第二章 【04】 対話①
〈ヒビキ視点〉
「妾の名はレイア。レイア・メラ・エステート。このエステート大森林に住まう女蛮鬼の、族長を担っておる者ぢゃよ」
そのように、名乗りをあげた。
露出の多い褐色肌を、黄金の装飾品で彩った、銀髪銀瞳の少女は。
十歳程度の外見でありながら、実に堂々と煙管を咥えて。
ふーっと、新たな紫煙を吐き出した。
「エステート大森林……っていうと、ここはやっぱり大和国じゃないんだな――ですね」
「如何にも」
集団の規模こそ知らないが。
仮にも、族長を名乗る者を、相手にしているのだ。
すぐさま口調と態度を改めた豚鬼に。
女蛮鬼の族長……レイアは、満足そうに説明を続けた。
「ここは鬼帝国の領土内にある、少数民族が集まった自治区であり、おぬしの言う大和国は、これよりずっと東にある島国の名前ぢゃのう」
「……っ!」
半ば、予想していた答えとはいえ。
それでも、落胆の気持ちは隠しきれない。
儀式場が正常な状態ではなかったため、無理を承知で決行した長距離転移魔法は、やはり失敗に終わっていたのだった。
(……でも、あのとき俺たちは、自分たちにできる精一杯のことをやった)
ならば、その結果に不満を持つことは。
我が身を顧みずに自分たちを送り出してくれた、仲間たちに対する、度し難い侮辱であり。
何よりも……この程度で、曇ってしまうほど。
あのとき、テッシンに向けて宣言した、ヒビキの覚悟とは。
果たし続けると誓った、己の生きる意味は。
生半可なものではない。
(たとえどんな状況でも、俺は絶対に、アイツを守り抜く!)
それが今までずっと、彼女の愛に守られ続けていた自分にできる、せめてもの孝行なのだと信じて。
「……っ!」
動揺は一瞬。
すぐに気を引き締め直した豚鬼の表情に。
毛並みの良い敷物の上で、胡座をかいて。
正面からそれを見つめていた女蛮鬼の長は、喜色の笑みを浮かべた。
「良き、良き、良いぞ、その瞳。その覚悟。じつに唆る、男の子の顔ぢゃわい」
「……族長様」
「あー、あー、わかっておるわい、オビイや。そう年寄りを、急かすでないわ」
横手からかかる、少女の声を。
面倒臭げに、手で払って。
カンカンと、火皿から灰を小箱に捨てたのちに。
一方的に会話を中断したレイアは、ふたたび煙管に葉を詰めて、のんびりと新たな紫煙を燻らせるものの……
「……」
ヒビキはそれを、咎めることができない。
なにせここまでの遣り取りで、すでに上下関係は示されているのだ。
あらゆる面で不利な状況に置かれているヒビキには、本来、発言権など存在しない。
これまでは諧謔として、見逃されていたが。
ここからは慎重に、言葉を選ぶ必要がある。
無言のうちに、それを周知させてから……
「……ふうー」
たっぷりと間を置いた女族長が、紫煙を吐き出して。
ようやく話を、再開した。
「まあ、坊やのほうにも色々と事情はありそうぢゃが、ひとまずは、こちらの話を聴いてもらうとするかのう」
「いいえ、その前に」
だが……それを、理解した上で。
この場における最上位者の言葉を、遮ってまで。
無礼にも放たれた、豚鬼の言葉に。
ピシリと、場の空気が凍った。
「……っ」
ゴクリと、両者を見守るオビイが、喉を鳴らすほどの緊迫感のなかで。
ヒビキは躊躇う事なく告げる。
「失礼を承知で、ひとつだけ、確認させてください」
「……なんぞ、申してみよ」
問いかけてくる少女の声音は、低く、冷たい。
この会話はすでに、集団を束ねる女族長と、咎められる不届者との交渉であり。
内容如何によっては、その時点で場が決裂しても、おかしくはない。
そうした銀の瞳が放つ、圧力にも。
「マリアンは、無事ですか?」
愚かな豚が、怯むことはなかった。
愚直に。
一途に。
頑なに。
師の言葉に、従って。
心の中に定めた、ただひとつの信念に殉じる。
「この場にいない、俺と一緒に転移してきた女性……マリアンは、無事なんですか?」
己の身など、全く顧みず。
狂気にすら似た覚悟を宿す、豚鬼の言葉に。
「……あやつは、おぬしのなんなのぢゃ?」
興味を惹かれたのか。
女族長が、問いを重ねてくる。
「恋人か? あるいは愛玩奴隷や、孕み奴隷などとでも言うのかえ?」
「いいえ」
それら不快感を伴う質問に、堂々とヒビキは、首を横に振った。
「彼女は俺の、母親です」
「……ほう。それは真かえ?」
何故か念入りに、確認を促されている気がするが。
ヒビキとしては恥じる必要など微塵もないので、ただ胸を張って、答えるのみ。
「ええ。あの人は……マリアンは、この世界でもっとも尊敬する、偉大で素晴らしい、俺の母親です!」
「……」
すると僅かに、目を見開いた女族長は。
ふるふると、小さな身体を震わせて。
「……くっ、くかかかかっ! そうかそうか、そうまで見事に、言い切りよるか!」
パアンと、片膝を叩いて。
じつに愉快そうに、破顔してみせたのだった。
「……?」
その、あからさまな急変ぶりに。
豚鬼が首を傾げるものの。
無礼を咎めもしないレイアの銀瞳には、先ほどまでにはなかった、友愛の情すら浮かんでいた。
「いやはや、天晴れ! 坊やのくせに、じつに見上げた心粋ぢゃわいっ!」
「……俺、なにかそんなに、おかしな事でも言いましたか?」
「いや! いやいや、断じて否! おぬしは何も、間違ごうてなどおらぬぞ! 母は偉大なり。それはこの世の真理であるが、しかしその歳でその境地に辿り着くのは、並大抵のことではない。しかも御母堂があのような外見であるのなら、尚更にのう! いや俄然、おぬしらの境遇に興味が湧いてきたわい!」
「……族長様」
「ああ、わかっておる。わかっておるから、オビイや、せっかくの愉快な気持ちに水を差さんでくれえ。ちゃんと話すべきことは話す。ぢゃからその前に……おい」
パンパンと、新たにレイアが手を叩くと。
部屋の扉が開かれて。
果実が盛られた皿や、酒精の漂う瓶を手にした女蛮鬼たちが、入室してきて。
それらをレイアやヒビキの前に、並べていく。
(……いちおう、少しは気を許してくれたってことでいいのかな?)
先ほどから、部屋の外に待機していた、彼女たちの気配は察していた。
こうして姿を見せてくれたということは、先の会話がどう作用したのかは不明だが、多少なりとも彼女らの信頼を得られたということらしい。
対話の滑り出しとしては悪くない。
いや、これも全てマリアンによる啓蒙のおかげだと、ヒビキはこの場にいない母親に感謝した。
(やっぱりマリアンは、偉大だな。こうして俺を、導いてくれる……)
尊敬する母親に対する、豚鬼の信心が。
本人の預かり知らぬところでより一層に、深まっていた。
「まあまあ、まずは飲め。鬼人の語り合いに酒が入らぬなど、あってはならぬことぢゃぞ?」
「では、一献だけ」
正直、酒精を摂取したい気分ではないのだが。
このような場において相手が用意したものを口に入れることは、そのまま相手への信頼を示す行為となる。
入室した後も、退出はせずに。
レイアの傍に控えていた、双子らしい女従者の片割れが。
女族長自らが注いだ酒盃を、ヒビキのもとへ運んできて。
「乾杯っ!」
「頂戴します」
受け取った酒盃を、一息にて飲み干す。
すぐに果実酒独特の甘い香りが、口の中を満たして、喉を駆け抜けた。
(……ん。フルーティーで飲みやすそうだけど、けっこう度数強めだな、これ)
ちなみに今世において飲酒年齢のようなものは存在せず、本人が飲めるようになれば飲めばいいといった、自己責任に委ねられていた。
とはいえ一応は、十歳適度までは控えさせるのが常識の範疇であるらしく。
この世界に転生してからの実年齢は七歳程度だが。
精神年齢としては三十路ほど。
肉体としては十代の半ばを越えて、成人並みの体格を有しているヒビキがそれを、躊躇う理由はない。
そうして相手が用意したものを受け入れ、飲み込んで。
こちらの誠意と信頼を示すことで。
「うむ、良き飲みっぷりじゃ。それでおぬし、名はなんと言うのぢゃ?」
「ヒビキです。ヒビキ・ライヅと申します」
上機嫌となった、女蛮鬼の族長が。
ようやく自分の名を、尋ねてくれたのだった。
【作者の呟き】
主人公は年上キラーですね!
ママ「……は?」




