第一章 【29】 堕天①
〈ダリア視点〉
勇聖国における、国教。
勇聖教会の、直轄となる。
武力組織……浄火軍において。
聖浄騎士と呼ばれる、強化人間の。
魔力改造を受けた、真人の女性……ダリアは。
かつて、幸福の只中にあった。
『……ああ、可愛いよ、ダリア。やはり、真の美というものは、幼い蕾にこそ宿るものなんだ。その眩いほどの可能性を秘めいた蕾が、いったいどのように、美しく、花開くのか……想像しただけで、僕をこんなにも熱く滾らせてしまう……ふふっ。まったく、罪深い華だよ、少女たちは」
『ソラさまあ……っ♡ もったいなき、お言葉ですう……♡』
国是である、『人造勇者計画』によって。
異世界から、召喚され。
人造生命体という、肉体と。
勇聖因子という、才能を与えられ。
幾つもの実績を、積み上げることで。
やがて勇聖国の最高戦力とされる『八輝聖』に。
その名を連ねるに至った、傑物。
洗礼名『聖瞳』こと。
勇者、ソラ・シン・アマツカ。
それこそが、ダリアの魂に刻まれた。
愛する男の、名前である。
『うんうん、いい返事だ。さあ、可愛い、僕のダリア。キミの可愛らしい花弁を、もっと僕に、見せておくれ』
『はいっ、喜んでえ……っ♡』
当然のことながら。
勇聖教会に所属する、真人にとって。
勇者と呼ばれる、転生者から。
寵愛を、注がれることは。
まさしく、至上の誉れであり。
間違いなく、このときのダリアは。
人生の絶頂を、迎えていた。
そして。
一度最高潮を、超えてしまえば……
あとに、残されているのは。
緩やかな、減衰である。
『……ねえ、ダリア。華というのはね、咲き誇る時間が限られているからこそ、儚く、尊いものなんだ。残念だけど今のキミは、その盛りを、過ぎようとしている……僕たちの美しい思い出が、枯れ果ててしまう前に、僕とキミは、距離をとるべきなんだ。わかってくれるね?』
少女から、大人へと。
移り変わる、肉体の変化に。
反比例するかのようにして。
どれだけ愛を、捧げても。
媚びても。
訴えても。
決定的に。
自分という、存在から。
興味を、失っていく。
愛しき男の姿に。
在りし日のダリアは、心から。
恐怖を、覚えるようになった。
(……違う……ソラさまは、ボクを、見捨てたりなんかしない……きっと、誰かに、騙されているんだっ!)
歪な愛情を、注がれて。
染まってしまった、未熟な華は。
いつしかその身に、毒を宿した。
やがて、抑えきれなくなった棘が。
自分の次に、愛情を注がれている。
新たな華へと、向けられる。
(……マリアン、リ、ハネカワあああああっ!)
それは、幼くして。
勇者の血に宿る力……勇聖因子を。
固有魔法として、覚醒させた。
名門貴族出身の、美しき少女である。
そのうえ、マリアンは。
『……す、素晴らしいっ!』
天使のような。
見目麗しい、外見のままに。
覚醒に伴う、体内魔力の過剰供給によって。
時間を、凍結してしまった。
永久花でも、あったのだ。
『す、素晴らしいよ、マリアン! まさにキミこそが、僕の求めていた、最高の女性だっ! 嗚呼、きっと僕は、キミと出会うために、この世界にやってきたんだね……っ!』
家柄と。
才能と。
容姿に、加えて。
刻の女神からも、祝福された少女が。
洗礼名『聖翼』として。
八輝聖に、名を連ね。
幼き永遠を求める、勇者から。
まさしく唯一無二の、至宝として。
寵愛を、一身に注がれていたのは。
誰の目にも、明らかである。
だからこそ。
(……なんで……なんでなんでなんでなんで……っ!)
それまで、熱心に。
蒐集していた、蕾や華たちを。
呆気なく、手放して。
至高の永久花だけを愛でる、勇者の影で。
いくつもの。
手折られた、華たちが。
憎悪の毒を、育んでいった。
ダリアもそのうちの、ひとつである。
(……アイツさえ……アイツさえいなければ、きっとまた……ソラさまは、ぼくのことを……っ!)
ついには、期限切れの枯花として。
勇者の庇護下を、放逐されたあと。
紆余曲折を経て、所属した。
浄火軍においても。
ダリアは。
(ボクがぜったいに……世界で一番、ソラさまを、愛してるんだ! あんなヤツより、ボクのほうが、ソラさまのお役に立てるんだっ!)
いつまでも。
過去の泥濘から、抜け出せずに。
いつかふたたび。
勇者の眼鏡に適う日を、夢見て。
その、一助となるべく。
過酷な改造手術に、志願して。
実験動物のような。
血に塗れた日々を。
送っていた。
そんな、とある日の出来事である。
(……きゃはっ! きゃははははっ!)
あまりにも、恵まれ過ぎた。
生来の、素体適正の高さゆえに。
彼女を溺愛する勇者や。
親族の猛反対を、押し切ってまで。
勇聖教会が、マリアンを。
新たな『人造勇者計画』の、人柱として。
指名したことは、聞き及んでいたものの……
(やっぱりねえ! そうだよねえ、そうこなくっちゃ!)
途中で、計画が頓挫して。
被験者であるマリアンが、何故か。
研究施設から、行方を眩ませたこと。
それから、しばらくの間は。
大掛かりな、捜索部隊が。
展開されていた、らしいのだが……
折悪くも。
始まってしまった。
他国からの、軍事侵攻によって。
防衛に、人員を割くために。
捜索が、打ち切られてしまったこと。
そして消息不明の、聖人として。
八輝聖の座を、剥奪されたことを。
浄火軍の、機密事項として。
知り得たときには……
(きゃはははははははっ!)
ダリアは、狂喜乱舞した。
自分が、間違っていなかったことを。
改めて、確信したからだ。
(そうだ! あの白豚は、ソラさまに、相応しくなかった! ソラさまを心から愛しているのは、このボクだっ! やっぱり、ソラさまのお役に一番立てるのは、この、ボクだけなんだ……っ!)
なんら、根拠のない。
妄執じみた情念を、糧として。
成功率が二割以下とされる、魔力改造を。
見事、耐え抜いたダリアは。
半年後には、聖浄騎士として。
ふたたび、勇者に仕えることを。
許されていた。
(なんで……なんでなんでなんで、なんでえ……っ!)
しかし……
かつては、幾度となく。
愛を囁いてくれたはずの、男の瞳が。
成熟した女性に、向けられることはない。
それどころか、以前のように。
無数の蕾や華たちに、囲われながらも。
愛しい男の心は、常に。
ここにない。
かつて手にした、至高の永久花に。
囚われた、ままである。
(……ッ!)
そうして、まざまざと。
見せつけられる、無慈悲な現実が。
ダリアの心を、更なる狂気の淵へと。
追い込んでいく。
(……アイツが……あの白豚が、いる限りっ……ソラさまは、過去に、囚われたままなんだ……っ! だったらボクが、ソラさまの目を、覚まして差し上げないと……っ!)
なんとしても。
どのような手を使っても。
あのような、薄汚れた売女に。
偉大なる勇者が。
拘泥する価値など、ないのだと。
証明しなければならない。
(でも……いったい、どうやって……っ!?)
だが、その方法がわからない。
何せ、肝要となる当人が。
行方不明と、きているのだ。
一部では、死亡説も囁かれていたが……
理想を諦めきれない、勇者などは。
頑なにそれを、信じようとはせず。
私財を投じてまで。
個人的な捜索を、続けており。
率先して、それに参加しているダリアも。
根拠など必要ない。
女の勘で。
怨敵の生存を、確信していた。
そのような、悶々とした日々を。
何年も、耐え忍んで……
「……ッ!! マリアン、リ、ハネカワあああああっ!」
長年追い求め続けてきた、怨敵が。
ようやく目の前に、現れたのである。
その顔を。
その声を。
その姿を。
見間違う、はずがない。
フワリと、翼のように広がる長髪こそ。
輝くような、金色を失って。
穢れなき無垢に、染まっているものの。
人形じみた、精緻さと。
無感情が刻まれた、美しい顔は。
ダリアの記憶に、焼き付けられた。
当時のままであり。
金色の魔力光を帯びた、紅玉の瞳が。
天上より、下界を見下ろす天使のように。
高圧的な存在感で、周囲を睥睨していた。
間違いない。
こいつこそ……
忌々しい、この女こそが。
自分の人生を、滅茶苦茶にした。
元凶である。
「み、見つけたあ! とうとう見つけたぞ、白豚あ! この、ソラさまを裏切った、大罪人めがっ!」
「……貴方」
そうしてダリアが、半生を費やして。
追いかけ続けてきた、憎き聖人が。
欠片も、興味なさそうに……
「……誰、ですか?」
呟いた、その一言は。
「……けひゃっ」
薄氷の上で。
正気の淵に止まっていた、聖浄騎士を。
奈落へ、突き落とすには。
十分過ぎる、劇薬である。
「く、ひゃははっ、けひゃはははははっ! そうかい、そうか、そうだよねえ! オマエにとって、ボクはやっぱり、その程度の存在だよねえ! あひゃひゃひゃひゃ! くひゃひゃひゃヒャヒャヒャっ!」
「だ、ダリアさん! 落ち着いてください! あのような挑発に、乗ってはいけません!」
自分をここまで連れてきた……名前など、覚える価値もない。
勇聖教会の、神官が。
必死に何かを、訴えているが。
そんなもの、ダリアの心には届かない。
「……そんなことよりも」
ただ、その瞳は。
耳朶は。
殺意は。
自分の全てを、否定した。
天使のような悪魔にのみ、注がれている。
「そこの、貴方」
そして、悪魔もまた。
尋常ならざる、殺気を撒き散らす。
ダリアだけを見て……
否、違う。
あの、冷酷な悪魔は。
狂ったように哄笑する聖浄騎士など。
最初から、見てはいない。
なんなら、この場で固唾を呑む。
勇聖教会の神官や。
浄火軍の兵士たちとて。
一瞥すら、していない。
それら、有象無象など。
まるきり、無視して。
「そこを、退きなさい」
悪魔の紅瞳は。
ただひたすらに、ダリアの足元。
血塗れの豚鬼だけに、注がれていた。
「……は?」
「聴こえませんか? 今すぐそこを退きなさいと、命じているのです」
淡々と。
抑揚なく。
煮えたぎる激情を、言葉に乗せて。
「そうすれば苦痛なく、速やかに、跡形もなく、消し去って差し上げましょう」
白髪紅瞳の悪魔は、一方的に。
宣告してくる。
「……あ? ああん? なんだよ、オマエ、そんなにこの愛玩動物が、お気に入りなのかよ? なんだよ、ずいぶんと趣味の悪い――」
「――お黙りなさい!」
ブワッ、と。
白髪が、舞い上がって。
噴出した魔力が……ズドオオオオッ!
天を衝く、柱の如く。
大森林を、貫いた。
あまりの衝撃に……バサバサアッ!
木々の梢を、揺らしながら。
鳥たちが一斉に、羽ばたいていく。
「……ひっ」
「……あ、ああ……」
「そ、そんな……っ!」
周囲の景色を、歪ませるほどの。
膨大な、魔力圧を前にして。
神官を始めとした、兵士たちが。
半ば、腰を抜かしているようだが……
「……へえ」
ただひとり。
悪魔と面識のある、ダリアだけは。
ニヤアアア……と。
血色の悪い、唇を。
三日月のように、歪めていた。
「おいおいおい。なんだよなんだよ、なんだよ、なあ、白豚あ……え? ホントに? オマエ、そんなにこの豚に、ご執心なのかよ!? ひゃはっ、くひゃははっ! やっぱり雌豚には、豚が、お似合いなんだねえ! こりゃこりゃ傑作だっ! ひゃはははははっ!」
「……いいから、そこをお退きなさい。今すぐに」
「おやあ? おやおやおやあ? もしかして聖人様は、人に物を頼むときの態度を、ご存知でない〜?」
足を、退かすことなく。
むしろギリギリと、力を込めて。
靴裏の豚鬼を、踏みしめながら。
挑発する、聖浄騎士に。
「……ッ!? ちょっ、馬鹿、やめてくださいダリアさん! なに煽ってるんですか!?」
顔面を蒼白にした、青年神官が。
必死に、制止を呼びかけてきた。
「……」
それなのに。
純白の悪魔は。
「……お願い、します」
いとも容易く。
放出していた、魔力を鎮めて。
光輪の浮かぶ、神聖なる頭を。
「お願いですから……そこを、退いてください」
ダリアたちに向かって。
下げて、きたのだ。
「嫌だよ、馬あ〜鹿っ! きゃははははっ!」
嗤いが、止まらない。
止められるはずがない。
あの、何に対しても。
興味を示さなかった、鉄面皮が。
どれだけ勇者から、愛を囁かれても。
赤面すらしなかった、不感症が。
これほど痛々しく……
表情を、歪めるなんて。
たまらない。
「きゃははは! あひゃっ、くきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!」
折れ曲がった左手で、腹を抱えて。
壊れたように、哄笑する。
聖浄騎士の姿に。
「……」
顔を上げた悪魔は、無言のまま。
身体に纏う魔力を、静かに。
激らせていく。
「……ッ!?」
これに慌て、ふためいたのは。
いつの間にか、ダリアの背後に移動していた。
青年神官である。
「……ねえっ、ダリアさん!? さっきから何を、挑発してるんですか!? 相手は、その……聖人様、なのですよ!? 私たちが到底、抗える存在ではありません! 即刻、機嫌を損ねるような態度は、慎んでくださいっ!」
神官の危惧は、もっともだ。
魔力改造によって、人為的に。
勇聖因子を覚醒させた、聖浄騎士は。
たしかに、強力な戦力ではあるものの。
やはり、その完成形である。
生粋の聖人と、比すれば。
実力差は否めない。
しかも相手は、希少な空間魔法の使い手として。
勇聖国に名を馳せていた『聖翼』である。
彼女が身に宿す、固有魔法を。
ひとたび攻撃へと、転じれば。
たとえ一軍を、相手としても。
圧倒し得る怪物で、あることを。
ダリアとて、忘れてはいない。
だからこそ、だ。
「……いやだね」
「ダリアさあんっ!?」
「安心しなよお……えっと、トメオくん?」
「ロメオですが、今はそんなことどうでもいいです!」
「ああ、うん、まあとにかく……今のアイツは、たぶん、ボクたちに手を、出せないからさあ」
あの悪魔が。
この場に、顕現してから。
今のこの瞬間に、至るまで。
自分たちの首と、胴体が。
こうして繋がっている、事実こそが。
ダリアの推測を、確信へと押し上げている。
「……」
よって、ダリアは。
魂ごと、凍つかせるような。
悪魔の視線にも、慄かない。
「……くふっ」
ただ、嗤う。
「くふふふふっ」
本来は逆立ちしても勝てないはずの、強者の眼前で。
命知らずな道化は、狂ったように。
踊り続ける。
「……」
「くふふ……そうそう、ご明察の通り、このブタに仕込んだボクの呪詛は、特別性でねえ! 伝説の勇者様が用いられた魔法の、劣化版といえば、アンタには伝わり易いかな?」
かつて、魔王を封印したとされる。
勇聖国の歴史に、名を刻んだ。
偉大なる勇者一向。
そのうちの一人が、用いたとされる。
有名な、固有魔法は。
使用者がこの世を去った、現在でも。
いまだに封印の大部分を、担っており。
いと尊き勇者の血統を継ぐ、ダリアが。
浄火軍で受けた、魔力改造によって。
開花してみせた、固有魔法が。
それに類するものである、と。
悪魔に、匂わせるには。
十分な情報だ。
「だから、さ。今さらボクの首を刎ねたところで、当然、このブタに仕込んだ呪詛は、解呪なんてされないし、むしろボクからの魔力線が途切れた瞬間に、コイツの命を喰らい尽くすってことだけは、教えておいてあげるよ」
だから諦めろ。
抗うな。
屈服しろ、と。
悪魔に、言い含めると……
「……それで、貴方は一体、私に何をお望みで?」
やはり。
圧倒的強者であるはずの、聖人は。
弱者を、踏み潰したりなどしない。
あまつさえ、その傲慢を。
諾々と、呑み込んでいる。
「……っ! で、でしたら」
ようやく状況を、察したのか。
「是非! このまま私たちと一緒に、最寄りの教会施設までご同行を――」
声音を弾ませた、青年神官が。
会話に、割り込んできたものの。
「――いいから、殴らせろよ。話はそれからだ」
「ダリアさあんっ!?」
ダリアにとって、そんなことは。
どうでもいい。
「ちょ、だ、駄目ですよダリアさん! 駄目駄目駄目、絶対に不味いですって! 勇者様に……アマツカ様に、叱られてしまいますよ!?」
「……っ」
小癪にも。
狼狽する、神官から。
心酔する、勇者の名を。
持ち出されたとしても。
「……いいや、殴る。蹴る。引っ掻いて、踏み潰して、ボコボコに、してやるんだッ!」
それだけは絶対に、譲れない。
たとえそれが原因で、勇者から。
不興を買うことに、なろうとも。
この日。
この時。
この瞬間を、夢見て。
ダリアは、地獄のような日々を。
耐え忍んで、きたのだから。
「……大丈夫。顔さえ、傷つけなければ、ソラさまだって……たぶん、大目に見てくれるよ。きっと」
「ダリアさあんっ!? そんな、勇者様のご意向に、背くような行為など――」
「――う、うるさいうるさいうるさいっ! 黙れよ! 何も知らない、部外者がッ……この白豚を、このままソラさまに引き渡すなんて、有り得ないっ! この怒りを、恨みを、憎しみを……直接、ぶつけてやらないと、ボクの気が収まるはずないだろおおおおおッ!?」
もしも、叶うことならば。
荒れ狂う激情に、身を委ねて。
唯一無二である、悪魔の『美』を。
ズタズタに、引き裂いて。
穢して。
壊して、やりたい。
そうすれば。
これ以上ないほどに。
ダリアの鬱憤は、晴れるだろう。
(でも……そんなことをすれば、こいつの過去が、永遠に、ソラさまの記憶に焼きついちゃう!)
悪魔という、過去が。
色褪せない、不変として。
愛する男の心に、刻み込まれてしまうのだ。
(そんなの……絶対に、許さない!)
許されるべきではない。
この悪魔には、この姿のまま。
勇者から、愛想を尽かされて。
失望されて。
捨てられなけば。
ダリアの本懐は、果たされないのだから。
そのための、第一歩として……
(……コイツの翼を、もいでやるっ!)
踏みつけていた、豚鬼の左足から。
刺突剣を、引き抜いて。
ゆっくりと。
噛み締めるように。
悪魔との距離を、詰めていく。
「……な、ならばせめて!」
揺るがなく、覚悟を決めた。
ダリアの背中に。
「顔だけは、傷つけないでくださいよ!? 治癒魔法には、限界があるのです! 貴方の魔法で、取り返しのつかない傷をつけてしまえば、それこそ私たちが、勇者様に処刑されてしまいます!」
説得は無理だと、諦めたのか。
神官が、ヤケクソ気味に叫んでいた。
「んもう、わかってるよ! そんなこと! 邪魔しないでよ!」
「ホント、お願いしますよ? 信じてますからね!? ねっ!?」
「うるさいなあ! それよりも……そこのブタ! ちゃんと確保、してといてよね! 大事な人質なんだからさあ!」
「……っ!」
「返事いっ!」
「わ、わかっていますとも!」
「あと、ここでまた制御魔法なんか使ったら……ボク、何をするか、わからないからね? というかその時点で、たぶん、そのブタ死んじゃうからね? 絶対にやめてよね?」
「……ッ、あああ、もうっ! わかりましたよおっ!」
魔力改造の段階で、仕込まれた。
制御魔法の使用にも、釘を刺して。
「さあ、貴方たち! さっさとそこの亜人を、確保してください!」
「りょ、了解です!」
「……ッ、重いな、この豚野郎……っ!」
背後で豚鬼を、引き立てている。
兵士たちの声を、耳にしながら。
(……やっと、だ)
万感を噛み締める、ダリアは。
積年の怨敵である、悪魔に。
手が届く、距離まで。
辿り着いた。
「……」
しかし、目の前の聖浄騎士を。
純白の悪魔は、見つめていない。
宝石の如き、紅瞳は。
最初から、徹頭徹尾。
兵士たちに、両脇から拘束されて。
無理やりに、引き立てらている。
豚鬼だけに、注がれている。
「……おい」
「……」
「おい、白豚あ……こっちを、見ろよ」
「……彼を」
「おいっ!」
「解放、してください」
「おイいいいッ!」
バギイッ、と。
力任せに繰り出した、横蹴りによって。
小柄な悪魔が、蹴鞠のように。
勢いよく、吹き飛んでいく。
(……ッ、この、白豚ッ!)
ズドオオンッ……と。
大樹にぶつかって。
ようやく停止した、悪魔は。
(精錬魔力すら、纏わないつもりかよっ!)
魔法技能による、肉体強化はおろか。
魔法の前段階となる、精錬魔力を用いた。
肉体の活性化すら、放棄して。
完全な無抵抗を、貫いていた。
「……私のことは、どのように扱おうとも、構いません」
呻き声ひとつ、漏らすことなく。
何事もなかったかのように。
立ち上がって。
「だから……」
視線を豚鬼に、注いだまま。
ただひたすらに。
同じ言葉を、繰り返す。
「……彼を、今すぐに解放してください」
「……っ! ぼ、ボクを、無視するなあああああっ!」
薄暗い森に。
女の怒声が、響き渡った。
【作者の呟き】
ちなみに冒頭の少女と勇者の回想は、マッサージ(迫真)です。
下手をすると表現規制に引っかかるため、どうか誤解なきよう、ご理解の程を、よろしくお願いいたします。




