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第二章 【47】 凶兆

 本日は三話、更新します。


〈ヒビキ視点〉


「……うむ。想定通り、この程度の魔力干渉なら、強引に妾の術式で押し通せるぢゃろうて。転移魔法に問題ないわい」


 そもそも、転移魔法というものは。


 移動距離や魔力環境にも難易度が左右される。


 扱いが極めて難しい、高度な魔法体系であり。


 たとえ出口の転移座標が予め設置されていたとしても、そこに一方通行とはいえ入口となる転移魔法陣を設定することは、並大抵の魔術士キャスターでは不可能だ。


 しかし、この場には。


 冒険者として活躍する、現役の魔術士たちがいて。


 さらに彼らを束ねるのは、女蛮鬼の長である、白髪銀眼の外見少女ロリババアこと、レイア・メラ・エステートである。


 先日は森里の広域結界に携わっていたように、凄腕の魔術士である彼女の技量をもってすれば、通常の魔力干渉による妨害機能が仕上がった魔樹迷宮ダンジョン内ならともかく、このような生成した(生まれた)てでろくに防壁機構も整っていない環境下であれば、辣腕を振るうのに問題はない。


 むしろ、魔獣の巣窟であるという点を除けば。


 土壌に芳醇な魔力が満ち溢れているこの環境は、魔力の充填時間チャージをかなり短縮できるぶん、効率的ですらあるという。


「とにかく重症者から順番に、転移させていくぞい。魔術士キャスターたちは交代でわらわの補助を! 戦士たちはとにかく拐われた者たちをかき集めて、彼らを地上に送るまで、この場を死守するのぢゃ! とはいえ無論、無駄死には許さん! 全員で、生きて帰るぞい!」


 そうした女族長の指示のもと。


 地下空間にいた魔獣たちをあらかた始末した救援部隊の面々は、堆肥穴である窪地から息のある者たちを救出して、早急に治療が必要な者から順次、地上へと転移させていく。


「それでは礼は、また後でな」


 当然ながら。


 気丈にも、擬蟻人ギリアンに立ち向かってこそいたものの。


 普通に重傷であるオビイは、その転移組に振り分けられて。


「地上でお前を待っている。必ず、帰ってこいよ。いいな?」


「え? あ、はい……」


 視線と、言葉の節々から、妙な圧力を感じたものの。


 ひとまずヒビキは、こちらから片時も視線を離さなかった少女を、地上へと送り出して。


「ポチマルさんも、お疲れ様でした。ひと足先に、休んでいてください」


「……ルルっ、ワンっ!」


 実はこちらも、かなりの重篤な状態であり。


 精神力だけでここまで付いてきたような状態の銀狼を、しっかりねぎらったうえで、見送った後は……


「……ンでエ、問題は『アレ』を、どうするかだよなア?」


「ん……アタイらとしちゃあ正直、後腐れなく禍根を、ここで絶っておきたい気持ちはあるんだけどねえ」


「ブーハオ。それするとアイツら、間違いなくこちらを、攻撃してくるヨ。皆の無事を考えるナラ、下手に欲を出す、悪手ネ」


 転移魔法陣の、護衛として。


 最後までこの場に居残る予定の面子……


 身体中を魔獣の血で染めたアブラヒムに。


 同じような有様のハミュット。


 こちらはそれをわざわざ回避していたのか、衣類にあまり汚れが目立たないバオが。


 それぞれに、見つめる先には……


『……ギチギチギチ』『キイキイ』『キシャアアアア……ッ』


 いまだ、広大な地下空間の中心部に。


 堂々と聳え立つ、魔界樹の威容があって。


 その周囲には特殊個体イロツキ擬蟻人ギリアンと、通常個体が五体ほど。


 さらに生き残った他の魔獣たちが、集結していて。


 母樹から距離を置いて、地上へ脱出している侵入者たちを、露骨に威嚇している光景があった。


「ウチらも、それに同意」


「目的は果たした。それ以上は危険と報酬が吊り合わないって、きっとレイア様も仰ると思う。ビッキーもそれでいいよね?」


 転移魔法陣の制御に集中している、女族長に代わって。


 彼女の意見を代弁する、双子姉妹の言葉に。


「……ですよねえ。口惜しいですけどここは、相手の気が変わらないうちに、さっさとお暇させてもらいましょう」


 少しばかり、気がかりな表情を浮かべつつも。


 ヒビキも反論の言葉を、口にすることはなかった。


「え? なになに? ビッキー、何か気になるの?」


「この作戦の提案者にそんな顔されると、ウチらも気になるんだけど?」


「あ、すいません。気にしないでください。いやホント、初めて見るタイプの魔擁卵コクーンだったんで、ちょっと気になっちゃっただけです」


 それでも、僅かな機微を察した双子従者が。


 不安げに確認をしてくるが、それでも、ヒビキの意見は変わらない。


 このまま撤退は、実に合理的な判断である。


 とはいえ。

 

(……でもあの、魔界樹の根本にある魔擁卵コクーンが、なぜか妙に気になるんだよなあ)


 トクン、トクンと、鼓動を刻んで。


 この場における何よりも優先して、守られている存在。


 その答えをおそらくこの場の全員が察しているであろうが、しかし今回の優先目標が『魔界樹の討伐』ではなく『人々の救出』であるため、不用意な危険を避けたいという考えは、理解できる。


 それに攻略アタックすることで確信したが、今回の魔樹迷宮ダンジョンは、あまりにも『未成熟』だ。


 迷宮の深度や強度といった、物理的にも。


 魔力干渉や魔力濃度といった、魔力的にも。


 確かに通常の魔生樹よりは大きく育っているが、しかし魔樹迷宮を形成するには、いささかに規模が心許ないというのが、この迷宮攻略に参加した熟練冒険者たちの見解である。


 はっきりと表現するならば。


 未熟な魔樹迷宮。


 そもそもからして発生の時点から違和感を抱えていたここは、まるで何者かがこれを『無理矢理に』造ったのではないかと勘繰ってしまうほどに、不自然さが際立つ魔獣たちの城であったのだ。


 そして迷宮が。


 そのような評価であるからして。


 元凶の魔樹が抱える未成熟な果実が収穫を迎えるまでは、もうしばらくの時間を有するだろうというのもまた、この場で実物を目にした者たちの率直な感想である。


 ゆえに、ヒビキたちはこうして。


 傍観の姿勢をとっているのだが……


(まあ今回の迷宮攻略ダンジョンアタックでだいぶ敵の戦力は削れたし、残存戦力も確認できてるから、あとは一度地上に戻った後で、あらためて戦力を整えてから迷宮攻略すれば、なんとかなる……よな?)


 どうしても拭いきれない。


 粘つく不安を抱きつつも。


 理論派であるヒビキとしては、やはり感覚という曖昧なものを基準として、強硬策を推すわけにはいかない。


 自分ひとりの問題であればそれに従うこともあるが、今は、行動を共にする仲間たちがいるのだ。


 不要な危険は避けたいという判断に。


 間違いはないはずだ。


 ただし。


「……おイおイおイ。ンだよ、そりゃあ」


 それらはあくまで『侵入者』側の、意見であって。


 巣穴を荒らされた者たちからすれば到底、許容できるものではなかったのかもしれない。


 それが、あの。


 魔界樹の意思であるかどうは不明だが……


「……ッ! ヒュー、こりゃあ、たまげたね!」


 三十分ほどをかけて。


 負傷者たちを地上へ転送し終えて。


 次いで女蛮鬼や冒険者たちも、順次地上へ転送していき。


 その場に居残るのがヒビキを含めた、少数の実力者たちだけとなった頃合いに……


「……ハオ。ワタシも長年冒険者やってるケド、流石にこれハ、初めて見るネ」


 アブラヒムが驚きながらも、興奮の笑みを刻み。


 同じ光景を目にしているハミュットとバオは対照的に、軽口を叩きながらも、それぞれ表情を引き攣らせている。


「……う〜ん……なんか、ちょっとだけイヤな予感は、してたんだけど……」


「当たってほしくはなかったなあ……。ビッキー、まさかここまで読んでたの?」


「……勘弁してくださいよ。んなわけないじゃないですか」


 なぜかこちらに半目を向けてくる双子従者に、慌てつつ。


 冷や汗を垂らす、ヒビキの視線の先では。


『キイキイキイ!』『ギイッ!』『ギチキチギチギチッ!』


 先ほどまでこちらを威嚇していた半魔人デモニアや魔獣たちが、今は母たる魔界樹に向かって、歓喜の鳴き声を捧げており。


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンドクンドクンッ……と。


 明らかに速度と、力強さを増した、魔擁卵コクーンの鼓動が。


 地下空間全体に、轟いている。


 新たに生まれる命を祝福するかのように。


 大地すら感動に、その身を震わせており。


 天蓋からはバラバラと、土埃や小石が崩落していた。


 じきに……ビキビキ、と。


 魔界樹の根本に埋まった楕円形に、亀裂が入り。


 まもなくそれが割れて。


 破水した外殻から、琥珀色の液体が溢れ出して。


 バキバキと、己の手で、外の世界へと這い出できたのは……

 

「……そんな、『魔人の孵化』なんて、誰も予想できませんよ!」


 誰もが予想していた通り。


 魔王デスモスに次ぐ、人類の天敵。


 魔人デモルドの、誕生であった。



【作者の呟き】


 シリアスさん「さあ、第二ラウンドだ……っ!」


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