは許されない。もし今後の巡業、そして王都での大公演で十分な利益を出し、税を全額返済できなければ……。


「テントも、機材も、一緒に暮らす魔獣たちも……すべて差し押さえるって」


 重苦しい沈黙が落ちた。

 解散の危機が、明日という現実になって喉元に突きつけられたのだ。国から派遣される役人など、どうせ冷酷で血も涙もない男に決まっている。少しでも粗探しをされれば、この大切な居場所はあっという間に奪われてしまう。


 不安と恐怖で、アリシアの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。父が残した、みんなの大切なサーカスが、私の不甲斐なさのせいで終わってしまう。

 彼女の絶望に呼応するように、ランタンの中にいる炎の精霊イグニスの火が、シュンと音を立てて消え入りそうに小さくなった。テント裏の照明が暗く沈み込む。


「ごめんなさい……私が、もっとしっかりしていれば……」


 膝を抱えて泣き崩れるアリシア。その時だった。


「おんどりゃー!! 下を向くんじゃなーい!!」


 鼓膜を震わせるような大声と共に、屈強な男が控室に飛び込んできた。

 日焼けした逞しい上半身と、巨大な栗毛の馬体の下半身を持つケンタウロスの曲芸師、バルガスだ。彼はズカズカとアリシアの前に進み出ると、なんとその場で巨大な前足を上げ、見事な逆立ちを披露した。


「ば、バルガス!?」


「みんな、心のバランスが崩れちまっているぞ! こんな時こそ笑え、笑うんだ!」


逆立ちをしたまま、顔を真っ赤にして物理的な説得力をもって励ましてくるバルガスに、アリシアは思わず目を丸くした。


「いくら国の役人が来ようが関係ねえ! 俺たちは人を幻想の世界へ誘い笑顔にするエトワール・メモリアだ! どんな嫌な奴が来ても、俺たちの至高のエンターテインメントを見せつけて、度肝を抜いてやればいいだけの話だろうが!」


 バルガスの熱い言葉に、落ち込んでいた団員たちの顔がパッと明るくなった。


「バルガスの言う通りだよ、アリシア」

 ドワーフの料理長マグダが、ドンと胸を叩いて笑った。「腹が減っては戦はできん。明日は美味い飯をうんと用意して、そのお堅い役人の胃袋から掴んでやるさ」


「そうそう。アタシがとびきりのキラキラメイクで、お出迎えしてあげるわよ!」

 シルヴィも胸を張ってウインクをする。


「オレたちの竜の威厳を見せてやる!」

 猛獣使いのゴルダンが豪快に笑うと、テントの外からは特攻隊長のジグが呼応するように、魔導ホイールのエンジン音を轟かせた。


 誰も、諦めてなどいなかった。

 父の愛したこのサーカスを、家族同然の仲間たちを、みんなで守り抜くのだ。

 温かい仲間たちの言葉に、アリシアの胸に溜まっていた不安が、すっと溶けていく。


 気がつけば、イグニスの炎が再びボワッと力強く燃え上がり、控室を温かい光で包み込んでいた。


「……うん。ありがとう、みんな」


 アリシアは袖で涙を乱暴に拭い、立ち上がった。その顔にはもう、迷いや恐れはなかった。


「明日からどんな厳しい査察官が来ても、絶対に立ち向かってみせる。私たちがどれだけこのサーカスを愛しているか、証明してみせるわ!」


 アリシアの力強い宣言に、団員たちから歓声が上がった。

 逆立ちをしていたバルガスが勢いよく元の姿勢に戻り、「その意気だぜ、団長!」と豪快に笑う。


 明日の朝、冷酷な査察官がこのテントに足を踏み入れる。

 それが、彼女自身の運命を大きく変える出会いになるとは、この時のアリシアは知る由もなかった。

 月夜の空高く、エトワール・メモリアの星の紋章が、静かに、だが確かな希望を持って輝いていた。


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