第一章 【35】 選択②
〈ロメオ視点〉
「ひい、ひい、ひい……」
チュドオオオオンッ……と。
聖人から放たれる、爆炎が。
大地を舐めて。
木々を燃やすと。
対抗するようにして。
バリバヂバヂヂヂッ……と。
異形の亜人が纏う、雷光が。
空に轟いて。
大気を震撼させた。
(な、なんなんですか……あの、バケモノは!?)
紅蓮が地を焼き。
雷光が天を裂く。
地獄絵図と化した、大森林の片隅にて。
今もなお、苛烈さを増す闘争の場から。
命からがらに、逃げ出した。
勇聖教会の神官……ロメオは。
鳴り止まぬ、戦闘音に。
身を縮こまらせていた。
(じょ、冗談じゃありませんよ! 出来損ないとはいえ、聖浄騎士を圧倒するどころか、聖人様にすら互角に抗う、バケモノの相手なんて、命が幾つあっても足りません! やっていられますか!)
たとえ敵前逃亡と、罵られようとも。
命そのものを、散らせるよりは。
遥かにマシだ。
あのような、規格外の戦いに。
横槍など、正気の沙汰ではない。
真平ごめんである。
(す、少なくとも! 私は聖翼様の勇聖国に対する明確な裏切りや、実験で生み出された失敗作の現状に、国に紛れ込んだ亜人どもの存在までをも、把握しているのです! これだけの手札があれば、たとえ糾弾されたとて、上層部には十分な言い訳が立ちます!)
すでに、半世紀ほども。
大空を漂う、浮遊大陸として。
他国からの干渉を拒み続ける、勇聖国であろうとも。
その内情は決して、一枚岩ではない。
国教である、勇聖教会を始め。
傘下の武力組織である、浄火軍や。
国家を支える、王族貴族たちの間には。
熾烈な勢力争いと。
醜悪な人間の欲望が。
複雑怪奇に、渦巻いていた。
熾烈な権力争いの場で、勝ち抜くために。
立身出世を生き甲斐とする、ロメオは。
なんとしても、命懸けで得た成果を。
生きて持ち帰らなければならない。
(私はこの窮地を乗り越えることで! さらなる飛躍を、果たしてみせますよお!)
肉を引き裂いていた、深手を。
治癒魔法で、強引に処置して。
鉄火場から、逃げ出しつつも。
出世意欲だけは、絶やさない。
青年神官の、懸命なる想いが。
果たして。
天に、届いたのか……
(……っ! あれは……浄火軍の、軍馬!? あの場所から、逃げ出していたのですかっ!)
震える森の中で。
幸運にも、ロメオは。
人の手に慣れた軍馬を。
発見すること、叶ったのだった。
(おお! やはり勇者様の加護は、私を、見捨ててなどいなかった……っ!)
これぞまさに、主の思し召しである、と。
怯える軍馬を、宥めながら。
嬉々として、ロメオが。
背に跨ろうとした……
「……ねえ、待ってよお」
その、背後から。
(……ッ!?)
ざらりと、心臓を撫でるような。
弱々しいのに。
悍ましい。
まるで、死の淵から這い上がろうとする、亡者のような。
「……ボクも……連れて、いってよお……あの、白豚のところにさあ……ッ!」
「……っ! ダリア、さん……っ!」
怨讐に塗れた、聖浄騎士の声が。
ロメオの足を、掴んだのだった。
⚫︎
〈ヒビキ視点〉
突如として、戦場に乱入してきた。
爆炎を纏う巨漢の聖人……ナックルに、対して。
紫電を操る鬼人の大男……テッシンが。
殿を、受け持つことで。
辛くも戦場から離脱した豚鬼……ヒビキは。
片腕で。
傷ついた聖人の少女……マリアンを、胸元に抱き支えつつ。
反対側の腕で。
逃走の最中に、回収した。
重症の狐人……カエデを、肩に担ぎながら。
小一時間ほども。
森の中を、駆け抜けていた。
「ぶひー、ひー、ひー……」
そのため、精人の翁……ハクヤが、待機していた。
転移魔法の儀式場を擁する拠点に。
到着する、頃合いには。
疲労困憊な有様なのは。
さもありなん。
といったところ。
(で、でもなんとか、逃げ切ってやったぞ、コンチクショウ……っ!)
間近に迫った、浄火軍から。
時間を、稼ぐために。
今朝方から、拠点の四方に散って。
大森林に、身を潜めつつ。
各々に妨害や、撹乱を。
実行していた、ヒビキたちであるが。
本命となる拠点そのものにも、当然。
老練の術士である、翁の手によって。
侵入対策としての、魔法や罠などが。
幾重にも、張り巡らされていた。
前情報もなく。
それらを突破するのは、まず不可能。
数による力押しに頼ろうとしても。
すでに時間切れだ。
なにせ。
超長距離の、転移魔法において。
最も足枷となっていた、刻限は。
今や、満たされているのだから。
(頼みますよ、ハクヤさん……っ!)
大森林の奥地に、切り拓かれた。
不自然な、空白地帯にて。
屹立するのは、六本の柱。
硬質な木材である、その表面には。
びっしりと、特殊な染料を用いた。
魔法式が刻まれており。
起点となる部分には。
光り輝く、巨大な魔晶石が。
嵌め込まれていた。
そうした巨大な魔法触媒が、計六本も。
六芒星を描くように、配置されており。
柱の足元には、六芒星と円陣を組み合わせた魔法陣が。
こちらも特殊な染料を用いることで。
複雑精緻に、描かれていた。
その中心部で。
「……」
瞳を閉じて。
座禅を組み。
魔杖を地面に、突き立てて。
転移魔法の術者である、老人が。
魔法の最終確認を、行っている。
(あとは魔力の充填と、ハクヤさんからのゴーサインを、待つだけだ!)
そして、転移の先鋒となるのは……
「……申し、わけ、ございませぬ……」
手頃な木の根元に、身を寄せて。
頼りなく、浅い呼吸を繰り返す。
身体中に止血用の呪帯を巻いたクノイチ……カエデである。
「ん? 何がですか、カエデさん?」
ほんの少しでも。
気付けになれば、幸いだと。
ヒビキは、弱々しい声音に。
努めて明るく、声を返した。
「もともとの順番だって、カエデさんが一番最初だったじゃないですか。何にも詫びるようなことなんて、ありませんよ」
「しかし……このような、戦況で……乱波者に過ぎぬ拙が、真っ先に、離脱するなどと……」
「ダメですよ、カエデさん」
続く、クノイチの言葉を。
ピシャリと、遮って。
「貴方の身体は、もう、貴方だけのものではないのですから」
幼い声音で、堂々と。
貫禄溢れる言葉を、告げるのは。
「カエデさん。たとえ貴方がどのような身分であろうとも、自ら選んで、母となったからには、その子を産むことは、果たすべき貴方の責任です」
少女のような、可憐な容姿でありながら。
その実、一児の母親でもある。
白髪紅瞳の聖人……マリアンであった。
「なのでそれまではちゃんと、ご自身を、ご自愛してくださいね」
カエデよりも、よほど手酷く。
痛めつけられたはずなのに。
流石、と言うべきか。
肉体こそ、自力では動かせないものの。
意識は明瞭な様子である、マリアンの。
含蓄ある言葉に。
「……そう、ですね。確かに、そのっ……通り、です……」
口達者な、クノイチとて。
返す言葉を持たない。
「……っ」
ただ、首肯して。
溢れる涙を、堪えている。
(す、すげえな、マリアン! あの頑固なカエデさんを、簡単に説得しちまうなんて!)
ちなみに、そんな強気の聖人は。
カエデの隣に、胡座をかいて。
座り込む、ヒビキの股座に。
すっぽりと。
座り込んでいる状態だ。
(まったく……俺の母親は、サイコーだぜっ!)
ちなみに。
これはヒビキが、マリアンたちを。
拠点まで、運んだあとで。
カエデと同じく。
地面に降ろそうと、した際に。
母親が浮かべた、絶望の表情を。
改めて、マザコン豚鬼を自認した息子が。
斟酌した、結果である。
ともあれ。
「いやでもホントに、マリアンはともかく、俺はまだまだ大丈夫なんで……そんな、気にしないでくださいよっ!」
本来であれば。
今朝方から、半日ほども。
息を潜め、森に身を隠して。
道中においては、浄火軍の四人一組や人造天使たちを、何度となく相手どり。
極め付けの、聖浄騎士戦においては。
誇張なく。
瀕死の寸前にまで。
追い込まれていたのだ。
連戦を経た、ヒビキの疲労具合は。
相当なものであり。
そのうえ、少女と女性を担いで、ここまで全力疾走してきたのだから。
カエデの心配は、至極当然。
で、あるのだが……
(なんか……あの、胸くそ悪い呪詛を解呪したときに、肉体のほうも、けっこう回復してたんだよなあ……)
おそらくは。
あのとき、身体に満ちていた。
膨大な魔力に、呼応するかたちで。
肉体が相応に活性化した、結果だろう。
というか。
(回復っつーか……もはや、成長してね?)
己の、一挙一足となる間合いに。
紙一重の、生死を預けてきた。
ヒビキであるからして。
自らの歩幅や。
視線の高さを。
見誤る、ことはない。
(……)
思い返すのは、あのとき。
脳裏に響いた『声』である。
【ん、これで呪詛は解呪できたから、じきに動けるはずだよ】
【器は少し「変わっちゃった」けど、これくらいなら、十分に乗りこなせるよね?】
【あと僕はもう「向こう」に戻らなきゃなんだけど……できれば僕のことは、今はまだ、周りの人たちに黙っていてもらえると助かるかな?】
【それじゃあヒビキくん、また、いつかねっ!】
それきり。
頭に響く、声は消えて。
肉体の自由を取り戻したヒビキは。
油断していた、浄火軍を蹴散らして。
マリアンを、奪還したのちに。
今に、至っている。
(……ったく、『おまえ』のことを説明しようにも、証拠も根拠もなさ過ぎて、話しようがねえっつーの)
意図的なのか。
結局、自らの素性を。
明かさなかった、声の主に。
小さな不信感を、抱くものの。
(でも一応、あいつは恩人なんだし……あえて説明するのも、色々と面倒そうだから……とりあえず今は、黙っとくか)
疑念と感謝と労力の、狭間で。
つらつらと、そんなことを。
考えていると。
「ヒビキくん……背、伸びましたよね?」
顎下から放たれた、声に。
(……ッ!?)
ビクン、と。
思わず、背筋が跳ねた。
「え……そ、そうかな?」
「そうですよ。具体的には、三センチと五ミリほど。体重も三キロ以上は増えているようですし、髪もけっこう、伸びちゃってますよね……?」
「あ、え、そ、そう……?」
「ええ」
「……」
じー、っと。
紅玉のような、マリアンの瞳が。
ヒビキの変化を、正確過ぎるほどに。
看破していた。
(おいおい、マリアンよお……)
仮にこれが、一日前であれば。
異常とも言える、その観察眼を。
気持ちが悪い、と。
一刀両断したであろう。
ヒビキであるが。
(アンタ……そこまで普段から、俺なんかのことを、ちゃんと、見守っててくれたんだなあ……っ!)
マザコン豚鬼に目覚めた、今となっては。
最愛の母親による、重度の見守り活動を。
素直に、心から喜ぶことで。
「……っ!」
感動に。
打ち震えていた。
「ま、まあ……男子たるもの、三日会わねば、なんとやらと、言いますし……」
唐突に。
無言で震え始めた、ヒビキに対して。
劇的が過ぎる、胸中の変化など。
気づけるはずもない、カエデが。
慌てた様子で、いつも通りに。
助け舟を、出してくる。
「とはいえ……マリアン殿。流石にそれは、盛り過ぎ、でしょう」
「いえいえ、そんなことありませんよ、カエデさん。私がヒビキくんの成長を、見誤ることなど、有り得ませんから」
「それ、よりも……拙と、しては……」
とはいえ、だ。
ここまでの流れから、彼女なりに。
何らかの変化は、察していたのか。
「ヒビキ殿の、成長を……嬉しく、存じ上げます」
柔らかな視線を向けて。
弟の成長を喜ぶ、姉のように。
淡く、微笑んでくれた。
「そ、それは、まあ……その……通りと、言いますか……」
マリアンとしても。
そこは満更でもないらしく。
モニョモニョと。
口元を、緩ませている。
「……ま、まあそりゃ、ねえ? 俺だって、いつまでも反抗期じゃ、いられませんし……ねえ?」
傍らと、膝上から。
生暖かい眼差しを、注がれて。
急に、気恥ずかしくなったヒビキが。
自分でも、意味不明な言い訳を。
口にしていると。
「とはいえ、その変わり様は、流石に何かあったとのではと勘繰ってしまいますなあ」
「っ!? ハクヤさんっ!?」
滞りなく。
転移魔法の最終確認を、終えたのか。
物音ひとつ、立てることなく。
ヒビキの横に、仙人然とした老人が。
影法師のように、控えていた。
「ちょっ……驚かさないでくださいよっ!」
「ほっほっほっ。若人を揶揄うは、年寄りの生き甲斐でありますからのう」
ここまでの、度重なる。
異常事態に、見舞われながらも。
踏んできた修羅場が、違うのか。
平時の余裕を、微塵も崩さない。
肝の座った老人に対して。
ヒビキは。
(……今しかねえ!)
覚悟を決めて。
「……え? ヒビキくん? え?」
動揺するマリアンを。
丁寧に、木の根元へと。
背中を、預けさせてから。
「……ハクヤさん。折行って、お願いがあります」
「ほう? この老骨に、何用ですかな?」
「こんな土壇場で、非常識なことは、重々承知していますが……」
地面に……ズゴンッ!
頭を、叩きつける様にして。
「……どうか、マリアンを、大和国に、転送してくださいっ!」
今更が過ぎる、懇願を。
口にしたのだった。
【作者の呟き】
ママ「私が(マザコン豚鬼に)育てました!」




