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第二章 【06】 オビイ①

〈ヒビキ視点〉


「……あれはかつて、この里に種を蒔いてくださった種婿たねむこであるテッシン・ライヅ殿が、友好の証として贈ってくださったものであり、そこにいるオビイ……オビイ・メラ・ライヅにとっては、滅多に逢えぬ父君の残してくれた、思い出の品だったのぢゃよ」


「んな……っ!?」


 そのように女蛮鬼(アマゾネス)の族長、レイアから語られた言葉の内容に、驚愕する一方で。


 ヒビキの脳裏では、情報の欠片が繋がって。


 整然と道を成していく。


(そうか……それでこの場所に、俺たちは転移してきたのか!)


 おそらくは、本来の転移魔法計画において。


 先ほどレイアが口にした、この女蛮鬼の森里に植えられたという、ヒビキの師匠……テッシンが贈呈したとされる天聖樹は。


 そうした関係性が、あるが故に。


 この地からさらに東に移動した場所にある大和国(ヒノモト)へ至るための、無数にある中継座標のひとつに、設定されていたのであろう。


(だけど儀式場が荒らされて、必要な魔力が足りなくなった所為で、転移魔法がここで中断されちまったんだな)


 しかも、そうした突発的な理由によって。


 本来想定していた以上の魔力を、消費してしまったために。


 魔生樹の『周囲から魔力を吸い取る』性質を反転させて、自らの『貯蔵した魔力を放出する』性質を与えられた天聖樹は、貯蔵魔力を使い果たすことで、あのように枯れ朽ちてしまったのだ。


 そのうえ、あの天聖樹が。


 周囲の環境を変化させる機能を用いることで、あの温泉を維持していたとするならば……


(……やっべ)


 客観的に、省みて。


 女蛮鬼たちの憩いの場に、無断で侵入して、場を荒らし。


 あまつさえ貴重な天聖樹を、無許可で使い潰してしまった、自分たちは。


 彼女たちからすれば、まごうことなき罪人であり。


 さらに初対面の際から、度々に抱いていた、少女への違和感にも思い至る。


(そういや確かに、言われてみれば色々と思い当たる部分があるけど……マジであのオビイってお嬢ちゃん、師匠の娘さんなのかよ!?)


 彼女が用いていた体術に、見覚えがあったことも。


 凛とした佇まいに、奇妙な既視感を覚えたことも。


 自分が口にした名に、過剰な反応を見せたことも。


 全ての符号が一致して、オビイがテッシンの実娘であるという事実が、ストンと腑に落ちてしまった。


(っていうか師匠おおおおおっ! アンタ、こんなところに子種ばら撒いて、一体何やってんのおおおおおおっ!?)


 想定外の事態に直面して。


 思わず心の中で、絶叫してしまうものの。


 今思い返してみても。


 テッシン・ライヅという人物は、良くも悪くも、豪快崩落な人物であり。


 性に対しても非常におおらかな感性を有するあの大男であるならば、好みの女性から言い寄られて、それを拒むことはないだろうし。


 そもそもからして大和国は一夫多妻のお国柄だというので、彼がそれを躊躇う理由もなかったのだろう。


 全ては合法の上の行いである。


 とはいえ、だ。


 ヒビキとしては、あんな性に対して大雑把な大男にも、健気に尽くしていた狐人(フォルクス)の女性には、とても感情移入していたし。


 さらに言えば、前世において。


 そうした男女の色恋に傾倒していた女の、だらしのない部分を嫌というほど見せつけられてきた、身の上としては……


(……俺は絶対、あんな風にはならないように、気をつけないとな)


 所詮、人ひとりが幸せにできる人数なんて、限られている。


 であるならば。


 己の身の程を弁えている、豚野郎としては。


 もしもこんな欠点だらけの自分を、愛してくれる人を見つけたならば、その幸運を噛み締めて、一途にその女性に尽くすべきなのだ……などと。


 童貞特有の潔癖症を発揮してしまうのは、仕方のないことだった。


 ともあれ。


「……」


 先ほどから、容赦なく。


 ヒビキの横顔に突き刺さってくる、視線の主。


 色々と文句も言いたくなるが、一方でちゃんと尊敬もしている、恩人であり師匠でもある鬼人の大男、テッシン・ライヅの娘であるらしい、オビイ・メラ・ライヅという名の赤髪の少女。


 最初からやけに攻撃的だった、彼女の諸事情を。


 ようやく汲み取ることができた、豚鬼は……


「……本当に」


 スッと、足を畳んだまま。


 先ほどから一言も発さない少女に身体を向けて。


「重ね重ね、申し訳ありませんでしたあああああっ!」


 心からの謝罪を込めて。


 大和国ヒノクニにも存在するという『土下座』を、異国の地で、披露したのであった。


       ⚫︎


 そのようにして。


 己の罪を自覚した豚鬼が。


 被害者である少女に、ひとしきり謝り倒した後で。


 ひとまず女蛮鬼側の事情を理解したヒビキは、今度は女族長が望んだように、自分たちの事情を、彼女たちに申し開きすることとなった。


 とはいえ、その全て事柄を。


 包み隠さず開陳する訳にもいかず。


「申し訳ないんですけど……こちらにも色々と事情があって、話し難い部分もあるのですが、そこは容赦していただきたいです」


「それは当然のことぢゃろうて。多少は歩み寄ったとはいえ、妾とて胸襟を、完全に開いておるつもりはない。言えぬこと、言いたくないことはさておいて、可能な範囲でまずはおぬしらの事情を述べてみよ」


「そう言っていただけると、助かります」


 寛大なる理解を示してくれた、女族長に。


 そのように前置きをした上で。


 なるべく包み隠さず話したのは、自分の生い立ちや、テッシンたちとの関係、勇聖国(エリクシス)を脱出する際に起きた出来事であり。


 伏せさせてもらったのは、転生者である自分の正体や、勇聖国におけるマリアンの立ち位置、さらには自分の中に存在する『声』の存在である。


(なんかレイアさんは師匠たちと元々知り合いみたいだから、そのことについては話しても問題ないだろうけど……勇聖教会や人造勇者計画のことなんかは、勇聖国の秘部だから、迂闊に口外しないほうがいいよな)


 情報とは、ただ知っているだけで。


 毒にも薬にも成り得る。


 とくにそれが仮想敵国の重要機密ともなれば、伝える情報は、慎重に成らざるを得ない。


(だからまあ、あの国に深く関わる俺やマリアンの正体を伏せるのは仕方ないとしても……『あれ』はなあ)


 そうした明確な線引きとは、別に。


 少しばかり、豚鬼を悩ませたのは。


 女騎士との戦いにおいて、自分の中から聴こえてきた『声』についてであり。

 

 正直なところ、あの場においては結果的に、窮地を脱する一助になってくれたものの。


 それだけで完全な味方だと判ずるには弱い、正体不明の存在を、いっそ誰かに相談してみたい気持ちはあった。


(でも……なんかアイツは、自分のこと、あんまり言いふらしてほしくなかったみたいだし、そもそも俺自身がアイツのこと、よくわかってないからな)


 とはいえ、推測できることはある。


 なにせこの肉体は、豚鬼という形を成しているものの。


 素体となっているのは、勇聖国の作り出した転生者用の、人造生命体(ホムンクルス)であり。


 根幹となっているのは、異世界から召喚した魂を定着させるための、特別な魔道具なのだという。


 であるならば。


(魂を保存できる魔道具に、どっかのタイミングで『別人の魂が混じる』だなんて……そんなこと、有り得るのか?)


 わからない。


 仮定を立てることはできても、答えを導き出すには、知識と情報が足りな過ぎる。


(やっぱりこの辺は、マリアンに相談してみるまでは秘密案件だな)


 幸いにして、女族長らも。


 それらに関する会話の不自然さを、言及してくることはなかった。


 きっと自分よりも遥かに聡明であろう彼女ならば、色々と勘付く部分もあっただろうが。


 前置き通りに、今はこちらの事情を汲んでくれている。


 非常に有難い。

 

 ならばそうした彼女の配慮を、こちらが無碍にする理由はないために。


 時間にして、半刻ほど。


 ヒビキがひと通り、こちらの事情を話し終えると……


「……ふむう、なるほどのう」


 話の途中で軽食を切り上げて。


 ふたたび煙管(キセル)を咥えていたレイアが、コンコンと、灰を小皿に落とした。


「まあ、概ねの事情は理解できた。一応話の筋は通っておるし、おぬしが『これ』を持っていた理由にも、納得がいったわい」


「あっ!」


 そして驚きの声を上げてしまったヒビキの、瞳に映ったのは……


 女族長の傍に控えていた従者が、差し出してきた。


 見覚えのある、短刀であった。


【作者の呟き】


 ハーレムタグさん「ははっ、無駄な抵抗を!」

 

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