第三章 【30】 二日目 混線②
〈ヒビキ視点〉
「えっと……グレイさん、でしたよね? なんで貴方が、ここに?」
昨日の正午あたりから、行方不明となっている。
顔見知りの鬼人幼女……ラーナの安否に、囚われた気持ちを。
強引に、逸らすようにして。
やや困惑気味に、ヒビキが視線を向けたのは。
先日の測定試験においては、同じ組み分けであった。
頭髪を巻布で束ねた、森雄鬼の青年……グレイであり。
当初はたまたま、この場を通りがかっただけかもと、看過していたのだが。
身内との会話中も、ずっと無言で待機しながら。
こちらを見つめてきていたことから。
どうやら何か自分に、用事があるということらしい。
「……おい、アニキから許可が出たから、もう喋っていいぞ」
「ウッス! かたじけねえだあ、ヒビキどん!」
当人からは無許可のまま。
勝手に舎弟頭を名乗っている、巨漢の牛鬼……タウロドンからの、承認を得て。
ヒビキの感覚では美形揃いな印象を受ける森雄鬼においても、特に女性受けの良さそうな顔立ちの、美丈夫が。
訛りの酷い言葉遣いで、話しかけてきた。
「まずは先日の非礼さ、改めて、詫びさしてくんろ、ヒビキどん! オヤジどんも立場上、この場には来られねべだども、何かあればすぐに恩ば返すって、張り切ってたど!」
「あ、ああ……それは、ご丁寧に、どうも」
「んで、オビイねえやは、いったいどこだべ!? ヒビキどんと一緒じゃあないだべか?」
「ああ、オビイはポチマルさん……使役獣の、最終検査を受けているはずなんで、もうすぐここに来ると思いますよ」
公開試験の初日は、個人の能力測定だったために。
使役獣として登録されている銀狼……ポチマルの、出番はなくて。
隷妹の護衛として。
宿屋に置いていたのだが。
冒険者としての総合力が試される、二日目からの試験に関しては。
当人の実力の一部として。
使役獣の参加も、認められているために。
森鬼の護衛を、この街に滞在しているという女蛮鬼たちに引き継いだという、銀狼は。
現在は使役者である、オビイとともに。
運営による最終検査を、受けているはずであった。
また、そうした使役獣以外にも。
二日目以降の試験に臨む、受験生たちは。
初日の測定試験に限り、運営から支給されていた、規格統一された魔道具などではなくて。
自分たちの、血と汗が染み込んだ。
手に馴染む各々の魔道具を、試験会場に持ち込んでおり。
目の前の森雄鬼もまた、露出が多いものの。
同時に洒落気を感じさせる、民族衣装めいた服と装備品に、着替えていて。
さらにその、背中には。
先日には見受けられなかった。
丸い胴体と瓶首を有する撥弦楽器が、背負われていた。
「んだらばまずは、やっぱりヒビキどんが先っぺな! ヒビキどん、昨日はまっこと、申し訳なかったっぺよ! この通りだあっ!」
そして自身の魔道具であろう、撥弦楽器を。
一旦、地面に下ろしてから。
深々と、頭を下げてくる青年の姿に。
豚鬼はつい、苦笑を浮かべてしまう。
「いえいえ、お気になさらずに。というかそうしたお気持ちは、昨日の謝罪で十分に受け取っておりますので、もう十分ですよ?」
「ンなあこたあねえだ! オラたちまだまだ、ヒビキどんらにかけられた恩に、報いてねえだよお! 誠意っちゅうんわ、言葉だけで終わらすもんじゃなか! 実際に行動して、態度で示すもんだべさ!」
「はあ……そ、そうですか……」
「ちゅーわけでヒビキどん、オラのこと、思いっきり殴るべさ!」
「……ん? んんっ!?」
どうしてそうなる、と。
急に飛躍した超理論に。
豚鬼は困惑を隠せないが。
「さあ、バッチ来いヒビキどん! 遠慮はいらねえど!」
自分の中では、筋が通っているらしい森雄鬼は。
ひとりで勝手に、燃え上がってしまっている。
「……ヘイ、タウロくん。通訳頼む」
仕方なく、ヒビキは。
頼れる先輩冒険者に、助けを求めた。
「ウッス。どうやらこいつは、ここにいない妹分たちとギルマスに代わって、昨日迷惑をかけたみんなに、頭下げて回ってるみたいですね」
「ん? ここにいないって……そういや、あの二人は?」
言葉にされて、ようやく気付き。
キョロキョロと、周囲に視線を走らせるものの。
タウロドンの言うように、昨日の測定試験を共にした少女たちの姿が、この待機場には見当たらない。
「そりゃあヒビキ氏。流石にあれだけのことをしたんですから、外部に喧伝されるような大事にされずとも、試験の自粛くらいは当然ですよ」
「さっき運営からも正式に、出場辞退の連絡があったピョンよ」
すでに事件の当事者たちは、真相を、知っているものの。
先日の事件を知らない、街の住人たちには。
あの二人は、体調不良による辞退であると。
公表されているらしい。
そうした参加者の途中退場は、自らを管理できていない未熟者として、周囲から大きく評価を下げてしまうものの。
さりとて前例が、ないわけでもないので。
そこまで深く詮索はされないだろうというのが、冒険者たちの見解であった。
「そげなわけで、リヴたちはここにいないっぺから、二人の代わりにオラをぶん殴ってウサあ晴らしてくんろ、ヒビキどん!」
そして、熱苦しく宣う森雄鬼の身体には。
目を凝らさずとも。
何箇所も、赤く腫れ上がった箇所が、見受けられるため。
おそらく彼は、自らの言葉通りに……
すでに先日の被害者たちから、幾つものお仕置きを、頂戴してきたのだと、推察することができた。
遅れてこの場にやってきた、自分たちは。
どうやらその、最後尾であるらしい。
「遠慮はいらねえだっ! さあさあ! さあっ!」
「いや……別に俺は、そんなこと望んじゃいなんだけど……」
とはいえ、こうした肉体言語的な対応は。
前世においては中学時代からの、筋金入りの帰宅部であったことからも、察せられるように。
今世での大味な、見た目に反して。
性根が陰に属している、豚鬼としては。
すんなりとは、受け入れ難いものであり。
やんわりと、その申し出を、渋るものの。
「……アニキ、後生っす。男がこんなだけ腹括ってんだから、受けてやってくださいよ」
どうやら見た目通りに武闘派寄りである、タウロドンが。
珍しく、ヒビキに意見を具申してきて。
「そうだピョン、ビキっち! 男と男の拳を使った語り合いでしか生じない、熱い想いを摂取する機会を、どうかウチにプリーズだピョン!」
やけに瞳孔をガン開いて。
フンスフンスと、荒い鼻息を漏らす兎人……ミミルや。
「……ふう、野蛮ですねえ。でもどうせこの手の輩は気が済むまで退かないんですから、ヒビキ氏、とっとと済ませてやってくださいよ〜」
こちらは特に、興味なさそうな賢鬼……モリイシュタルも。
どうやらそれを行うこと自体には。
肯定的なようなので。
(……はあ。ま、しゃーない。ちゃちゃっと終わらしちまうか)
抵抗は時間の無駄だと、観念したヒビキは。
内心で嘆息を漏らしつつ。
「……じゃあ、一発だけ」
あからさまに気乗りしない態度で、重心を落とし、拳を構えた。
「よっしゃ! ドンと来いや、ヒビキどん!」
すると顔に、喜色を滲ませて。
両足でしっかりと、大地を踏み締めながら。
無抵抗な肉体を晒してくる、森雄鬼の。
引き締まった腹筋に。
「……フンッ!」
ズンッ……と。
そこそこの魔力を込めた〈衝波〉を、叩き込むものの。
「ん……ぎいっ!」
ギリギリと、歯を食いしばって。
血管が浮かぶほどに、力を込めて。
踏ん張った両足で、なんとか、上半身を支えたグレイスは……
「……ま、まだまだあ! お前さの力は、こんなもんじゃねえっぺよなあ!? 昨日みたいなどでかい一撃、バッチくるだよっ!」
先日の……赤鬼の発破によってそこそこの力を披露してしまった……測定試験を。
同じ組み分けで、間近から見ていたがゆえに。
今の一撃に、納得がいかないようであり。
「遠慮は無用だべ! お前さの本気、オラに受け止めさせてくんろっ!」
追加のお仕置きを強請ってくる。
あくまで真剣な表情の、美丈夫の姿に。
「ふんすふんす! さ、最高の『受け』だピョンねえ! 才能が迸っているピョンよ!」
ミミルを含めた、周囲の女性冒険者の一部が。
何故か妙に熱い視線を注いでくるために。
妙な悪寒を覚えた豚鬼は。
(……し、仕方ねえ! 恨むなよっ!)
今度はさらに深く、息を吸い。
魔力を練り上げて。
ズドンッ……と、先の数倍の威力に膨れ上がった魔技を。
「……ッ!」
衝撃に備えていた青年の腹部に。
遠慮なく、叩き込むと。
「……クッ……かはっ! うボロロロロロおおおおッ…………!」
またしても、その場から吹き飛ぶことこそ、耐えたものの。
今度は堪えきれなかった衝撃に、四肢を地面について。
胃の中身を盛大に吐瀉した森雄鬼は。
「さ、さすがヒビキどん……見事な、漢気だっぺ……っ!」
ヒビキとしてはなんとも理解し難い、賞賛を口にして。
満足げな笑みを浮かべると。
どさりと、その場に崩れ落ちたのだった。
【作者の呟き】
オビイ「ん? オレのぶんは?」