第10話 「あの……、ボンボンですか?」
辿り着いたそこは、確かに村だった。
気持ちばかりの木の柵が周囲を取り囲んでおり、見渡せる範囲に十数の建物が点々とある。家屋はログハウスのようで、家屋と対になるように畑が存在している。草が取り除かれている道が各建物の前まで張り巡らされていて、率直な感想は昔話の世界。
何が出てくるのか、何が起こっているのかと警戒していたが、特に見張り等もおらず、すんなりと村に入ることができた。
普通の村だった。平穏な村だった。
畑では農作業をしている人がいる。着ているものは、服の体は成しているが、汚れや痛みが酷い。森で会った男二人の方がまだましな服を着ていて、この村の貧しさが伺える。ぱっと見た感じでは、何かが壊れたり、散乱したりなどしていない。至って普通だ。
「あの、うちの村に何かごようでしょうか?」
あまりの普通さに呆然と立ち尽くしていたところ、ふいに声を掛けられ、びくっと反応してしまう。いつの間にか俺の目の前には一人の男がいた。
男は30代くらいで、すらっと手足の長いイケメンだった。服装も、農作業をしている人とは異なり清潔そうなチュニックを着ている。村長の息子とかで他より少し裕福なのだろうか。
俺の勘がこいつは胡散臭いとわめいている。当然だ。スタイルがいいイケメン。ボンボン。初対面の不審者に対して爽やかな笑顔まで向けている。こんなやつは絶対黒幕だ。イケメンは悪ってのが世界の理なんだ。
「あの……、ボンボンですか?」
イケメンの最大の武器は、相手を自分のペースに乗せることだ。だが甘かったな。俺は異世界転生御用達のチョロヒロイン、チョロインではない。質問に質問で返すという愚行に加え、突拍子もないことを聞くことで出鼻をくじく。
俺は獲物を前にした狩人の如き視線で、イケメンの返答を待つ。
「ボンボンというのは、裕福であるかという意味でしょうか? そうであるならば、他の村民よりは多少裕福かもしれません。こう見えても、この村の村長の息子ですので。バスクと申します」
イケメンは、まるで答えを用意していたかのように、すらすらと答える。爽やかな笑顔は一瞬たりとも崩さずに。
――ほら見たことか! やっぱり村長の息子だった。「こう見えても」って、そのまんま村長の息子に見えるのだが。たぬきが「こう見えても俺はきつねなんだよね」って言うのなら「こう見えても」を使ってもいいが、お前は駄目だ。
この男の場合は、自分が他人からどう見えているかがわかった上で言っている。それに、普通、こんな質問をされたら表情を崩すはずだ。けれど崩さなかった。元から心と表情を分断している証左だ。風が語り掛ける。怪しい、怪しすぎる。
美女に騙されるのはいい。ある意味ご褒美みたいなものだ。だが、イケメンに騙されるのだけはいけない。そんなことになれば、俺の存在は消滅してしまう。
全身が沸騰している。体の奥底で俺のプライドとジェラシーが煮えたぎっている。
イケメンと俺。北風と太陽。村に入って間もないのに、もうクライマックスの展開だ。
「……すごく警戒されているみたいなのですが、安心してください。ここはカルバス王国の南端です。魔王城から最も離れている村のひとつなので、魔物等も現れません。王都からも離れているので貧しくはありますが、のどかで平和な場所です」
相変わらず笑顔が貼りついたままのイケメンは淡々と説明する。まるで何回も同じ説明をしてきたかのように。彼を見ていると、自然とRPGのNPCを重ねてしまう。
新たな事実も発覚した。この世界には魔王と魔物がいるらしい。まだそれだけしかわからない。異世界天使あるあるなので驚きはしない。
まあ、ひとまずは安心した。村は無事だった。彼の説明によると、そもそも地理的に何かが起きるような場所ではないようだ。俺は胸をなでおろし、肩の荷もおりた気がする。荷は存在しないのだが、ミストの言葉には、少なからぬ重圧を感じていた。
「ふーーーーー」
体中の酸素を出し切るような嘆息をもらす。吹く風が全身の汗を通じて体温を奪っていく。気づけば、喉は痛いくらいに渇いていた。
そんな俺の様子を見ていた彼が言う。
「よろしければ、うちで何かお飲みになりますか? 汗もすごくおかきですし」
――なかなか気が利くイケメンだな。さっきまでは「この村で何かが起きている」と思っていたから、色眼鏡で見てしまっていたな。平和なら悪人もいないはずだ。それに、よく見たらいい人そうな顔とオーラだ。うんうん、悪くない。合格点だ。
一人納得して頷く、手のひら返しマスターがそこにはいた。
まあ、一つだけ注文をつけるとすれば、今の言葉は心配そうな顔で言えば満点だったな。ずっと爽やか笑顔でいると、ただマニュアルに沿って行動しているみたいだぞ。
それでは、ありがたく飲み物を頂戴しに行くとしよう!
「あ゛りがとうございます……、お゛ことばに甘えさせていただきます」
渇いた喉からは、死にかけの蛙のような渇いた音しか出なかった。
あと、もちろん、お山の大将になれたのは自分の精神世界だけだった。
そんな哀れな俺を見ても、彼は笑顔だった。
「外部の人はあまり来ないような場所ですから、私としても村に来ていただけて嬉しいのです。それではご案内しますね。すぐそこですから」
爽やか笑顔が爽やかさを増す。本当に喜んでいるように見える。
彼が向き返り、爽やかの押し売りから解放された時に、やっと思い出す。
「申し遅れましたが、俺は直太郎と言います。森で迷ってしまって、ここに辿り着きました」
先程のように墓穴を掘らないために、あえて何者かはぼかした。相手の想像に任せた方が、この世界に即したものを当てはめてくれるだろう。というか、こちらのことを何も聞かずに案内するとか、平和な場所の人は警戒心も薄いのだろうか。
「森……ですか。大丈夫でしたか? 動物や魔物や、他に何かに遭遇しませんでしたか?」
彼は背中を向けたまま問う。
「いや、幸運にも何にも出遭わなかったです。出遭っていたらここまで来れなかったかもしれませんね」
背を向けられているので意味はないのだが、笑顔を作って言う。不思議なことに、嘘をつく時は笑顔になってしまう。そう、俺は嘘をついた。森では男二人に襲われた。そのことを隠した。
あまり深い考えがあったわけではないが、そのことについて語ると、ミストについても触れることになる。彼女についてはどこまで話していいのかわからない。彼女のことには触れずに話すこともできるが、瞬時に判断ができなかったので、一旦保留という意味で嘘をついた。というか、このへんは魔物は出ないんじゃなかったのか?
「あ……」
彼女について考えた時になって、彼女のこともやっと思い出す。
小さいし、茶色いマントを着てるから視界に入りづらいんだよなー。身元は隠したいみたいだし、とりあえず妹設定にしておくか。
「すみません。もう一人も紹介が遅れてしまいましたが、これは俺の妹です」
紹介しようと振り返った俺の目には、心理的にではなく、物理的に何も写らなかった。




