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幻想白夜のサーカステントで、君と秘密の恋宙ブランコ ~王立国庫査察官に溺愛される、優雅で甘い月夜の巡業~  作者: 団田図


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第2話 夜空を舞う星の瞬き

 高らかなファンファーレが鳴り響き、巨大なテントの中がふっと暗闇に包まれた。観客席を見渡せば、空席の目立つまばらな入りであることは否めない。しかし、これから舞台に立つ者たちに一切の妥協や諦めの色はなかった。


 客席の最後列、暗がりに身を潜める外套姿の謎の男は、冷ややかな視線で舞台の袖を観察していた。彼の目的はあくまで裏の動向を探ることであり、この陳腐な娯楽に心を動かされる気など毛頭ない。


 だが、次の瞬間。頭上のランプに宿る炎の精霊、イグニスがパッと弾け、魔法の光が舞台の中央を劇的に照らし出した。


「さあ、幻想と白夜の夢のコアへようこそ!」


 響き渡る声と共に、コトコトと軽快な音を立ててちびゴーレムたちが素早く舞台装置を組み上げていく。彼らは驚異的な怪力と土魔法を駆使し、あっという間に巨大な鉄格子の球体ドームを完成させた。


 先陣を切ったのは、そのドームの中で魔導ホイールを駆る、深い緑色の肌に黒いツンツン頭を逆立てたゴブリンの特攻隊長、ジグだった。鼓膜を震わせる凄まじいエンジン音と共に、彼は重力に逆らうように鉄格子の内側を猛スピードで駆け巡る。まばらだった客席から、驚きのどよめきと歓声が上がった。


 続いて登場したのは、真紅の鱗に覆われた巨体と、金色の爬虫類目を光らせる猛獣使いの竜人ゴルダンだ。彼の傍らには、見上げるほど巨大な火竜が鎮座している。ゴルダンが指を鳴らすと、火竜は客席に向かって大きく息を吸い込み、恐ろしい炎の渦を吐き出した。客が悲鳴を上げかけた瞬間、その炎は空中で無数の光る花びらへと変わり、客席にハラリと舞い落ちた。


 息を呑む観客の前に、今度は剛健なケンタウロスのバルガスが現れる。彼は巨大で不安定な球体の上に四つ足で見事に立ち、優雅にお辞儀をした。すると舞台の反対側から、燃えるような赤髪と褐色の肌、そして六本の腕を持つ阿修羅族あしゅらぞくのバジュラが、燃え盛る松明や鋭い刃物を同時に数十個もお手玉しながら陽気な笑い声を上げる。バジュラが炎をバルガスへ向けて次々と投げつけると、バルガスは球体の上で完璧なバランスを保ったまま、それらを軽々と受け止め、投げ返してみせた。息の合った神業に、客席の熱は次第に高まっていく。


「上も見てにゃー!」


 頭上から声が降り注ぎ、観客が一斉に見上げる。そこには、オレンジ色のトラ柄の毛並みを躍動させ、エメラルドグリーンの目を輝かせる猫獣人のチャイがいた。彼はまるで平地を歩くように軽やかに宙を駆け、空から観客を煽る。その下では、艶やかなダークパープルの髪を揺らし、エメラルドグリーンの大蛇の下半身を持つメルーラが妖艶に舞っていた。彼女のしなやかで美しい軟体ダンスは、見る者のため息を誘う。


 個性豊かな団員たちが一丸となって作り上げる熱狂の渦。テントの入り口では、ガーゴイルのゲオルグが満足そうに鼻を鳴らし、魔法の樽で絶品のピクルスを仕込んできたドワーフの料理長マグダも、舞台袖から団員たちの活躍を優しく見守っていた。


 出番を待つアリシアの頬には、スライムのシルヴィが最後のラメの粉を乗せていた。


「完璧プリティよ、私の最高傑作ちゃん。さぁいっておいで」


 アリシアは深く深呼吸をすると、真っ直ぐに前を向いた。


 舞台の照明が一度すべて落とされ、静寂がテントを包む。やがて、イグニスの放つ一筋の柔らかい光が、遥か上空のプラットフォームに立つ一人の少女を照らし出した。


 エトワール・メモリアの若き団長にして、花形スターの空中ブランコ舞姫、アリシアだ。


 音楽が静かに、そして壮大に流れ始める。アリシアは迷うことなく宙へと身を投げ出した。


 彼女の体は重力を忘れたかのように、夜空に見立てたテントの天井付近を舞う。ブランコからブランコへ、まるで鳥が羽ばたくように、しなやかに、そして力強く。その軌跡を追うように、魔法の粉がキラキラと光の尾を引いていく。


 つい先ほどまで経営難に苦しみ、開演前に帳簿を抱えてため息をついていた少女と同一人物とは思えないほどの、圧倒的なカリスマ性と美しさだった。どんな達人でも一度のミスが命取りになるという恐怖を微塵も感じさせない、純粋で誇り高き飛翔。


 客席の最後列で冷徹に舞台を監視していた謎の男は、ふと瞬きを忘れていた。


 今日は、明日の面通しの前の下調べのつもりだった。しかし、頭上を舞う彼女の姿は、疑いようもなく純粋で、どうしようもなく美しかった。


 アリシアが空中で大きく身を翻し、一瞬、満面の笑みを浮かべた。その笑顔が光に照らされた瞬間、男の冷え切っていた眼光が、微かに揺らいだ。


 鋭く結ばれていた口元が、ほんの少しだけ緩む。彼自身さえも気づかないほどの、ごく僅かな変化。


 観客たちの割れんばかりの拍手と歓声がテントを揺るがす中、男はただ無言で、月夜を思わせる柔らかな光の中を舞う彼女から、目を離すことができなかった。


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