第三章 【33】 二日目 混線⑤
〈ヒビキ視点〉
公開試験の二日目である。
冒険者活動においては、ときに『個人』としての力量よりも、重要視される。
他者との『連携』を評価するための。
探索試験とは……
壱、参加者たちは当日朝の受付までに、二名以上四名以下の集団を組んで、探索試験に望むこと。
弐、集団頭目は、出発地点において、A〜Dの記号を任意に選び、その記号に該当する地図が支給されるので、地図に記載された条件を遵守しつつ、目的地を目指すこと。
参、目的地には、新たな条件と目的地が記された地図が保管されているため、それを入手して、次の目的地を目指す流れを、宝物が封入された宝箱に到達するまで、繰り返すこと。
四、宝物の中身を入手した後は、それを傷つけたりしないよう状態に配慮しながら、試験終了までに、出発地点への帰還を目指すこと。
伍、そうして出発から帰還までの達成時間と、持ち帰った宝物の品質状態、そして参加した集団や協力者の人数などが、主な採点項目となるのだが、その過程の行動も重要な採点項目であるため、受験者は常に、冒険者としての振る舞いを意識して行動すべし。
……と、こういったものに、なっており。
注意点としては……
まず、ひとつ目に。
このとき最初に選ぶA〜Dの番号は。
繰り返される目的地までの、移動回数と。
試験そのものの、難易度を示しており。
もっとも移動回数が少ないA経路が、最高難易度に。
もっとも移動回数が多いD経路が、最低難易度に設定されている。
また、本試験においては目的地の再設定が、認められており。
それまでの経過時間は、消費したままとなるが。
自分たちの実力では、選択した難易度の達成が不可能だと判断した場合。
あるいはその逆の場合で、もっと上の難易度でも通用すると判断した場合。
もしくは選択した難易度において用意されていた宝物が、全て他の集団に、奪取されてしまった場合などに。
集団全員で、出発地点に戻った場合に限り。
新たにA〜Dの選択経路を、選択することができる。
さらに、二つ目。
この探索試験とは。
魔樹迷宮の探索を、模倣しており。
そのため参加者は『区画整備された交易都市の通路』……すなわち『魔樹迷宮の通路』以外の使用は、認められておらず。
それらを逸脱した裏道や、近道を、使用した時点で。
大幅な減点や、失格認定を、受けることとなる。
また、区画整備の外の市街地や。
不測の事態で紛れ込んだ民間人に。
意図の有無はどうであれ、被害を与えた場合も。
大きな減点対象となるため、各々の魔法技能を使用する際は、その点に留意すること。
ただし試験を妨害する魔族……に扮した試験官や。
迷宮罠として参加している、冒険者たちは。
その限りでないため。
試験官や、運営指定の着色液袋を身につけた冒険者たちに対しては、常識の範囲内での対応を認める。
そして最後に、三つ目。
これらの試験状況は、各地に設置された定点観測用の魔道具によって、都市広場などに中継放送されているため。
受験生は、それを了承した上で。
試験に望むこと。
……などという旨が、事前に説明されていた。
そのような共通認識のもとで、執り行われる。
探索試験において。
「……一応聞くけど、どの難易度を選ぶよ?」
試験における、集団頭目として、登録をした豚鬼……ヒビキが。
普段から行動を共にする、気心の知れた女蛮鬼……オビイと。
彼女の使役獣として登録された、相棒である銀狼……ポチマルに加えて。
土壇場で新たに集団に加わった森雄鬼……グレイに。
確認の言葉を向けると。
「Aだな」
「ワン! ワン! ワン!」
「そりゃ男なら当然、最難関一択だべよ!」
鐘を打つようにして。
清々しい答えが、一斉に返ってきたのだった。
「へえ、ヒビキ氏は最難関ですか。自信家ですねえ。まあ僕たちは分相応に、中難易度を選ばせてもらいますけど」
「ウザ眼鏡は普段は無駄にイキり散らしてるのに、ホント、こういう時だけは小心者だピョンねえ」
「でもまあ確かに、実力に見合った依頼を選ぶのは、冒険者の基本だからな。オレたちはオレたちの身の丈に合うレベルで、頑張りますんで、アニキたちも健闘をお祈りしますよ!」
「おう、ありがとな! タウロくんたちも頑張れよ!」
集団で異なる試験番号を、選んだために。
互いに激励の言葉を、交わしたのち。
顔見知りの冒険者たちと別れた、豚鬼一行は。
仲間たちとともに、指定された出発地点へと向かう。
(う〜ん、やっぱりBやCの難易度を選ぶ人たちが大半で、AとDは少数派なんだな)
二年に一回という、開催頻度に加えて。
その過程と結果が、衆目に晒されるということもあり。
受験生たちの経路選択が、慎重になることは。
必然であるのだが。
「……おや、お二人もAコースに参加されるのですね?」
「めええ〜、ブタさんもですかあ〜?」
「ニャニャ! せっかくの祭りニャんだから、大穴狙わないと損なのニャ!」
なかには、出発地点に先着していた、顔見知りの少女たちのように。
ある意味では成り上がりを目指す、冒険者らしく。
帰還時の見返りが大きい、大物狙いの者たちも、ちらほらといるようで。
「メイリーさんとアーニャニャーさんは、お二人で集団を?」
試験開始まで、まだ少し時間があるために。
暇潰しを兼ねて。
豚鬼が少女たちに、水を向けると。
「めええ〜。ホントは四人だったですけど、ニャーちゃんの昨日の結果がダメダメで、見捨てられちゃったですよ〜」
相変わらず甘ったるい声を振り撒く、無邪気な羊鬼……メイリーによって。
「ニャニャっ!? メイにゃんそれは、言っちゃあイケないヤツなのニャ!」
あっさりと内輪揉めを暴露された猫人……アーニャニャーが。
盛大に、狼狽えていた。
「……なるほど。それで自棄になって、一発逆転に賭けたというわけか」
「オビイにゃん!? べ、別に、ニャーは、自棄にニャんてニャっていニャいのニャ! 見る目のないアイツらを見返してやろうなんて、全然、これっぽっちも、思ってニャんかいニャいニャよ!?」
「……アーニャニャーよ。それはまさしく、典型的な敗者の思考だ。森里でも賭け事にのめり込んだ者たちが、よくそんな目をしていた」
「うにゃっ!? にゃにゃっ!!?」
図星を指摘された自覚があるのか。
冷静な女蛮鬼の指摘に。
動揺を隠せない、猫人であるが。
「んだども、直前になって仲間さ裏切るなんて、酷いヤツらだべな」
その傍らで女たちの会話に、耳を傾けていた。
男性しか産まれないという種族特性のため、女性尊重な気質には定評がある、森雄鬼の青年が。
土壇場で身内の裏切りに遭ったという少女たちに。
気遣いの表情を、向けている。
「そんれに、そげなこと容認するなんざ、ギルドもギルドだべや。お前さんら、いったいどこのギルドだあ?」
「めええ〜? メイリーたちは、〈黄金時代〉ですけどお〜、オニーサンは、どちら様ですかあ〜?」
だが、そんな心優しい森雄鬼を。
身長差から、下から見上げる羊人は。
美形と称して間違いないその顔に、見覚えがないようで。
「ブタさんの、新しいおともだちですかあ〜?」
「……オラは、グレイっちゅうもんだべや。いちおう昨日の現場にも、ずっと居残っていただがなあ……」
若干、傷ついた様子のグレイに。
「仕方ないのニャ。メイリーは基本、興味ない人間のことは覚えられないのニャ」
「……ぐふっ!」
アーニャニャーが、無慈悲な追撃を加えていた。
「……アーニャニャーよ。それはフォローになっていないぞ?」
呼吸するように、女性側に立つことはできても。
女性からぞんざいに扱われることには、慣れていないのか。
メイリーの記憶に残っていなかった事実に。
足元がふらついてしまっている、グレイであるが。
「だがそれよりも、アーニャニャーよ。その理論であれば、メイリーがヒビキのことを覚えている理由に、疑念を抱いてしまうのだが? あれか? まさかメイリーは、ヒビキに興味津々なのか? そうなのか? どうなんだ?」
「……怖い怖い! オビイにゃん、急に早口で顔を近づけて来ないで欲しいのニャ!」
種婿に近寄る、他種族の女性を。
常に警戒している、オビイとしては。
そちらのほうが余程、気に触ってしまったようで。
形の良い大きな瞳から、温度を消して。
問題発言をした猫人に、随分と距離を詰めていた。
「た、たぶんそれは、ヒビキにゃんがメイにゃんにご飯をあげたから、それで覚えているだけなのニャ!」
「めええ〜、さすがにメイリーだって、ごはんをもらったら、三日ぐらいは忘れたりしませんよ〜」
「……」
じゃあ明後日には俺、忘れられてるじゃんと。
明かされた、単純明快な餌付け理論によって。
ほのかな寂しさを覚えてしまう、ヒビキであるが。
瞳から輝きを失いかけているオビイの手前、迂闊なことを、口にはできない。
代わりに。
「でもたしかに……大手ギルドのわりには、対応が杜撰ですね」
豚鬼が槍玉に挙げたのは。
彼女たちが所属するギルドの、雑と誹られても仕方のない、対応であった。
なにせ、グレイの件でもそうであったように。
基本的にギルドとは、所属する冒険者たちを支援するための存在であるため。
そこには当然、冒険者たちに生じる不測の事態への、補填なども含まれる。
自らの意思で、それを辞退したという。
森雄鬼の場合は、例外であるとしても。
このような場面において、所属する冒険者たちの間で、不協和が生じたのならば。
その仲介をするなり。
代替案を出すなりして。
少しでも彼らの実力を発揮できる状況や、環境を、作り出そうというのが。
ギルドに求められる、行動である。
それなのに。
仲違いした冒険者たちを、放置して。
あまつさえこうした、無謀にも見える難易度への挑戦すら、看過しているあたり。
とても大手とされるギルドの対応とは思えないというのが。
ヒビキの率直な、感想であった。
それを後押しするかのように。
「でもま、これはこれで、ニャーたちも気楽だニャ。もともとその集団だって、ギルドから強引に組まされていただけニャから、ニャーたちに未練はニャいのニャ」
「というか〜、あさになってから、急に〜? 他の子たちと組めっていわれてた、あの子たちのほうが、かわいそうですよ〜。めえええ〜……」
「な、なんだべや、そのギルド! 昨日の試験結果さ見て、冒険者にそこまで好き勝手に口出しするだか!? それで残されたほうは放置とか、かーっ、サイッテーのギルドだべな! 人の情ってもんがねえだべよ!」
次々と暴露される、裏事情に。
森雄鬼などはすっかり、嫌悪感を露わにしており。
そこまで露骨ではないものの。
じつは最後まで、所属候補に挙がっていたギルドの、横柄ぶりに。
豚鬼もまた、辟易とした感情を覚えていた。
(〈黄金時代〉か……たしかこの街二番手の大手ギルドって話だったけど、この様子じゃ、素直に〈導きの灯火〉を選んで正解だったっぽいなあ)
昨日、偶然に面識を得ることになった、赤鬼のギルド会長の。
表情や対応、言動などからしても。
状況が状況だったとはいえ。
あまり良い印象は、受けなかったし。
こうして所属する冒険者たちからも、不満しか噴出していないあたり。
前世における、傾きかけた会社で働く社員たちと、会話をしているような。
嫌な空気を嗅ぎ取ってしまう、転生者であった。
「というわけでヒビキにゃん! ニャーたちも協力者としてご一緒するから、よろしく頼むのニャ!」
「……そこで当然のように便乗ができるあたり、アーニャニャーよ、お前は冒険者に向いているな」
「ニャフフっ、それほどでもないのニャ!」
半眼で口を挟んだ女蛮鬼は。
べつに褒めたつもりなど、ないのだろうが。
知ってか知らずか、満更でもなさそうに笑う猫人に。
つられて場の空気が、弛緩していく。
「別にそれくらい、いいんじゃねえべか、ヒビキどん? 旅は道連れ、世は情けって、言うでねえか」
「めええ〜。メイリーからもお、おねがいですよ〜。ブタさあ〜ん」
「ワンワン! ワンッ!」
猫人の申し出を後押しするような。
森雄鬼、羊人、銀狼の反応からも、察せられるように。
この探索試験において、自分たちが所属する集団以外の集団との協力関係は。
協力者という形で、認められているため。
反則というわけではない。
なにせ状況設定が。
魔樹迷宮攻略なのだから。
道中で、他の冒険者らと遭遇した場合。
協力するも、蹴散らすも、遭遇した試験官を擦り付けるも。
賛否は別として。
それは各々の判断に、任せられており。
難易度ごとに、宝物の頭数が決まっていて。
そのうえ到着順位ごとに、確実に、最終評価には差が付くのだから。
それを鑑みたうえで、自分たちでは達成不可能だと判断した選択難易度を、他の集団の手を借りて達成することは、運営からも認められている。
当然ながら、その際には。
自分たちだけで達成した場合よりも、格段に評価が落ちてしまうし。
ときには帰還地点目前で仲違いして、一悶着が発生することも、度々起きてしまうようだが。
それでも試験そのものを達成できないよりは、ずっとマシだ。
まあ、それが道中ではなく、そもそもの出発地点から共闘を申し出るくらいなら、大人しく選択難易度そのものを変えればいいじゃないかと、思わないわけではないが。
先ほどは、軽く流していたとはいえ。
アーニャニャーとて、一人の冒険者。
意地やら反骨やらが、あるのだろう。
無遠慮にそれに触れない程度の配慮は、無神経だと定評のある豚鬼とて、最低限持ち合わせていた。
というわけで。
「……ん、じゃあ途中でどうなるかは流れ次第ですが、それまでは頼みますよ、お二人とも」
「にゃにゃっ! 任せるのニャ!」
「めええ〜。ブタさん、ありがとうですう〜っ!」
集団頭目である豚鬼の、下した結論に。
猫人と羊人の少女が、それぞれに。
安堵の笑みを、浮かべたのだった。
【作者の呟き】
特級女難さん「ええんか? ほんまにええんか?」