第二章 【22】 冒険者①
〈ヒビキ視点〉
「――オラあアアアアアっ! お前たち、そこで何をしているッ!?」
野太い怒鳴り声を放ちながら。
魔獣狩りに赴いていたヒビキとアブラヒム、オビイと銀狼の元に。
森の奥から姿を現したのは、三名の人影であり。
「テメエら、オビイさんに何してやがる!? 今すぐ離れやがれッ!」
そのなかでもっとも巨大な……身長百八十センチほどのヒビキをゆうに上回る、二メートル近い上背を有した大男が、ズカズカと、肩を怒らせながら歩み寄ってきた。
(いやだから、一体誰だって!? 昨晩から呪われてんのか、俺っ!?)
などと、困惑そのものは隠せないものの。
それでも一応、声の主を観察してみれば。
筋肉隆々とした、逞しい巨体に反して。
その顔つきは、意外と若々しく。
額ではなく側頭部から、前方に向かって、雄牛のような鬼角が突き出ていた。
身につけているのは、いかにも冒険者然とした軽装鎧であり。
右手には体格に見合った巨大な片手盾と。
反対側の手には、片手斧を備えている。
そうした装備の年季具合や、声や顔などの印象から、おそらくは十代後半から二十代ほどの、牛鬼であることがみてとれた。
そのような、巨漢の青年の言動から。
「……えっと、オビイさん、知り合いですか?」
もしかして知人なのかと、考えて。
傍の少女に声をかけてみるものの……
「……?」
不思議そうに、口元を結んで。
赤髪の女蛮鬼は、小首を傾げていた。
「……っ!!?」
そうしたオビイの反応に。
まさか部外者扱いされるとは思っていなかったのか、慌てて見せたのは、牛鬼の青年である。
「ちょ、マジですか!? オビイさん!? お、俺! タウロドンですよ! つい先日にクロスの街でC級認定を受けた期待の新人冒険者、〈勇猛団〉のリーダー、タウロドン・ロッテです! まさか本当に忘れてしまわれたのですか!?」
見た目通りに冒険者であるらしい巨漢……タウロドンが。
自ら素性を明かして、なお。
「……???」
それでも該当する人物を思い出せないのか。
とても不思議そうに、女蛮鬼はさらに首を傾げていた。
「ぶ……ぶははははっ! ね、ねえっ? だから、言ったじゃないですか、リーダー!? 女性から『一人前になってから出直してこい』なんて、程のいい断り文句だって!」
「そのおかげで張り切ってくれて、昇格認定に合格できたのはラッキーだったけど、どうやらこの感じだと、こっちの昇格はなさそうピョンねえ……」
そうしたオビイの反応に。
とうとう、堪えられなくなったのか。
腹を抱えて笑うのは、片眼鏡を装着した、小柄な人影であり。
その横では皮鎧を身につけた細身の少女が、呆れの表情を浮かべていた。
「う、うっせぞ、モリイ! それにミミルも! ま、まだ、わかんねえじゃねえか! たまたま……そう、今日はたまたま、ド忘れしているだけかもしれねえだろうが!?」
「……すまない、本当に思い出せないんだ。お前は一体、何者だ? 本当にオレの知り合いなのか?」
「……がはあっ!」
一縷の希望に縋ったものの。
無情なる少女の、宣告によって。
無惨にも牛鬼が、その場に崩れ落ちた。
「あははは! トドメ! 綺麗にトドメが入りました! ねえリーダーっ、今どんな気持ちなの? あれだけ街で散々にイキっておいて、いったい今、どんな気持ちなんですかあ? 後学のために教えてくださいよ! ねえってばあ!?」
「ちょ……モリイ……笑っちゃ、ダメだピョンよ……ぶふっ!」
おそらくは彼の、冒険者仲間なのだろうが。
打ちひしがれた青年を指さして、容赦なく爆笑する少年と。
それを嗜めつつも、笑いを堪えきれない様子の少女に対して。
「……ンでえ、けっきょくテメエらは、一体何者なんだア? カケラも興味はねーけど、いちおう聞いておいてやンおオ」
面倒臭そうに。
胡乱な目つきの半血人が、誰何の声をかけると。
「……は? なんですか貴方、無礼な人ですね。人に名を尋ねるときは、まず自分から――エボフうっ!?」
「黙れクソメガネ! イケメン様に舐めた口利くなですピョン!」
反抗的な態度を取ろうした、小柄な少年に。
身内であるはずの軽装少女が。
見事な肝臓打ちを、叩き込んだのだった。
「あ、えと、ウチはミミル! 兎人の、ミミル・フットですピョン!」
そうして。
自らが無力化した少年には目もくれずに。
あせあせと、乱れていた前髪を弄りながら。
若干引いている様子のアブラヒムに、媚びた笑みを浮かべながら、自己紹介をするのは。
身体を部分的に覆う獣毛と。
兎のような長耳に、丸い尻尾を生やした。
獣人の少女……ミミルであり。
「んでそれがいちおう、ウチら〈勇猛団〉の魔術士、賢鬼のモリイシュタル・プレーンですピョン!」
「おっ……ぐふっ……」
そうした彼女が指差す先で。
ビクビクと、痙攣しているのが。
魔外套に魔杖と言った一般的な魔術士の装いをした、モリイシュタルという名の、片眼鏡をかけた賢鬼であるようだった。
(たぶんあの、タウロドンっていう牛鬼が前衛兼盾役で、装備的にミミルさんが斥候か盗賊、モリイシュタルくんが後衛担当って感じかな?)
ここまでの話の流れから。
このエステート大森林からみて、最寄りの街である交易都市において。
冒険者一行〈勇猛団〉と名乗っているらしい彼らの人種や装備から、そのような各々の役割分担の推測を立てつつ。
(っていうか今更だけど、こうして『冒険者』っていう異世界の代名詞を普通に受け入れている時点で、俺もだいぶこの世界に馴染んできてるよなあ)
七年前に、こちらの世界に転生してからというもの。
行動を共にしていたテッシン一行やマリアンから、その存在を聞き及んで。
勇聖国における潜伏活動中には、遠巻きに只人の冒険者を。
鬼帝国に転移してきてからは、只人以外の多種多様な冒険者を目にしてきたヒビキとしては。
今やそれを、当たり前の存在として受け入れている自分に、なんとも奇妙な感慨を抱いてしまっていたわけであり。
(……ん? でもそうだな、そもそも俺が冒険者になるって選択肢も、アリっちゃアリなのか?)
それはふとした、思いつきであったのだが……
案外、悪くない選択肢なのではないかと。
豚鬼は思考を深掘りしてみる。
(駆け出しとかなら話にならないけど、ある一定のランクにまで到達した冒険者ってのは、所属するギルドの規約にもよるんだろうけど、国を跨いだ活動が容認されてるみたいだし、そうした活動を自分自身で行えば、マリーの治療に必要な希少素材を効率的に手に入れられるはず)
もちろん現実は、そんなに甘くないだろうし。
そもそも現状は、それ以前の問題として。
これより数週間後に執り行われる、女蛮鬼たちの豊穣祭において。
催される武闘会で自らの力を示し、女蛮鬼から花嫁を迎えて、種婿としての立場を手に入れることで、病床に伏したマリアンの生活環境を、維持することに全力を尽くさなければならないのだ。
ヒビキの夢想は、そうした計画が上手く進んだ先にある、仮定の話である。
とはいえ、だ。
(ぶっちゃけ俺の今の実力って、どのくらいなもんなんだろ?)
そうした将来を、可能性のひとつに見据えて。
現在の自分の力量を、把握しておくことは。
決して、無意味な行為ではないはずだ。
(たぶん、ハミュットさんやレイアさんの評価的に、世間的に見て、弱い部類の人間じゃあないと思うんだけど……)
とはいえ、だ。
たとえば、自らの師匠である、テッシンや。
たびたび鍛錬に付き合ってくれていた、カナデやハクヤといった、大和国の武芸者たち。
あるいは決して自分に矛先を向けることのなかったものの、おそらくは自分などでは相手にならないであろうのほどの実力を備えたマリアンや。
けっきょく自分が手を合わせることはなかったが、それでもまざまざと絶望的な実力差を見せつけられた、聖拳と名乗る只人の超越者。
そんな彼女たちからすれば格下でありながらも、かつての自分が手も足も出なかった聖浄騎士。
直近でいえば、いま目の前にるアブラヒムなど。
少し記憶を巡らせるだけでも、脳裏には。
自分が敵わなかった。
あるいは匹敵する存在が。
ゴロゴロと思い浮かぶために。
(けっきょく俺の力って、この世界でどの程度まで通用するもんなんだろ……?)
数々の敗北を喫してきた豚鬼がそのような疑問を抱いてしまうのは、仕方のないことだった。
だからこそ。
(ちょうどいい機会だ。この子たちはさっき、自分たちをCランクの冒険者って名乗ってたよな?)
つまり世間一般的には『一人前』とされるだけの力量を。
身につけてるはずなので。
(……だったらちょっとだけ、その実力を、見学させてもらいたいな)
などと、思考を着地させた豚鬼が。
「あの……すいません、ロッテさん?」
「……あ゛? もう……なんだよ、いったい……?」
地面に両手をついて。
力なく、項垂れていた牛鬼に。
「もしよろしければ少しだけ、俺たちと魔獣狩り、ご一緒しませんか?」
そのような提案を、持ちかけたのだった。
【作者の呟き】
逆説的にそんなバケモノたちに揉まれて育った自分もまたバケモノである可能性に、気づいていない主人公。
異世界あるあるだと思います。




