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第二章 【46】 オビイ⑥

第二章 【47】 オビイ⑥


〈オビイ視点〉


 胸のどこかでは、微かな期待を抱いていたものの……


 現実としてそれは、流石に有り得ないと切り捨てていた『可能性』が。


 文字通り、目の前に『降って湧いた』ことによって。


 歓喜、困惑、羞恥、安堵、不安、期待と、じつに様々な感情が。


 たわわに実った胸中で、吹き荒れるなかで……

 

「な、んで……ここに……?」


 思考の方向性が定まらぬままに。


 つい、口から零れ落ちたのは。


 友人としての感謝でも。


 戦士としての謝罪でもなくて。

  

 もっと浅ましい……女としての、欲求であった。


(……馬鹿者っ! 一体何を気にしているのだ、オレは!? それが女蛮鬼アマゾネスの戦士の振る舞いか!?)


 理性では、そうした己の浅慮を叱咤するものの。


 本能がもう、抑えられない。


 貪欲に。


 強欲に。


 答えを欲してしまっている。


 そして。


「貴方を、助けに来ました! 当然じゃないですか!」


 まさに、求めていた……


 否、それ以上に情熱的な言葉を。


 こちらを、振り返ることすらしないまま。


 さも当たり前のように、告げられて。

 

「……あっ」


 バギンッと、心の中で、何かが弾け飛んでしまった。


 パチパチと、頭の中で快感が弾けて。


 ジンジンと、異常なほどに熱を帯びた腰回りから、力が抜けて。


 ペタンと、ついにはその場に腰に尻餅をついてしまう。


「……っ!? オビイさん!? 大丈夫ですか!?」


 あくまで視線を眼前の擬蟻人ギリアンから逸らさないまま、豚鬼が声を張り上げるが。


 それを肌に感じるだけで、ビリビリと。


 全身に、甘い刺激が走ってしまう。


(……いったい、どうしてしまったんだ……オレは?)


 じんわりと、股下が湿っていく感覚があるが。


 だが今のオビイに、それを気にする余裕はない。


 思考はただ、ただひとつの存在に埋め尽くされて。

 

 潤んだ視線は、自分の心をこんなにも壊してしまった、豚鬼オークの背中から剥がせないでいる。


(いったいオレは……何が、したい? 何を望んでいる?)


 そんなもの、決まっている。


 さっきまでは卑屈にも答えを先延ばしにしようとしていたが、本音ではとっくに、答えなど出ていたのだ。


 ただそれを、確認するのが怖かっただけ。


 だけどもう、それを躊躇っている余裕は存在しない。


 早く聴きたい。


 教えて欲しい。


 貴方の心を、知りたくてたまらない。


「オレは……お前にとって、大切な存在なのか? こうして、命をかけるほどに」


 ドクンドクンと、跳ね馬のような鼓動を刻む胸元を、抑えつけながら。


 絞り出した、少女の人生を賭けた問いかけに。


「だからそんなの、当たり前じゃないですか! オビイさんが俺にとって大切じゃないとかそんなくだらないこと、次に言ったら怒りますよ!?」


 むしろなんでそれがわからないと、怒りさえ帯びて。


 返ってきたその言葉に、オビイはキュンキュンと、胸が締め付けられた。


 というか本当に、息が苦しい。


 なんなら嬉し過ぎて若干、過呼吸にすらなりつつある。


「……くっ、かはっ」


「お、オビイさん!? なんか息荒いけど、本当に大丈夫なんですか!? もしかしてまだ毒が――」


「――い、いや、いい。気にするな。それにくだらないことを聞きた」


 今にも振り向いてしまいそうな豚鬼を。


 満足感を宿した、言葉で制して。

 

「もう二度と、確認なんてしないから。だからお前は目の前の相手に、集中してくれ」


 覚悟を完了したオビイが、豚鬼の気持ちを疑う必要はなかった。


 なぜなら己の気持ちはもう、固まってしまったのだから。


 これから先、たとえ彼に見限られて、捨てられてしまったとしても……今この胸に宿る感情が、色褪せることなどあり得ないのだから。


 自分の生きる意味はたった今、定まってしまったのだから。


 だから。

 

「……本当に、大丈夫なんですね? まだ俺に、聞いておきたいこととかあります?」


「いや……もう、十分だ。オレの答えは、定まった」


「……はあ? な、ならいいんですけど……」


 こちら気遣う豚鬼に、落ち着きを取り戻した声音で答えて。


 彼に一時でも想いを向けられた、女として。


 そしてこれから彼を支え続けることを誓った、花嫁として。


「ともに生きて帰ろう、ヒビキ。みんなの元へ!」


「ええ、そうですね! その通りです!」


 生きる指針を定めた少女の言葉に。


 背中を向けたままの豚鬼は、嬉しそうに答えたのだった。


         ⚫︎


〈ヒビキ視点〉


「ともに生きて帰ろう、ヒビキ。みんなの元へ!」


「ええ、そうですね! その通りです!」


 背後から聞こえてくる、少女の声に。


 ちょっとばかり、意味を計りかねる遣り取りがあったものの。


 このような状況で混乱するのは、当然だし。


 何より最後の方では、普段の落ち着きぶりを取り戻していたようなので。


(――じゃあ遠慮なく気持ちを切り替えて、テメエをぶっ飛ばす!)


 ヒビキは意識を背中から引き剥がして。


 改めて、眼前の擬蟻人ギリアンに意識を集中させた。


『……ギチギチギチギチ』


 基本的に、魔獣を含めた魔族という存在は。


 上下関係が本能的に、明確に固定されているため。


 上位の者の指示に下位の者が逆らうことは、ほとんどないとされている。


 その関係性は縄張りなどにおいても適応されるため、おそらくはこの魔樹迷宮でも最上位に近い存在である、特殊個体イロツキ擬蟻人ギリアンがいるこの窪地に、上にいる魔獣たちが雪崩れ込んでくる気配がないのは、ヒビキにとっては幸いであった。


 さらに、上位の魔獣とは。


 相応に、自意識が強いのが特徴であり。


 目の前の異形からは、己を退けた侵入者に激しい憤りを覚えることで、自分自身の手でそれを排除しようという、強い憤懣を嗅ぎ取れた。


 それはヒビキにとって、好都合であるのだが。


(とはいえこの乱戦ぶりじゃあ、いつ戦況や、相手の機嫌が変わるかわからねえ)


 だとすれば……


 ある意味では、いつも通りに。


 もとより手札の少ない豚鬼が選んだのは、短期決戦であり。


「……こおおおおっ!」


『ギチギチギチギチッ!!!』


 息吹によって魔力を整え、闘争の気炎を吐くと。


 紅の外骨格を有する半魔人が、盛大に下顎を打ち鳴らすことで、それに応えた。


(――ブッ潰す!)


 攻撃に重きを置いたライヅ流『火式』の魔能スキル配分に体内魔力(オド)を調整した豚鬼は、足元を爆発させたような勢いで飛び出して、瞬きのうちに擬蟻人との距離を詰める。


「ッギイッ!」


『シャアアアッ!』


 闘氣オーラを帯びた掌底は……バゴッ、と。


 防御に用いられた、紅の外骨格によって阻まれた。


 魔力が貫通した手応えが薄く。


 手のひらに伝わる痺れも強烈だ。


 流石は特殊個体イロツキ


 先日に相対した通常種とは生物強度スペックが段違いなようで、瞬時にヒビキは、想定していた驚異度を引き上げた。


『ギチイイイッ!』


 一方で。


 どうやらそれは、相手も同じことらしく。


 防御した腕の一部を凹まされた擬蟻人が、憤怒と警戒を帯びた雄叫びを撒き散らしながら、鋭利な三本指の鉤爪を振るってくる。


 刃に精錬魔力(ソール)を纏わせるのと同じ原理で、破壊力を底上げされた半魔人デモニアの四肢が、空気を切り裂き、地面を割り、防御に用いた手甲をいとも容易く斬り刻んでいく。


(あっぶね……この切れ味、まともに受けたくはねえな!)


 ゆえにヒビキは払う、弾く、回避する。


 被弾を可能な限り絞った上で、それらを受け止めるのではなく、受け流す。


 そのうえで、こちらは的確に、掌底を叩き込んでいく。


 一見して地味で華がない、消極的な戦法であるが。


 そのぶん合理的で無駄がなく。


 相手にしてみれば実に面倒な。


 先人たちの編み出した、武術の結露であった。


『ギイイイイッ!』


 それに焦れた擬蟻人の攻撃が、徐々に大ぶりになってきた。


 なまじ知性があるぶん、思うように獲物を狩れない精神負荷ストレスが、大きかったのだろう。


 想像以上に早く訪れた好機に。


 豚鬼の口端が、持ち上がる。


(よしよし、いい感じにイラついてんねえ……あともうひとつ、なにかキッカケがあれば……)


 そうしたヒビキの狙いを。


 汲み取ったわけではないだろうが。


「アオオオオオ――――ンっ!」


 窪地のふちから『我を忘れるな!』と言わんばかりの、雄叫びが響いて。


『ギッ!?』


 これもまた、複眼による視野が広すぎるがゆえに。


 敵意を漲らせた銀狼の存在に気付いた異形が、一瞬、意識をそちらに分散させた。


(今だ、目覚めろ〈飢餓樹鎧トレンタス〉ッ!)


 当然その隙を、見逃さずに。


 ヒビキは己の胴体を守る魔道具に〈解放魂魄(オーバーギア)〉を使用することで、素材となった魔獣が有する能力の一部を、顕現させた。


『――ウボオオオオオオッ!』


 瞬時に、魔鎧に浮かんだ人面樹洞(うろ)から。


 大量の煙が吐き出されて、視界が濃緑に包まれる。


 そしてこの飢餓樹鎧トレンタスの、素材となった魔獣。


 擬似樹トレントは、生前において。


 己の根を触手のように操る能力を有しており。

 

 自身の体内で生成した魔力煙によって満たされたこの濃緑色の空間は、擬似的な体内と見做されているため、そこに存在する樹根を操って、かつての手足のように使役することを可能としていた。


 すなわち。


(……捕まえたぜ、毒虫野郎!)


 銀狼の遠吠えによって、意識を散らされ。


 魔道具から吐き出された煙幕で、視界を覆われて。


 さらには本来、母樹に栄養を届けるための樹根が、一斉に自分の足元に群がってきて、動きを拘束してきたともなれば。


『ギギ……ギイッ!?』


 動揺した擬蟻人が、隙を晒すのは。


 無理がないことであり。


 その瞬間を見逃さずに、ヒビキは己の背面を、敵の身体に押し当てた。


(く、た、ば、りやがれえええええっ!)


 そしてズドンッ、と。


 先ほどの掌底とは比べ物にならない、大量の魔力を撃ち込まれて。


『バビュッ! ゴパッ……!』


 紅の異形は、口から青い血を撒き散らして。

 

 その場に、崩れ落ちたのだった。



【作者の呟き】


 何故か一人で戦いたがるヴィランを。


 ヒーローたちがよってたかってボコる様式美。


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