第三章 【62】 三日目 決闘試験②
〈ラック視点〉
「……ブギいイイイイイッ!」
試験開始と同時に。
豚鬼ならではの、雄叫びを上げて。
試験の開始位置である、印旗の設置された、自陣から。
単身で。
やや横手に向かって。
飛び出していった、受験生に対して。
「……ぶッ殺オオオオオオすッ!!!」
散々に溜め込んだ溶岩を。
火山が、噴火するように。
烈火の怒りを、撒き散らしながら。
他の受験生たちが居残る、敵陣には目もくれずに。
仲間たちから離れていく、豚鬼をめがけて。
まさしく火炎弾のような勢いで、突撃していくのは。
(いい度胸だボケカスう……お望み通りグッチャグチャの、豚挽肉にしてやんよおおおおお……ッ!)
いまだ情愛を引きずる、かつての妻子を。
間豚男に寝取られた疑惑が、生じている。
悲しき離婚男性……ラックであり。
愛用の戦槌を肩に担ぎ、爆走する。
その背中を。
「ちょ、待つネ、ボス! 単騎駆け、厳禁ヨ!」
慌てた様子の緑鬼……バオと。
「あっはは! よ〜しっ、ボクもいっくぞお〜っ♪」
楽しげな笑みを浮かべた青鬼……キールが。
揃って、追いかけることで。
〈無頼悪鬼〉の面々が、闘技場を。
一直線に、駆けていく。
「……ッ! 邪魔、すんなテメエら!」
だが、限界まで煮えたぎった激情に、身を焦がすあまり。
もはや、そうした仲間たちの存在すら。
気に障ってしまう、ラックは。
ギギギッ……と、土煙を上げながら。
闘技場の中程で、立ち止まり。
同行者たちに振り返りながら、声を荒げた。
「これは、オレ様の問題だ! 部外者どもは、あっちに行けッ! すっ込んでろよッ!」
「ウホッホ。その通りだぜえ、オマエさんたちい〜?」
そうして、足を止めた鬼人たちの背中に。
遅れて追いついてきた、猿鬼……ゴクウが。
相変わらずに、ニタニタと。
人を食ったような笑みを、浮かべながら。
声をかけてくる。
「ヒビキっちに誘われたのは、オレっちと、ラックさんみてえだからなあ〜? 残念ながらアンタらは、お呼びでないのさあ〜?」
そして、猿鬼は。
先ほど豚鬼から、挑発《お誘い》行為を受けていない。
バオとキールに向けて。
「だからここは、ちいっとばかり空気を読んでよお〜? アンタらはリーダーの指示通り、あちらさんのお相手を、してくださらないかねえ〜?」
試験の開始、早々に。
単独行動をとっている、豚鬼とは対照的に。
初期配置から、動く様子が見受けらない。
他の受験生たちに対する、戦力差配を口にした。
「ブーハオ。ワタシが貴方の言うことを聞く、道理ないネ」
するとバオが、不快げに。
眉根を顰めて、首を横に振る。
「……でも、ボスの指示なら、仕方ない。ワタシはデキる男、ちゃんと作戦、従うヨ」
そのあとで、チラリと。
自分たちの頭目を、一瞥した。
「……バオ」
「まっ、たった一人をよってたかってってのも、面白くないし、それが妥当かな? 今回はリーダーに美味しいトコ、譲ってあげるよ!」
「……キール」
緑鬼に続いて、青鬼も。
そうした戦力差配に、異論はないようで。
「でもね、リーダー? 部外者扱いは、あんまりじゃないかな〜? いくらボクたちでも、傷ついちゃうよ〜?」
「ハオ。激情に駆られる、頭目、失格ヨ」
とはいえ、その両名ともが。
一筋縄ではいかないとされる、Aランク冒険者たちである。
ただ、易々諾々と。
頭目の意向や命令に。
無条件で従ってくれるような。
可愛いらしい性格ではない。
仲間としての意向は、受け入れた上で。
しっかりと、釘を刺してくる。
(……ッ!)
すると、憎さがマシマシの豚鬼から、挑発を受けて。
すっかり頭に血が昇っていた、ラックとしても。
少しばかりの平常心を、取り戻さずには。
いられないわけで。
(……チッ、オレ様としたことが、すっかり乗せられちまってたなあ)
こと、戦闘においては。
冷静な判断力を、失うことが。
どれだけの損失に、繋がるか。
身に沁みて、理解している赤鬼は……
(……気い、遣わせちまったな)
八つ当たりじみた、自分の暴挙を自覚して。
それでもなお、こんな自分を。
こうして、許容してくれる。
得難い、仲間たちに対して。
今更ながらに、申し訳ない気持ちが湧いてきて……
「……わり。いま、余裕ねーんだわ」
素直にそれを口にできるような、性格ではない。
天邪鬼な赤鬼が。
「……だからあとで、酒奢る」
苦しげに、表情を歪めながら。
ボソリと、小さく漏らすと。
「ハオ、当然ネ!」
「お店で一番高い酒、もらっちゃうよ〜?」
気心知れた、仲間たちは。
不器用な謝意を、やはり、汲んでくれるのであった。
「それじゃああっちは、ボクたちに任せて、リーダーは悔いのないよう、楽しんできなよ〜?」
それから、ニコニコと。
能天気な笑みを浮かべたキールと。
「ブーハオ。プロならさっさとケリつけて、こちらを手伝うヨロシ」
ゴキゴキと、面倒そうに。
肩を鳴らしたバオは。
頭目であるラックを、その場に残して。
受験生の待ち構える、敵陣へと。
駆け出して行く。
「……」
そうして遠ざかっていく、仲間の背中を。
数秒ほど、赤鬼が無言で。
見つめていると……
「……ウヒヒッ。い〜い、仲間たちじゃね〜か〜?」
背後から、揶揄するように。
野太い猿鬼の声が、聞こえてきた。
「単独冒険者なら、手え出しちまいたいくらいだぜ〜?」
「っ、うっせえよホモ野郎! つーかテメエも、あっちいけ! ついてくんじゃねえよ!」
すぐさまに。
覇気を取り戻した、ラックが。
声を荒げて、追い払おうとするものの。
「いやいやそれは、オレっちのセリフさあ〜? なんならオマエさんも、あっちに行ってもらっても、いいんだぜえ〜?」
「ふざけんなッ! アイツはオレ様の、獲物だ! 邪魔すんじゃねえ、テメエらは陣地でも守ってろや!」
「ヒヒッ、つれねえな〜あ?」
赤鬼の怒声に。
欠片も堪えた様子のない、猿鬼は。
「それによお〜」
後方の、自陣にて。
試験開始から、その場を動くことなく。
印旗の守りを固めている、〈災遊鬼〉の面々を、指差して。
「陣地の守りなんて、それこそ〈災遊鬼〉の連中に任せとけば、問題ないだろお〜?」
今度は自分たちを、指しながら。
「んでもって、ヒビキっちに誘われたのは、お互い様さあ〜。つまりはここは、早い者勝ちってやつじゃ、ねえのかなあ〜?」
告げられたのは、挑発の言葉である。
「……チッ!」
そして両名共に、冒険仲間の頭目であるため。
お互いの命令権を、持たない以上は。
「……だったら、勝手にしろ! ただしオレ様のジャマだけは、するんじゃねえぞ!」
「ヒヒッ、それはオレっちの、セリフだろうがよお〜っ!」
同時に走り出した、赤鬼と猿鬼は。
競い合うようにして。
豚鬼を目掛けて、突撃していくのであった。
【作者の呟き】
とある観戦席にて。
幼女「ねえ、ママー? パパってあれ、なにしてるんですかー?」
母親「……はあ。また、アイツったら……人様に、ご迷惑をかけて……」
森鬼「う〜ん……旦那様は相変わらず、男にもモテモテでありますねえ……そのうちおかしな方向に、目覚めなければいいのでありますが……」
幼女「……??? なんだかオトナって、タイヘンですねー?」




