表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/181

第一章 【35】 選択②

〈ロメオ視点〉


「ひい、ひい、ひい……」


 チュドオオオオンッ……と。


 聖人から放たれる、爆炎が。


 大地を舐めて。


 木々を燃やすと。


 対抗するようにして。


 バリバヂバヂヂヂッ……と。


 異形の亜人デミが纏う、雷光が。


 空に轟いて。


 大気を震撼させた。


(な、なんなんですか……あの、バケモノは!?)

 

 紅蓮が地を焼き。


 雷光が天を裂く。


 地獄絵図と化した、大森林の片隅にて。


 今もなお、苛烈さを増す闘争の場から。


 命からがらに、逃げ出した。


 勇聖教会の神官……ロメオは。


 鳴り止まぬ、戦闘音に。


 身を縮こまらせていた。


(じょ、冗談じゃありませんよ! 出来損ないとはいえ、聖浄騎士クルセイダーを圧倒するどころか、聖人様にすら互角に抗う、バケモノの相手なんて、命が幾つあっても足りません! やっていられますか!)


 たとえ敵前逃亡と、罵られようとも。


 命そのものを、散らせるよりは。


 遥かにマシだ。


 あのような、規格外の戦いに。


 横槍など、正気の沙汰ではない。


 真平まっぴらごめんである。


(す、少なくとも! 私は聖翼様の勇聖国エリクシスに対する明確な裏切りや、実験で生み出された失敗作ホムンクルスの現状に、国に紛れ込んだ亜人デミどもの存在までをも、把握しているのです! これだけの手札があれば、たとえ糾弾されたとて、上層部には十分な言い訳が立ちます!)


 すでに、半世紀ほども。


 大空を漂う、浮遊大陸として。


 他国からの干渉を拒み続ける、勇聖国エリクシスであろうとも。


 その内情は決して、一枚岩ではない。


 国教である、勇聖教会を始め。


 傘下の武力組織である、浄火軍や。


 国家を支える、王族貴族たちの間には。


 熾烈な勢力争いと。


 醜悪な人間の欲望が。


 複雑怪奇に、渦巻いていた。


 熾烈な権力争いの場で、勝ち抜くために。


 立身出世を生き甲斐とする、ロメオは。


 なんとしても、命懸けで得た成果を。


 生きて持ち帰らなければならない。


(私はこの窮地を乗り越えることで! さらなる飛躍を、果たしてみせますよお!)


 肉を引き裂いていた、深手を。


 治癒魔法で、強引に処置して。


 鉄火場から、逃げ出しつつも。


 出世意欲だけは、絶やさない。


 青年神官の、懸命なる想いが。


 果たして。


 天に、届いたのか……


(……っ! あれは……浄火軍の、軍馬!? あの場所から、逃げ出していたのですかっ!)


 震える森の中で。


 幸運にも、ロメオは。


 人の手に慣れた軍馬を。


 発見すること、叶ったのだった。


(おお! やはり勇者様の加護は、私を、見捨ててなどいなかった……っ!)


 これぞまさに、主の思し召しである、と。


 怯える軍馬を、宥めながら。


 嬉々として、ロメオが。


 背に跨ろうとした……


「……ねえ、待ってよお」


 その、背後から。


(……ッ!?)


 ざらりと、心臓を撫でるような。


 弱々しいのに。


 悍ましい。


 まるで、死の淵から這い上がろうとする、亡者のような。


「……ボクも……連れて、いってよお……あの、白豚のところにさあ……ッ!」


「……っ! ダリア、さん……っ!」


 怨讐に塗れた、聖浄騎士クルセイダーの声が。

 

 ロメオの足を、掴んだのだった。


      ⚫︎


〈ヒビキ視点〉


 突如として、戦場に乱入してきた。


 爆炎を纏う巨漢の聖人……ナックルに、対して。


 紫電を操る鬼人オーガンの大男……テッシンが。


 殿しんがりを、受け持つことで。


 辛くも戦場から離脱した豚鬼オーク……ヒビキは。


 片腕で。


 傷ついた聖人の少女……マリアンを、胸元に抱き支えつつ。


 反対側の腕で。


 逃走の最中に、回収した。


 重症の狐人フォルクス……カエデを、肩に担ぎながら。 

 

 小一時間ほども。


 森の中を、駆け抜けていた。


「ぶひー、ひー、ひー……」


 そのため、精人アルヴの翁……ハクヤが、待機していた。


 転移魔法の儀式場を擁する拠点に。


 到着する、頃合いには。


 疲労困憊な有様なのは。


 さもありなん。


 といったところ。


(で、でもなんとか、逃げ切ってやったぞ、コンチクショウ……っ!)


 間近に迫った、浄火軍から。


 時間を、稼ぐために。


 今朝方から、拠点の四方に散って。


 大森林に、身を潜めつつ。


 各々に妨害や、撹乱を。


 実行していた、ヒビキたちであるが。


 本命となる拠点そのものにも、当然。


 老練の術士である、翁の手によって。


 侵入対策としての、魔法や罠などが。


 幾重にも、張り巡らされていた。


 前情報もなく。


 それらを突破するのは、まず不可能。


 数による力押しに頼ろうとしても。


 すでに時間切れだ。


 なにせ。


 超長距離の、転移魔法において。


 最も足枷となっていた、刻限は。


 今や、満たされているのだから。


(頼みますよ、ハクヤさん……っ!)


 大森林の奥地に、切り拓かれた。


 不自然な、空白地帯にて。


 屹立するのは、六本の柱。


 硬質な木材である、その表面には。


 びっしりと、特殊な染料を用いた。


 魔法式が刻まれており。


 起点となる部分には。


 光り輝く、巨大な魔晶石が。


 嵌め込まれていた。

 

 そうした巨大な魔法触媒が、計六本も。


 六芒星を描くように、配置されており。


 柱の足元には、六芒星と円陣を組み合わせた魔法陣が。


 こちらも特殊な染料を用いることで。


 複雑精緻に、描かれていた。


 その中心部で。


「……」


 瞳を閉じて。


 座禅を組み。


 魔杖を地面に、突き立てて。


 転移魔法の術者である、老人が。


 魔法の最終確認を、行っている。


(あとは魔力の充填と、ハクヤさんからのゴーサインを、待つだけだ!)


 そして、転移の先鋒となるのは……


「……申し、わけ、ございませぬ……」


 手頃な木の根元に、身を寄せて。


 頼りなく、浅い呼吸を繰り返す。


 身体中に止血用の呪帯を巻いたクノイチ……カエデである。


「ん? 何がですか、カエデさん?」


 ほんの少しでも。


 気付けになれば、幸いだと。


 ヒビキは、弱々しい声音に。


 努めて明るく、声を返した。


「もともとの順番だって、カエデさんが一番最初だったじゃないですか。何にも詫びるようなことなんて、ありませんよ」


「しかし……このような、戦況で……乱波者に過ぎぬせつが、真っ先に、離脱するなどと……」


「ダメですよ、カエデさん」


 続く、クノイチの言葉を。


 ピシャリと、遮って。


「貴方の身体は、もう、貴方だけのものではないのですから」

 

 幼い声音で、堂々と。


 貫禄溢れる言葉を、告げるのは。


「カエデさん。たとえ貴方がどのような身分であろうとも、自ら選んで、母となったからには、その子を産むことは、果たすべき貴方の責任です」


 少女のような、可憐な容姿でありながら。


 その実、一児の母親でもある。


 白髪紅瞳の聖人……マリアンであった。


「なのでそれまではちゃんと、ご自身を、ご自愛してくださいね」

 

 カエデよりも、よほど手酷く。


 痛めつけられたはずなのに。


 流石、と言うべきか。


 肉体こそ、自力では動かせないものの。


 意識は明瞭な様子である、マリアンの。


 含蓄ある言葉に。

 

「……そう、ですね。確かに、そのっ……通り、です……」


 口達者な、クノイチとて。


 返す言葉を持たない。


「……っ」


 ただ、首肯して。


 溢れる涙を、堪えている。


(す、すげえな、マリアン! あの頑固なカエデさんを、簡単に説得しちまうなんて!)


 ちなみに、そんな強気の(つよつよ)聖人ママは。


 カエデの隣に、胡座をかいて。


 座り込む、ヒビキの股座に。


 すっぽりと。


 座り込んで(ジャストフィットして)いる状態だ。


(まったく……俺の母親(マリアン)は、サイコーだぜっ!)


 ちなみに。


 これはヒビキが、マリアンたちを。


 拠点まで、運んだあとで。


 カエデと同じく。


 地面に降ろそうと、した際に。


 母親マリアンが浮かべた、絶望の表情を。


 改めて、マザコン豚鬼オークを自認した息子ヒビキが。


 斟酌した、結果である。


 ともあれ。


「いやでもホントに、マリアンはともかく、俺はまだまだ大丈夫なんで……そんな、気にしないでくださいよっ!」


 本来であれば。


 今朝方から、半日ほども。


 息を潜め、森に身を隠して。


 道中においては、浄火軍の四人一組フォーマンセル人造天使アークエンジェルたちを、何度となく相手どり。


 極め付けの、聖浄騎士クルセイダー戦においては。


 誇張なく。


 瀕死の寸前にまで。


 追い込まれていたのだ。


 連戦を経た、ヒビキの疲労具合は。


 相当なものであり。


 そのうえ、少女マリアン女性カエデを担いで、ここまで全力疾走してきたのだから。


 カエデの心配は、至極当然。


 で、あるのだが……


(なんか……あの、胸くそ悪い呪詛を解呪したときに、肉体のほうも、けっこう回復してたんだよなあ……)


 おそらくは。


 あのとき、身体に満ちていた。


 膨大な魔力に、呼応するかたちで。


 肉体が相応に活性化した、結果だろう。


 というか。


(回復っつーか……もはや、成長してね?)


 己の、一挙一足となる間合いに。


 紙一重の、生死を預けてきた。


 ヒビキであるからして。


 自らの歩幅や。


 視線の高さを。


 見誤る、ことはない。


(……)


 思い返すのは、あのとき。


 脳裏に響いた『声』である。


【ん、これで呪詛は解呪できたから、じきに動けるはずだよ】


【器は少し「変わっちゃった」けど、これくらいなら、十分に乗りこなせるよね?】


【あと僕はもう「向こう」に戻らなきゃなんだけど……できれば僕のことは、今はまだ、周りの人たちに黙っていてもらえると助かるかな?】


【それじゃあヒビキくん、また、いつかねっ!】


 それきり。


 頭に響く、声は消えて。


 肉体の自由を取り戻したヒビキは。


 油断していた、浄火軍を蹴散らして。


 マリアンを、奪還したのちに。


 今に、至っている。


(……ったく、『おまえ』のことを説明しようにも、証拠も根拠もなさ過ぎて、話しようがねえっつーの)


 意図的なのか。


 結局、自らの素性を。


 明かさなかった、声の主に。


 小さな不信感を、抱くものの。


(でも一応、あいつは恩人なんだし……あえて説明するのも、色々と面倒そうだから……とりあえず今は、黙っとくか)


 疑念と感謝と労力の、狭間で。


 つらつらと、そんなことを。


 考えていると。


「ヒビキくん……背、伸びましたよね?」


 顎下から放たれた、声に。


(……ッ!?)


 ビクン、と。


 思わず、背筋が跳ねた。


「え……そ、そうかな?」


「そうですよ。具体的には、三センチと五ミリほど。体重も三キロ以上は増えているようですし、髪もけっこう、伸びちゃってますよね……?」


「あ、え、そ、そう……?」


「ええ」


「……」


 じー、っと。


 紅玉ルビーのような、マリアンの瞳が。


 ヒビキの変化を、正確過ぎるほどに。


 看破していた。


(おいおい、マリアンよお……)


 仮にこれが、一日前であれば。


 異常とも言える、その観察眼を。


 気持ちが悪い、と。


 一刀両断したであろう。


 ヒビキであるが。


(アンタ……そこまで普段から、俺なんかのことを、ちゃんと、見守っててくれたんだなあ……っ!)


 マザコン豚鬼オークに目覚めた、今となっては。


 最愛の母親による、重度の見守り活動(ストーキング)を。


 素直に、心から喜ぶことで。


「……っ!」


 感動に。


 打ち震えていた。 


「ま、まあ……男子たるもの、三日会わねば、なんとやらと、言いますし……」


 唐突に。


 無言で震え始めた、ヒビキに対して。


 劇的が過ぎる、胸中の変化など。

 

 気づけるはずもない、カエデが。


 慌てた様子で、いつも通りに。


 助け舟を、出してくる。

 

「とはいえ……マリアン殿。流石にそれは、盛り過ぎ、でしょう」


「いえいえ、そんなことありませんよ、カエデさん。私がヒビキくんの成長を、見誤ることなど、有り得ませんから」


「それ、よりも……拙と、しては……」


 とはいえ、だ。


 ここまでの流れから、彼女なりに。


 何らかの変化は、察していたのか。


「ヒビキ殿の、成長を……嬉しく、存じ上げます」


 柔らかな視線を向けて。


 弟の成長を喜ぶ、姉のように。

 

 淡く、微笑んでくれた。


「そ、それは、まあ……その……通りと、言いますか……」


 マリアンとしても。


 そこは満更でもないらしく。


 モニョモニョと。


 口元を、緩ませている。


「……ま、まあそりゃ、ねえ? 俺だって、いつまでも反抗期じゃ、いられませんし……ねえ?」


 傍ら(カエデ)と、膝上マリアンから。


 生暖かい眼差しを、注がれて。


 急に、気恥ずかしくなったヒビキが。


 自分でも、意味不明な言い訳を。


 口にしていると。


「とはいえ、その変わり様は、流石に何かあったとのではと勘繰ってしまいますなあ」


「っ!? ハクヤさんっ!?」


 滞りなく。


 転移魔法の最終確認を、終えたのか。


 物音ひとつ、立てることなく。


 ヒビキの横に、仙人然とした老人が。


 影法師のように、控えていた。


「ちょっ……驚かさないでくださいよっ!」


「ほっほっほっ。若人を揶揄うは、年寄りの生き甲斐でありますからのう」


 ここまでの、度重なる。


 異常事態に、見舞われながらも。


 踏んできた修羅場が、違うのか。


 平時の余裕を、微塵も崩さない。


 肝の座った老人に対して。


 ヒビキは。


(……今しかねえ!)


 覚悟を決めて。


「……え? ヒビキくん? え?」


 動揺するマリアンを。


 丁寧に、木の根元へと。


 背中を、預けさせてから。


「……ハクヤさん。折行って、お願いがあります」


「ほう? この老骨に、何用ですかな?」


「こんな土壇場で、非常識なことは、重々承知していますが……」


 地面に……ズゴンッ!


 頭を、叩きつける様にして。


「……どうか、マリアンを、大和国ヒノクニに、転送してくださいっ!」


 今更が過ぎる、懇願を。


 口にしたのだった。


【作者の呟き】


 ママ「私が(マザコン豚鬼に)育てました!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ