第三章 【71】 三日目 黒幕①
〈ウィッシュ視点〉
(全く……いったい、何なのですか! どいつもこいつも、クズ、カス、ノロマ! 全くもって使えない、役立たずばかりじゃないですか! 私の完璧な計画が、台無しです!)
今年度も、受験生と試験官たちが織りなす、様々な一幕を。
交易都市の歴史に、刻みながら。
何とか無事に、閉幕することが叶った。
公開試験最終日の。
夜半である。
場所は、運営が貸切としている建物の、大型待合室であり。
室内には、受験生たちによる試験こそ、終わったものの。
運営から下される、彼らへの最終評価を。
いち早く。
直接、受け取るために。
各ギルドの会長や、重役たちが、待機して。
今か今かと、その時を。
待ち侘びているのが、常であった。
「……いやー、それにしても、彼らの健闘ぶりは凄まじかったですね!」
「さすがはあの〈灯火〉期待の新人、こう言っては何ですが、他の受験生たちとは格が違いましたなあ!」
「まったく、キャンドル会長はいったいどうやって、いつもあのような有望株を発掘しているのやら……」
当然ながら。
待機中に交わされる話題とは。
当日に執り行われたばかりの、決闘試験に関わるものが。
大半を占めている。
(……ああ、うるさいうるさいうるさいッ! 他所のギルドの新人なんて、どうでもいいではないですか!)
そうした、周囲の『雑音』に。
(むしろあれらが衆目を集めているせいで、その分こちらが、割を食っているのですよ!? それなのに、何がそんなに嬉しいのか、ペラペラペラペラと……だから貴方がたは、二流ギルド止まりなのです!)
この街においては、一流とされてきた冒険者ギルド。
〈黄金時代〉の現会長……ウィッシュ・ゴールドは。
無責任な、ギルド会長たちの与太話に。
神経を苛つかせていた。
「……フン!」
無論、不機嫌さを隠さない赤鬼会長に。
わざわざ声をかける、奇特な者など。
この場にはいないため。
来客用の長椅子に、腰を下ろして。
無言で酒杯を口に運び続ける、赤鬼会長の耳に。
煩わしい、不快な雑音だけが。
延々と、流れ込んでくる。
「……おや? そういえば、キャンドル会長は?」
「そういえば先ほどから、姿が見えませんなあ……?」
「まあ件の豚鬼くんはもちろん、彼の集団に加わっていた受験生たちも、あの試験結果なら、高評価は確実でしょうからなあ! 今さら気を揉む必要もないのでしょう! いやあ羨ましいっ!」
「なにせ前例のないAランク冒険者仲間の、二組がかりに対して、まさかの逆転大勝利ですからね!」
「階梯の昇格は、間違いないでしょう!」
「ええ、あれには私とて、年甲斐もなく痺れましたもの!」
「もちろん彼だけではなく、そこまでの布石となった集団仲間たちの昇格も、固いでしょうなあ……」
「いやはや、結果が出てからようやく、バインツ会長の意図がわかりましたよ」
「ですなあ。あんなに美味しい投資対象があったのなら、我々にも、教えて下さればよかったのに! 人が悪いですぞ!」
「ガッハッハッハ! それは流石に、買い被り過ぎでっしゃろ、皆様方!? ワイだってあんな展開、予想しとりまへんでしたわい!」
その中でも、特に。
赤鬼会長の耳に、障るのが。
分不相応なことに、近頃では。
自分のギルドに迫る勢い、などと。
巷では、評価されているらしい。
歴史ある交易都市においては若手に分類される、〈護虎會〉の会長……ギギルギ・バインツが放つ。
無神経な、笑い声であった。
「まあ、強いて評価するんなら……あれほどの漢気を見抜いて、自らついてった、若造の気概と先見性を、褒めたってくださいや!」
「は、はあ……?」
「まあ何にしても、めでたい! じつにめでたいことですなあ!」
「新たな冒険者たちの門出と、行く末に、祝福を!」
「乾杯っ!」
「「「 乾杯っ! 」」」
「ガッハッハッ! 皆様、おおきに! おおきに!」
もはや何度目になるかわからない、乾杯の音頭を。
幸運に恵まれただけで、ここまで成り上がってきた虎人会長と。
その太鼓持ちどもが、阿呆面を並べて。
間抜けに繰り返している光景を。
横目にして。
「……ふんっ。いい気なものですな」
つい先日まで。
自分に媚を売っていたはずの。
三流ギルドと称される、会長たちは。
「……まったく、騒々しい……品位を疑いますな」
「……ですがあちらに比べて、うちや、〈黄金〉の新人たちは……」
「……ええ。おそらくあの集団に所属していた、彼女たち以外は軒並み……」
「……くそっ! 試験中、ウィッシュ会長の言葉を信じて、どれほど忖度したことか……」
「……しかも彼女たちはすでに、この公開試験を機に、ギルドから脱退の意思を示しているのでしょう?」
「……となると、彼女たちを引き留めきれなかったゴールド会長は責任を……」
「……しっ。聴こえてしまいますぞ!」
遠巻きに、こちらの様子を伺いながら。
陰湿な、腹いせつもりなのか。
聴こえるか聴こえないかの、絶妙な音量で。
不愉快な会話を、繰り広げていた。
(……フンッ、役立たずどもめ。それは貴方がたの能力不足。部下を管理できていない、無能な上司の責任でしょうに!)
とはいえ。
そうした彼らの、恨み節は。
赤鬼会長に言わせれば、取るに足らない、八つ当たりである。
たとえ事前に取り交わしていた、裏取引によって。
初日の測定試験や。
二日目の探索試験において。
彼らのギルドに所属する、冒険者たちに。
試験中は〈黄金時代〉の受験生たちへ、可能な限り見せ場を譲ることを、条件として。
試験後には〈黄金時代〉が抱える顧客や依頼の一部を、融通することで。
〈黄金時代〉の好成績に、貢献したギルドには。
見返りとして、相応の。
実績を積む機会を。
与えてやる、つもりだったのに。
(結果が伴わないのであれば、私がそれを履行する責任もありません。他人を責めるよりも、まずは自らの不出来を、悔い改めるべきですね)
まるで見どころのない、三流会長たちの醜態に。
彼らを顎で使っていた、赤鬼会長は。
胸に、不満だけを溜めていた。
もちろん……
本人が、当日の試験中に漏らした『結果も大事だが過程も云々』発言も、そうだなのが。
たった今、自分が他者に下した『他人を責めるよりもまず自分』という批判すら。
客観的には『お前がそれを言うな』であることに。
己を、客観視できていない。
自意識が肥大しきった、赤鬼会長は。
自分で、気づくことができないし。
それを指摘している人物は、周囲にいない。
それらは全て、彼自身の手で。
遠ざけてしまっている。
(……はあ。クズ。ゴミ。カスどもめ……どうして私の手元には、こんな使えない駒ばかりが……はあああ。まったく、幸運だけで成り上がった者もいれば、私のように、運に恵まれずに足を引っ張られる者もいる。いやはや、創造神様のお導きとは、ときに残酷ですねえ……はあああああ)
批判や失敗を、他者に押し付けて。
成功体験のみを、自己評価に結びつけてきた、赤鬼会長が。
この頃はめっきり、自身のそうした承認欲求が満たされてないことに。
苛立ちを募らせていると……
「……失礼します、ゴールド会長」
予期せず、その肩を。
背後から、叩くものが現れた。
「申し訳ありませんが、ライター監査官が、貴方に内密で『ご相談』したいことがあるそうです。お手数ですが、お手隙でしたら別室へと、ご足労お願いいただけますか?」
そして見覚えのない青年は……
果たして。
帝都から、派遣されてきた。
ギルド監査官の制服を、着ていたのだった。
⚫︎
(……そうですよ! やはり、見るべき人は、見ているものです!)
そのようにして。
冒険者ギルドの会長たちが集まる、大型の待合室から。
監査官によって、別室へと。
わざわざ呼び出された、赤鬼会長は。
(流石は帝都で評価をされている、一流の人材! こんな地方都市のボンクラどもとは、目の付け所が違いますね!)
部屋に大勢いた、ギルド会長たちの中で。
自分だけに。
声がかけられたこと。
そして内容が『審問』や『確認』ではなく。
赤鬼会長を頼る『相談』であったことから。
それらの会話を耳にした、三流ギルドの会長たちが浮かべていた。
驚いたような。
羨ましそうな。
妬むような。
様々な反応を、思い返して……
(……そう、これですよ! これこそがあるべき、私への正当な評価なのです!)
久々に。
承認欲求が満たされた、赤鬼会長は。
フルフルと、歓喜に身を震わせて。
ウキウキとした、足取りで。
鼻歌さえ漏らしながら。
指定された部屋に、辿り着くと。
扉の前で一度、身嗜みを整えて。
月に一度は新調している、高級背広の襟足を、きちんと正してから。
「……失礼致します」
礼儀正しく、声をかけて。
部屋の扉を開けると……
「……おや? ゴールド会長も、呼び出されたのかな?」
そこにはすでに。
「……っ!」
この交易都市においては、先代のギルド会長である父親以外に、自分を軽んじた態度を取り続ける数少ない人物……
だが、それが許されるだけの。
権力と実績を、有している。
自分を差し置いて、この街一番とされている、冒険者ギルド。
〈導きの灯火〉の会長……ライト・キャンドルが。
相変わらずの、気取った態度で。
自分より先に、室内の長椅子に、腰掛けて。
手にする小杯から、漂う珈琲の香りを。
優雅に、楽しんでいたのであった。
【作者の呟き】
さあ赤鬼会長は存分にヘイトを貯めたと思うので、次回からビシバシと、お仕置きしていきましょうかね。




