第12話 「なんでパン食べてんの?」
意識が覚醒していく。
上がっていく瞼、ピントが合っていく視界。覚醒していく段階にあって、まだ思考は介在していない。
視力よりも先に聴力が働き出す。
もしゃもしゃと、何度も聞いたことがあるような、どこにでも溢れているような音がしている。何の音だったっけなあと、ようやく思考も活動を始める。
意識の覚醒に伴い、反射的に体を動かそうとする。が、動かない。
「っ!!」
背中の後ろで腕どうしを、胴体、足は椅子に縛り付けられている。立ち上がるどころか、これでは身動きひとつとれやしない。唯一できそうなことといえば、椅子と運命をともにして、前後左右四方向のどれかに倒れることくらいだ。
いつの間にかもしゃもしゃ音は止んでいた。
縛り付けられているのにも関わらず、テーブルにきちんとセットされている俺と椅子。
テーブルをはさんだ正面に、もしゃもしゃ音の発信源はいた。
「目が覚めたのね」
完全体ではないパンを持っているミストが、そこには座っていた。
「心配したんだからね!」と泣きついてくる展開は、まだお預けのようだった。
「ああ、おはよう。いろんなことが起こり過ぎて、心身ともに疲れ切っていたから、少しだけ休息をいただいてた」
ちょっとうたた寝をしていたかのような雰囲気を演出した。イメージとしては、春の野原で開いた本を顔にかけて寝ている、イケメンキャラ御用達のあれだ。野原ではないし、本もないし、寝っ転がってすらいないけど、俺の演技力が幻想を見せているはずだ。
それに、ミストは素直ないい子だから、俺みたいな制約がなくても信じてくれるだろう。
「自分の手足を縛って寝るなんて、なかなか器用なのね」
やっぱり駄目だった。
俺は「うたた寝から目覚めたイケメンキャラ設定スマイル」を崩すタイミングを失って固まる。体だけでなく、表情も身動きが取れなくなった。
彼女は、ふうと少し息を吐く。
「だいたいのことはわかってるわ。一服盛られたんでしょう? 毒じゃなかったのが幸いね」
テーブルに向かって話す彼女は、少し呆れているように見える。それが、一服盛られたことに対してか、嘘をついたことに対してか、それとも両方になのかはわからない。せめて行為にであって、俺の人間性に呆れたのではないことを願う。
「そうだ! あの村長の息子! あの男に盛られたんだ! 最初から怪しいとは思ってたんだ。村長の息子だからって、いたずらにしては行き過ぎだろ、これは」
自分の嘘を隠匿するために、過剰に声を荒げる。
もちろん怒りの感情がないわけではないが、それ以上にふがいなさが占めている。なので、意外と心は高ぶってはいない。
彼女の視線がテーブルからこちらに移る。
「あの男は村長の息子ではないわ」
距離に対して必要以上の声量で、明瞭に言う。
振動を鼓膜に届ける以外の意味を込めて。
俺の「信じてしまう」という制約の解除のために。
彼女は同じ口調で続ける。
「この村は、予想通り、盗賊の被害にあっていたわ」
――言われた瞬間、脳の中で無理やり繋がれていた回路が解かれる。
今回の俺が信じてしまったこと。「村長の息子」「この村は平和」。
一見前者については、あまり影響がないように思えるが、違う。初対面の人物と相対する場合、その人物の身分が確定することは大きな意味を持つ。初手においてそれが確定したことで、こちらは随分と容易に動かされてしまった。
極め付けは後者だ。平和だと聞けば、この村に異物が入っている可能性の検討を放棄させられてしまう。大きな街であれば多少問題があったとしても、その母数に対する割合によっては平和だと言えるであろう。ただ、ここみたいな小さな村で平和と言われれば、起きていたとしても、いたずら程度だと認識してしまう。
二つの嘘が相乗的に作用し。俺の警戒心を吹き飛ばしてしまったのだ。
まあ、普通であれば、そもそも嘘を信じないのだが。
「それで、バスクって言ったかな、あのイケメン。あの男は何者だったの? 村長の息子じゃないってわかってるってことは、素性を知ってるんでしょ?」
「この村を襲った盗賊団の団長」
急に落ち着いた俺の姿に、彼女は特に反応しなかった。
彼女の言葉によって制約が解除されたことを察してくれているのだろう。
それにしても、あれが団長だったのか。聞いてしまえば、不自然な点、兆候はいくらでもあった。
まず、俺の素性を何も聞かずに、自宅へ案内、水まで恵んでくれようとした。そんな危険なことを普通はしない。仮に平和ボケしていたとしても、だ。
どこの誰でも関係なかったんだ。睡眠薬入りの水を飲ませるというゴールまでたどり着ければ。詮索することでカモを逃がすリスクがあるとでも考えていたのだろう。
俺のイマジナリー妹の話もスルーしたしな……。
今になって考えてみると、案内する流れもスムーズ過ぎに思う。きっとこれまで、何人もの人を同じように騙してきたのであろう。俺はこの村で何かが起きている可能性を憂慮してきたが、そうでない通常の旅人であれば怪しまないだろう。
そして一番はあの笑顔。胡散臭いを通り超して、気味が悪い。
笑顔が絶えない人はいる。そんな人は重要文化財だ。でもあいつは違う。言葉の通り「笑顔を貼り付けている」のだ。どんな時も、何があっても、寸分違わぬ同じ表情を。
おそらくは素の表情を隠すための仮面だ。仮面なので変化できずに同じ表情のままなのだ。
さぞ簡単な流れ作業だったことだろう。言ったことをなんでも信じるのだから。
つぎの質問を発しようと口を開きかけた時、無意識にせき止めていた唇の血流が再開した。
「それで、今この村はどんな状況? 俺たちはのんびり話をしていて大丈夫なの?」
間違えた!
「ごめん、違う。俺が考えているのを待っていてくれたんだよね。ごめん。いや、そうじゃなくて、ミストはなんでここにいるの?」
いやいや、これも違う!
「一旦待って、それもそうなんだけど、違うんだ。ちょっとタイム!」
聞きたいことが渋滞している!
ずっと俺のターンってる!
そう、一番気になっているのは!
「なんでパン食べてんの?」




