第二章 【36】 疑惑
本日は三話、更新します。
〈ヒビキ視点〉
時間はふたたび、遡って。
陽が傾きかけてきたエステート大森林における、女蛮鬼の森里を守るように配置された、防衛戦線の片隅において。
「これって、活性期による魔獣暴走なんかじゃなくて……ただ単に、でっかい魔生樹……それこそ魔界樹なんかが引き起こした、魔獣たちの『収穫狩り』なんじゃないですか?」
一定の間隔を置いて、繰り返される。
魔獣たちの襲撃の合間に。
自分の覚えた疑念を確認するため、アブラヒムを連れ立って周囲に聞き込みを行っていた、ヒビキであるが。
高位階梯の冒険者である赤鬼から、その意図を問われたために。
戸惑いながらも口にした、その推測に。
「……いやいやいや」
「それはない」
「ないないない、流石にあり得ないから」
奇妙な聞き込みをしていたヒビキに興味を惹かれて。
その場に集まっていた冒険者たちが。
一斉に、首を横に振った。
「う〜ん、ウチらとしても、それはちょっと、信じらんないねえ……」
「魔界樹って、魔樹迷宮を造っちゃうくらいに育った魔生樹のことだよね?」
「この森に住む者として、その予兆を見過ごすはずはないっていうか……」
次いで、同様の理由で集まっていた、女蛮鬼たちもまた。
皆一様に、困ったような表情を浮かべている。
さらには。
「……ボウズ。たしかに狂魔どもの少なさは気になるが、それでもこれが活性期じゃなくて、でっかい魔生樹から産まれた魔獣の狩りだっていうのは、流石に発想がぶっ飛び過ぎだし……何よりもこの森の管理を託されてきたアタイらに対する、侮辱だってのは、理解しているさね?」
この場における、女蛮鬼たちの代表格。
胸元に雄牛の刺青を刻んだ大戦士。
ハミュットにまで、そう諭されてしまっては。
「……ッ!」
茹った頭に、冷水をぶち撒けられたような。
心胆の冷える感覚を味わってしまう。
顔を真っ赤に染めた、豚鬼であった。
(で、ですよねえ!? だってこんなの、ただの頭でっかちな豚野郎の、突拍子のない思いつきですもんねえ!?)
いかに、直弟子であるヒビキが。
経験豊富な教師たちから、膨大な知識を詰め込まれたところで。
それらの大半は、実体験を伴わない机上の空論であり。
こうして長い年月をかけてそれらを蓄積してきた者たちを前にすれば、根拠の薄さが、あっさりと露呈してしまう。
「……ったく、ちったあ見どころのある暴れっぷりをしてたから、いちおう耳を貸してやりゃあ……ケッ。時間を無駄にしちまった。所詮ガキはガキだな。クソみたいな戯言ほざいて他人の気を惹きたいんなら、冒険者じゃなくて、吟遊詩人でも目指しやがれ」
そのうえ、苛立ちを隠そうともせずに。
紅蓮柄に剃り込まれた側頭部を、ガシガシと掻きながら。
この場において冒険者たちの統率者役を担っている、赤鬼からも、そのように吐き捨てられてしまえば……
(……うおおおおお恥ずかしいいいいっ! なんか調子乗っちゃって、すいませんでしたあああああっ!)
動揺のあまり、目をグルグルと回してしまう豚鬼に。
もはや正論を、覆す気概などなくて。
「……チッ、もういい。そろそろ休憩時間は終わりだ。次が来る前に、さっさと持ち場に戻れ――」
「――ヒャハッ!」
それゆえに。
続く赤鬼の言葉を、断ち切ったのは。
「だ〜からア凡愚どもはア、いつまで経っても常識から抜け出せねエ、つまンねエ生き方しかできねえンだよオッ!」
豚鬼の横で、挑発の笑みを浮かべる。
陽光を浴びて輝く金髪を三つ編みにした、半血鬼であった。
「……ああん? なんだよクソガキ、今なんかほざいたか? ええッ!?」
「クソガキじゃねエよ、クソジジイ。アブラヒム・ヴァン・ヘルシング様だア、別に覚えとかなくてもいいぜエ? 凡愚に興味はねエからなア」
「……ラックだ。Aランク冒険者頭目のラック・ゴールド様だ。テメエのランクは幾つだよ? つーかママに、口の利き方は教わらなかったのか、お坊ちゃんよお? イキったところで育ちの良さが、キレイなおべべから滲み出しちまってんぞ?」
「ヒャハハッ、俺サマのツラがイケメンなのはア、事実だから仕方ねエとしてエ、そうやってすぐ肩書きにこだわんのもオ、凡愚っぽくてステキだねエ! さっきから小物臭がプンプン漂ってンぜエ、オッサン!」
「あははっ、この子リーダーに、全然物怖じしてないね! かっわいいなあ!」
「ブーハオ。年少者の増長、慢心、無作法、良くないネ。教えてあげル、年長者の努めヨ」
「……ちょ、待って待って、待ってくださいって!」
あからさまな挑発の言動を。
全方位に振り撒くアブラヒムに対して。
赤鬼の冒険者仲間らしい、青鬼や緑鬼が、囲うように歩み寄ってくる。
慌てて両者の間に割り込んだヒビキが。
なんとか場を取り繕おうとするものの。
「つーかヒム、空気読みやがれ! 誰にでもすぐ噛み付くんじゃないよ、狂犬ですかこの野郎!?」
「ポチマルパイセンにゃあ負けるがなア! つーワケでとっとと行こうぜエ、相棒オ。ここにいても時間の無駄だア、大物を取り逃しちまう!」
「オイオイオイオイ、だから待てや、クソガキども! 勝手に持ち場を離れようとしてんじゃねえよ、ボケカスがあ!」
「なんか俺まで巻き込まれてるっ!?」
完全にアブラヒムの同伴者と看做されてしまったのか。
射殺すような赤鬼……ラックの叱責に。
ヒビキは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「いいか、オレ様たちは遊びじゃなくて、雇われてここにいるんだ! 依頼主がいて、金銭を介した依頼を受注した以上は、好き勝手に持ち場を離れるような真似は許されねえ! 常識だろうが、ボケカスども!」
ただし、粗野な言動に反して。
赤鬼の言葉は、いちいちがもっともであった。
さすがはAランク。
高位階梯の冒険者として、冒険者ギルドから認められているだけのことはある。
仮に、彼らを動かそうとするのであれば。
それは雇い主である、女族長の判断を仰ぐ必要があって。
そして彼女は今、後方の森里において。
非戦闘民たちを守るための広域結界を展開しているため、容易に連絡を取れない状況であると、事前に通達されている。
女蛮鬼たちも同様の理由で、この場を動くのは難しい。
とはいえ。
「それはあくまで、オタクらの都合だろうがよオ。生憎と俺サマも相棒オもオ、雇われてここにいるンじゃねえンだからア、お行儀良くテメエの指図を聞き入れる必要はねエよなア?」
アブラヒムの主張もまた、正論ではあった。
なにせ彼らのような、森里と交易都市を繋ぐ一方通行の転移魔法陣で呼び寄せられた、冒険者ギルド所属の赤鬼たちとは異なり。
ヒビキとアブラヒムは、その腕を買われて。
自主的に参加した、義勇兵のような立場である。
「えっと……そうなのか?」
「ハオ。事前の顔合わせデ、そんなコト、言ってたネ」
「リーダーってば、興味がないことすぐに忘れちゃうからね〜。そんなんだからいつも記念日を忘れて、元奥さんに愛想尽かされちゃったんだよ〜?」
「うううううっせえよボケカスども! 今そんなハナシ、関係ねえだろうがよお!」
「つーワケで、俺サマたちは好き勝手させてもらうぜエ? 寒い身内コントなんかに付き合ってられっかよオ」
「だから待てやボケカスコラあッ!」
あくまで主張を曲げない半血鬼に、声を荒げつつ。
赤鬼の瞳には、不可解な疑問の色があった。
「……まあ、いい。いや良くはねえが、ひとまずテメエらの立ち位置は呑み込んでやる。だがよお、なんでテメエは、そこまで頑なに拘る? さっきも言ったけどそいつの推測は穴だらけで、根拠の乏しい妄想の類だぞ?」
「……ッ!」
思わず、息を呑んでしまう程度には。
熟練冒険者であるラックの指摘は、的を射ていて。
ヒビキ自身、何故こうもアブラヒムが自分の推測を推すのか、疑問に感じていると……
「……ハア? ンなもン、親友がそう言ってンだからにイ、決まってンじゃねえかア。それ以外の理由がいるのかよオ?」
「ッ!!?」
その、あまりに根拠のない判断基準に。
絶句してしまう。
あとなんか、戦いを共にしてから、加速的にアブラヒムの中での友人階梯が急上昇している。
解せない。
「……ぐう!」
「あ、これ駄目ネ。ボスの急所、入っちゃったネ」
「リーダーなんだかんだ言って、こういう青臭いのに弱いからね〜」
一方で。
散々と半血鬼を詰っていた、赤鬼であるが。
その発言が、どうにも彼の琴線に触れたようで。
胸を押さえて苦しげに、よろめいていた。
仲間である緑鬼と青鬼が、それぞれ苦笑を浮かべている。
「と、尊い……っ!」
「これが男の友情……推せる……っ!」
「やっぱり是非とも二人セットで、お相手したいもんさねえ……じゅるっ!」
女蛮鬼たちもまた、何やら。
大層な感銘を受けているようであり。
ハミュットなどは馳走を前にした猛獣のように、舌舐めずりさえしていた。
ともあれ。
(……すげえな、コイツ)
すでにこの場に、アブラヒムを非難する空気は存在していない。
たった一言で。
視線で、態度で、生き様で。
容易く状況を、覆してしまっていた。
(これが……生まれ持った、カリスマってやつなんだろうなあ……)
ヒビキのように。
知識や情報や理屈を並べて、相手を説得するのではなくて。
ただ単に、暴力的なまでの魅了を以てして。
他者を従え、総べて、導く才能。
まるで物語における主人公のような、世界に選ばれた存在。
それをひしひしと、目の前の少年から感じてしまう、豚鬼であった。
(そんな人間が……本当になんで、俺みたいな凡人に、ここまで固執してんだろ?)
仮にアブラヒムが、世界を変革させる天才だとすれば。
ヒビキなどは、良くて人々が定めた枠組みにおける、秀才。
精々が常識的な範囲の中で最善を尽くすことに腐心する、優等生でしかないはずだ。
それでも、彼は。
最初からやけに、こんな自分に対して、友好的であり。
自信に満ちた、その態度からは。
確信のような気配さえ滲ませている。
(でもまあ……そんな大層な人間に信じられてるってのは、悪い気はしねえよな!)
すでにヒビキの中にも、迷いはない。
こんな凄いヤツが肯定してくれているのだから、きっと己の直感は正しいのだと。
何か目に見えない、大きな流れの中を。
突き進んでいる感覚さえあった。
「ンで、ヒビキイ。俺サマたちは一体イ、こっからどう立ち回るンだア?」
「……散々大見得切っといて、そこは人任せなのかよ。カッコつかねえなあ」
「ヒャハ、そいつは役割分担ってエやつだア。俺サマは確かに天才だがア、万能じゃねエ。頼れる親友にはア、頼らせてもらうさア」
「……っていうかもう、お前の中で親友枠は決定なのね。審査基準緩すぎない?」
「あアン? 刃を交えたんだから友人でエ、ともに戦ったから相棒でエ、これから死戦を潜るんだからもう親友で間違いねエだろうがよオ? なんかおかしなこと言ってっかア?」
「……俺としてはその直感が、むしろ外れて欲しい限りなんだけどな」
「ハハッ、ソイツは無理だなア! 断言してやるよオ、ヒビキイ! テメエは間違いなく、性悪な女神サマに愛されちまってるンだッ! 大人しく運命を受け入れてエ、精々俺サマを楽しませてくれよオ、親友ウ!」
「はっ、期待に添えるかはわかんねえけど、精々こき使ってやるよ、悪友」
そう言って、二人の少年は。
互いの拳を、打ち合わせたのだった。
【作者の呟き】
ママ「性悪な運命の女神様……? はて、誰のことでしょうかねえ……?」




