プロローグ
諸君!私は黒幕が好きです!
物語の裏で糸を引き、他者を使い、組織を使い陰謀を企むそんな黒幕キャラが大好きなのです。
物語が進むにつれて事件の全貌が明らかになり、黒幕の存在に主人公たちが気付く瞬間!敵の強大さに震え、それでも世界の為に戦う姿!その最高の瞬間を引き出せる存在は黒幕しかいない!
加えて言うのならば、黒幕キャラは主人公に親しい者の方が好みですね。真の敵に気付き『なんで貴方が!』と主人公たちが悲壮感に苛まれながら立ち向かう姿には絶頂しそうになる!
やむ得ない理由で裏切るキャラも大好きですが、やはり1番は黒幕キャラです!大物感のある黒幕キャラをもっと見たい!もっと読みたい!もっと味わいたい!
なんて興奮してたら、気付いたら死んでました。
死因は脳出血らしいです。椅子に座りながら最高!って叫んでたら後ろに倒れて、打ち所が悪くて死んだそうで。
神ちゃんがそう言ってました。
神ちゃん曰く、予定外の死だったそうで最近増えてきた異世界作品のように私は転生する事になりましたね。
正直興奮しました。
現実世界にはないリアルな光景が見られるかも知れない!続きを楽しみにしていた作品が見れないのは残念ですが、黒幕や主人公のやり取りを間近で見たい。
どんな世界に行きたいかと問われ、私は読んでいた作品の名前をあげました。ですが、そんな世界は存在しないそうです。
代わりといったらなんですが、私が読んでいた作品に近い世界へと送ってくれる事になりましたね。最高です!
神ちゃんから能力を貰い、こうして私は異世界へと旅立ちました。
幼少期の頃の話は割愛するものとし、一人で行動できるようになると私は能力を活用して世界中を見て回りました。
神ちゃんは私の理想の世界へと送ってくれた筈。きっとこの世界のどこかに黒幕ポジのキャラがいる。その者に張り付いていれば最高の瞬間が見れるに違いない!
そんな目論見は残念ながら外れてしまった。
───世界は平和でした。
私が見た限りでは戦争をしている国もなければ、暗躍しているような組織もなかった。
騎士がいて、冒険者がいて、魔物がいる。そんな世界なのに世界征服とか、復讐の為とか、世界を壊すんだ!みたいな思想を持つ者はいませんでした。
神ちゃんは私が読んでいた作品のような世界だと言っていたのに、秘密結社は存在しなかった!
悲しかった。
私はもう黒幕バレした時の緊張感あるシーンを味わえない。主人公の悲壮感溢れる顔も、奮起する姿も見れない。
心が沈んだ時、天啓が降りた。
黒幕がいないのなら作ればいいじゃないか!悪役を作って暗躍させて!主人公ポジを育成して対峙させれば!この世界でも私はあの感動を味わう事が出来る!
私が黒幕になるという考えもありましたが、ゲームやアニメ、漫画や小説のように上手く立ち回れる自信がない。私にはそういう素質がない。
あくまでも私は観客であり裏方。黒幕や主人公たちの戦いを安全な場所から眺めるポジティブにつきたい。
───最後まで正体が明けない真の黒幕になりたい。
その為の能力は神ちゃんから与えられている。なら、後は私が行動するだけです。
理想の世界がないのならば、私が作ればいい。私が役者を用意しよう。
───だから、最高の瞬間を私に見せておくれ。
◇
「はぁはぁ⋯⋯はぁはぁ」
息が苦しい。胸が痛い。それでも足を止める訳にはいかない。見つかれば今度こそボクは殺される。
姉さまが命を賭して、ボクを逃してくれたんだ。姉さまの想いを無駄にしてはいけない。
「⋯⋯ぅ⋯⋯ぐっ⋯⋯」
視界がぼやける。前がしっかり見えない。それでも前へ、前へ。あの屋敷から少しでも遠くへ逃げないと!
「あっ───!」
裏路地を必死に走っていると目の前に人がいるのが見えた。こちらに向かって歩いてきている。追って?違う、ただの通行人。
まだ屋敷の人は騒動に気付いていない。ボクが逃げた事にも気付いていない。だから、逃げないと。
前から歩いてきた人の横を通り過ぎようとした時、腕を掴まれた。強い力。ボクの手では振り解けないくらい、強い力。
「何するんですか!」
後ろめたい事はあるけど、この人は追手ではない。ボクの事情もまだ知らない筈。急に腕を掴んで、ボクを離さない事に避難の声を上げると視線がボクの首に向いている事に気付いた。
「お前、奴隷だな。なんで奴隷が一人でこんな所にいるんだ?あぁ!?」
「ご主人様にお使いを頼まれて」
「首輪についてる家紋はグラボス家のもんだろう?俺はあそこのお得意さんだからよく知ってんだよ。好色な貴族様はお前たち奴隷を性処理にしか使ってない。お使いなんて頼むわけがない。なのにここに居る?逃げ出したか、あぁ!?」
怒声と共に地面に放り投げられた。
地面と衝突した箇所が痛い。それでも動けない訳ではない。なのにどうして体が動かないの? 立とうとしても体が言うことを聞いてくれない。
怖い。怖い。また連れ戻される恐怖に体が震えて動いていないんだ⋯⋯。
「お前を連れて行けばグラボス家の旦那のことだ、お金をはずんでくれるだろうよ。へへへ、しばらく女を抱くのに困らないな」
地面に転がるボクに向かって男が近寄ってくる。
連れ戻される⋯⋯。
ごめんなさい姉さま。姉さまの想いを無駄にしちゃった。ごめんなさい。ボクもまた屋敷に戻ります。
「力が欲しいですか?」
───え?
頭の中に知らない男の人の声がした。奴隷になってから初めて聞く、優しい声。
「運命を受け入れますか?それとも抗いますか?」
運命? 私や姉さまの今の事を言っているの?
「貴女が抗いたい言うのならば、力を与えましょう。今の立場から逃れる事が出来る力を。大切な者を護る力を」
そこでようやく、異変に気付いた。
ボクに向かってきていた男が固まっている。足を上げて前へと進もうとしていた状態で。男の口から飛び出た汚い唾も空中で止まっている。
何が起きているの?
今の立場───奴隷から逃れられる力?姉さまを護れる力? そんなものが本当にあるの?
「貴女の想いを私に聞かせてください。さすれば私はその想いに応えましょう」
───ボクの想い?
姉さま⋯⋯。姉さまに会いたい。ボクの為に犠牲になるなんて⋯⋯受け入れられない。
助けたい。今度はボクが姉さまを助けたい。
いつもボクを護ってくれたように今度はボクが姉さまを護りたい!
「力が欲しい!奴隷から逃れられる力が!姉さまを護れる力が!!」
幻聴かも知れない。都合のいい夢かも知らない。それでもボクは縋りたかった。変わりたかった。
───ボクたちを助けて!!!
「素晴らしい!!」
パンパンパンと拍手の音が聞こえた。音がした方へ視線を向けると、固まった男の向こう側から誰かが歩いて来ているのが見えた。
黒いローブで全身を覆い、尻尾を食べる蛇の模様が付いた仮面を付けた黒ずくめの人。今まで出会ってきた人の中で一番怪しい格好をしている。
けど、この人こそが先程の声の持ち主だと思うと、不思議と不安や恐怖はなかった。
「私が助けてあげますよ。だからその想いの限り、抗ってみせなさい」
───その日、ボクは神に出会った。