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小石神様

作者: 西順

 いつもどこか居心地が悪い。家では両親がケンカばかりしているし、塾にも行っていないのに、変に成績が良いせいか、妬まれて学校には居場所がない。いつも一人でいる。正直小学四年生にして人生がつまらない。


 つまらない授業が終わり、居場所のない学校から、放課後の家路でやっている事と言えば、石蹴りくらいなものだ。通学路の街路樹周りにある小石を蹴りながら、それを無くさずに家まで帰る事が、僕の心の慰めだ。


 今日も家に帰る途中に、街路樹の下に丁度蹴ってみたくなる、丸を半分に割ったような小石を見付けたので、これを家まで蹴って帰る事が決定した。街路樹の下から小石を足で歩道にまで持ってきて、それをコーンと蹴る。


「何をする!」


 するとどこからともなく声が聞こえてきた。へ? と思い周囲を確認するも、周りには誰もいない。気のせいかと思ってもう一度小石を蹴る。


「だから何をするのだ! 我に恨みでもあるのか!?」


 また声が聞こえた。今度は聞こえてきた場所も分かった。僕が蹴った小石だ。


「え?」


 思わず変な声が口から漏れた。


「え? ではない。何を他所様を蹴っているのだ。親はどのような教育をしておる」


 僕の声に反応するように、小石は僕へ話し掛けてくる。


「いや、えっと、まさか小石が話すとは思っていなかったから」


「この国は八百万の神がいる国ぞ? 周囲全ての物に命があると考えよ」


「周囲全て、ですか?」


 そのように言われ周囲を観察してみるも、命があると言われても分からない。草木に命があるのは分かるけれど、石に命があると言われてもなあ。


「石に命があるって事は、このブロック塀やフェンスにも命があるって事?」


「当然ぞ」


「でもブロックもフェンスも、人工物だよ? 天然の石に命があると言うのはまだ分かるけれど、人工物にも命があると言われると、鉛筆や消しゴムにも命がある事になるんだけど?」


「当然ぞ」


 当然なんだ。


「でも君みたいに喋らないよ?」


「喋らないからと言って、喋れない訳ではない。それぞれが己の使命を全うしているから、声を発する必要がないだけよ。ブロック塀やフェンスは人の生活を守り、鉛筆や消しゴムは勉強の手助けをする。それ以外の事をさせられておらねば、人間と話す事などない」


 つまりブロックを無意味に砕いたり、鉛筆で鼻をほじったりしたら、彼らも「やめろ」と声を発するのだろうか。…………発するかも知れない。僕がブロックや鉛筆だったら嫌だもん。


 であるなら、小石が蹴られるのを嫌がるのも分かる。分かるけれど、


「小石の存在意義って何?」


「そこにあるだけで素晴らしいであろう」


「誰かや何かの役に立つ訳じゃないんだ」


「この世は人間だけのものではない。自然には自然の生き方と言うものがあるのだ」


 それは…………、そうかも知れない。


「でも、今までここら辺の小石を蹴ってきたけれど、誰も声を上げなかったよ?」


「それはそうだ。石からしたら、人間に蹴られるくらい、別に声を上げる程のものではないからな」


「それじゃあ、何で君は声を上げたの?」


「うむ。少し別の事を考えていた時に、不意に蹴られたもので、我も思わず声を上げてしまったのよ」


「別の事?」


 石って日頃から何か考えながら生きているのか。などと思いながら、この小石が考えていた事に興味が湧いて、それに付いて尋ねる。


「うむ。我の形を見てお主はどう思った?」


「形?」


 答えではなく問いで返された。それにしても形ねえ。


「ああ、確かに半分に割られたような形をしているね」


「半分に割られているような形ではなく、実際に半分に割れたのだ」


「そうなの?」


「うむ。長い年月で石も形を変える。時に割れる事もままある事だ。しかし今回の件はまた意味が違っていてな。我は半分に割れた事で、もう片方にも自我が生まれ、我ともう片方は、夫婦となってこれまで寄り添い生きてきたのだ」


「でも今はひとりだね?」


 街路樹の方へ視線を落としても、相方らしい小石は見付からない。


「うむ。一ヶ月程前の事だ。何者かが我が伴侶をお主のように蹴飛ばし、どこかへ連れていってしまったのだ。全く、小学生と言う生き物は何故こうも石を蹴りたがるのか。理解に苦しむ」


 まあ、僕も何で小石を蹴る事に躍起になっているのか、自分でも理解出来ないもんなあ。でも上手に蹴り続けて、車を避け、側溝を避け、横断歩道を越え、見事に家まで蹴って帰れた時は、思わずガッツポーズしてしまう。こんな事でも、道中のひりつきや、家に到達した達成感があるので、なかなかに中毒性がある。僕なんて、家まで蹴って帰れた小石には愛着が湧いて、部屋に飾っているくらいだ。


「あ!」


「どうかしたのか?」


「そう言えば、一ヶ月前くらいに、君に似た小石を蹴って帰った覚えがあるよ」


「お主だったか!」


「何かゴメン。家まで蹴って帰れたから、部屋に飾ってあるよ。まあ、似ているだけで、別人かも知れないけれど」


「いや、それでも構わん! 我をお主の家まで蹴っていってくれ!」


「へ…………。蹴って帰るの? 何なら持って帰るけど?」


「我が伴侶だけに辛い思いはさせぬ。だからお主は蹴って我をお主の家まで連れていってくれ」


 う〜ん、そんな事言われてもなあ。


「僕にも石蹴り師としてのプライドがある。君が痛くないなら、蹴って帰るのは構わないけれど、途中で側溝に落ちたり、車に撥ねられて明後日の方向に飛んでいって、どこに行ったか分からなくなったら、そこまでだよ?」


「構わぬ。夫婦とは、喜びも苦しみも共に分け合ってこそよ。再会が叶わなかったのなら、それも運命」


 小石の声からは、必ず伴侶の下まで辿り着くと言う、強い意志を感じた。それならば、僕に異論はない。


「分かったよ。僕が絶対に家まで蹴って帰るから」


「うむ。宜しく頼む」


 僕と小石の間に何か絆のようなものが芽生えた気がした。それが僕の心に火を付ける。


 そうして始まった僕と小石の珍道中。まずは小石を道の端に寄せて、変に蹴飛ばして車に轢かれる可能性を小さくする。しかしあまり端に寄せ過ぎてもいけない。大通りなら、側溝は車道側にあるが、それ程広くない道だと、側溝が住宅地側に寄っているからだ。


 そんな変化する道を、僕は時にソフトに蹴り、時に小刻みに蹴り、そして時には大胆に蹴飛ばしながら、この小石を家まで蹴っていく。そしてどうにかこうにか家付近の住宅地までやって来た時、その事件が起きた。


「小石ーーーー!!」


 事故か何かで渋滞している大通りを迂回して、トラックが住宅地の道に進入してきたのだ。そのせいで僕は道の端に追いやられ、ひとり道の真ん中に置き去りにされた小石が、トラックの大きなタイヤに轢かれて、ピュンと弾かれた。


 住宅地のブロック塀を小石がカカカカッと弾かれて飛んでいく。そしてそのままどこかに消えてしまった。


「あ、……ああ」


 呆然とする事暫し、ハッと気を取り戻した僕は、慌てて小石を探すも、いつまで経っても見付からず、気付けば日も暮れようとしていた。暮れる前に帰らなければ、親に怒られてしまう。でも小石もこのままでは可哀想だ。どうするべきか? 住宅地に沈む夕日を眺めながら途方に暮れていると、


「そこの君」


「へ?」


 振り返っても誰もおらず、あるのはカーブミラーのみ。訳が分からず首を傾げると、


「そこの君」


 そのカーブミラーが声を掛けてきた。成程。本当に人工物でも喋れるみたいだ。


「えっと〜、何でしょう? 今、人探し? をしていて暇じゃないんですけれど?」


 僕が少し煩わしそうに応えると、


「ええ。分かっていますよ。見ていましたから。貴方が探しておられる方は、私のすぐ下の側溝にいますよ」


 僕の返答にも嫌な感じを出さず、カーブミラーはそのように小石の所在を教えてくれた。


「え? ありがとうございます」


 お礼を言いながらカーブミラーの下まで近付くも、僕は心の中で、「側溝に落ちたら終了」と言う持論と、それでも小石は家まで連れ帰ってあげた方が良いだろうか? と考えていた。


「…………運が良かったね」


「…………うむ」


 側溝にはフタがされており、小石はそのフタの溝に挟まっていた。ギリギリ側溝には落ちていなかったのだ。


 その後は何とか小石をフタの溝から蹴り出し、僕は小石を家まで蹴って帰るミッションを成功させたのだった。


「もう夜よ」


 日が落ちてから家に帰り着いたものだから、母親にこっぴどく叱れはしたけれど、僕の気持ちは晴れ晴れしていて、そんな説教は聞き流し、母親から解放されるや否や、僕は部屋に直行した。


「どう?」


 部屋に着くなり、今まで家に辿り着いた小石を飾ってある棚へ、小石を連れていくと、その小石に良く似た、丸が半分に割れたような小石を見せる。


「おお、我が伴侶よ」


「あなた……」


 どうやらこの小石が、今日僕が蹴って帰った小石の伴侶で間違いなかったようだ。


「良かった……、のかな?」


「当たり前だ」


「この方をここまで連れてきてくださり、ありがとうございます」


 首を捻る僕に、夫婦石は感謝を述べてくれた。それだけでほっこりしながら、僕は二つの小石が密着するように棚に置く。


「何かお礼がしたい。何なりと申せ」


「お礼?」


 小石の提案に戸惑う。別にお礼がして欲しくてここまで連れてきた訳じゃないから、何も考えていない。それ以前に、小石に何が出来ると言うのか。


「これでも八百万の神の一柱よ。何でも叶えてしんぜよう」


「はあ。お礼……、お礼ねえ…………」


 頭から捻り出そうとしても、思い付かない。両親の仲を良くして欲しい? 学校に居場所が欲しい? それは本当に僕がして欲しい事だろうか? お礼として解決して貰っても、人の心を操る事はタブーな気がする。なら僕がして欲しいお礼とは? 最新ゲーム? 誰もが羨む玩具?


「そうだなあ。たまにで良いから、話を聞かせてよ。君が石になって、これまでどんな生活をしてきたのか、何を見てきたのか、ちょっと気になるかも」


 自分の欲しいものが良く分からなかった僕が、何気なくそんな事を口にすると、


「そんな事で良いのか?」


 驚いたような声を返す小石。もっと凄いお願いをしてくるとでも思ったのだろう。確かに、僕は生きるのがつまらない。でも、今日はちょっとだけ楽しかった。だから、


「今日の延長戦。小石の物語に興味が湧いた」


「うむ。それならば、我ひとりが話すだけと言うのも、すぐに飽きてしまうだろう。どうだろう皆のもの。この少年に、我々の話を聞かせてやるのも一興では?」


 小石がそう尋ねた。誰にだろう? と思った次の瞬間には、


『良かろう!』


 部屋全体から声が響いた。天井のライトや、勉強机、ベッドにタンス、勿論棚に並べられた小石たちからも。


「皆、話をする事に同意してくれたぞ。これで暫くは退屈しまいて」


「そうだね。もしかしたら、僕の人生もこれから面白くなるのかも」


「かも、ではない。我々がお主の人生を賑やかで大往生だったと思うものにしてやろう」


「……そう」


 これはちょっと期待しちゃうなあ。心がワクワクするのを感じながら、僕は八百万の神様たちがどんな話をしてくれるのか、それを聞くのをもう心待ちにしていた。


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