第二章 【37】 救援①
〈ヒビキ視点〉
そうした、アブラヒム劇場によって。
周囲から一応の理解を得ることができた、ヒビキであるが。
それからすぐに、話の成り行きを見守っていた傍観者たちに要請したのは……
「……どうですかっ!? 皆さんからの応答は、ありましたかッ!?」
「ああ、こっちは問題ないよ!」
「こっちもだ!」
「ウチらのほうも、ちゃんと反応があったよ!」
普段からこの森里を拠点とする、女蛮鬼たちに。
それぞれが所持する、簡易の通信用魔道具によって、仲間たちの安否を確認してもらうことであり。
「……っ、駄目だ、反応がないよ!」
「アタイのツレからも反応がないんだけど、これってやっぱり、不味い感じなのかい!?」
そのうちの数人が名を挙げた、連絡を取れない女蛮鬼が配置されている場所を。
予め配布されていた簡単な地図で確認しつつ。
「……チッ、クソッタレが。ボケカスども、喜びやがれ。テメエらのクソみてえな賭けが、大当たりみたいだぜ?」
そうした彼女たちよりも、さらに精度の高い高価な通信魔道具を所有する、冒険者たちに。
音信不通の場所を確認してもらえば。
返ってきたのは、最悪の回答であった。
「すでにこの防衛前線は、ピンポイントで突破されちまってる! 女蛮鬼や冒険者どもの食い荒らされた死体はねえみたいだが、空いた穴から、ウジャウジャと虫ケラが流れ込んでるってよ! んで一体、こっからどうすんだあボケカスう!?」
「ちょ、ちょっと待って下さい、ラックさん!」
ひとまずは冒険者たちの、代表者として。
話をとりまとめてくれた、赤鬼からの問いかけに。
「今すぐ、考えをまとめますんで!」
誰よりも早くに異変を察知したことで。
自然と、意見を求められる立場となってしまった豚鬼は。
凄まじい圧力に晒されながらも。
懸命に思考を整理していく。
(仮にここまでの、俺の推測が全部正しかったとして……)
この活性期に匹敵するほどの、魔獣の大発生が。
大量の魔生樹から無作為にばら撒かれた魔獣による、手当たり次第の暴走などではなくて。
少数の魔生樹を母体とする魔獣たちによる、母樹に供物を捧げるための、意思統一された『収穫狩り』だったとするならば。
犠牲を前提で、こちらの綻びを探り。
一点突破で防壁に穴を開けた魔獣たちが、その後に取り得る行動など、限られている。
すなわち。
(……後ろが、危ないっ!)
魔獣が求めているのは『敵』ではなく『餌』。
つまりは仕留めるのに時間も犠牲もかかりそうな、女蛮鬼の大戦士や、高位の冒険者などではなく。
もっと簡単に仕留められて栄養価もそこそこにある、女蛮鬼の戦士や、低位の冒険者たちであり。
それらが、密集している場所に。
ヒビキは心当たりがあった。
「……ラックさん! やっぱり俺たち、この場を離れますっ!」
「ハッ、勝手にしろや、クソガキども!」
「……けどホントに、俺たちが戦線を離れちゃって、大丈夫ですか!?」
「ああん!? 誰にモノ言ってやがんだ、ボケカスがあ!」
そうした、ヒビキの確認に。
怒鳴り声を返すものの。
「オレ様たちがいるんだ、そもそもこの程度の戦場に、こんな人数いらねえよ! むしろすぐに動かせる冒険者を見繕ってやるから、そいつら引き連れて、さっさと好きなトコ行ってこい!」
「ヒュ〜、リーダー、太っ腹あ〜っ♪」
「でもボス、それ、規約違反の可能性あるネ。あとで訴えられたら、危ないヨ?」
「うるせえ知るかボケカスども! んなもん、全部オレ様が背負ってやるから、ガキはガキらしく好き勝手に暴れてくりゃあいいんだよッ!」
「……ウッス、ありがとうございます!」
咎めることなく。
むしろ戦力を分け与えてくれたのは。
言動こそ粗野な印象を受けるものの、端々に一流の冒険者としての風格を滲ませる赤鬼と、その仲間たちであった。
さらに。
「じゃあアタイらも、流石に大戦士はこの場から動かせないけど……戦士ならギリ行ける……っていうか、イケることにするさね!」
「ハミュットさん!?」
そうした話に、耳を傾けていたらしい。
女蛮鬼の大戦士も、戦力の派遣を申し出てくれた。
「でもそれじゃあ、レイアさんのご指示が……!?」
「んなもん、アタイなんかに現場の指揮権を任せた族長様が悪いさね! 暴牛の二つ名は伊達じゃないよ!」
「そこは伊達であって欲しかった! でも、ありがとうござます! マジで助かります!」
「おうよ、存分に感謝して、なんなら惚れてくれればいいさね! ……だからアンタらも、イイ男を堕としたきゃ、戦場で女を魅せてきな! ウチらが見ていないからって、ヘタるんじゃないよ!」
「「「 はいっ、大戦士様っ! 」」」
そうした上位者による、発破によって。
新たな戦場に向かう女蛮鬼たちの顔にも、闘志と意欲が漲っていく。
「イイねエイイねエ、鉄火場の気配だア! 滾ってきたねエッ!」
混乱から立ち直り。
見る間に熱を帯びていく、戦士たちの気概に。
感化されて興奮を抑えきれない様子の半血鬼などは、より一層に、昂っているものの。
「とはいえ、魔獣どもにこれ以上の侵入経路を作られてないためにも、最低限の防衛戦力は崩せないさね。女蛮鬼から出せるのは精々がニ十人くらいなもんだけど、それで足りそうかい?」
「十分ですよ、ハミュットさん!」
自分の意見が、発端となって。
こうして戦力を分散することになってしまった、豚鬼としては。
「……っていうか本当にそんなに人手を回しちゃって、大丈夫ですか?」
またしても、念入りな確認を口にするように。
胸中に湧き上がる不安を、隠しきれない。
当然だ。
なにせ自分の判断に、自分以外の人間の命が、関わろうとしているのだから。
(……これ、キッツいな。プレッシャーがハンパじゃねえよ。師匠なんかはいつも、こんな気持ちだったのか?)
これまで、戦士としての経験は積んできても。
それを率いる機会を、とんと持ち得なかった。
若人の抱く不安に対して。
「そこはもう、戦士の勘としか、言いようがなさね」
さもあっさりと。
それを見透かしているはずの熟達の戦士は。
現状を、割り切ってみせたのだった。
「そんな、簡単に……」
「……ん? ボウヤは、不安かい?」
「……ええ、まあ、正直、ゲロ吐きそうです」
「ははは、吐いちまえ吐いちまえ。なんならいっそ、漏らしちまってもいいさね!」
だけどね、とハミュットは。
萎縮するヒビキに、片腕を回して。
体格相応に御立派な胸部を、バインバインと、豚鬼の頬に押し当てながら。
「……誰にだって、初めてはある。でも怖いからってそこから、逃げちゃいけないよ。それが自分で選んだ道なら、尚更さね」
「ハミュットさん……」
「それにまあ、強引に理由をこじつけるなら、すでに破られた戦線が魔獣らにとっての『穴』なら、ここは『迂回路』として認識されているはずさね。だとすればまずこれ以上の増援は送られてこないだろうから、これくらいの戦力を残しておけば、日没までは十分に持ち堪えられるってもんさ」
だから。
「遠慮なくボウヤは、ボウヤのやるべきことを、しっかりやっといで!」
「……ウッス! ありがとうございます!」
こんなにも期待を寄せてくれる、先人に。
後達は、せめてもの誠意と感謝を捧げて。
「ハミュットさんって、マジでイイ女ですね!」
「ははっ、今更かい!」
肩組みを解いてくれた女蛮鬼に、照れ隠しの笑みを浮かべると。
戦化粧をした偉丈婦は、苦笑いを浮かべるのであった。
⚫︎
それから、ほどなくして。
「……よっしゃあ、行って来いボケカスども! 冒険者なら冒険者らしく、冒険してきやがれッ!」
「里のことは頼んだよ、アンタら! 男どもはあとでたっぷりとサービスしてやるから、しっかり漢気を魅せてくるさね!」
それぞれに、発破の言葉を口にする。
冒険者と女蛮鬼の代表者たちから、見送られて。
「だとよオ、相棒オ! 腕が鳴るねエ!」
「――行くぞ、ヒム!」
冒険者と女蛮鬼から選抜された。
それぞれ二十名ほどからなる増援部隊を、引き連れて。
ヒビキとアブラヒムが先陣を切って、森の中を疾走していた。
『ギシイイイッ!』『ゲッゲッ!』『ブモオオオオッ!』
その途中で散発的に遭遇する。
前線で討ち漏らした魔獣たちを。
「うぜエッ!」
「相手にすんな、ヒム! 足を止めんじゃねえよ!」
討伐する時間すら、惜しんで。
只ひたすらに、全力で駆け続ける。
(……魔獣にどれだけの知性があるのか知んねえけど、こうやって組織的な動きを見せている以上は、最低限の戦略があると見ていいはずだ!)
そうしたヒビキの胸中を占めるのは。
圧倒的な不安と、一縷の希望であり。
(だとしたらこういう、一度使えば二度目が警戒される手を打ってきた以上は、ここでキッチリと成果を持って帰らなきゃ、割に合わねえ!)
そして日没という制限時間と。
こちらが温存する戦力を、把握している以上は。
餌の確保として効率的なのは『一撃離脱』であり。
すなわちそれが、果たされるか。
あるいは防ぐことが、叶うのか。
正しくこれは、時間との戦いだ。
(……まだ間に合う……間に合ってくれえええええッ!)
張り裂けんほどに、鼓動を昂らせながら。
必死に森を駆け抜ける、豚鬼と半血鬼を筆頭とした集団の視線の先に。
ややあって。
グルリと森里を囲う、背の高い木柵が見えてきて。
それらに刻まれた魔法陣によって展開される、広域の魔力障壁の一部に……
『……キイキイ』『ギチギチ』『ガリガリガリッ』
「く、コイツら!」
「返せ返せ、押し返せえ!」
「これ以上里の中に、魔獣どもを入れるんじゃないよ!」
群がるようにして結界に穴を開ける、魔獣の群れと。
懸命にそれらに抗う女蛮鬼や冒険者たちの姿を、発見したのであった。
【作者の呟き】
擬蟻人さん逃げて、超逃げて!




