第一章 【17】 作戦会議①
〈ヒビキ視点〉
異世界からの転生者……ヒビキにとって。
苦い、思い出となった。
初めての、魔生樹討伐から。
さらに一年ほどが、経過した。
この異世界に転生してからは、すでに六年余りとなる。
今世の、豚鬼としての肉体は。
相変わらず、通常の倍する速度で。
成長を、続けているために。
外見年齢は、只人換算で十五歳ほど。
もはやこの世界基準での大人と、遜色ない。
頑健な肉体へと、成長していた。
そのような、身長百七十センチを超える。
ずんぐりとした力士体型の、豚鬼が。
小柄な只人の少女……マリアンや。
仙人然とした精人の翁……ハクヤ。
黒装束を着た狐人のクノイチ……カエデと、並んで。
身長二メートル近い、鬼人の大男……テッシンを、前にしていた。
(……とうとうこの日が、やってきちまったな)
朝日がいまだ、森を覆う薄闇を。
拭いきれていない、早朝である。
にも関わらず、居並ぶ人間たちの表情は。
皆一様に、引き締まっている。
「ではこれより、勇聖国の脱出作戦を、執り行うわけであるが……皆のもの、準備はよいな?」
積み重ねられた、戦歴を匂わせる。
黒地金に、緋色と金装飾をあしらった。
軽装鎧を身に纏う、テッシンの確認に。
「うっす、師匠」
「ええ」
「問題ありません、お館様」
「うむ、こちらも問題ありませぬぞ」
それぞれの戦装束を着込んだ、ヒビキとマリアン。
カナデとハクヤが、返事をした。
(……うん。大丈夫、問題ない。ちゃんと作戦は頭に叩き込んであるし、装備の手入れも、バッチリだ)
本日のヒビキは、胸元に。
拳ほどの魔晶石を、嵌め込んだ。
獣皮と樹皮を素材とする、革鎧を着込んでいる。
その他にも、両腕には。
動きを阻害しない程度の手甲を。
額には、鉢金を巻いており。
背中には、様々な道具が詰められた。
携帯荷袋を、背負っている。
「……であれば、ヒビキよ。具体的な手筈を、申してみよ」
戦支度を整えた、弟子を見つめて。
テッシンが、問いかけると。
「はい。えっと……まず前提として、この勇聖国は、浮遊大陸として、ボトルニア大陸の上空を、移動しています」
これまでの情報を、整理しながら。
ヒビキは現状を、振り返っていく。
「なのでここを脱出するなら、転移魔法が最善手ですけど……ここまでの超長距離を、転移魔法で移動するためには、実行するための場所と時間が、限られてしまいます」
なにせ、空と大地。
どころか、大陸や海原すらも超えて。
世界を巡る、魔力霊脈を利用するかたちで。
この勇聖国から。
遠く離れた大和国まで。
一息に、移動してみせようというのだ。
当然ながら。
それには術者の、極めて高度な魔力技能と。
大量の魔力や、魔法触媒の消費は。
勿論のこと。
魔法で転移する、距離が。
長くなれば、なるほどに。
空間を繋ぐ『路』となる、魔力霊脈の流れや。
世界に満ちる魔力を増減させる、星々の配置などが。
重要になるとされる、転移魔法である。
そのため、術者や道具が、揃っていても。
それを執り行う、場所や時間が。
ごく限られて、しまうのだ。
「だから俺たちはこの森で、今日のために、準備をしてきました」
集めた情報を、祖国に持ち帰るために。
転送を繰り返すことで、人員を減らして。
今やたったの、三名のみとなってしまった。
大和国の密偵……テッシン、ハクヤ、カエデと。
現地の協力者である、ヒビキとマリアンは。
一月ほど前から。
超長距離の転移魔法に、必要とされる。
時間以外の、条件を満たした。
豊富な魔力が満ちる、森に潜伏して。
着々と準備を、進めていた。
それなのに。
「ですが今……この森には、浄火軍の捜索部隊が、派遣されています」
ほんの、数日ほど前に。
こんな辺境の森へと、やってきた。
勇聖教会の抱える武力組織、浄火軍。
白地に紅十字を刻んだ、旗を掲げる。
三百名ほどの、兵士たちが。
半数ほどを、大森林の外に逗留させて。
森に投入した残る半数で、あきらかに。
何かを、捜索する素振りを。
見せているのだ。
そして、日を追うごとに。
狭まってきた、捜索範囲が。
ヒビキたちの目前まで、迫っていた。
「そのため俺たちは、これから、拠点でハクヤさんが転移魔法の準備をしている間、四方に散らばって斥候を……場合によっては時間稼ぎのための、囮役を行います」
転移魔法のために、用意した。
儀式場を擁する拠点を、中心として。
テッシン、カエデ、ヒビキ、マリアンが。
それぞれに、森の東西南北を。
担当することで。
儀式場に近づく、浄火軍の捜索部隊を。
誘導。
あるいは排除、していくことで。
転移魔法が、発動可能となるまでの。
時間を稼ぐ、試みであった。
その際に、姿が露見したとしても。
この大森林から、本日中に。
全員の撤退が、完了するのなら。
問題はないという、算段である。
「うむ。この土壇場で、面白く……あいや、面倒なことに、なったもので御座るなあ」
「いや、全くですわい。どうやら勇聖国にも、相当な切れ物が、いるようでございますなあ」
このような。
予期せぬ波乱に、見舞われても。
長年の経験に、よるものなのか。
最年長である精人の翁は、鷹揚と笑っており。
生粋の戦闘中毒者である、テッシンなどは。
むしろ、現状を。
楽しんですら、いるようであった。
「……嗚呼……こうも正確に、拙たちの潜む一帯に、捜索隊を派遣してくるとは……もしや何か、見落としでも……」
そうした、大和国の。
楽観的で好戦的な、男たちとは対照的に。
気真面目な性格である、カエデなどは。
眉間に皺を刻みながら……すりすり、と。
明け方で、冷えているためか。
普段よりも、着込んでいる。
忍び装束の腹部を、さすっている。
「……」
そうした、クノイチの姿を。
チラリと、横目で流し見しつつ。
「そんなことよりも、テッシンさん! それにハクヤさんも!」
こちらも、見かけによらず。
鉄火場慣れ、しているのか。
さほど気負った様子の見受けられない、聖人の少女が。
呑気な男たちに、口先を尖らせていた。
「ヒビキくんにあれこれを言う前に、貴方たちの方こそ、融通した魔道具の扱い方を、ちゃんと心得ているのでしょうね!?」
声を張りあげながら。
マリアンが、頭上に掲げてみせるのは。
少女の小さな手のひらには、やや大きいが。
大人の手のひらには、十分に収まる程度の。
複数の水晶が嵌め込まれた、金属板である。
「この『共鳴板』が、私たちの、命綱です! よもや使い方がわからない、などとは言わないでしょうね!?」
開発元となる、浄火軍において。
共鳴板と、名付けられた。
長方形の、魔道具には。
大きな水晶が、ひとつと。
その足元に、小さな水晶が三つ。
並ぶように、埋め込まれており。
さらに金属板の半分ほどを占める、空間には。
方位磁石を模した魔道具が、備え付けられている。
(この四枚で一組の共鳴板は、浄火軍の基本単位だっつー四人一組に対応しているらしいから、今回の俺たちに、ちょうど良いんだけど……)
マリアンから、支援物資として。
東西南北に散る斥候たちに配布された、共鳴板とは。
金属板に埋まった大きな水晶……発信水晶に。
魔力を、浸透させることで。
特殊な波長として、広く拡散。
それを他三枚の共鳴板に埋められた、小さな水晶……受信水晶が、感知することで。
発光する、仕組みなのだという。
そうした受信水晶による、発光の有無で。
対応した発信水晶を有する、仲間の安否を。
発光の強弱で、発信者との距離を。
さらには備え付けの、魔力磁石によって。
発信源の方角を、把握することができる。
非常に便利な魔道具、らしいのだが。
(……ぶっちゃけこれって、ポケベル? もどき? だよなあ?)
前世に存在していた。
数世代前の、小型通信機に。
今世の、魔力技術を。
強引に、捩じ込んだような。
お粗末な代物を、前にして。
(たぶんこういう魔道具に、転生者たちの知識が、使われてんだろうけど……)
より優れた数々の通信機器を知る、転生者としては。
正直、物足りなさを覚えてしまう。
(でもこんなんでも、この世界に普及している一般的な通信魔道具より、高性能みたいだから、馬鹿にはできねえ)
というか、着目すべきは。
そうした単体の、『性能』よりも。
簡易化された、『操作性』なのだろう。
高度な技術や、知識を有する魔術士や。
高額な魔道具を所有する、王侯貴族であれば。
ヒビキの前世には存在しない、魔力を用いて。
より高度な情報交換を、行うことが。
可能である、らしいのだが。
一方で。
最低限の、魔力と。
必要な知識さえ、有していれば。
誰であっても使用可能な、魔道具を。
通常兵装として、一般兵たちが装備している、浄火軍という存在は。
やはり、地上の国々と比して。
先進的で、あるようだった。
「う、うむ」
しかし、いかに便利な魔道具であろうとも。
慣れない魔道具の、取り扱いに。
明るくない様子の、テッシンなどは。
「ま、まあ、おおよその仕様は、大体、把握しておるからのう……概ね問題、あるまいて」
ざりざり、と。
整えたばかりの顎髭を、撫でながら。
豪放磊落な性分の大男にしては、珍しく。
言葉を、濁している。
「んもう、やっぱり! それでは、大雑把過ぎますよ!」
「というかこのようなもの、本当に必要なのか? 緊急時の合図など、狼煙や呼び笛などで、十分では御座らんか?」
「そんなことありません! 相手は地上の軍隊などではなく、浄火軍、なのですよ!? しかも警邏兵などではなく、あきらかに、何か目的を持ってこの地に派遣されてきた者たちです! いったいどのような装備を整えているかなど、見当もつきません! 油断は禁物です!」
援軍を求める、合図によって。
敵軍に群がれる、顛末など。
冗談にすらならない。
だからこその、無音で仲間と連絡が取れる。
共鳴板の、採用であった。
そうしたマリアンの、正論に。
「う、うむ……しかしだなあ……そうした予期せぬ強者との遭遇や、窮地こそが、戦場の醍醐味であろうに?」
久々に訪れた、遊技場で。
駄々を捏ねる、子供のように。
なおもテッシンが抵抗を、試みるも。
「某たちはこれにて、この地を去るのだ。ならば少しくらい、暴れたところで――」
「――ダメダメ! 絶対に、許しませんよ!」
先端部分が、翼を模した。
精緻な拵えの魔杖を、振りかざして。
「貴方がたには、転移のあとも、大和国でヒビキくんの後見人を務めてもらわなければらないのです! ここで無用な危険を背負う真似など、認められません!」
見上げるほどの大男を、叱咤する。
礼装じみた修道服の、マリアンに。
とりつく島などない。
「し、しかしだなあ――」
「――却下却下! 絶対に、ダメですからねっ! 子供ではないのですから、いい加減、駄々をこねないでください!」
それ自体は、ここ数年で。
すっかり見慣れた光景で、あるものの。
「というか、手本となるべき師範が、そのような有り様では、弟子であるヒビキくんが、悪影響を受けてしまうではないですか! これでは安心して、ヒビキくんを任せることができません! もっとしっかり、してくださいよ!」
当然のように、その節々には。
別れの言葉が、含まれていて。
(……っ!)
つい、表情を歪めてしまったヒビキは。
「……い、いや、でもさあ……」
それを、誤魔化すようにして。
荒ぶる聖人に、物申した。
「それを言うなら……これって、アンタが浄火軍を抜けるときに、パクってきた魔道具だろ? 教育云々的にはそっちの方が、悪影響じゃね?」
「み゛ゃっ!?」
すると、守ろうとしていた相手に。
グッサリと、後ろから。
刺されてしまった、マリアンは。
「う……うう……もうダメです……ヒビキくんに、呆れられてしまいました……っ!」
カラン、と。
純白の翼杖を、地面に落として。
さめざめと、泣き崩れてしまう。
「……もうっ……こんな、ダメダメなママに、生きる価値なんて、ありません……っ!」
ヒビキの記憶に、ある限り。
この六年ほど、ずっと伸ばし続けている。
直立状態で、足首まで伸びた長髪を。
地面に垂らして。
四つん這いで。
メソメソと、咽び泣く。
マリアンの姿に。
「……」
ヒビキは、この後に及んで。
マリアンを傷つけてしまった、罪悪感と。
この後に及んでも、いまだに自分が。
マリアンの中で、大きな割合を占めているという、事実を。
実感することで。
(……ったく。何やってんだよ、俺は)
自分でも名状し難い、複雑な感情を。
胸中に、渦巻かせてしまうのだった。
「……」
そして黙り込んでしまう、豚鬼に対して。
「……ヒビキ殿」
他者の機微に敏い、クノイチが。
やんわりと、声をかけてきた。
「母に対して、そのような口の利き方など、するものではありませんよ」
「……カエデさん」
一見して、軽装に見える黒装束に。
無数の呪符や暗器を仕込んでいる、狐人は。
「そうでなくとも、此度の魔道具に限らずマリアン殿には、散々と、拙たちは助けられてきたのです。そうした恩を、蔑ろにする発言など、忘恩と誹られて仕方がない行いですよ?」
不躾な弟を叱る、姉のように。
不器用なヒビキに、ごく自然に。
会話の機会を、与えてくれる。
「然り然り」
そんなカエデに、便乗して。
「マリアン殿の用いる空間魔法や、提供してくださった糧秣。もたらしてくださった情報がなければ、此度の旅路がここまで順調にいくことは、有り得ませんでしたからのう」
白髭を扱く、老人はまだしも。
「うむ、相違ないな」
そもそもの発端である、大男までもが。
素知らぬ顔で、ヒビキへの糾弾に回った。
「であればヒビキ、お前が悪い。速やかに謝罪せよ」
「ええ……師匠がそれ、言いますか……?」
納得のいかない、掌返しを受けて。
呆れの表情を浮かべる、ヒビキであるが。
とはいえ。
数ある、魔法体系において。
特に希少とされる、空間魔法を。
聖人であるマリアンが、先天的な素養である固有魔法として、習得していたことは。
テッシン一行にとっての、僥倖であったことに。
疑いの余地はなく。
今回も、こうして。
浄火軍由来となる、魔道具や。
水筒や薬草、日持ちのしない食料などを。
空間魔法である〈収納空間〉から、提供してくれたのだ。
その貢献度は、推して図るべしである。
「……はあああ」
だから、仕方がないのだ、と。
わざとらしい、嘆息を吐いて。
自分自身を、納得させながら。
「……あー、悪い悪い。言い過ぎたよ。アンタは別に、悪くない。悪いのは、師匠の性格だけだった」
「これ、ヒビキよ。一言余計であるぞ?」
苦言を呈する、テッシンを無視して。
小さな背中に、声をかけると。
「……ほんと、ですか? ママのこと、手癖の悪い端女だと、思ってません?」
「思ってない思ってない。だからさっさと、機嫌直してくれ。じゃねえと話が、進まねえんだわ」
「はい、わかりました! シャッキーン、です!」
言葉通りに、背筋を伸ばして。
立ち上がってくれた、マリアンは。
大袈裟な、身振り手振りによって……ふわり、と。
白髪が、天使の翼のように、広がって。
ヒビキに向けられた、満面の笑みからは。
光が、放ているようですらあった。
「……はっ」
その、出会った当初から。
あまりにも揺るがない、マリアンの言動に。
(……ホント、こいつは最後まで……ブレねえのな……)
この六年あまり。
惜しみのない愛情を、注がれたヒビキは。
今日が最後となるそれを、目の当たりにして。
やはり、様々な感情のこもった苦笑を。
浮かべて、しまうのであった。
【作者の呟き】
そろそろ第一章の山場なので、その前にママ成分を補充しておきました。




