第24話 「今のはお世辞よ」
「あいつさ、自分のことを勇者って言ってるんだよね」
真剣な眼差しから察するに、まだ続きがるのだろうが、定石通りの返答を置く。
「嘘じゃないんですか?」
もし俺が本人から言われたら返せない言葉だ。
「もちろん私も、村のやつらも、そう思ったよ。この期に及んで、口からでまかせを言ってるんだってね」
「でも、何か出てきたんですね?」
「その通りさ。やつの持ち物から、王国騎士団の腕章と勇者任命状が出てきた。これが本物なのかはわからない。なにせ本物を見たことがないからね」
彼女はどうしようもないといった感じでかぶりを振る。
「あいつが闘ってるところは見たことないけど、あのごろつきたちの頭なんだ、それなりに強いんだろうさ。それが勇者になれるほどなのかはわからないけどね」
少し間があって、最後に付け足す。
「……あんたの相棒に簡単にやられちまったけどね!」
がははと豪快に笑う彼女。
最後に和ませようとしてくれたのは、彼女の優しさだ。
彼女はわかっている、バスクが勇者である可能性が高いと。
そして、俺たちとこの村にとっては、それが好ましくないことも。
勇者を騙るなんてハイリスク、ローリターンなのだ。
勇者は国から雇用される。つまり国から給料や報酬が出る仕組みだ。
国はもちろん誰が勇者かを把握しているので、国は騙せない。
そうすると、勇者を騙ったところで、金銭的に大きな利益は得られない。
その肩書による信用で、多少の利益は得られるかもしれない。
ただリスクに見合わない。
多いと言っても2、30人ほどしか勇者はいない。
その程度であれば、異物が混ざっていた場合に気付く民間人も少なくないだろうし、憲兵等であればなおさらだ。
そして、国の肝入りの政策に対する不正となれば、国王もおかんむりだろう。厳罰は免れない。
それに加えて、この食料だ。
この村での悪事の利益だけで、これだけ蓄えられたとは考えにくい。
この村に来る前に既に大金を持っていた可能性もあるが、合わせて考えると、勇者に与えられる多額の報酬という線が浮かぶ。
ちなみに、勇者なのに、この村でこんなことをする理由があるのかというのは愚問だ。
人が通常嫌悪するようなことに価値を見出す化け物は、間違いなく存在するのだから。
「一応言っておいただけだからね。あんま心配すんじゃないよ!」
ばちん、と外れそうなほどの勢いで肩を叩かれた。
肩の存在を確かめるようにさすっていると、後ろか軽くシャツを引っ張られる。
珍しいなと思いつつ、耳を寄せる。
「この人なら、あなたひとりでも倒せると思う」
小さな彼女が小さく耳打ちしてくる。
――何言ってんだ、このちびっこは。
もしかして、今のを攻撃だと判定して、ハンナさんを敵認定したのか?
ちびっこへの返答はせずに、もとの体勢に戻る。
「冗談で叩くにしては強すぎますよ。さっき死にかけたばかりなんですから、優しく、丁重に甘やかしてください」
誰かさんへの説明に加え、願望というスパイスも振りかけた。
誰かさんは「なるほど」とつぶやいていた。
やっぱり「なるほど」が伝染している。
「あんたはめちゃくちゃ強いんだろ? こんくらいは大したことないだろ」
ニヤリと笑う彼女。
もう一発いこうかと素振りまでしている。
「おっしゃる通りです! めちゃくちゃ強いので、さっきのことも問題ありません。あいつが勇者だったとしても、こちらは何一つ間違ったことはしてないんですから」
もちろん、本心ではない。
「どちらが正しいか」ではなく、「どちらが正しいと判断されるか」という場面においては、立場や肩書というものは如何なく力を発揮するのだから。
彼女もわかっていて、あえて口にしないのだから、俺もそうする。
「だいたい、あんなやつ、顔だけの男ですよ! きっと顔のよさだけで生きてきた男です! 顔以外で俺が負けていることなんて、まったく、何一つ、微塵もない!」
ふんと鼻をならす。
「さあてね、それはどうかわからんけどね。……まあ、わたし個人の意見としては、あんたの方がずっと格好いいと思うよ」
おどけた俺に対して、おどけずに返されてしまった。
この言葉を言葉通りに受け取るのは、無粋が過ぎる。
俺に向けられた彼女の視線は、ハートではなく、感謝だったのだから。
温かい空気の中、またもや後ろから引っ張られる。
仕方なしに、また耳を寄せる。
「今のはお世辞よ」
――おい! なんでさっきのがわからないやつがお世辞はわかるんだよ!
もしわかったとしても、言わなくていい場面なんだよ、今は!
それに、正確にはお世辞じゃないんだけど……。
たぶん俺がハンナさんの言葉を信じてしまうと思って言ってくれたんだろうけど。
それってさ、俺が自分のことを「格好いい」って思っちゃいけないってことなの?
別にそんなこと思ってないけど、それって罪なの?
それで、この気持ちは罰なの?
ちなみにハンナさんは「思うよ」って言ってて断定してないから信じないし、たぶん個人の印象みたいなことまでは信じないと思うよ。
厳しいよ、ミストさん。
彼女の言葉が、たいまつの灯りでも拭いきれない影を、俺の心に落とした。
そんな俺の心中はつゆ知らず、ハンナさんがパンと手を叩く。
「話は終わりだ! あんたらも飲んで、食べて、騒いでくれ。あんたらが主役みたいなもんなんだから!」
そう言いながら、食料のもとへと導いてくれる彼女。
普段酒を飲まないからなのか、できあがりすぎている人が多い。
地面に転がっている人、歌って踊っている人、泣いている人……。
それらを避けながら歩くこっちの方が、まっすぐ歩けない。
正面からまた一人、千鳥足の男が近づいてくる。
足がもつれたのか、こちらが避けている方向についてくる。
結局、ぶつかる俺と男。
酔っ払いなので、さほどの衝撃はないが、少し後ろに下がる。
そして、ぴったりとくっついていたミストにもぶつかる。
酔っ払いの方も、尻もちをついた程度だ。
「ごめん」
大した衝撃ではなかったが、彼女には不意打ちのような形になってしまった。
なにせ、俺の影で、前が見えていないのだから。
俺が振り向くと同時に、ぶつかった酔っ払いが怯えたように言う。
「……あんた……その耳……」
振り向いた俺の目に映ったのは、
眩しいほどに燦然と輝く黄金色だった。




