第一章 【34】 雷鳴③
〈ヒビキ視点〉
「ここまで来れば、隠蔽用の護宝石など、もはや不要!」
機転を効かせた鬼人……テッシンの、加勢によって。
九死に一生を拾った豚鬼……ヒビキが。
師弟揃って、見上げる。
紅蓮に彩られた、森の上空にて。
二体の人造天使を、足場としながら。
ここまで存在を隠蔽していたらしい魔道具を、投げ捨てて。
高らかに。
豪快な笑い声を、響かせる。
筋肉隆々の巨漢……ナックルは。
「悪党必滅! 天罰遂行! 正義、ここに爆誕せり!」
シュバ! シュバ! シュバババッ!
紅十字が刺繍された、白外套を。
バサバサと、風に靡かせながら。
やたらとキレのある、動きで。
意味不明な身振り手振りを、決めつつ。
「どうやら散々と、同胞を痛ぶってくれていたようであるが……吾輩という正義が顕現した以上は、もう好き勝手など許さぬぞ! 今こそ悪事の納めどき! 正義の執行者である吾輩の威光を浴びて、平伏し、赦しを乞うがが良い、悪党ども! ふわあーはっはっはあっ!」
ビシリッ、と。
眼下のテッシンたちを、指差して。
顔の上半分を覆う、半兜の下に。
挑発的な笑みを、浮かべてみせる。
「……成程。其方もあの魔力柱に、呼び寄せられたクチか……」
地上にて。
悪党呼ばわりされた、テッシンもまた。
ニイイイ、と。
肉食獣の笑みを、口端に刻んでいた。
「……とはいえ、些かに頭が高い」
そして一度……チンッ、と。
大和刀を、鞘に納刀してから。
バヂヂヂヂイ……ッ!
唸るような紫電を、纏わせると。
「控えおろう、下郎ッ!」
怒鳴り声と共に。
抜刀された、白刃から。
解き放たれるは、テッシンの魔力特性である『雷』を帯びた、特大の〈斬波〉。
「むっ!」
下方から迫る、雷撃の円弧に。
『……おっ……』
『……オんっ……』
抵抗も許されず。
両断された、人造天使たちを。
踏み台として。
「――とうっ!」
逞しい胸元に、刻まれた。
紅十字を露出する、半裸甲冑。
その左右から伸びる、手甲で覆われた。
丸太のように太い腕を、水平にしつつ。
宙へと舞い上がった、ナックルが。
到達点にて。
「ふははははっ!」
クルリと、姿勢を反転。
空に向けた足裏から……ドガンッ!
推進器じみた、爆炎を噴出する。
「――聖拳執行おおおおおッ!」
炎の尾を引いて。
流星の如く。
大地へと落下する、聖人に対して。
「――いかんっ!」
地上で対峙する、テッシンが。
緊迫の声を漏らして……ドウッ!
足元を陥没させるほどの。
大跳躍をもって。
空中へと、跳ね上がった。
「ふわあーっはっはっはっはあ!」
聖人から放たれる、高笑いと。
「――かアあああああッ!」
鬼人の放つ、裂帛の気合いが。
激突して……
バギギギギギギイッ!!!!
空間が悲鳴をあげるほどの、衝撃波が。
大森林の空を、軋ませる。
(ちょっ……なんだよ、あれ!)
頭上から降り注ぐ、魔力波に。
咄嗟に、ヒビキが。
両腕に収まる小柄な只人……マリアンを。
庇うようにして、抱きしめると。
「……あっ♡」
衝撃で、目を覚ましたのか。
腕の中で、小さな声が上がった。
「……?」
「……あ、いえっ……」
「良かった、マリアン! 目を覚ましたんだな!」
「え、ええ、その通りです! たった今、目を覚ましましたっ!」
どうやら、意識こそ。
はっきり、しているようだが。
呪詛魔法に侵された肉体は。
熱く、火照っており。
普段は色素の薄い、顔色も。
真っ赤な朱色に、染まっている。
「んふーっ! んふーっ!」
妙に、鼻息が荒い。
瞳も充血している気がする。
(やっぱり……かなり、無理しているみたいだな。はやくハクヤさんに、診てもらわないと!)
ヒビキたちの拠点に、控えている。
様々な魔法に精通した、精人の翁であれば。
マリアンに刻まれた、悪辣なる呪詛魔法の。
打開策を、講じてくれるかもしれない。
そのためには。
「むうう! よもや吾輩の聖拳を、凌ぐとは……」
クルクル……シュタッ、と。
無駄に回転を、加えながら。
大地へ降り立った、白外套の半裸男から。
距離を、置かなければならないのだが……
「……貴様、さてはただの、悪党ではないな!? おそらくは黒兎どもの首魁、すなわち大悪党であるな! 吾輩の目は誤魔化せぬぞ!」
攻撃を凌がれたことで。
巨漢の聖人は。
むしろ、戦意を。
昂らせてしまったようであり。
「ふはははっ! おぬしこそ、先の一撃、見事也! ようやく歯応えのある強者に、巡り逢えたわっ!」
バチバチと、紫電を散らして。
歓喜の声を上げる、テッシンもまた。
退くつもりなど、毛頭ないようだ。
「うぬうう! 小癪なり! 正義に刃向かう悪など、滅されるが定めよ!」
「笑止! 戦場の正義とは、即ち勝者也! さあさあ、互いの正義を、存分にぶつけ合おうぞ!」
狂信者と。
戦闘狂が。
ガッチリと、噛み合ってしまっている。
(……うわあ)
ヒビキは心中で、絶望した。
「……うわあ」
マリアンも、ヒビキの腕の中で。
苦々しい表情を、浮かべていた。
「……ん?」
とはいえ、その顔色は。
前世において、義妹が台所で。
黒光りするあの虫を、発見した時のような。
「あれ? マリアン……もしかして、アイツと知り合いなのか?」
既知のものに、対しての。
苦手意識じみた、感情の発露である。
「え、ええ……あの方は、ママの、むかしの同席というか……」
非常に、歯切れが悪いものの。
そこには、聖浄騎士に対するような。
決定的な敵対心は、見受けられない。
(顔見知りなら……なんとか、説得できねえのか!?)
すると。
「……ん? おお、そこにいるのは、マリアンくんではないか!」
どうやら、ナックルの方も。
ヒビキの腕に、抱かれた。
マリアンの存在に、気付いたらしい。
「その様子を見るに……やはり! 卑劣なる悪党どもに、拐かされていたのだな! むううう、許せん!」
「あ、いえ……カラサワ聖。私は、自分の意思で――」
「――むむむむむっ! しかも洗脳までされているとは! 重ねて許せん! もはや悪党どもには、聖拳制裁あるのみ!」
「あのっ、だから私は――」
「――ええい、皆まで言うな、マリアンくん! もうしばしの、辛抱である! 必ずや正義の執行者である吾輩が、悪党どもの手から、貴殿を救い出してみせようぞ!」
「……」
やがて、諦観とともに。
口を噤んだ、マリアンに。
「大船に乗ったつもりで、安心し給え! ふわーはっはっはっはあっ!」
ナックルは、豪快な笑みを向けるのみ。
(ああ……)
ヒビキは色々と、察してしまった。
(いるよなあ……ああいう、自分で完結しちゃってる系の人……)
言葉は通じても。
会話が成立しないのだ。
聖浄騎士と、同種の人間である。
しかも前者と違って、後者などは。
本人は善意のつもりで、動いているだから。
尚更に、タチが悪かった。
「聖っ……」
そして、半裸甲冑の聖人は。
「……破っ!」
グルグルと、腕を回して。
意味不明な姿勢をとりつつ。
「――闘ッ!」
謎の掛け声を放った。
次の瞬間に――
(……っ!?)
二メートルはあろう、巨体が。
ヒビキの視界から、消失して。
「――チェストおおおおおっ!」
気がつけば。
背後から振り下ろされた、聖人の拳を。
瞬足で移動していた、テッシンが。
バギイイインッ、と。
倭国刀で、弾き飛ばしている。
「悪党め、邪魔をするなあああああっ!」
「かアあああああッ!」
ナックルの両腕を覆う、手甲と。
テッシンの振るう、大和刀が。
交わるたびに。
バギンッ!
ギイイインッ!
ギャリリリリリッ!
重機が、激突したかのような。
重厚な金属音が、鳴り響いて。
吹き荒れる、魔力圧が。
間近で庇われる、ヒビキの瞳を。
大きく見開かせた。
(……す、すげえッ!)
おそらく、今のヒビキであれば。
一発受けただけで、深手は必死。
膨大な魔力を秘めた、強烈な連打を。
容易く繰り出す、聖人も規格外だが。
真っ向から、それを捌く師匠もまた。
大概である。
(……っ!)
自分などよりも、遥か武の高みにいる。
天上人たちのよる、見事な武芸に。
状況も忘れて。
ヒビキは一瞬、魅入られてしまった。
「……ちいいいッ!」
対峙する、ナックルもまた。
テッシンの技量を、警戒したのだろう。
数秒のうちに収まる。
数十の打ち合いを、経て。
聖人は、白外套を靡かせながら。
大きくその場から、後退した。
「……なんだ、大悪党!? 正義の執行を、邪魔するでないわ! 貴様は後で、聖拳を執行してやるがゆえ、そこを退くのである!」
「これは異なことを! 其方に目をつけたのは、某の方が先で御座るぞ! 仮にも正義を名乗るなら、順番くらいは、守って頂きたいものよのう!」
「ぬううううう! 大悪党が秩序を語るなど、言語道断! 片腹痛いわっ! そもそも――」
「――ライヅ・テッシン」
脈絡なく。
テッシンが、名乗りをあげて。
「……っ!?」
ナックルは。
続く言葉を、呑み込んだ。
「……あいや、これは失敬。こちらでは、テッシン・ライヅと名乗るべきか」
「……」
「悪党呼ばわりなどせず、某のことは、キチンと名で呼べい」
「……貴様」
不意に訪れた、奇妙な静寂の中で。
推し量るように。
ナックルが、神妙に問いかける。
「この地で……他国の密偵が、自らの素性を、名乗る意味。よもや、わからぬわけではあるまいな?」
「無論。されど某らは、これから尋常に、立ち会うのだ。墓標に刻む相手の名は、知っておかねば不便であろう?」
「……ふっ、ふはははははっ! 成程、貴様、中々に狂っておるな!」
「応ともよ! それが大和国武士の、誉れにて!」
「しかも狂人のくせに、一端にも、武人の嗜みは、心得ておるか!」
「如何にも! 礼を尽くしてこその、死闘で御座る!」
「良かろうっ!」
シュバ! シュバ! シュバババッ!
相変わらず、意味不明な。
キレのある姿勢を、次々と決めて。
「流石は黒兎どもの首魁! 吾輩が撲滅すべき、大悪党よなっ!」
「だから悪党では、御座らぬと言うのに……」
「ふっ、生意気な悪党よ! ……しかしその気概は、認めよう! しからば吾輩も、正義として、相応の礼儀を尽くさねばなるまいな!」
宣言して。
両脇を引き締めた、ナックルは。
「ふぬううううう……っ!」
グルグルと、丹田に。
膨大な魔力を、渦巻かせながら。
「刮目せよ! これが勇者様より受け継ぎし、正義の、顕現なりっ! ――〈勇聖覚醒〉うううううッ!」
ズオオオオオッ!
先のマリアンが、児戯に思えるほどの。
頭上を覆う、木々の梢どころか。
遥か上空を漂う、雲を貫いて。
巨大な魔力柱を、放出する。
「……良しッ!」
両の手首と、足首に。
魔力による、環状力場を形成して。
ゴウゴウと、魔力特性によって炎と化した。
紅蓮の魔力を纏う、聖人を前に。
「良し良し、良しッ! 実に天晴れで御座る、勇聖国の強者よ!」
瞳を輝かせる、テッシンは。
まるで、玩具を与えられた。
幼子のようであった。
「ならば某も、出し惜しみは無用! 喜べ虎徹よ、死合の刻じゃ! ともに戦場で、死に狂おうぞ! ――〈転真変化〉っ!」
呼応して、テッシンも。
大和国式の〈解放魂魄〉である。
共鳴魔法を、発動してみせた。
「ぬっ……むううう……かアああああっ!」
そして共振する、魔晶石は。
テッシンがかつて、祖国にて。
侍大将の名誉を賜る、契機となった。
魔人討伐の際に、得たものであるという。
聞くところによると、死の間際に。
テッシンの愛刀となることを、自ら望んでまで。
死して尚、闘争を望んだのだという。
魔人の魂を宿した『雷轟虎徹』が。
死闘に焦がれる、武士の魂と。
共鳴していくことで。
「がアあああああッッッ!!!!」
咆哮する口元からは、鋭い獣牙が生えて。
ズゾゾゾッ……と、獣耳が生えた頭部は。
墨のような黒髪に、金糸が混じることで。
見事な虎柄模様を、成している。
全身の筋肉が。
一回りほども、膨れ上がって。
両手の爪が、鋭利な短刀のように。
分厚く肥大化していた。
「ふるッ……るうううッ!」
蒸気のような、熱い吐息。
獣のように、縦に裂けた瞳孔は。
鬼人であるテッシンが、共鳴魔法によって。
半獣化したことを、意味している。
聖人のように、自らの固有魔法を。
純粋に、強化するのではなく。
自らの魂を、他者の魂と。
重ね合わせることで。
通常ではあり得ない、存在変化を果たした。
存在進化という、奇跡である。
「鬼にして、獣を宿すか! 成程、悪党の首魁に相応しき、異形の姿よな!」
「国許では、『雷虎童子』などとも呼ばれておってな! 某はそこそこに、気に入っておるわ!」
「ふはははは! しかしその異形――」
互いに、戦闘準備を済ませた。
聖人と。
鬼人が。
笑みを、交わしたのちに。
「――見掛け倒しでないことを、期待するぞっ!」
ゴウッ、と。
ナックルの両手首と足首を囲う、光輪が。
炎を宿すように、膨らんで。
次の瞬間には、爆発。
圧倒的な推進力で、前に出る。
「応ともよッ!」
テッシンもまた……バヂヂヂチイッ!
紫電が全身を包んだ、次の瞬間には。
目にも止まらぬ速さで、距離を詰め。
閃光の軌跡を描く、雷轟虎徹が。
「がアッ!」
「うぬうッ!」
炎を纏う、拳と激突。
ズッ……ガアアアアアッッッ!!!!
吹き荒れる爆風と、稲妻が。
周囲の木々を、圧し折って。
地面を砕き。
空気を破裂させる。
「……がアあああッ、せいッ!」
景色を歪めるほどの、魔力圧で。
空間が、弾けてしまう前に。
鍔迫り合いのなか。
卓越した技巧を以てして。
テッシンが押し出す、愛刀の軌道を。
水平から、斜め上空へと。
修正した。
「んなっ!?」
拮抗していた圧力を、逸らされて。
成す術なく、炎を纏う聖人が。
空中へと、打ち上げられる。
「ふははっ! 地上は某らには、ちと狭かろうて!」
すぐさまにテッシンも……バヂバヂイッ!
己の魔力特性である『雷』を利用して。
何もない空間を、踏み締めながら。
宙を翔け上がっていった。
「確かに――なっ!」
ゴオオオオッ!
ナックルは、両足の光輪から。
爆炎を噴出することで、急停止。
眼下から迫る、テッシンに。
上空から、拳を振り下ろす。
「空中ならば存分に、やり合えるというものよッ!」
「然り然りっ! 心ゆくまで、死合おうぞッ!」
三度、強者が激突して。
炎と、閃光が。
大森林の空で、眩く弾けた。
「……ヒビキくん」
「……っ、ああ、わかってるよ!」
自分では、決して手の届かない。
頭上の戦いを、見つめながら。
「……師匠は、俺たちが逃げる時間を、稼いでくれてるんだ!」
獣化変身の最中に。
師匠の背中で、瞬いた。
『征け』という、雷文字を。
歯が砕けんばかりに、噛み締める。
(この場に俺が居残ったところで、師匠の、邪魔にしかなんねえ!)
戦場に、踏み入ることさえ。
許されなかった、ヒビキは。
強く、拳を握り締めた。
「俺には俺の、やるべきことがある! チョーシこいてあの中に、混ざろうだなんて思っていねえよ!」
「……」
本当は悔しい。
肝心なところで役に立たない自分が、恥ずかしい。
それでも。
(……師匠、ありがとうござますっ!)
今は、まだ。
そしていつかは、と。
最後に頭を、下げてから。
「……行くぞ!」
「ええ!」
マリアンを抱えた、ヒビキは。
戦場を、後にするのだった。
【作者の呟き】
大男の虎耳……需要、ありますかねえ……?




