第一章 【33】 雷鳴②
〈ヒビキ視点〉
「――でかした、ヒビキっ!」
腹の底に響く、雷鳴の如き。
男の声を、耳にした瞬間に。
(ヤバっ!)
ほとんど、条件反射で。
ヒビキは、腕を掲げて。
視界を、影で覆った。
直後には。
「チェ――」
カッ、と。
稲光が、戦場を貫いて。
数瞬遅れて……バヂチチイッ!
「――ストおおおおおッ!」
雄叫びとともに。
弾けた、紫電の刃が。
敵を、斬り裂いている。
「……ブッ!」
「……あえ?」
「にゃ、にが……?」
一拍遅れて。
次々と。
間抜けな声を、漏らしたのは。
胴体を、両断されて。
袈裟懸けに、崩れ落ちていく。
浄火軍の兵士たちや。
魔術士である。
「え? な、何が? えっ!?」
立ち位置的な、問題だったのか。
即死こそ、免れたものの。
胴体を、内側から滲む朱色に染めて。
深手を負った様子の、青年神官は。
酷く狼狽しており。
「……な、なんだよお!? なんなんだよお、オマエえっ!?」
敵方の中で、ただ一人。
襲撃に対応できていた、聖浄騎士は。
負傷していた左腕を。
肘上から、斬り落とされて。
残る右手で刺突剣を、構えながら。
息を荒げて、こちらを睨みつけていた。
とはいえ。
「……っ!」
ヒビキはもはや、それらを。
警戒などしていない。
する必要が、ないからだ。
(……来て、くれたのかっ!)
代わりに、胸の奥からは。
泣きたくなるほどの、安堵が。
とめどなく、込み上げている。
「……っふ、ふははははっ!」
感動に震える、ヒビキの眼前で。
背を向けて、仁王立つは。
二メートルを超える。
巨躯であった。
「良うやった、ヒビキ! 某が駆けつけるまで、見事、持ち堪えたようだなッ!」
血生臭い、戦場の真っ只中で。
上機嫌に、声を弾ませて。
刀身が三尺を超える、大和刀を握りしめながら。
身体に帯びる、静電気によって。
ふわりと、風に舞う黒髪から。
焦げた木香の匂いを、漂わせる。
鬼人の大男は……
「褒めて遣わす! それでこそ、某の一番弟子よ!」
「師匠!」
テッシン・ライヅ。
ヒビキが師事する、大和国の。
侍大将である。
「安心せい! まだ息はある!」
そして、大男の小脇には。
襲撃の際に、確保したらしい。
小柄な只人の少女……マリアンが。
小俵のように、抱えられていた。
「……ぐえ」
衝撃の余波で、気を失ったのか。
ぐんにゃりと、脱力した様子の。
マリアンであるが。
「……ふうーっ! ふうーっ!」
逃した獲物を。
血走った目で。
蒼白な顔色の、聖浄騎士が。
睨みつけている。
「見ての通り、某は手が離せんでな!」
深手を負いながらも。
襲撃の機を窺う、隻腕の女騎士を。
刃を構える大男が、牽制していた。
「ヒビキ、おぬしが処置を致せい! 薬壺は某のものを、使って構わぬ!」
「う、ウッス! ありがとうございます、師匠!」
すぐに、テッシンの腰元から。
皮袋を、拝借して。
備えられていた、止血剤や鎮痛剤。
気付薬や回服薬、呪帯などで。
「……う……ううん……」
放心状態の、マリアンに。
応急処置を、施していく。
「そ、それにしても師匠、なんでここが!?」
「はっ! あのような、目立つ『花火』を打ち上げておいて、何故も糞もなかろうに!」
「……あっ」
指摘されて。
思い当たるのは。
先んじて、マリアンが。
この場に転移してきた、直後に。
怒りと共に、頭上へと放出した。
特大の、魔力柱である。
どうやらそれを、目印として。
テッシンはこの場に、駆けつけたようだ。
「某がチマチマと、雑兵どもを狩っている間に……自分たちだけで強者との死戦を愉しむなどと、許されることではないぞ!」
「は、はは……」
ただし、その理由は。
救援、というよりも。
戦鬼の嗅覚に、よるものだが。
「とはいえ……少し、時間をかけ過ぎたか?」
チキリ、と不満げに。
強敵を求める刃を、揺らしながら。
「少しはやるようだが……」
対峙する、聖浄騎士に。
テッシンは、目を細める。
「あの程度の小物が、マリアン殿を、ここまで追い詰めるなどとは到底考えられぬ……となれば本命の首級は、討たれてしまったのか? いや、というかそもこの場は、カエデの持ち場ではなかったのか? それが何故に、このような状況を招いておるのか……ヒビキよ、疾く語れい」
「う、ウッス! じ、実はですね――」
問いかけられて、手短に。
ここに至る経緯を。
説明すると。
「……成程」
チラリ、と。
背に庇うヒビキに。
テッシンは、視線を向けて。
「それは随分と……家臣が、世話になったのう」
まず、人に頭を下げるところなど、見たことがない。
唯我独尊を極める、大男が。
「主君として、感謝する。大義であったぞ、ヒビキ」
真摯な眼差しで。
滅多にない言葉を、口にした。
「そ、そんな! カエデさんは、俺にとっても大事な仲間ですから! それを助けるのは、当然のことですよ!」
「であろうと、信賞必罰は、将の務めよ。よっておぬしには、褒美を遣わす」
言い放った、テッシンが。
腰元から、抜き取って。
投げ渡してきたのは。
「っ!? 師匠、これって……」
黒塗りの鞘に、金細工として。
ライヅ家の『稲妻家紋』が刻まれた、短刀である。
それを、下賜される意味を。
わからぬ、ヒビキではない。
「……曇りの晴れた、良き眼だ。一皮剥けたな、馬鹿弟子め」
「……っ!」
「おぬしは初陣を果たし、性根を据え、此度、死線をも超えた。ゆえに本日、この時を持って、おぬしにライヅの家名を名乗ることを、許そう。それは某からの他向けだ。精々、その胸に抱いた志を、挫くことなく精進するがよい」
「あ、ありがとうございます! 師匠!」
すると。
頭上で交わされる、師弟の会話が。
呼び水となったのか。
「……ん……みゅう……」
ヒビキの抱き支える、マリアンが。
小さく、呻いた。
「……っ! おい、マリアン聴こえるか!? おいっ!」
思わず、腕に力を込めて。
懸命に、呼びかける。
「しっかりしろよ、マリアン! お願いだから、起きてくれ!」
「……うう、ん……?」
虚ろだった、マリアンの瞳に。
徐々に、光が戻ってきた。
「気を強く、保ってくれ! 俺の声が、聴こえるか!?」
「……え? ……ええ、はい……もちろん……え?」
そこで、ようやく。
ヒビキとマリアンの、視線が。
息が触れ合うほどの至近距離で。
バッチリと、結ばれる。
「……え? あ、あうう?」
「……っ! 良かった、気がついたのか!」
顔だけは、深手を避けていたようだが。
それ以外の全身に、内出血を滲ませて。
乱雑に、白髪を斬り刻まれた。
全身泥だらけの、マリアンは……
「……ふええ?」
そんなもの、全てまとめて。
吹き飛んでしまったかのように。
ただでさえ、大きな瞳を。
まん丸く、見開いて。
「これ、夢でしゅか……?」
呆然と。
自分を抱きしめるヒビキを。
見上げていた。
(……くっ、やっぱり呪詛で、意識が朦朧としてやがるのか……っ!)
あれほど、苛烈な仕打ちを受けたのだ。
意識が混濁するのも、無理はない。
であれば、自分にできることは……
「……大丈夫だ、マリアン。俺が、ついてるからな!」
より、強く。
小さな身体を、抱きしめて。
励まして、支えるのみ。
「絶対にアンタを、死なせたりなんかしねえ! 俺はまだ、全然アンタに恩返しできていねえんだ! だから頑張って、生きてくれよ! マリアン!」
力強い言葉と。
熱烈な抱擁に。
晒された、マリアンは。
「……あ、これ夢ですね」
カクンと、寝落ちするように。
呆気なく、意識を手放した。
「っ!? ま、マリアああああンっ!?」
ガクガク、と。
必死に、揺さぶると。
「……あ、あれ? おかしいですね……夢が、覚めませんよ……?」
再度。
目を覚ましてくれたので。
「夢じゃねえよ! 現実だよ! しっかりしてくれって、マリアン!」
思わず、感極まって。
傷だらけの、小さな身体を。
ギュッと、抱きしめてしまう。
「……ああ、もう……いつもの残酷な夢で、いいですから……こんなの、脳が耐えられませんよお……」
すると、マリアンの方からも。
不自由そうに、身じろぎして。
体重を、預けてきた。
「……あったかい……しあわしぇえ……このまま死んじゃっても、悔いはありませんねえ……」
「っ!? だから、しっかりしろって、マリアン! 絶対に死んじゃダメだぞ!?」
「……のう、マリアン殿よ」
一向に噛み合わぬ、母子の遣り取りに。
見兼ねた様子の、テッシンが。
背後にヒビキたちを、庇ったまま。
「……んもう、なんですか? 今、いいところなのですから……邪魔、しないでくださいよお……」
「一応忠告しておくが、これは、現実で御座るぞ?」
やや、呆れたように。
当たり前の事実を、指摘した。
「……いいえ。そんなこと、あるわけが……」
「いやいや。これは現実だぞ、マリアン?」
ついでに、ヒビキも。
肯定して。
「……いえいえ。いくらヒビキくんの、言葉とて、流石にそれは――」
「ほう。おぬしはヒビキの言葉が、信じられぬのか?」
さらに、テッシンが。
念押しすれば。
「――信じますう!」
気持ちに良い、即答とともに。
ガバッと、マリアンは。
目を見開いた。
「……え?」
そして、もう一度。
改めて、マジマジと。
自分をしっかりと、抱きしめる。
ヒビキを見つめて……
「……え? これ、もしかして、現実、なのですか……?」
あたかも、宇宙に放り出されて。
驚いた、猫のような表情で。
コテンと、首を傾げたので。
「ああ、そうだよ」
ヒビキが真顔で答えると。
「……」
マリアンは。
「……こひゅっ」
過呼吸のように。
息を詰まらせたかと思えば。
「ひゅっ、ひゅぱ、ぱぱぱぱはわわっ……」
グルグルと、目を回して。
「……きゅう」
グッタリと、意識を手放してしまう。
「ま、マリアああああンっ!?」
今度は何度、揺さぶっても。
意識を取り戻す、気配がない。
「……」
鼻血を垂らした、その寝顔は。
何故か、幸せそうですらあった。
「し、師匠! マリアンが! マリアンがあっ!?」
「……今は、そっとしておけ。それが最善で御座る」
再び気絶した、マリアンに。
ヒビキが、狼狽するものの。
「さてさて……それよりも、だ」
親子の会話中、ずっと。
大和刀を構える、テッシンの眼光は。
「……ふうーっ! ふうーっ!」
ブレることなく。
息を荒げて、マリアンを睨みつける。
手負いの聖浄騎士に、注がれていた。
「某の秘薬を用いても、その程度にしか、回復せぬとあらば……」
当然のことであるが。
ヒビキたちに支給された、品々と比しては。
大和国一向の大将である、テッシンに。
用意された、治療薬の数々は。
最高級の、品質である。
それらを惜しみなく、投与しても。
全快どころか。
気休め程度にしかならない。
異常な効力を発揮する、呪詛魔法に。
テッシンもまた、事態の深刻さを。
見抜いたようだ。
「……やはりあれは、生け捕りにするが望ましいか」
その起点である、聖浄騎士を。
襲撃の際に。
あえて、仕留めることなく。
重症のうちに、留めたのは。
経験豊富な、戦鬼ならではの。
戦場における、見事な勘所である。
「ふ、ふざけるなッ!」
あくまで、自分を見下した。
テッシンの冷徹な、物言いに。
「誰が亜人の、手籠なんかに、なるもんかよ! そうなるくらいなら、ボクはこの場で、死んでやるからな!」
ギャンギャンと、噛みついたのは。
大量の魔力消費と、出血によって。
元より青白かった肌色を。
幽鬼の如く、染め上げた。
聖浄騎士である。
「……きひひっ、そうだ! そうしよう! それならいっそ、そいつらを、道連れにして――」
「――喚くな、雑魚が」
しかし、女の金切り声を。
侍大将は、一言にて切り捨てた。
「目を見ればわかる。貴様は戦場に身を置きながらも、浅ましく今生に、たっぷり未練を残しておるようだな。そのような輩が、自決など、片腹痛いわ」
「……だ、だとしても! お前らの、思い通りになんて――」
バヂヂヂイッ!
大和刀から、紫電が迸って。
「――ヒぎいいいイいっ!」
雷撃に貫かれた、聖浄騎士は。
ドサリと、その場に崩れ落ちた。
「……ふん、他愛もなし。そも、ライヅの秘伝には、相手の意を捻じ曲げ、服従させる技など、いくらでもある。紛い物の分際で、思いあがるでないわ」
たしかに。
実際に、何度となく。
テッシンの魔法によって。
意識を残したまま、身体の自由を。
奪われてきた経験を持つ。
ヒビキとしては。
(……説得力が、あり過ぎるんだよなあ)
その、力強い発言を。
疑う理由がない。
「ちと暴れ足りぬが……時間が惜しい。ヒビキよ、ひとまずは爺のもとへ、合流するぞ」
「う、ウッス!」
「……さて。その前に、目障りな羽虫を払っておくか」
スッ……と、目を細めたテッシンが。
改めて、紫電を纏う刃を向けたのは。
「ひ、ひいいいっ!」
ただ一人、戦場から距離を置き。
仲間を見捨てて。
息を潜め。
この場を、やり過ごそうとしていた。
勇聖教会の、神官である。
「み、見ての通り、僕は軍人ではなく、神官です! 貴方たちに、敵対する意思などありませんっ!」
「……生臭坊主が。戦場に足を運んでおいで、知らぬ存ぜぬが、通じる道理はなかろうて」
「い、いやだっ! 死にたくない! こんなところで、死ぬのは嫌だ! 誰か、助けて……っ!」
ずりずりと、這うようにして。
テッシンから、逃げようとする。
青年神官の、無様な命乞いに……
「……助けてくださいっ、聖人様っ!」
「――うむ、承った!」
応えるようにして。
上空から、無数の火球が降り注いだ。
「何奴ッ!?」
叫びながら、テッシンは。
頭上に向かって、大和刀を一閃。
刃から放たれた、円弧を描く〈斬波〉が……ズドドドドッ!
飛来する火球を巻き込み、空中で爆散。
それでも撃ち漏らした、いくつかの火球が。
地面に着弾するなり……ドッゴオオオオンッ!
大地を抉り。
木々を燃やして。
周辺を紅蓮に、染め上げた。
「ふわあーはっはっはあっ!」
火災の元凶である、声の主は。
見上げるほどの、上空。
二体の人造天使に抱えられた。
筋肉隆々の、逞しい大男である。
「誰か、と問われるのならば、吾輩はこう答えよう!」
バサバサ、と。
真っ白な外套を、風に靡かせて。
顔の上半分を覆う、半兜の下に。
剛毅な笑みを、浮かべながら。
紅十字が刻まれた胸元を露出する。
上半身が半裸の甲冑を纏った、巨漢の男は。
高らかに。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 悪党どもが、赦しを乞う! 吾輩こそが正義の番人にして、邪悪を裁く執行者! 無辜なる民草の盾にして拳! 洗礼名『聖拳』こと、聖人ナックル・リ・カラサワである!」
堂々たる名乗りを、挙げたのだった。
【作者の呟き】
ママの見る夢は、だいたい「ヒビキにオギャられる」「ヒビキをバブらせる」「ヒビキに優しくしてもらう」のどれかです。




