第三章 【32】 二日目 混線④
〈ヒビキ視点〉
「テメエ……オレ様に何か、言うべきことがあるんじゃねえか?」
ギルド会長から直々に。
鬼人幼女……ラーナの失踪事件を、口止めされている豚鬼は。
彼女を溺愛する父親……ラックからの問いかけに。
「え……いや、その……いったい、ナンノコトでショウか……?」
口から飛び出しそうな心臓を、必死で押さえつけながら。
シラを切るしかないのであるが。
「……チッ!」
そうしたヒビキの解答が、余程お気に召さなかったのか。
露骨な舌打ちまでして。
あからさまに表情を曇らせるラックが、全身から、不機嫌な気配を撒き散らし始めた。
(えっ……これもう、知ってる!? バレてる!? 俺、カマかけられてんのっ!?)
であれば、個人的には恩義すら感じている赤鬼に、嘘などつかず。
全てを白状して、いっそ楽になってしまいたい気持ちが、湧き上がってくるものの。
もしこれが、確信あっての問いではなく。
まだ疑念の段階にあるのならば。
それを肯定してしまうことは、誰にとっても良い結果とはならないために。
けっきょくヒビキとしては、口を閉ざし続けるより他ない。
「……ッ!」
けれどそのような、消極的な豚鬼の態度に。
加速度的に苛立ちを増している様子の、赤鬼は。
「…………はあ、もういい。しゃーねーから一度だけ、オレ様からチャンスをくれてやるが………………テメエ、ラーナのこと、どう思ってんだよ?」
これが武士の情けだとでも、言わんばかりに。
バッサリと、事態の核心へと踏み込んできた。
(あ……これ、オワタ……完全に、確信アリなヤツじゃないですか……っ!)
先ほどまで全身を炙っていた灼熱が。
今度は急速に、冷えきっていくのがわかる。
不意打ちで、背筋に氷柱を突っ込まれたような錯覚に陥った。
「あ……いえ、そのですね……なんというか、その……」
「……ああん!? 言いたいことがあるなら、はっきり言えやボケカスがあ!」
すいませんでした。
悪気はなかったんです。
隠すつもりなんて微塵もなかったのだと。
追い詰められた豚鬼が、そんな言葉を口にしかけた……
「……あのっ!」
まさにそのときである。
『…………皆さん、大変ながらくお待たせしました。それではこれより、公開試験二日目の、探索試験における集団の受付を、開始いたします』
ようやく受験生たちの、私物検査を終えたのか。
待機広場に、拡声魔道具による、運営の声が響き渡った。
『それでは話のまとまった方々は一団となって、受付までお越しください』
「あ、そうだべや! ヒビキどん!」
そうした放送を、耳にして。
慌てた様子の森雄鬼……グレイが。
ラックに問い詰められていたヒビキに、声をかけてくる。
「取り込み中のとこさ悪いんだべや、ちょっとだけお話し、いいだべか!?」
「あ!? え、ええ……それは、どうなんでしょうね……?」
お伺いを立てられた以上は。
それを無視するわけにもいかず。
答えを求める視線を向けられた、赤鬼は……
「……チッ。好きにしろや、ボケカス」
興が削がれた様子で、舌打ちを漏らしつつ。
困惑する豚鬼に、背を向けたのだった。
「おい、行くぞテメエら。依頼の時間だ」
「はいは〜い。ヒーくんたち、今日も頑張ってね〜」
「ワタシたち、知り合いでも、手抜きないヨ。鉢合わせたら、覚悟するネ」
これから本格的に、試験官としての仕事があるのか。
その場から立ち去っていく、〈無頼悪鬼〉の面々に。
「……ウッス! わざわざご挨拶、ありがとうございました!」
ヒビキを始めとした、顔見知りの冒険者たちが、各々に別れの言葉を贈るものの。
「ばいば〜いっ」
「検討を祈るネ」
「……」
反応するのは、青鬼と緑鬼のみで。
先頭をゆく赤鬼だけは、最後まで。
振り返ることさえしなかった。
(……うーわー、あれ完全に、怒らせちまったかな? でもああやって仕事に就こうってすることは、ラーナちゃんのことは、やっぱり知らないっぽいし……だーもーっ、いったいどうすりゃよかったんだよ!?)
決して相手のことを陥れようなどいう、悪意はないのだが。
いつも善意が正しく相手に伝わるとも、限らないわけで。
ままならない、人間関係に。
豚鬼がヤキモキしていると。
「……それでグレイよ。ヒビキに頼み事は、いったいなんなのだ?」
ゾロゾロと、待機場にいた受験生たちが。
各々に、集団を組む者同士で、固まって。
受付へと移動していく中で。
銀狼を傍らに控えた女蛮鬼……オビイが、水を向けると。
撥弦楽器を背負った森雄鬼が。
改めて、口を開いた。
「頼み事っちゅーか、これは、もし良かったらでいいんだべが……オラを、ヒビキどんの集団に、入れてくれねえだか?」
参加者の『個人』とてしての力量を測定した、初日の測定試験とは異なり。
二日目の探索試験は、冒険者としての『連携』を図るものであり。
この受付時間までに、打ち合わせを済ませた受験生たちは。
二名〜四名程度の、集団を組んで。
運営が用意した試験に、臨む予定となっている。
「ん? お前の仲間たちは、いったいどうしたのだ?」
だというのに。
この土壇場で集団に混ざろうとする、グレイの発言は。
オビイが眉根を顰めるのに、十分なものであった。
「……オラは、リヴやジェリーたちと、集団を組むはずだったんだべよ。んだとも、あの二人は――」
「――ああ、それで予定していた集団が組めなくなったから、慌てて他の集団に入れてもらおうってハラですか!」
そしておおよそ予想通りの解答に。
意を得たりと、片眼鏡の賢鬼……モリイシュタルが。
声を弾ませた。
「おやおや、わざわざ頭を下げて回るなんていう祝勝な態度かと思いきや、しっかりと打算もあったんですねえ! いやあ腹黒いなあ!」
他人の醜態を、心から悦ぶモリイシュタルに。
「……だとしても、本人の前でそれを言えるお前は、相当に性格が悪いピョンよ?」
軽蔑の視線を向ける兎人……ミミルや。
「でもまあ、モリイの言うことにも一理あるわな。迷惑かけた相手にそれは、流石に図々しいんじゃねえか?」
呆れの表情を浮かべる、巨漢の牛鬼……タウロドンも。
否定の言葉を、口にしないことから。
普段から〈勇猛団〉として冒険仲間を組んでいる冒険者たちの対応は、冷ややかなものである。
「……ッ!」
当人としても、その自覚があるのか。
彼らの言葉に反論しないグレイは、ただ黙って、表情を歪ませるのみ。
よって、次に口を開いたのは。
「……何か、理由があるんですか?」
ここまで、彼のそうした。
良くも悪くも直上的な性格を、目の当たりにしてきたが故に。
今回の申し出に疑念を抱いた、豚鬼である。
「……言い訳さ、するつもりはねえべよ」
その、問いかけに。
やはり無様な物言いを好まない性分であるらしい、青年は。
真っ直ぐに、己の本音をぶつけてきた。
「ただ、オラはこんとおり、あんまり頭さ良くねえからさ、オラなりに、迷惑さかけちまったヒビキどんたちにどないして恩ば返せばいいんか、考えたっぺよ」
「それでこの、探索試験における助力が、その恩返しになるとでも?」
「……わからねえ。でもこんな気持ちを抱えたまんま、何もしないよりは、ずっとマシだ! 荷物持ちでもなんでもいい、絶対に足さ引っ張るような真似だけはしないけん、オラに、チャンスを与えてくんろ!」
「……」
はっきりと言って。
こうした森雄鬼からの提案は。
客観的に鑑みて、常識的とは言い難いものだ。
なにせ前々から。
試験の内容は、ともかくとして。
方法そのものは公開されていた、この探索試験において。
良い成績を残すために、少しでも腕の立つ者と集団を組もうとするのは、受験生からすれば当然の心理であり。
だからこそ集団を組む者たちは、それこそこの公開試験が始まる以前から、気心が知れていたり、相性が良かったり、実力の近い者同士での打ち合わせを済ましているのが、常である。
なかには『集団』よりも『単独』のほうが。
実力を発揮できるという者も、いるだろうが。
それはそれとして。
複数人で挑むことが前提とされる、大型依頼などにおいては。
そうした人員を集める。
もしくは集団に加わるだけの、交渉力も。
冒険者には、求められるために。
たとえ本人が単独での参加を、希望したとしても。
此度の試験においてそれは、認めらていない。
こうしたやけに長かった待機時間が、先日の測定試験の結果や、当日までの体調管理などを踏まえて、ギリギリまで受験生たちに集団の参加や離脱、変更を検討するだけの、猶予時間的な意味合いもあるとされていることからも。
如何に、運営が。
此度の試験において。
その点を重要視しているのか、察することができるだろう。
ゆえに。
仮に、どうしても……
単独としての冒険活動に、拘りがあったり。
もしくは諸事情によって、集団に加わることができなかった、参加者は。
運営が用意した人員を伴っての、受験になるのだが。
その時点で、大幅な減点を受けてしまうことになるため。
そもそも、『飛び級』査定を狙って。
わざわざ、このような公開試験に参加する人間が。
それを選ぶことなど、まずあり得ない。
またこうした、集団依頼の際に、受付嬢などの仲介によって、効率よく信頼できる仲間集めができるのが、多くの冒険者を抱える大手ギルドの強みであり。
立身出世を望む冒険者たちが、それらに所属を希望する理由の、ひとつでもあった。
それらの事情を鑑みて。
(……普通に考えるなら、チームを組む仲間が離脱したからって、この土壇場で、他のチームへの参加を希望するのは悪手だ)
それもまだ、面識のある、同じギルドに所属する参加者に。
交渉を持ちかけるのならともかく。
こうして昨日まで面識すら持っていなかった、他のギルドの冒険者に飛び込みで交渉を持つかけるなど。
愚行と断じてしまって、いいくらいだ。
だが、その一方で。
(たしか〈護虎會〉って、この街でも五本の指に入るギルドっていうくらいだから、ギルドも自分たちの看板を受験生に背負わせている以上は、そんな無茶な真似をさせないと思うんだけどなあ……)
仮にグレイが、本人の意思で。
他のギルドに所属する、冒険者に対して。
こうした土壇場での交渉を、希望したとしても。
彼が所属しているギルド自体が、それを認めずに。
自分たちのギルドから出場している他の集団に、紹介なり斡旋なりを、するはずなのだ。
それなのに……
目の前の青年に、そうした気配がないということは。
「グレイくん。いくつか……質問、いいかな?」
「おうさ! なんだべや、ヒビキどん!?」
「あの、このことって……キミたちの会長、知ってるのかい?」
「勿論だべ! オヤジどんはオラの好きにしろって、言ってくれただあ!」
ということは、やはり。
あの虎人会長は、この件を。
ギルドの評価を損なうことすら覚悟の上で、承認しているというわけで。
「それじゃあ仮に……俺たちがその申し出を、断ったら?」
「そんときは仕方ねえ、大人しく、運営に同伴者ばつけてもらって、試験に参加するべさ」
「それも会長は、承認済みなのかい?」
「あったりまえだあ! ちゅーかヒビキどん、さっきからちいっとばかし、ややこしっぞ!? オラのこといるのかいらねえのか、どっちなんだべ!?」
どう考えても、この交渉に失敗すれば。
痛手を負うのは、あちら側だというのに。
そうした怖れを、微塵も匂わせず。
ただ、純粋に。
自身の誠意が受け入れられるか否かのみを案じている、森雄鬼の態度に。
(……こりゃ、完全に白だな)
色々と勘繰ってした豚鬼は、ふと、苦笑を漏らしてしまった。
「……ヒビキどん?」
「ああ、すいませんグレイくん、気にしないでください…………それよりも、最後の質問なんですけど」
「……っ!」
「もし……俺たちがグレイくんを受け入れようと考えたところで、もう四人でチームを組んでいたいて、定員オーバーだったときは、いったいどうするつもりだったんですか?」
「…………あっ」
こうして、指摘されて。
ようやくその可能性に思い至ったらしく。
ポカンと口を開いた、純粋純朴なる青年に。
「……ふふっ。まあ俺たちは二人組なんで、まだ余裕はあるんですけどね」
今度こそ、笑いを堪えきれなかった豚鬼は。
「そんでオビイ、お前はどう思うよ?」
「どうもこうもない。オレはただ、お前の意見を尊重するだけだ」
「ワンワンッ! グルルルウ……ワンッ!」
「……こら、ポチマル。空気を読め」
「……キュウウン」
なんだかんだで情に厚い女蛮鬼と。
彼女が諌めた銀狼の、承認も得られたようなので。
「そんじゃお言葉に甘えてよろしく頼むよ、グレイくん」
差し出した右手を。
「ヒビキどん!」
美丈夫の森雄鬼が、くしゃくしゃの笑みで、握り返したのだった。
【作者の呟き】
クククッ……まさか先の事件が、少女たちではなく、野郎の加入フラグだったとは、慧眼なる読者様でも見通せなかったでしょうねえ……っ!