第二章 【20】 来訪者①
本日から、一日二話。
区切りに具合によっては三話ほど、更新予定です。
〈ヒビキ視点〉
「……そんじゃあ早速ウ、テメエの血イ、魅せてもらおうかアッ!」」
月明かりが途切れた、暗闇の中で。
鬼火のように、幻想的に。
魔力を帯びた血色の瞳を輝かせながら。
一方的にそう宣言してヒビキに駆け寄ってくるのは、背中で太い三つ編みにした金髪を跳ねさせる、十代の後半程度に見える少年であった。
(――ん誰だよ、コイツっ!?)
この森里に腰を据えて、日の浅いヒビキであるからして。
当然ながらその住人たちを、全て把握しているわけではないが。
少なくともこの一週間で見聞きした範囲に、この少年に該当する情報はなく。
「何者だッ!?」
それはどうやら、この森里に生まれ育った女蛮鬼の少女にとっても同様で。
ヒビキの護衛を担っているオビイが。
駆け寄ってくる少年の前に。
拳を構えて躍り出た。
「邪魔アッ!」
躊躇うこともなく。
漆黒の西洋鎧を身に纏う少年は、その背中と腰元にそれぞれ二振りずつ備えた、計四本の片手剣のうち、背中の二本を抜刀した。
「……っ!」
オビイもそれに怯むことはなく。
即座に身体に精錬魔力を……否。
それをさらに高密度に、高濃度に圧縮した、徒手空拳の武闘家たちが好んで用いる闘氣と呼ばれる魔力を纏って、片手剣を両手に距離を詰めてくる少年と対峙する。
そのまま拳と刃を構えた両名の、射程距離が交わる……直前で。
「ハッハアッ!」
「……ッ!?」
己の得物を二つとも『投擲』してきた少年に、オビイは目を見開きつつも。
ギギンッ、と冷静にそれらを弾き飛ばすと。
少年は新たに、腰元の二本を抜刀。
今度は左右の手で振りかぶられた刃を、鋼鉄の強度を宿したオビイの褐色肌が、受け止める。
「……浅ましい、な! 己の武器を、そのように軽々しく扱うなどとッ!」
「ハッ、そりゃご丁寧にイ、どうもオ! だが俺サマはア、別に得物を投げ捨てたつもりはないぜエッ!」
そうして少年と至近距離で睨み合う、オビイには見えていなかったものの。
彼女の死角では、先ほど弾き飛ばされたはずの片手剣が、まるで『己が意思を持っている』かのように空中で反転して、そのまま無防備な女蛮鬼の背中を目指して飛翔していた。
「ぶぎイいいいいいいッ!」
両名から距離を置いていたために。
それに気づくことができた豚鬼はライヅ流『風式』を用いて駆け寄り、オビイを背後から奇襲する飛翔剣をまとめて叩き落とす。
「――ッ!?」
「ハッハア! どこ見てンだあメス鬼イッ!」
遅れてそれに気づいたオビイが、動揺の気配を滲ませて。
相手の隙を見逃さなかった少年が、女蛮鬼の腕と接触した刃で器用にそれを絡め取りながら、ぐるりと反転。
片手剣で上半身を押し倒しつつ。
回転の勢いを利用した、足払いを放ったうえに。
さらには太く編み込まれた金髪を弾ませて、尻尾のようにしなったそれが、オビイの両目を強かに打ちつけた。
「オラアッ!」
上半身、足元、視界と。
三点を同時に崩されて。
隙を晒してしまったオビイの胴体に。
少年の後ろ回し蹴りが叩き込まれる――
「――ブギいッ!」
寸前で。
オビイの身体を後ろに引き倒して。
入れ替わるようにして前に出た豚鬼が、放たれた蹴りを正面から受け止めた。
ズドンと、強烈な打撃音が響いて。
「……ヒューっ♪ ヤっルねエ!」
大地に根差した大樹の如く。
その場から微動だにしなかった豚鬼に、血色の瞳をした少年は、口元から鋭い八重歯を覗かせた。
(コイツ……この鬼牙の形、それに耳の長さ的にも、精人寄りの鬼人ってところか!?)
頭部に生えた鬼角の形状などから。
そうした少年の種族をある程度、推定することは可能だが。
とはいえ先ほどの飛翔剣が彼の魔力操作によるものなのか、本体の魔道具的な性能なのかまでは、判断できない。
ただひとつ、確かなことは。
「……オビイさん、ここは俺が引き受けます! 貴方は人を呼んできてください!」
「……ッ! だがッ、それは――」
「――いいから早く!」
負けん気と責任感の強い少女の気持ちを尊重したいところではあるが、今の彼女の力量では、この少年の相手は荷が重い。
かつて聖浄騎士に戦いを挑んだ、自分のようなものだ。
(でも今は逃げられるし、救援を呼ぶこともできる! だから頼む、俺の言うことを聞いてくれ!)
そうした、背中を向けたまま放たれる、豚鬼の言葉に。
「――っ!」
息を呑んだ様子のオビイは。
「……わ、わかった。この場は任せるぞ、ヒビキ!」
「はいッ!」
逡巡を滲ませたものの。
なんとか、自分の指示を受け入れてくれたらしい。
すぐに駆け出して、遠ざかっていく少女の気配を背中に感じつつ。
「オイオイ、ツレねえなア。男の誘いを前にしてエ、女蛮鬼がケツを向けるのかよオ。俺サマがそれを許すとでもオ?」
「行かせねえよ、粘着野郎。俺が相手してやるから、我慢してくれや」
「……ハッ、ステキな口説き文句だぜエッ!」
鼻息荒く、挑発の言葉を並べる豚鬼に。
金髪三つ編みの少年は、改めて刃を向けた。
「アブラヒム・ヴァン・ヘルシングだア。イカした強面の豚鬼サンよオ、テメエの名はア?」
「……ヒビキだ。ヒビキ・ライヅ。この森里にお世話になっている、ただのマザコン豚野郎だッ!」
「ハハッ! 俺サマも年上の女はア、嫌いじゃないぜエッ!」
上機嫌に。
よく見れば気品さえ感じる、整った顔立ちに。
野獣のごとき、好戦の笑みを浮かべて。
「それじゃア時間はあンまりなさそうだしイ、とっととテメエの血をオ、魅せてくれやア!」
黒鎧を纏う剣士が、踊るように。
左右の手に握る片手剣を、乱舞させる。
おそらくは身体強化の魔能を用いているのであろうそれらの斬撃は、瞬きのうちに、暗闇に無数の銀閃を刻むものの。
(ちゃんと視えてるぜ、この野郎!)
視力強化の魔能である〈暗視〉を発動させたヒビキは、闇夜のなかでもそれらを的確に見切り、闘氣を纏った肉体で捌いていく。
さらに。
(……そこっ!)
同じく強化された、聴覚を用いることで。
死角から飛来する片手剣を把握して。
それらも容易く、弾き飛ばした。
「……ン、とりあえず前菜としちゃア、合格みてえだなア。そのまま主菜までエ、楽しませてくれよオ!」
血のように真っ赤な瞳を、さらに煌々と滾らせて。
少年の身体と得物を、真紅の魔力が覆っていく。
(やっぱり、精人の血が濃いみてえだな! なんちゅう魔力量だよ!)
とはいえ個体における戦闘面の『強さ』とは。
肉体という『足し算』で積み重ねてきた値を、魔力という『掛け算』で増幅させて、魔術や武術という『方程式』に当てはめたものであり。
たとえどれかひとつで劣っていようとも。
総合力で優っていれば、問題ない。
精人のような魔力の扱いに優れた人種ではなく、獣人寄りの優れた肉体を有する豚鬼として生まれたヒビキの強みとは、それらの式を成す根幹。
文字通り、物心つく頃より弛まずに鍛え続けてきた、己の肉体そのものである。
「ぶぎイいいいいいッ!」
積み重ねてきた、時間は。
積み上げてきた、研鑽は。
鍛え続けてきた、筋肉は。
決して自分を裏切らない。
またそうした自負は、揺るがぬ魔力の原動力となって、全身に強固な闘氣を纏わせた。
たとえ愛用する魔樹鎧がなくとも、爆発的な体内魔力の増加を果たした豚鬼の肉体は、精錬魔力を帯びた魔剣の刃をものともしない。
頑強な肉体と。
強固な魔力に。
冷静な視野を用いて。
上下左右に加えて、前後からも縦横無尽に襲いくる、魔剣の乱舞を。
淡々と、的確に、恐れることなく。
ただただ弾く、弾く、弾き飛ばす。
洗練された暴力を以って、寄せ付けない。
「ハッハア! イイねエイイねエ、滾らせてくれるねエええええっ! 気に入ったぜエ、ヒビキイ!」
そうして、全方位斬撃を凌ぎ切った豚鬼に対して。
浮遊する二本の魔剣を、背後に従えながら。
両手に真紅の魔力を帯びる片手剣を構えた少年が、薄い唇に、艶かしく舌を這わせた。
「……ちょっとした摘み食いのつもりだったがア、こりゃちょっとオ、味見程度じゃ治まんねえなア」
そうして対峙している間にも。
精神の昂りに呼応しているのか。
少年から放たれる魔力圧は、増加し続けている。
(コイツ……マジで、何者だ!? あの聖浄騎士クラスの魔力量じゃねえか!)
かつては大敗を喫した相手と、同程度の魔力を滲ませる、正体不明の少年に対して。
常識人としての前世のヒビキが。
警戒心を募らせる一方で。
(……面白れえッ! あんときの、リベンジマッチだッ!)
好戦人種の豚鬼として生まれた今世のヒビキが。
湧き上がる本能に染められて。
口元に、凶暴な笑みを浮かべていた。
「……イイねエイイねエ、鬼人らしいイ、とっても男前な笑みだぜエ、ヒビキイ。ゾクゾクしちまうじゃねえかアッ!」
「べつに……テメエ自身に、恨みはねえんだけど、ちぃと個人的な八つ当たりをさせてもらうぜ、アブラヒムとやら。ボコボコにしてやるから、好きなだけ恨んでくれやッ!」
「おっけエおっけエ、上等だア! 喜んでエええええッ!」
そうして、喜色満面を浮かべた少年と。
生来の強面を凶悪に歪めた豚鬼が。
互いの闘争心を、思うがままに、ぶつけ合おうとしたところで……
「……あいや、両者そこまでぢゃ! 待たれえええええいっ!」
水を差すように。
ヒビキとしては聞き覚えのある、女族長の声が。
訓練場に、響き渡ったのだった。
【作者の呟き】
〈悲報〉主人公、戦闘中毒者な師匠に隠れていたけど、普通に野蛮人だった!




