第一章 【07】 魔力鍛錬②
〈ヒビキ視点〉
「では構えよ、ヒビキ」
人気のない、森の中で。
自らもまた、腰を落として。
両腕を、正眼に構えることで。
戦闘状態へと移行する、和装の大男……テッシンに対して。
「ウッス! 師匠ッ!」
弟子となる、幼い豚鬼……ヒビキもまた。
手解きされた、同じ流派の型を、構えながら。
「ぶふううう……」
深く。
息を吸って、吐いて。
息吹によって、精神と。
魔力の状態を、整えていく。
練り上げられた体内魔力が、精錬魔力となりて。
それを身体強化の魔技として、用いることで。
ヒビキが纏う〈闘氣〉が、力強く。
充溢していく。
そうした、高密度の魔力とは。
身体能力を、向上させるとともにに。
物理に対する、魔力障壁を兼ねているため。
全身に〈闘氣〉を纏った、今のヒビキであれば。
前世の死因である拳銃で、撃たれたところで。
かすり傷ひとつ、負う事はないだろう。
「……」
一呼吸ごとに、魔力密度を増していく。
ヒビキの臨戦態勢を、前にして。
テッシンは、自ら動くつもりはないようだ。
得物である小太刀や、大和刀を。
腰に佩いたまま。
静の構えに、徹している。
(……舐めやがって!)
無論、ヒビキとて。
余裕の態度を見せる、大男に。
今の実力で、尋常に立ち回れるなどとは。
思っていない。
(絶対に、一泡吹かせてやるッ!)
とはいえ。
前世の、生まれ育った境遇から。
上手く、他人の機微を悟ったり。
積極的に、集団の輪に溶け込むことを、苦手とする一方で。
こちらは、生来の性格なのか。
負けん気は、人一倍に強く。
身内と認識する相手には。
わりと、内弁慶な気質であった。
「ぶッぎいいいいいっ!」
そのため。
豚鬼という人種の、肉体の構造上。
気張ると、つい漏れ出してしまう。
独特な雄叫びを上げながら。
ヒビキは、反骨心を滾らせて。
一歩を踏み出した。
(受け止めてくれるってんなら、遠慮しねえぞッ!)
同時に、体内の魔力供給を受けて。
この一年間で、テッシンたちに仕込まれた。
強化系統の魔能が。
順次、発動していく。
筋肉を一時的に肥大化させる〈増強〉に。
肉体の反応速度を引き上げる〈加速〉や。
情報の処理能力を上昇させる〈感応〉と。
これら代表的な、身体強化の魔能は。
使用の前後に、複雑な手順や詠唱が必要なうえ。
発動中も、魔力操作を必要とされる、魔術や。
前者よりは、そうした難易度が、下がるものの。
それでも一定の、魔力技能が必要とされる、魔技とは異なり。
体内に形成された、魔力経脈に。
必要な魔力を、供給する限りは。
十全に、効果を発揮してくれる。
魔能であれば。
今のヒビキの魔力技能でも。
実戦で扱うことが、可能であった。
それら魔術、魔技、魔能といった、魔法技能を。
自らの適性や。
周囲の状況に応じて。
過不足なく。
適時、切り替えて。
柔軟に、用いることが。
戦士としての、最低条件であると。
ヒビキはテッシンから、教え込まれている。
だからそれ以上の。
不要な魔法は、使用せずに。
必要な魔法には、十分な魔力を注いで。
(ブッ……飛びやがれえええええッ!)
静から動へと転じた、ヒビキは。
目にも止まらぬ速度で、彼我の距離を詰め。
身体に纏う魔力を、さらに凝縮させながら。
テッシンに向かって、躊躇うことなく。
全力で、拳を叩きつけた。
ドゴオオオン……ッと。
鉄壁に、砲弾がぶち当たったかのような。
盛大な音が、鳴り響く。
「……はっ!」
正面から、その破壊力を。
受け止めたはずの、テッシンは。
しかしその場から、微動だにしていない。
「ぬるいぞ、ヒビキ! その程度か!?」
少しばかり、足元を。
大地に陥没させているものの。
本体そのものは、不動であり。
顔には、嘲笑すら浮かべていた。
「……ッ! まだまだあっ!」
怯むことなく。
ドゴンッ! ズガッ! ドゴオオンッ……と。
蹴りや拳を、叩き込んで。
いかに、恰幅が良いとはいえ。
百二十センチ程度しかない背丈からは。
常識的には、想像できない。
逸脱した破壊力を伴った、打撃音を。
絶やすことなく、響かせ続ける。
ヒビキであるが。
「ふははは、ぬるいぬるい! なんぞ、異性の良い虫ケラが、元気にはしゃいでおるのう!」
そうした、ヒビキの猛攻は。
テッシンを、その場から。
一歩たりとて。
退かせるには、至らない。
それどころか。
「では、そろそろ……」
無呼吸で放ち続けていた、連打における。
ひと呼吸ぶんにも満たない、間隙である。
スッ……と。
編み込まれた繊維の隙間に、刃先を、通すかのように。
ごく自然に。
連撃の合間に、差し込まれた。
打ち下ろし軌道の、手刀を。
(……ッ!?)
咄嗟に、ヒビキは。
上体を捻ることで、回避した。
「ふっ」
すると、頭上から失笑。
ヒビキがその意味を、理解したのは。
(……ッ! しまった……ッ!)
続け様に、テッシンが繰り出した足払いを。
躱すことができずに、姿勢が崩されてしまった。
後のことである。
(ヤバっ!?)
見え透いた上段からの攻撃に、気を取られて。
足元への警戒を、疎かにしてしまった。
己の迂闊を悔いるが、もう遅い。
「フンッ!」
宙に浮いた、子豚の身体を。
巨躯の鬼教官が、容赦なく。
蹴り飛ばしたのである。
(――んぎいいいっ!?)
メシメシ、と。
身体の奥から、骨が軋む音が聴こえて。
悲鳴にならない声とともに、十メートル以上も。
空中を、水平移動したヒビキは。
「……がはあっ!」
大木に、叩きつけられたのちに。
ようやく地面へと、落下した。
「ヒビキくんっ!」
我が身を引き裂かれたような。
少女の悲鳴が、森に木霊しているが。
今はそれに、反応するだけの余裕がない。
全身を、激痛が襲って。
喉奥から、血反吐が湧いてくる。
「……っ!」
だが、呑気にそれを。
吐き出すよりも、先に。
無理矢理に、手足を動かして。
ヒビキはその場から、飛び退いた。
すると、一秒後には。
上空から人影が、飛来して。
ズッゴオオオン……と。
踵落としによる一撃にて。
ヒビキがいた場所を、周囲の地面ごと、粉砕して。
半円状に、陥没させたのだった。
濛々と、土煙が舞い上がる。
「――プッ!」
視界不良のなか。
四足獣の姿勢で、地面へと着地したヒビキは。
口に溜まる、血反吐を吐き捨てて。
「……こおおおおっ!」
鋭く、強く。
息を吸い込み。
消費した魔力を補填。
体内にて体外魔力を、体内魔力へと置換。
すぐさま精錬魔力へと練り上げて。
土煙に紛れながら。
再度、地面を蹴る。
(喰らいやがれっ、〈衝波〉おおおおおっ!〉
魔力技能を用いた、近接格闘において。
ヒビキが用いる〈闘氣〉のように。
己を守るための、魔法の使用が。
一般的であるならば。
そうした魔力障壁を、打ち破る。
もしくは貫通させる、魔法が。
戦闘の駆け引きとして、編み出されることは。
必然の、成り行きである。
そして。
『……ヒビキよ』
『おぬしは魔力の扱いが、不器用に過ぎる』
『ならばいっそのこと、下手な小細工や技巧なんぞに、こだわるな』
『恐れず敵と距離を詰め、怯まず拳を叩き込め』
『圧倒的な暴力こそ、往々にして、最善手にて御座る』
ヒビキの特性を汲んだ、師の意向から。
習得した、手札とは。
接触した対象に。
己の魔力を、直接叩き込む。
貫通型の魔技とされる、〈衝波〉である。
「ぬうっ!?」
立ちこめる、土煙の対流から。
ヒビキの再接近を察したようだが、もう遅い。
今度は握り締めた、拳ではなく。
五指を揃えた、掌底を。
テッシンの脇腹に……ズンッ!
打ち込んだ、ヒビキは。
同時に……ズドンッ!
ありったけの魔力を。
手のひらの、向こう側へと。
捻じ込んだ。
(……うっし、カンペキ通った!)
対象に、魔力が貫通した際の。
独特な手応えを、覚えることで。
ヒビキの顔に、会心の笑みが浮かぶ。
「……」
そして……弟子の手によって。
自らが伝授した魔技を。
全力で、叩き込まれた。
テッシンは。
「……未熟ッ!」
口端から、血を垂らしつつも。
即座に、反応してみせた。
「……は?」
直後に……バヂンッ、と。
何らかの魔法を打ち込まれたのか。
間抜けな声を、漏らしたまま。
ヒビキは全身が、麻痺して。
意識こそ、明瞭なものの。
指先ひとつ、動かせなくなってしまう。
「土煙を利用した、咄嗟の機転と、その思い切りまでは、まあ良いとしよう。だがそれ以外が、あまりにお粗末で御座るぞっ、ヒビキ!」
硬直する弟子を、見下ろしながら。
テッシンが、怒声混じりに。
指導の言葉を、口にする。
「魔力の練り上げが足らぬ! 身体の切り返しも甘い! そもそも拳に、体重が乗っておらなんだ! 〈衝波〉とは、物理と魔力の衝撃が合わさってこその、ひとつの技で御座る! その一方を欠いた時点で、失敗も同然よ!」
ということは、やっぱり。
ちゃんと魔力そのものは、貫通していたわけで。
それでもテッシンが、こうして。
平然としていられる、理由とは。
その身に宿す、魔力量が。
ヒビキとは、雲泥の差があるために。
大海に対して、細波程度しか、起こせなかったというわけなのだろう。
(こ……のっ、バケモンがあああああっ!)
少なくとも、現時点においては。
その全力が、指先にすら届いていない、圧倒的な強者に対して。
心を折られることなく。
むしろ、反骨を燃やせることは。
挑戦者としての、まごうことなき、美点である。
「……ッ!」
そうした、ヒビキの心に燃え盛る。
逆境に抗う、心意気を。
睨みつける視線から、汲み取っとのか。
「良し、まだ心は、萎えておらぬようだな」
口端から垂れた血筋を。
乱雑に、拭いつつ。
ヒビキに向き直ったテッシンの顔には。
笑顔が浮かんでいた。
そして笑顔とは、本来。
肉食獣の浮かべる、攻撃の予兆である。
「せっかくの好機を欠いた、己の技量不足、恥じるべし! しかと精進せよ!」
ゴツンッ、と。
振り下ろされた、拳骨によって。
頭蓋骨が、陥没したような衝撃を覚える。
(……り、〈自癒〉っ!)
物理的な衝撃によって、麻痺が解除され。
肉体の自由を取り戻したヒビキは。
自然治癒能力を上昇させる魔能を。
つい、反射的に。
発動させものの。
「……ほう。敵の目前で、斯様な隙を晒すとは……随分と剛気な態度で御座るな。ヒビキよ?」
それは悪手である、と。
頭上から降り注ぐ、冷ややかな声によって。
悟ってしまった。
「あ、いえ……これは、つい……」
恐々と。
引き攣った笑みを浮かべる、弟子に対して。
「いや、宜しい」
師匠が、穏やかに。
理解の笑みを、浮かべている。
「ならば本日は、耐久訓練と致そうか。痛みを克服するには、痛みに慣れるのが、一番で御座るからな」
「し、師匠? できれば、少しぐらい手心を……」
「ふはは、遠慮するな! なあに何度となく全身の骨を砕かれれば、骨の一本や二本程度に、いちいち気を取られることもなくなろうぞ!」
「ぴっ、ぴぎいいいいいっ!」
そして、今日もまた。
鬼畜師匠による鉄拳教育によって。
子豚の悲鳴が、虚しく。
人気のない森に、木霊するのだった。
【作者の呟き】
懐かしき鉄拳教育……
異世界だから、大丈夫ですよね?