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第三章 【28】 一日目 延長戦⑥

〈ヒビキ視点〉


 危惧していた、育ての親の危機が去って。


 無意味であった、自分たちの徒労よりも。


 彼女の無事を心から喜ぶ少女たちの姿を。


 目の当たりにすることで。


(なんだよ……やっぱり全員、いい人たちだったじゃないか……っ!)


 この一件で、あわや容疑をなすりつけられかけた、被害者ではあるものの。


 さりとて、本来は善人であろう少女たちが。


 そこまで追い詰められてしまっていた裏事情を知ってしまった豚鬼は……


 すっかり彼女たちに、同情して。


 盛大に豚鼻を、啜ってしまっていた。


「「「 ……っ 」」」


 そうした湿った空気は、今や。


 当事者であるヒビキだけでなくて。


 同じ部屋で一部始終を目の当たりにしていた者たち全員に、伝播しており。


 そんな同情的な、雰囲気を。


 断ち切るようにして。


「……うんうん、事情はわかったよ。でも事件が起きてしまった以上、罪は罪だ」


 パンパンッ、と。


 再び、柏手を鳴らして。


 注目を集めた童顔会長……ライト・キャンドルが。


 仮面のような微笑みを浮かべながら。


 冷静な意見を、口にした。

 

「そして罪とは、罰されなければいけない。これは帝国法で決まっている法律ルールだ。それはわかるね?」


「「 ……ッ! 」」


 非の打ち所がない、正論に。


 改めて、自分たちの犯した罪を自覚した少女たちが。


 たちどころに、身体を強張らせてしまったことで……


「……っ! ま、待ってくださいよキャンドル会長! それはあんまりにも――」


 怯える少女たちの姿に、辛抱たまらず。


 口を挟もうとしたヒビキを。


「――そうだぞギルド会長マスター。結論を急ぐには、まだ早い」


 制するようにして。


 事件の解決に貢献した銀狼を、従えて。


 この場に戻ってきていた赤髪の女蛮鬼アマゾネス……オビイが。


 牽制の言葉を、口にしたのだった。


「……へえ。それはどういう意味かな、オビイくん?」


 自分の意見を否定されても。


 とくに、不快な様子はなく。


 むしろどこか、楽しそうに。


 この場を主導している、童顔会長が。


 大きな胸を堂々と張る、凛然たる女蛮鬼に、意見を求めると。


「流石にオレとて、ヒビキを貶めようとしたあの者たちの行為そのものは、とても看過できるものではないが……」


 それでも、と。


 美しき女蛮鬼は。


 罪を犯してしまった少女たちと。


 彼女たちに寄り添う、修道女シスターを見つめながら。


「……子が母を助けようとするのは、人として当然のことなのだから、オレとしてはその部分を、必要以上に責めるつもりはない。そして個人の中で生じる罪悪感はともかくとして、帝国法で定められた罪とは、それを訴える者がいて、初めて成り立つものだと理解しているのだが、相違ないか?」


「う〜ん、まあ、そういう解釈は、できるだろうねえ」


「だったらオレはこうして事件が解決した以上、種婿を愚弄した件についての謝罪と反省さえしてもらえるなら、もうこれ以上、あの者たちを責める気持ちはない。そしてヒビキよ」


「お、おう!? なんだオビイ!?」


「お前には……あの者たちに、これ以上の罰を与えたいと願うのか?」


「んなわけあるか! もうこれ以上、あの子たちが傷つく必要なんて、微塵もねえよ!」


 確かに、選択を誤ってしまった以上は、反省は必要だし。


 自ら悔い改めることを、止めはしないけれど。


 しかしそれ以上の苦役を、厳罰を、取り返しのつかない傷跡を。


 彼女たちに与えたくはないというのが。


 この一連の顛末を知ってしまった豚鬼の。


 まごう事なき、本音であった。


「……ふっ。だろうな」


 とはいえそれは、あくまで。


 ヒビキ個人が抱く、感情であって。


 同じく事件に巻き込まれた……しかも自分とは違い、実際に己が着用していた下着を、異性に不快な目的で奪われてしまった女性としては。


 異なる感想を、抱いて然るべきなのだが。


「……であれば花嫁としては、種婿の意向に沿うのみだ。よってオレはこの一件を、これ以上の大事にするつもりはない」


 なんだかんだといって、最後には結局。


 種婿を立てようとしてしてくれる。


 自分には過ぎた花嫁に。

 

「オビイ……」


 ヒビキがすっかりと、感極まってしまい。


 先ほどまでとは違った意味で。


 潤んだ瞳を、向けていると。

 

「……だ、だがそれとは別にして、ヒビキを貶めようとしたことだけは、きっちりと謝罪してもらうからな? そこは譲れないぞ?」


 照れ隠しのように。


 早口で付け足した、オビイに対して。


「う、うん! うんうんうん!」


 食い気味に反応したのは。


 謝罪を求められた一角鬼イッカクの少女……オリビアであった。 

 

「ごめっ、ごめんねえ、ヒビキくん……っ! 本当に、ごめんなさい……っ!」


 上擦った声で、えずきながら。


 何度も謝罪を繰り返す、前髪の長い少女の傍で。


「……ごめんなさい。アンタには、迷惑かけた」


 もう一人の加害者である、鼠人ラットマンの少女……ジェリーもまた。


 すっかり憑き物が落ちたように。


 祝勝な態度で、素直に頭を下げてきたのだった。


       ⚫︎


〈ライト視点〉


(うんうん、流石あのエステートの種豚くんと、その花嫁くんだ。実に寛容な心意気じゃないか!)


 自らの罪を認めて、謝罪する加害者らと。


 それに赦しを与える、被害者たち。


 少しばかり煽ったとはいえ。


 期待していた光景を、目の当たりにして。


 童顔会長……ライト・キャンドルが、今度こそ、心からの笑みを浮かべていた。


「こらこらジェリーさん? 淑女たるもの、言葉遣いは正しく心がけないと、いつまでも嫁の貰い手が見つかりませんよ? 私の言葉を、もう忘れてしまったのですかねえ……?」


「……う。ご、ごめんなさいでチュ、ヒビキくん」


 それから。


 途中で、相変わらず独特マイペースな。


 修道女シスターの指摘を、挟んだものの。


「す、すまんだあ、ヒビキくん! 到底言葉だけで済ますつもりはあらへんが、ワイからもまずは、頭を下げさせてくれえっ!」


「お、オラも、すまなんだあ、ヒビキどん! オラにできることならなんでもすっぺから、リヴたちのこと、許してやっておくれえっ!」


 加害者である少女たちに続いて。


 彼女らの義父を自認する虎人会長……ギギルギ・バインツと。


 義兄を名乗る森雄鬼……グレイも。


 自らの頭を、床に叩きつけるようにして。


 大和国ヒノクニ流の謝罪姿勢を、被害者たちに晒すことで。


「い、いやいやもう、十分ですから! 謝罪はちゃんと、受け取りましたから! だから頭を上げてくださいよ、バインツ会長! グレイくん!」


 そんな彼らに対して豚鬼が。


 和解の意を、示したことで。


「流石、アニキ……っ! あんだけ舐め腐った真似をしたガキどもにも、なんて寛大な態度を……っ! やっぱりアニキは、漢の中の漢だぜえ! 一生ついていきますっ!」


「……うんうん、ヒビキ氏。もちろん僕は最初から、信じていましたよ? ホントですよ?」


「いやモリイシュタルは、真っ先に裏切ってたよね?」


「早かった……あれは早かった……」


 周囲でことの成り行きを見守っていた、男性冒険者たちの間にも。


 弛緩した空気が流れ出した、一方で。


「う〜ん……まあ、そういう事情なら、ウチもこれ以上、責める気にはなれないっていうか……」


「ぶっちゃけ悪いのって、この話を持ちかけてきたゲス野郎と借金取りどもじゃない?」


「むしろあの子ら、被害者じゃない?」


「めええ〜……べつにメイリーは、汚れちゃったお服を新しくしてくれるなら、どうでもいいですよお〜。それよりもはやく、おうちに帰してくださいい〜」


「……まあ、ぶっちゃけニャーは、被害に遭っていニャいから、訴えるもニャにもニャいんだけどにゃあ……」


「あ、アニャっちも? じつは、ウチもなんだピョン……」


「……ふむ。どうやらあの変態は、胸の大きな女性が嗜好対象であったようだな。下着が汚されず、良かったではないか」


「ふニャっ!?」


「お、オビっち……それは……それだけは、言ってはダメなヤツピョンよ……ぐはっ!」


「……?」

 

 盗難被害に遭った、女性陣も。


 こと此処に至っては、場の空気に流されて。


 これ以上、少女たちを糾弾するつもりは、ないようであった。


 結論として。


「うんうん、じゃあみんな、今回の件は本人たちの謝罪と、盗難された衣類をギルドが弁償することを条件として、示談を成立させてもらっても大丈夫なのかな? もちろん例の男と悪党どもには冒険者ギルド(僕たち)のほうからしっかり対応と対策をさせてもらうし、あと気持ち程度のお詫びだけど、今日を含めた公開試験中の飲食と宿代は、〈灯火うち〉に請求してくれて結構だからさ!」


 三度、柏手を叩きながら。


 少女たちへの対応と。


 ギルドからの補填を。


 童顔会長が、口にすると。


「うおおお!」


「流石〈導きの灯火(キャンドルライト)〉、太っ腹だぜえ!」


「……めええ〜、もう、終わりましたかあ〜? メイリーはお腹がぺこぺこですよお〜」


「そうニャね。ニャーもいい加減に宿に戻って、ひと休みしたいのニャ……」


 公開試験グランドコンテストそのものは、夕方前には終わっていたものの。


 盗難事件による、逗留によって。


 時間はすっかり遅めの夕食時となっているため。


 当日の疲労と。


 翌日への備えが、重なって。


 受験生たちは、もうさっさと。


 帰宅したい気持ちが、強いようであり。


 話を総括した童顔会長の意見に、反対の声は、上がらなかった。


「すいまへん……えろうすいまへんなあ、皆様がた……っ! この御恩、このギギルギ・バインツ、いつか必ず、皆様にお返ししますけんっ!」


「私からも、この子たちの親として、厚生の機会を与えて下さること、厚く御礼申し上げさせていただきますねえ……。本当に、ありがとうございます……」


「ありがど! みんな゛、ほんどにありがとだあっ!」


「……うっ……ううっ……」


「……も、もう、大丈夫だからね、ジェリーちゃん……もう、悪ぶらなくて、いいからね……っ!」


 斯様にして。

 

 ひとまず、とはいえ。


 若人たちの芽が閉ざされる未来を回避した〈護虎會《ギギルギ・ファミリア〉の面々と、修道女シスターは。


 照れたり困ったり、気恥ずかしそうにして。


 部屋から退出していく冒険者たちに。


 何度も頭を、下げており。


「……とまあこんな具合に落ち着きましたが、ライター監査官から、何かご意見は?」


 その一部始終を観察していた白制服の監査官……ベニストン・ライターに。


 童顔会長が、確認を向ければ。


「……少なくとも、此度の公開試験に参加している冒険者たちは、道を間違えてしまった者もいるようですが、それでも善性の心根を持つ者たちが多いようですね。大変喜ばしい事です」


 当然ながら。


 こうした運営の管轄内で起きてしまった。不祥事に対して。


 監査委員会から、減点マイナス査定は入るであろうものの。


「そしてその優しさゆえに、彼女たちのような悲劇が繰り返されないよう……今後とも彼らの教育と指導には、一層の注意と配慮を、怠らないでいただきたいものですね」


「ええ、勿論ですとも」


 鉄面皮じみた、無表情のまま。


 この件に関しては、もうそれ以上の干渉はしないと。


 暗に匂わせる監査官に……


(……そういう貴方も大概に、お人好しのようですけどねえ)


 などと、心中で苦笑を浮かべつつ。


 童顔会長はほっと、胸を撫で下ろしたのだった。


 そして。


「オビイくん……それにヒビキくんも、正直、助かったよ。事件を未然に防げなかった身としては不甲斐ない限りだけど、それでもこうしてみんなに救いのある道を選んでくれたこと、本当に感謝しているよ。〈灯火ギルド〉ではなく個人キャンドルとして、借りがひとつ、できてしまったね」


 この盗難事件で、もっとも被害を被った。


 自らのギルドに所属する、冒険者たちに。


 改めて感謝の意を伝えると。


「いえいえ、気にしないでください。それに俺は、巻き込まれただけでなんにもできていませんから。手柄があるなら、それは全部オビイのものですよ」


「だが花嫁オレの行動は全て、種婿《お前》のためだ。つまりこの手柄もお前のものだぞ、ヒビキ?」


「いや何その横暴過ぎる『|お前のものは俺のもの理論ジャイアニズム』!? 流石に受け取れねえよ!?」


「ジャイ……なんだ、それは? 邪神か何かか?」


 本当に、自分たちに向けられた謂れのない悪意に対して。


 これ以上の贖罪を求めるつもりが、ないのか。


 まだ部屋に滞留する湿った空気をまるで無視して。


 急にイチャつき始めた受験生たちに。


 童顔会長は、目を細めた。


(本当に……いい子なんだねえ、キミたちは。願わくばキミたちが僕のギルドで、その輝きに相応しい未来に近づけることを、心から願わせてもらうよ)


 大森林に名を轟かせる、女族長レイアからの推薦状に。


 森里における豚鬼の私生活プライベートが一部、記載されていたために。


 彼らが駆け足で、高位冒険者を目指している理由を知る者としては。


 その成功を、祈らずにはいられなかった。


 一方で。


(ひとまずこれで、この『女難』には一区切りがついたようだけど……)


 自身の趣味である、占術に。


 それなりの自信を持っている、身としては。


 彼を占ったの結果である……


 これまで目にしたこともないような特級の女難が。


 これで終わったとは、到底思えないわけで。


(……本当に、折れずに頑張っておくれよ、ヒビキくん)


 今後も苦労が絶えないであろう、豚鬼の行く末に。


 若人を見守る先達としての、老婆心を。


 禁じ得ないのであった。


      ⚫︎


 そうしてようやく。


 帰宅の途につくことができた、ヒビキたちであるが……


「……ひ、ヒビキくん!? うちのラーナを、見かけなかったかいっ!? 昼間に弁当を届けに出て行ったっきり、まだ帰っていないんだよっ!」


 血相を変えた宿屋の女将が、叫ぶように。


 どうやら童顔会長の、読み通り。


 豚鬼につきまとう『女難』は、まだまだ。


 その手を緩めてくれる気は、ないらしい……


【作者の呟き】


 特級女難さん「チッチッチッチ」


 というわけで次回から、消えた幼女編が始まるよ〜っ!


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