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第三章 【27】 一日目 延長戦⑤

〈ライト視点〉


「この子たちの愚行はすべて、私の至らなさゆえ。罪に罰を求めるのであれば、どうか私にもその一端を、背負わさせてくださいませ……」


 積み重ねられた年季を感じさせる、典雅な所作で。


 細い腰を、折りながら。


 そのような言葉を口にする、精人アルヴ修道女シスター……マーガレットに対して。


「……そのように仰られても、マーガレット殿。その言葉だけですと、こちらとしても斟酌の判断を致しかねます。できればもう少し、情報を共有させていただけませんでしょうか?」


 ギルド関係者や受験生。


 監査官たちが集まった、部屋で。


 いち早く彼女の言葉に反応した童顔会長……ライト・キャンドルが。


 まずは互いの齟齬を埋めるために。


 おそらくは此度の一件に関わっているのであろう、新たな登場人物に、追加の説明を求めた。


「ええ、ええ、そうですねえ……その通りでございますねえ。私としたことが、このような歳にもなって、気の逸る小娘でもあるまいし、はしたない。そうですねえ、であればまずは私どもの事情を、手短に説明させていただきましょうかねえ……」


 耳に優しく、染み入るような。


 ゆったりとした、独特な声音と口調で。


 前置きをしながら、交易都市の古参とされる修道女は。


 傾聴する周囲の人々に、自分たちの置かれている状況を開示した。


 そもそも、彼女が院長を務める〈静樹園〉とは。


 タイラナ大陸においては最大宗教とされる『神樹教』が運営する、児童養護施設であり。


 創造主が定めた『人類の挑戦と進化』を主軸とする教義に則りつつ。


 様々な事情によって身寄りを失った子どもたちの、慎ましくも健やかなる成長を望む彼女は。


 そうした教育理念のもと、交易都市の片隅で、細々とした共同生活を営んでいるのだという。


 ところが、つい最近の出来事だった。


「卒園を間近に控えた子どもたちの一部が、その純粋な善性ゆえに、悪い大人たちに騙されてしまいましてねえ……。多額の借金を、背負わされてしまったのですよ……」


 すぐに、子どもたちの異変に気付いた。


 修道女シスターたちの、聴き取り調査によって。


 事件こそ早期に、発覚したものの。


 そのときすでに、悪意ある大人たちの。


 悪辣なる、手管によって。


 借金を支払えなければ卒園と同時に奴隷契約まで結ばれてしまっていた、子どもたちを救うために。


 マーガレットは、己の身を担保とすることで。


 それらの借金を一時的に、肩代わりしたのだった。


「ですがそうした契約を、彼らは、子どもたちにも吹聴したようでしてねえ……。もし期限内に肩代わりした借金を返さなければ、私が自分たちの代わりに、奴隷として売買されることを知ってしまった子どもたちが、この街で自分たちが頼れる人間……つまり直近の卒園生であるジェリーとオリビアに、このことを、相談してしまったのですよ……」


 当然ながら。


 他の卒園生たちと同じく。


 育ての親の一人であるマーガレットに、多大なる恩義を抱いている少女たちは。


 大慌てで、孤児院を訪れて。


 マーガレットに、自分たちと同じく孤児院の卒園生であり、今や交易都市の看板ギルドへと成長しつつある虎顔会長……ギギルギ・バインツへ、事態を相談するようにと、持ちかけたのであるが。


「今のギル坊……ではなくて、バインツ会長は、多忙な上に、とても神経質デリケートな時期ですからねえ。このような瑣事に足を突っ込んで、周囲から不要な揚げ足取りをされる必要などありませんと、私が、この子たちの提案を突っぱねてしまったのですよ……」


 そうした、修道女の発言を。


 我が道を歩み始めた子の道を閉ざしたくないという。


 親心であると判断したらしい、少女たちは。


 さりとてこのまま、母親にも等しい女性を。


 とても一介の修道女が払えるとは思えない、借金漬けにしたまま。


 放置することなどできずに……


「……ちょうどその折に、直談判でもしに行った取り立て屋(あちら)を経由して、くだんの男から、この依頼クエストを持ちかけられたというところでは、ないでしょうかねえ……? 違いますか、ジェリーさん? オリビアさん?」


 穏やかな口調のままに。


 整然と、状況を説明してきた。


 修道女から向けられる、確認の言葉に。


「「 ………… 」」


 悪事に加担してしまった少女たちは。


 俯いたまま、反論することなく。


「……かああああっ! このっ、バカタレえっ! 親不孝もんがっ!」

 

 恰幅の良い虎人会長……ギギルギ・バインツが。


 叱責を口にしながらも。


 太く逞しい両腕で、俯く少女たちの細い身体を、強く抱きしめていた。


「なるほど、なるほど、なるほどねえ……」


 そうして、事件の裏側を。


 改めて理解した、童顔会長は。


 しきりに頷きくことで、衆目を、自分に集めた後で。


「……それじゃあまずは、ジェリーくんとオリビアくん。キミたちの『勘違い』を、正しておこうか」


 パン、と柏手をひとつ、叩きながら。


 出来の悪い生徒たちを指導する、先生じみた態度で。


 そんな言葉を、口にしたのだった。


「……え?」


「そ、それって、いったい、どういうことですか……?」


「どういうことも何も、言葉通りの意味さ」


 予想外の発言に。


 目を白黒させる、少女たちに向かって。


 童顔会長もまた、耳に馴染む落ち着きある声音で、穏やかに語りかけていく。


「まだ卒園して間もない様子のキミたちは、実感しにくいのかもしれないのだけど……」


 この街の、裏にも表にも精通した。


 大手冒険者ギルドの会長は、よく知っている。


 なにせ彼女……マーガレットを含めた、〈静樹園〉の修道女シスターらによって。


 幼少期を見守られ。


 健全なる精神と、教養を、授けられ。


 やがて孤児院から巣立っていった、人間たちは。


 孤児院の歴史に比例して、今や膨大な数に、登っている。


 その中には、それこそ。


 彼女と共にこの場に現れた、〈護虎會バインツ・ファミリア〉の会長マスターのように。


 今では交易都市の重役についている者も、珍しくはない。


 だからこそ……


 そうした彼らに、強い影響力を持つことを自覚している、マーガレットたちは。


 常日頃から。


 たとえ相手が完全なる、善意だとしても。


 虎人会長のような卒業生たちと、必要以上の関係性を築くことを、良しとはしておらず。


 孤児院の経営には、最低限の献金のみを受け取って。


 慎ましくも健やかなる生活を、送ることを。


 是としているのだが。


「だからといってそんな彼女たちの窮地を放っておけるほど、キミたちの先輩がたは、恥知らずでも無力でも、ましてやお利口さんでもないだろうさ。現に今もこうやって、シスター・マーガレットと一緒に現れたあたり、バインツ会長もこの件について、彼女の元を訪れていたんじゃないかな?」


「……へいへい、キャンドル会長の、仰る通りでさあ」


 童顔会長から、水を向けられて。


 組合紋章ギルドロゴの刺繍された法被はっぴを背負う、虎人会長が。


 顔に残る古傷を、複雑な感情で歪ませた。


「お恥ずかしながら、このボケちまった耳にも、ようやくオカ……シスター・マーガレットの情報が、届きましてなあ。お言葉通り、ちょうどその話をしておった最中だったんですわ」


「あらあら、シスターだなんて、他人行儀ですねえ……。いつも通りに『オカン』で、結構ですよお?」


「いやいや、堪忍してくれえやオカ……シスター。ワイにも、外聞っちゅうもんがあるんやで?」


「あらあら。それは、ごめんなさいねえ……」


 困り顔の、虎人に向けられた。


 口元を隠した上品な笑みからも、察せられるように。

 

 どうやらこの精人アルヴ修道女シスターは、見た目に反して長生きしているぶん、かなりの悠長(マイペース)な性格であるらしく。


 良くも悪くも。


 こうして世間離れした、彼女の感性が。


 此度の一件においては、焦る少女たちとの致命的な乖離ズレに繋がってしまったのだろうと、その場の誰もが推察していた。


(う〜ん、やっぱり彼女も、なかなかの曲者だねえ……こりゃ振り回される、周りの人たちは大変だっ!)


 だが、そうした苦労を厭わずに。


 こうして彼女を慕う虎人会長や、少女たちといった。


 卒園生が、絶えない事実が。


 精人アルヴ修道女シスターの人徳を。


 何よりも雄弁に、物語っていた。


(となるとやっぱり、たとえどんな形であれ、彼女の反感を買うのは悪手だ。はてさてこの一件、どう着地させたものやら……)


 いち個人としては。


 そうした彼女の人柄を、尊敬しつつも。


 組織ギルドを率いる会長マスターとしては。


 そんな彼女を警戒せざるを得ない、童顔会長が。


 人好きのする笑みの裏側で。


 密かに計算を、張り巡らせていると……


「……つ、つまり、アチシらが何もしなくたって、マーガレット先生は、無事だったの……?」


「当ッたり前や! うちの義家族ファミリアとオカンに手え出したクソッタレどもは、キッチリ借金を叩き返したうえで、二度とこないなアコギな真似できへんように、卒園生ワイらでボコボコにぶっ潰したるっちゅーねん!」


「うっ……あ、ああ……よかった……よかったよお……っ!」


 こうした大人たちの説明を、耳にすることで。


 ようやく恩義ある修道女の無事を。


 理解した、瞬間に。


 ぷつんと、緊張の糸が途切れてしまったのか。


 それまで頑なな態度を崩さなかった鼠人ラットマンの少女は。


 へなへなと、脱力して。


 前髪で目元が隠れた一角鬼イッカクの少女などは。


 ぐずぐずと、泣きじゃくって。


 その目元を濡らしていた。


「ジェリー……リヴ……っ!」


 一方で、そうした義妹たちの変化を察することができなかった義兄は、悔恨に表情を歪めており。


「ええんや……ええから、あとのことは全部、ワイに……オトンに、任せときい……」


 現在の彼女たちの保護者のような立場であるらしい、虎人会長は。


 道を間違えてしまった少女たちを。


 ただ優しく、抱きしめていた。


 そうした光景を、目の当たりにして……


「……っ!」


 ズズッと、豚鼻を盛大に啜って。


 目元を潤ませている、豚鬼の姿に。


(う〜ん、やっぱりここは、事件に巻き込まれたキミに、頼らざるを得ないようだね……期待してるよ、ヒビキくんっ!)


 童顔会長は。


 事態の終点を、見出したのだった。



 

【作者の呟き】


 銀狼が張り切って、力技で解決してくれたので、とくに探偵要素はありませんでしたね。


 思った以上に長くなってしまいましたが、この事件は次話で一区切りです。


 でもこれでまだ、公開試験一日目という事実……っ!

 

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