第二章 【34】 冒険者⑤
〈タウロドン視点〉
時間が少し、前後して。
エステート大森林で発生した魔生樹の活性期から、女蛮鬼の森里を専守防衛するための戦線に配置されていた豚鬼が、戦場の異変を嗅ぎ取ってから、しばらくしてのことである。
まもなく陽が落ちるであろう。
夕焼け色に染まった、大森林を背景として。
歴戦の女蛮鬼の大戦士や、高位階梯の冒険者たちによる防衛前線によって守られた、森里の内部には。
そうした前線での適性を認められなかった、あるいは選ばれなかった冒険者たちが、氾濫した魔獣の脅威によって森里からの移動もままなならず、その場への残留を強いられていたわけで。
そうした冒険者たちの一部が。
女族長からの、臨時依頼として。
森里の内部や周辺を防衛する女蛮鬼たちの戦士に混じって、避難民たちの誘導や、避難場所の警備に、努めていたのであるが……
「……ひいいいっ!」
「な、なんで里の中にまで、魔獣が!?」
「外の人たちは、やられてしまったのですか!?」
そのなかでも。
念のための、予備戦力として。
森里を覆う障壁結界の内側に配置されていた、低位階梯の冒険者たちが。
『グルルルルルウッ!』『アオオオオン……ッ!』
『キイキイキイッ!』『キチキチキチッ……!』
前触もれなく。
突如として森里に雪崩れ込んできた、大量の魔獣たちを目の当たりにした彼らは。
元々戦う気概の薄かったこともあって。
容易く、恐慌状態に陥っていた。
「うおおおおおッ……!」
そうして及び腰となった冒険者たちの前に、飛び出て。
裂帛の気迫を込めた、雄叫びをあげながら。
全身を強化魔能で隆起させた牛鬼が、凄まじい怪力で、巨大な片手斧を振るうと……
ズゴッ、と。
冒険者たちに向かって突進していた装甲蟻の頭部に、鋼鉄の刃を叩き込んだ。
『ギギ……ギッ!?』
さらに刃先を食い込ませたまま。
「どっせいっ!」
強引に、それを振り回すことで。
『キチキチ……ブボッ!』
こちらに向けて噴出された粘糸蜘蛛の糸束から、己の身を守る。
「きッたねえんだよッ!」
そうしてビクビクと痙攣する蟻型魔獣の骸を、盾としながら。
蜘蛛型魔獣との距離を詰めた巨漢が……ズドンッ!
逃げ出そうとしていた獲物に。
容赦なく、鉄塊を叩き込んだ。
その豪快な立ち回りよって、逃げ腰となっていた、低位階梯の冒険者たちが気づく。
「おい……あれっ!」
「〈勇猛団〉の、タウロドンくんじゃないか!」
「Cランク冒険者も、こっちに配属されてたのかよ!?」
そうして衆目が集まったのを。
一瞥で、確認してから。
「……落ち着け、皆! おそらくこれは、一時的なものだ! 慌てることはない!」
声を張り上げて。
困惑する冒険者たちに、発破をかけるのは。
今この場においてはもっとも階梯の高い、中位階梯《Cランク》冒険者、タウロドンであり。
彼がこうして魔獣と戦闘を行っているのは。
森里に幾つも設けられた、避難場の目前であった。
「魔獣の数はそう多くないし、じきに増援も駆けつけてくる! だからお前らも冒険者の端くれとして、落ち着いて、冷静に対処していけ! 絶対に後ろには行かせるんじゃねえぞ!」
そうして声を張り上げる、巨漢の背後……
この森里で活動を行う神樹教徒による。
教会の内部には。
現在は隷妹や隷夫、傷病人や年配者、たまたまこの森里を訪れていた行商人や旅芸人などといった、非戦闘員が避難しているために。
先ほどから森里に流入してくる、魔獣たちを。
そこに近づけさせるわけには、いかなかった。
(なんとか……この場は、持ち堪えさせてみせる! それが前線に行けなかった、俺たちの役割だ!)
適性不足によって、前線組に選ばれることはなく。
それでも腐ることなく、己の役割を果たそうとする牛鬼の青年に。
「……ほ、本当に、大丈夫なんですか!? 大丈夫なんですよね? 嘘じゃないですよねえ!? 僕たちに逃げなくてホントに大丈夫なんですか!? 信じていいんですよねえっ、リーダー!?」
いちおうは、周囲の冒険者に届かぬように。
小声という配慮を見せるものの。
露骨な動揺を見せるのは、タウロドンの冒険者仲間である、片眼鏡をかけた賢鬼であり。
「うるさいクソメガネ、黙るピョン! もし本当に前線が決壊してるんなら、雪崩れ込んでくる魔獣はこんなもんじゃないはずだピョンから、パニくらずに冷静になれだピョン!」
彼を一括する兎人の手にする短剣も、すでに、魔獣の体液に塗れていた。
「……ああ、大丈夫だ、モリイ! きっとまだ、防衛線や結界の一部が破られただけだから、慌てるような段階じゃない! 粘っていれば援軍が必ず来から、それまでは落ち着いて、対処しろ!」
「……え、ええ、そうでですよね……そうに決まって、いますよね!」
「ああ」
などと。
不安を露わにする仲間に向けた、その言葉は。
同時に自分自身にも、言い聞かせるものでもある。
(……信じていますよ、冒険者の先輩方に、女蛮鬼の大戦士様がた!)
前線に赴いている彼ら、彼女たちのように。
情報を共有するための魔道具を、配備されていないため。
あくまで現場から、現状を推測するしかないが。
それでも自分のそうした予想は、あながち間違いというわけではないはずだ。
如何なる理由で防衛戦戦が突破され、森里を守護する障壁結界までもが破られてしまったのかは不明だが、じきにその答えを携えた者たちが、救援に駆けつけてくれることを信じて。
自分たちは、それまでの間。
この場で、冒険者としての責務を果たせばいい。
「ウモオオオオオオッ――!!!」
魔力を込めた雄叫び、魔技の〈戦吼〉によって。
タウロドンは周囲にいる、魔獣たちの注意を引き寄せる。
この場にいる魔獣は、大半が蟲型であり。
蟲型魔獣の複眼が。
ギョロリと、一斉に。
こちらに向けられたことを、肌で感じた。
(……ッ!)
獣型のような、敵意に溢れたものでも。
植物型のような、粘つくようなものでもなくて。
鉱物型のそれに近い、無機質で無感情な魔獣の視線に晒されて。
ゾワゾワと、背筋が粟立つものの……
(……ビビんな、俺は冒険者だ! 勇気を以って、苦難に立ち向かう、戦士なんだろうがよ! この程度のピンチに、ビビってんじゃねえ!)
何よりも、この森里には。
自分の勇姿を見せつけたい、女性や仲間たちがいるのだ。
ここにはいないが、きっとどこかで自分と同じように戦っているであろう、凛然とした美しき赤髪の女蛮鬼の姿を。
あるいは言葉こそ辛辣なものの、意外と面倒見は良かった、皮肉屋の半血鬼の姿を。
もしくは心底気に入らないが、腕前だけは認めてやってもいい、豚鬼の姿を。
なによりも……
こんな自分の、ワガママに付き合って。
今もこうして冒険に寄り添ってくれている、仲間たちの姿を。
視界に納めた、タウロドンは。
「ミミル! 俺が注意を惹きつけるから、狩れるやつから狩っていけ! モリイはとにかく片っ端から魔術を使いまくれえ! 出し惜しみはすんな! それで救援が駆けつけるまでの間を耐えきれれば、俺たちの勝ちだ!」
「了解だピョン、リーダー! 獣人の狩りを、見せてやるピョン!」
「し、信じますからね!? あとで嘘でしたとかやめてくださいよねえ!」
「……」
「……リーダーあっ!?」
ぶっちゃけ、確証なんてない。
全ては目の前の状況に、期待を上乗せした、推測に過ぎない。
だけどそれほど、的外れなことは言っていないだろうし。
少なくともこうした現場の異常は、周囲に伝わっているはずだ。
(……だったら、今の俺たちに必要なのは希望! ここで情けない顔を晒してるようじゃあ、リーダーなんて務まらねえ!)
動揺するモリイシュタルに。
タウロドンは、力強い笑みを浮かべる。
「残念ながら俺には、心に決めた人がいるから最後まで同伴はできねえが……今度お前が気に入っていた店、奢ってやるよ!」
「っ、約束ですからね! スペシャルコースで閉店まで、豪遊させてもらいますからね!」
「それでやる気を出すお前は、マジで最低のキモメガネだピョン」
少しばかり、身内の兎人から。
冷ややかな視線を注がれたものの。
「うおおおおお〈衰弱〉っ! 〈乱魔〉っ! 〈火炎弾〉うううううっ!」
なんとか恐怖を飲み込んだらしい賢鬼が撒き散らす、多彩な魔術を目にした冒険者たちが。
「あ、変態のモリイもいる!」
「くそっ……あのドスケベ眼鏡まで気張ってるんだ、負けらるかよお!」
「あの連敗王に遅れをとったとなりゃあ、もう二度と、夜のお店でデカい顔できねえぞ!?」
「キミたちもっと僕に敬意を持ってくれませんかねえええええっ!?」
狙っていた方向性とはやや異なるものの。
それでも、魔獣の襲撃による混乱から、徐々に落ち着きを取り戻していった。
(……やっぱり腕は、悪くないんだよなあ)
性格は悪いし。
性根は腐っているし。
性癖は歪んでいるけれど。
それでも魔術士としての力量は、同世代の中でも抜きん出ているモリイシュタルの存在は、非常に心強い。
「ウモオオオオオおおおおおッ!」
それに負けじと、タウロドンが雄叫びをあげて。
愛用の片手斧を振り回しながら、魔獣たちを叩き割っていくと。
「……お、俺たちも行くぞ!」
「ここでビビってちゃ、冒険者なんて務まらないんだからね!」
「タウロドンさんたちに続けえええええっ!」
じきに、遠巻きに様子を伺っていた冒険者たちも、次々と戦いに身を投じていって。
仲間たちと、協力しながら。
群がる魔獣たちを、撃退していく。
(――良しっ! これなら増援が来るまでは、なんとか持ち堪えられそう……ッ!?)
そうした光景に。
タウロドンが頬を緩ませた――次の瞬間に。
ズンッ……と、視界がブレた。
「ッ!!?」
いや、違う。
これは……
(……ぶっ飛ばされた!? この俺が!? デカくて硬くて素早い何かに、体当たりでもされたのかっ!?)
全身の骨を軋ませるような衝撃を覚えつつも。
何度か地面を跳ね転ばされた牛鬼は。
即座に立ち上がって、片手斧を構え、襲撃者の正体を探る。
するとそこには……
『……キチギチギチギチッ』
「ッ!? おいおい、なんだコイツは!?」
人の形を成した。
しかし決して人ならざる。
異形の、巨大な蟲の姿があった。
【作者の呟き】
牛鬼くん頑張れ、超頑張ってえ……っ!




