第二章 【45】 救出③
〈ヒビキ視点〉
地下へ向かって伸びる、洞穴型魔樹迷宮に。
ヒビキの率いる救出部隊が潜入してから、三十分以上が経過して。
微かに流れる、洞窟内の空気の変化を、肌に感じて。
いよいよ魔獣たちの気配が強まり始めた頃合いに……
「……ウルルルルウッ! ガウッ!」
「あ、ポチマルさんっ!?」
突如、さも「見つけた!」とでもいわんばかりに。
ここまでヒビキたちを導いてきた銀狼が、猛然と、走り始めたのだった。
(えっ……ちょっ、これどうすればいいんだ!? たしか事前の打ち合わせでは、各々の経路で道を塞ぎながら降りてきた救援部隊が、ある程度集まってから、奇襲をかける予定だったのに……っ!?)
そうした集団の意図を、無視してしまうほどに。
焦がれていた主人の匂いを、嗅ぎ取ってしまったのか。
普段は冷静な狩人であるはずの銀狼が、脇目もふらず一直線に、洞穴の終点へと向かって駆けていく。
(えと……この場合は――)
思わず、集団の先頭を歩いていたヒビキが振り返ると。
そこには自分を見つめる、冒険者や女番鬼たちの視線があって。
「……まア、囚われのお姫サマを救い出すンなら、この見せ場は譲れねエわなア」
ヂャキンと、左右に佩いた腰元の片手剣を抜刀しつつ。
「……行くンだろウ、キョーダイ? オマエさんの合図待ちだぜえ?」
傍らの半血鬼から急かされて。
「え!? 僕は反対です……むぐぐぐっ!」
「ブーハオ。ここは空気、読むところネ」
抗議の声を上げようとした賢鬼を。
物理的に黙殺した緑鬼からも、そう促されてしまえば……
「……ブフウ」
一度、息を吐き出して。
それから大きく肺を膨らませてから。
「……往きましょう、皆さん! 仲間を、取り戻しに!」
「「「 うおおおおおっ! 」」」
決意を口にすると。
救援部隊の面々が、一斉に沸き立った。
「よしきたキョーダイッ、先陣は任せなアアアアアアッ!」
なかでもとくに高揚している様子のアブラヒムが。
太く編み込まれた金髪を尻尾のように跳ねさせながら、すでに洞窟から飛び出していった銀狼の、後に続く。
ヒビキも遅れて洞穴の出口から飛び出すと。
そこに広がる光景は……
(……あれが、魔界樹ッ!)
ゆうに床面積が百メートル平方センチ以上はありそうな、広大な地下空間と。
中心部に聳え立つ、直径二十メートルほどもある巨大な魔生樹に。
その足元に散見する、直径五メートルほどの魔生樹と。
地上の陽動部隊によって大半が誘き出されたとはいえ、まだ地下空間を斑らに埋める程度には数を残していた、魔獣たちの姿である。
そして、それらが密集していない場所には……
ポツリ、ポツリと。
粘度の高い闇が沈澱した、窪地がいくつも存在しており。
そのうちのひとつに向かって、早駆けしたポチマルが、魔獣たちを回避しながら猛進していたのであった。
(……ッ、あそこかっ!)
即座にその意図を、汲み取った豚鬼は……
「……ぶッギいイイイイイッッッ!」
広々とした地下空間の、隅々にまで響き渡るように。
威圧効果のある魔技を叫びながら、魔獣たちに突撃していく。
「……うおおお! ボウズの声だ、遅れをとるなよ!」
「……妾が許す! 者ども、祖霊に血を捧げよ! 戦士の魂を示すは今ぞ!」
「……女蛮鬼に散々、好き勝手やっとおいて!」
「……ヤり捨ては、絶対に許さない! 責任はとってもらう!」
そうしたヒビキの声に、呼応して。
すでに到着していたらしい他の救出部隊が、地下空間に繋がる洞穴から、一斉に飛び出してきた。
その中には女番鬼の大戦士であるハミュットや、彼女らの長であるレイア、その双子従者であるトトとメメといった者たちがあって。
彼女らに率いられた救援部隊が個別に進撃することで。
侵入者に向かう魔獣たちが、目に見えて分散していく。
「ヒャッハア! まだまだ夜はこれからだア、俺サマを退屈させンじゃねエぞオおおおおおッ!」
そうした魔獣たちの隙間を。
さらに、こじ開けるようにして。
左右の手にする片手剣と、周囲を高速で飛翔する魔剣を、華麗に乱舞させることで。
道を切り拓くのは、アブラヒムであり。
ヒビキと救援部隊の面々が、その後に続いて魔獣を殲滅していく。
とはいえ。
(……クッソ、邪魔だっ! どけどけえッ!)
この場における、ヒビキの優先順位とは。
魔獣の殲滅ではなく、攫われた人々の救出。
はっきり言ってしまえば、大恩ある師匠の娘であるオビイの、身柄確保であった。
「……ウオオオオオン――――ッ!」
行く手を阻む魔獣のよって、思うように進めず、焦れる豚鬼の耳に。
やや離れた場所の窪穴に向かって一心不乱に駆けていた銀狼が、叫ぶ声が届いた。
直感でわかる。
それは仲間の窮地を知らせる、遠吠えであり。
大事な人を託すという、戦友からの嘆願であった。
「……キョーダイ、お呼びのようだぜエ! 直通便だア、遠慮すんなア!」
「ハオ! デキる男は遅刻しナイ、これ鉄板ヨ!」
同じく、銀狼の叫びを耳にしたらしい。
アブラヒムが、まずは宙に魔剣を飛翔させて。
次いでバオがその場に腰を落とし、両手を腹の前に組む。
(うえっ!? マジでか!?)
秒でその意図を汲んだヒビキは。
一瞬だけ、表情を強張らせたものの。
「……お願いします、バオさんッ!」
迷うことなく。
恰幅の良い冒険者の元へと駆け寄って、直前で跳躍。
空中で姿勢を制御しながら、待ち構えていた緑鬼の両手に、足を乗せて。
「ハオッ!」
排球における、レシーブの要領で。
勢いよく、目標の窪穴がある方角へと、空に打ち上げられたのだった。
(……ドンピシャ! さすがだぜ、ヒム!)
さらにその、進行方向上には。
前もって射出されていた、半血鬼の操る魔剣が滞空しており。
「……ぶッギいイイイイイッッッ!」
重力魔法によって制御された魔剣を足場として。
雄叫びを上げた豚鬼は、空中で方向転換。
豚鼻を眼下の窪地へと向けて。
その底にいた紅の擬蟻人と。
それに立ち向かおうとする、赤髪の少女を目視した。
瞬間、ヒビキの脳裏に。
この救出作戦に向かう前に告げられた、少女たちの言葉が喚起される。
『――お願いヒビキくん、アイツを……オビイを、助けてあげて!』
『――ウチらはお荷物になるからついていけないけど、そのぶん今夜はずっと、精霊様や祖霊様に祈りを捧げるから!』
『――だからお願い、絶対にオビイを、連れ帰ってきてあげて!』
『――じゃないとまだウチらまだ、一度もオビイに、ありがとうって言えてないからさあ……っ!』
それは、この半月ほど毎朝のように。
オビイに邪険にされ、噛み付いていた、少女たちの嘆願であり。
『――お願いであります、ヒビキ様。今まで散々に失礼な態度をとっておいて、虫のいいことを言っている自覚はあるのでありますが……どうかお姉さまを、助けて欲しいのであります。そうしてくださればシュレイにできることは、なんでもさせていただきますので……どうかっ、お姉さまをどうか……っ!』
これまでずっと、ヒビキに反抗的な態度を取りづけてきた。
森鬼の少女による、哀願であった。
そうした、少女たちの懇願に。
ヒビキが答える言葉など、ひとつしかない。
(……任せろって、大口叩いたんだ! 邪魔すんなアああああっ!)
ドウッ、と足元を爆発させたような衝撃音を放って。
窪穴の底へと急降下した、豚鬼の姿を。
『……ギイッ!』
その複眼で捉えた擬蟻人が、拳を構えて迎え打つ。
「――ッギいいいいいいいっ!」
『キイイイイイイイイッ!』
地表と頭上から放たれた、両者の拳が、激突して。
各々が身に纏う闘氣の魔力圧によって、空気が撓み、破裂した。
『……ッ!? ギイギイ、ギイッ!』
吹き荒れる暴風によって、後退したのは。
自分が押し負けたことに動揺の気配を滲ませる、紅の擬蟻人であり。
「……大丈夫ですか、オビイさん!?」
その場に留まる権利を勝ち取った豚鬼が。
即座に腰を落として、拳を構え。
警戒を緩めずに、正面を見据えたまま。
力なく地面に横たわる、人間たちのなかで。
唯一立ち上がっていた、背後の女蛮鬼に声をかけると。
「な、んで……ここに……?」
震える声音で、返ってきたのは。
傷だらけの褐色肌を、暗闇の中でもわかるほどに赤く火照らせて。
目元を潤ませた、オビイからの問いかけであり。
「貴方を、助けに来ました! 当然じゃないですか!」
そんな当たり前の言葉を口にすると。
「……あっ」
なにかが決壊してしまったような、声を漏らして。
ペタンとその場に腰をついてしまったらしい、少女の気配に。
(……えっ!? なんでっ!!?)
眼前の半魔人から視線を剥がすことのできない豚鬼は。
大いに、胸中で狼狽えたのであった。
【作者の呟き】
ハーレムタグさん「ズギューンっ!」




