第三章 【43】 二日目 不慮遭遇①
〈ヒビキ視点〉
(なんだよ、それ……っ!? そんなの、アリかよ!?)
本来であれば、発見次第。
すぐさま運営に報告して、然るべき。
宝箱に詰められて、秘密裏に試験会場に運び込まれていた、鬼人幼女……ラーナを。
本人の希望と、豚鬼たちの意向が、一致したために。
今度は彼女自身の意思で……いちおうの清掃はした……宝箱に、身を隠してもらうことで。
中継映像越しに、試験を観戦している住人たちから。
彼女の存在を、隠蔽しつつ。
一方で。
それら群衆に紛れているだろう、この事件の黒幕たちが。
自分たちを監視している可能性も、十分に考えられるため。
道中でラーナをただひとりを、護衛もなしに、解放するわけにもいかない。
よって、ヒビキたちは。
現状では一定の信頼が置ける、立ち位置であり。
何よりも、事件に巻き込まれてしまった彼女を保護できるだけの力を持つ人物……
すなわち、この街最大規模とされる冒険者ギルドの会長に。
ラーナを直接引き渡すことを、目的として。
往路と同様に、頼れる仲間たちの力を借りながら。
最短ではなくとも、最大効率の経路を選択して。
帰路を爆走していたのだが……
「……あっはっはっはあ! 悪いね、新星くん! 悪いけど大人の事情に、ちょっとばかり付き合ってもらうよ!」
帰還地点まで後少し、というところで。
試験の規約である『設定された擬似経路以外を使用しない』という縛りを、堂々と無視しながら。
擬似通路には含まれない建物の屋根を、飛び渡って。
ヒビキたちの頭上から、進路上に。
降って湧いたのは。
高らかに響き渡る、透き通った美声に相応しい。
美形極まる、白精人の白騎士であった。
「んなっ!? 〈星蕾〉の、グローリーどんっ!?」
白精人の正体を、即座に看破して。
悲鳴を上げたのは。
ヒビキの集団仲間である森雄鬼……グレイであり。
「クッ……ここに来て、不慮遭遇とは……少しばかり、欲張りすぎたか!」
次いで赤髪の女蛮鬼……オビイが。
唐突な乱入者の正体を、推測しつつ。
「ワンワン! グルルルウ……ワンッ!」
彼女の傍で、使役獣である銀狼……ポチマルが。
敵意を剥き出しにして、吠え猛るのは。
「如何にも! 未来ある星蕾《子ども》たちの味方! みんなのグローリーお兄さんが、ここに推参だよ!」
陽光を眩く反射させる、白銀の軽鎧に身を包み。
組合徽章ではなく。
剣と盾と星々を題材とした、団体旗印が描かれた白外套を、風に靡かせる。
交易都市においては二番手とされる冒険者ギルド。
〈黄金時代〉の顔役として知られる、Aランク冒険者。
数名からなる集団を超えて。
数十名からなる団体と呼ばれる冒険者たちを、統率する。
〈星蕾守護団〉の団長こと、グローリー・ローリングスタ、その人であった。
(……チクショウ! 運営の野郎、余計な真似してくれんなよなッ!)
そして今年の公開試験にも。
例年通りに、試験官として参加している白精人の。
此度の探索試験における、その役割とは。
たった今、試験規約を堂々と無視して。
自分たちの目の前に、現れたことから。
オビイが推測したように……
(……ここまで来て、不慮遭遇とか、マジふざけんなって!)
実際の迷宮攻略においても。
ごく稀に、起こり得るという。
通常ならば考えられない場面で。
想定外の魔族と遭遇する状況を指す。
不慮遭遇という不幸。
それを迷宮攻略を模した探索試験で再現したのが、この試験官による乱入行為であり。
受験生たちの努力や工夫、計算や幸運を。
嘲笑うようにして。
侵入不可と設定されている擬似通路を、無視しながら。
経路に割り込んでくる、予測不能、回避不可避の理不尽が。
ヒビキたちの行手を阻む、白騎士の正体であった。
とはいえ。
(たしかにここまで試験はイージーモードだったけどよお、だからって、ここで妨害はさすがに意地が悪すぎるだろッ!?)
建前上、そうした試験における、不慮遭遇とは。
試験会場を無作為に徘徊する試験官と、偶発的に遭遇した場合にのみ発生すると、公には説明されているものの。
この公開試験は、公正命題な試験としての側面だけでなく。
都市を挙げた催しである、興行としての側面を持つ以上は。
そうした介入に、運営側の意思が混じることは。
もはや必然であり。
不慮遭遇が、試験としての盛り上がりが欠ける場面。
あるいはここ一番という場面で、不自然に多く発生することは。
皆が知る、暗黙の事実となっていた。
よって此度の乱入は、間違いなく。
実情はどうあれ、少なくとも表面上は。
難なく試験を突破し続けていたヒビキたちに対する、運営の差金であるとみて、間違いないだろう。
「……個人的には、このような下世話な真似など、したくはありませんが、です」
そうした、豚鬼の推測を。
裏付けるような発言を、漏らしつつ。
高笑いと共に、空からド派手に降って湧いた白精人から、やや遅れて。
ぬらりと、大通り側面の路地から姿を見せたのは。
こちらは巨大楯を背中に備えた、長身の、黒鬼の女性であった。
「……とはいえ実際の冒険でも、理不尽な事態というのは、いつか必ず起こり得るもの、です。申し訳ありませんが、今回はその予習だとでも思って、大人しく受け入れてください、です」
淡々と、起伏が乏しい声音で語る。
焦茶色の髪を束形状にしてまとめた、オビイをゆうに超える、女性としてはかなりの高身長でありつつも。
全体として、見事な均整のとれた体格を有する。
しなやかな黒豹じみた雰囲気を漂わせる、黒鬼は。
「めえええ〜……テアおねーさん……べつに見逃してくれても、いいんですよ〜?」
「無駄にゃのにゃ。ドロにゃんがそういう冗談が通じないクソ真面目な性格なの、メイにゃんもわかっているにゃろ?」
「……そういうこと、です。覚悟してください、です」
彼女が背中から、取り外して。
前面に構える、巨大盾の表面に。
白騎士の外套と同じ、団体旗印が描かれていることから。
彼と同じ団体に所属しているのだろうということが、読み取れる。
そして現在、ヒビキたちの集団の協力者として活動している少女たちは。
白騎士たちと同じ組織に、所属していることもあって。
どうやら見知りのようなので……
「……えっと、お二人は、彼女とお知り合いで?」
黒鬼のことを知らない豚鬼が。
傍らの少女たちに、誰何を投げかけると。
「めえええ〜……あのひとは、テアおねーさん……メイリーによくお菓子をくれる、やさしいおねーさんですよお〜」
まずは。
肩車している豚鬼の頭に、しがみついたまま。
小柄な体躯に反する巨大な膨らみを、ヒビキの頭部に乗せることで、常の重量から解放されている様子の羊人……メイリーが。
相変わらずの独特な調子で、フワフワと。
頭上から、甘ったるい声音で。
要領の得ない返答を、垂らしてきて。
「ドロにゃん……ドロテアおねーさんは、あの変態団長に代わって、クランをまとめている苦労人にゃんよ。ニャーたちも駆け出しの頃、よく面倒を見てもらってたにゃん」
流石にそれでは情報不足だと、察してくれたのか。
メイリーとともに、ヒビキたちの協力者を申し出た猫人……アーニャニャーが。
そうした補足説明を加えてくれた。
(なるほどね。要するにあの人は、むかしお世話になってた、先輩ってことか)
また、ヒビキも事前に情報収集をしていた、この街でも有名な冒険者団体のひとつ、〈星蕾守護団〉とは。
冒険者としての、優れた実績もさることながら。
彼らは特に、新人冒険者の育成に注力している団体として、名を馳せており。
もっとも伸び代があり。
同時にもっとも死傷率が高い、駆け出しの若人たちを。
積極的に勧誘して。
ある程度まで、教育したのちに。
自分たちの団体から独立させていくことを、無償で繰り返しているのだという。
いわばギルド内における、育成機関を担っているという話なので。
そうした情報とも、彼女たちの証言は一致している。
となると。
「……やれますか?」
今のこの状況は。
試験官と受験生の、立場とはいえ。
言い換えれば。
恩人に刃を向ける状態に、他ならないのだが……
「……あったり前にゃ! 冒険中に出会った以上は、たとえお世話になった恩人でも、好敵手として扱うのが冒険者の流儀にゃん!」
迷うことなく。
戦意を露わにする、かつての教え子に。
「……その通り、です。手加減などしたら、お仕置き、です」
表情は乏しいながらも。
長身の黒鬼は、口端に、喜色を浮かべていた。
「それにしても、相変わらずキミは瑞々しい輝きを放っているね、メイリーちゃん!」
そのようにして。
意思疎通を果たした女たちの、傍らで。
黒鬼が所属する団体の、団長である白精人が。
「でもその輝きはまだまだ、十分に研磨の余地が残されている! どうだい、この試験が終わってからでも、また僕たちのクランに戻ってこないかい!? キミのその星蕾に輝きが満ちるまで、全力でサポートすることを、約束するよ!」
キラキラと、真っ白な歯並びに陽光を反射させながら。
ヒビキの頭部にしがみつく、色々と柔らかな存在に。
熱烈な、勧誘の言葉を向けるものの。
「めえええ〜……」
頭上から溢れる、甘ったるい声音には。
ありありとした、嫌悪が混じっていた。
「……それは、ニャーちゃんも一緒にですかあ〜?」
それでも一応の、返答を口にした。
メイリーからの問いかけに。
「いいや、彼女はすでに、十分に磨かれた宝石だ! これ以上の研磨を他人が行うことは、もはや彼女のためには、ならないのさ!」
即答。
曇りのない眼で。
白精人が堂々と、力説していた。
(……まあたしかに、大事が過ぎていつまでも手元に置いとくと、過保護が毒になりかねねえしな)
そのため危うく納得しかけていた、豚鬼を。
「……騙されちゃダメにゃんよ、ヒビキにゃん。正論っぽいこと言ってるにゃんけど、アイツは単純に見た目が適齢期を過ぎたから、ニャーを手放しただけにゃのにゃん。アレは筋金入りの幼性愛好者なのにゃ」
すかさず猫人が、嗜めてきて。
「……え? そんなのただの、クズ野郎じゃないですか?」
つい漏れてしまった、豚鬼の本音を。
「……言われてます、です。団長、何か反論はありますか、です」
否定するどころか。
むしろ便乗して、非難するように。
団員であるはずの黒鬼が、団長に、冷ややかな視線を向けていた。
「いいや、ないね! 全くもってその通りだから否定のしようがないさ! あっはっはっ!」
ところが、そうした女たちの嫌悪を。
一身に、集める当人は。
一切の、悪びれさなど感じさせず。
呵呵と盛大に、笑い飛ばしている。
この白騎士、精神力が強過ぎである。
「めえええ〜……ほんとうに、気持ち悪いヘンタイさんですね〜……さっさと死んで欲しいのです〜」
「あっはっは! 美しき星の輝きに焼かれるのなら、むしろそれは、本望というものさ!」
「いいからどっか行けにゃ、変態団長! しっしっ! 臭いのにゃ! バッチいのにゃ! 言っおくけどクランのみんにゃ、団長が触れたとこ、布でフキフキしてるんにゃからにゃ!」
「あっはっは! 輝きを失った恒星に何を言われようとも、残念ながら、私の心には全く届かないねえ!」
たとえどれだけ。
顔見知りである少女たちから。
罵声や罵倒を浴びせられようとも。
清々しいほどの笑みを崩さない、鋼精神の白騎士であるが。
「……でも、不思議だねえ」
不意に、真面目な表情を浮かべたかと思えば。
筋が通った鼻梁を、スンスンとひくつかせて。
「……ここには微かに、メイリーちゃん以外の、芳しき幼女の香りが、漂っているような気がするんだけど……?」
ボソリと、漏らした。
気持ちが悪すぎる発言に。
「なんだあの変態は? 言動からよもやと思っていたが、本当に頭が、沸いているのか? あんなものの存在を、帝国法は許容していて大丈夫なのか?」
嫌悪の色を浮かべたオビイが、話題を逸らそうと。
絶対零度の罵倒を叩きつけるものの。
「団長、言われている、です。言い返せないので、すぐにその奇行をやめてください、です」
「んんー、そうかなあ……気のせいかなあ……?」
女蛮鬼の罵声を、否定することなく。
むしろ心から同意している様子の、副団長からの諫言にも、めげずに。
「……まあいいや。だったら確かめてみれば、いいだけのことか!」
やがてその視線を……ピタリと。
ヒビキが両腕で抱える、宝箱へと定めた。
交易都市屈指とされる、Aランク冒険者が。
「それではそろそろ、試験を始めようか! 勇敢なる冒険者たちよ、困難に立ち向かう、覚悟はいいかな!?」
見た目だけは神々しいほど、爽やかに。
正々堂々と、宣戦布告を口にして。
ヒビキたちに、襲いかかってきたのだった。
【作者の呟き】
白騎士は筋金入りのロリコンですが、同時に【イエス、ロリータ! ノータッチ!】という不破の誓いを立てている変態紳士なので、自分たちが保護する少女たちに手を出すことはありません。つまり卒業生であるメイリーちゃんは無垢なままです。ご安心を。




