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第三章 【26】 一日目 延長戦④

〈ライト視点〉


 結論から述べると。


 盗難騒ぎの実行犯はやはり、鼠人ラットマンの少女……ジェリーであり。


 幼馴染である一角鬼イッカクの少女……オリビアは、その共犯者であった。


 そして彼女らが盗難した女性下着を、所持していたのは。


 昼休み中にも、受験生たちの間で。


 密かに話題に挙がっていたという。


 試験会場の観戦席から、女性冒険者たちに不躾な視線を注いでいた、成金趣味丸出しの鬼人(オーガン)男性であるらしく。


 彼が盗難品を所持していたところを。


 下着に染み込んだ主人の匂いを追跡した、銀狼によって。


 見事に現物所持の現場を、取り押さえるに、至ったとのことだった。


「……なるほど。つまり、事前にその男から依頼を受けていたキミたちは、午前の試験中に、犯人をなすりつける相手に指定されていたヒビキくんとの距離を詰める一方で、試験中に観戦席から獲物を物色していた男から追加の指示を受けて、昼休憩の間に、犯行に及んだというわけなんだね?」


 そうして、実行犯である少女たちが。


 昼休み中に、更衣室から盗み出して。


 指定された場所に隠しておいた、盗難品を。


 午後の試験中に観戦席を離れていた男が回収していたというのが、一連の事件の詳細であった。


 ただ彼女たちにとって、想定外だったのは。


 本来であれば、事件発覚からギルドが捜査に動き出すまでの間に。


 容疑のかけられた豚鬼に、注目が集まっている状況を利用して。


 短時間の犯行であったゆえ、処理することができなかった、自分たちに繋がる証拠品を。


 隠蔽する算段であったのだが。


 ここで運悪く……事件の発覚早々に。


 ギルド会長が、現場を通りかかることで。


 事件が想定よりも早く、大事になってしまい。


 衆目を集めることで、身動きが取れなくなったうえに。


 とくに致命的だったのは、数時間前の盗難品を追跡できるほどに優れた嗅覚を有する猟犬の存在を、彼女たちが、知らなかったことであった。


 これは奇しくも、銀狼の主人である女蛮鬼アマゾネス……オビイが。


 相棒である使役獣テイムズを、試験会場に持ち込むことができない、初日の測定試験ゲージテストに限っては。


 頼れる銀狼を、隷妹の護衛と割り切って。


 自分たちとは切り離した別行動をとっていたことが。


 図らずしも、情報を秘匿するかたちとなって。


 事件の解決に、貢献した形であった。


 ともあれ。


 途中までは、計画通りに。


 豚鬼に容疑を向(ミスリードをか)けつつ、依頼主の嗜好に一致した女性冒険者たちの下着を、盗難した少女たちであったが。


 その依頼主が、銀狼を伴った女蛮鬼によって。


 盗難品所持の現行犯で、あっさり取り押さえられてしまったことで。


 すっかり観念してしまった彼女たちは。


 この場を主導する、童顔会長……ライト・キャンドルに問われるままに。


 自分たちの罪状を、隠すことなく。


 吐露しているのであった。


(……はあ。やれやれ、どうにも後味の悪い事件だねえ)


 そうした、少女たちの供述を確認していくごとに。


 童顔会長の胸中には、無視できない『違和感』が、降り積もっていく。


(べつにこの子たちが、意図的にそれを隠している雰囲気ではないけれど……やっぱり無視するには、無理があり過ぎるよねえ……)


 こうして事件に、首を突っ込んでしまった以上は。


 いずれそれを、解明せねばならないのだろうが。


(……でもとりあえず今は、この状況にひと区切りをつけるのが、先決だよね)


 自分もそうだが。


 この場に引き留めている、受験生たちとて。


 明日以降の、用事や試験が、控えているのだ。


 いつまでもこうして、彼らの自由時間を、浪費するわけにはいかない。


 この違和感を解明していくのは、そうした諸々を。


 処理してから改めて、という形になるだろう。


(あはは。またミーアくんに、小言を言われちゃいそうだな〜)


 またひとつ、積み上がってしまった仕事に。


 辟易とした感情を抱きつつも。


「ん、事件の流れはわかったけど、それでけっきょくキミたちは、いったいなんでこんな真似をしたんだい?」


 ひとまずは目の前にある、手の届く問題……


 このような事件を引き起こした少女たちの『動機』に。


 童顔会長が着手すると。


「……そんなの、お金のために、決まっているじゃない!」


 感情が昂るあまりに。


 獣人ライカン特有の文化である、『未婚女性が用いる種族言語』を、言葉尻につけることすら忘れて。


 身体を魔封縄ロープで縛られた、鼠人ラットマンが。


 破れかぶれな様子で、叫んだ。


「金! 金! 金! 金以外に、何か理由がいるのかよ!? あの変態は、重度の下着フェチだから、指定された女たちの下着を渡すだけで、笑えるくらいのお金がもらえるはずだったんだよ! ただそれだけの話さ!」


「……それで、その罪をなすりつけるために、ヒビキくんを選んだ理由は?」


「はっ! そんなの、アチシらが知るもんか! あの男の要望だよ! あいつはある程度事前に参加者たちの情報を掴んでいたようだったから、ただ単に、そういう罪をなすりつけやすそうな豚鬼オークを指定してしただけかもしれないし、エステートの種豚だなんて二つ名に、モテない男が嫉妬したのかもしれないねえ!」


 どうしようもなく、追い詰められたことで。


 心の箍が外れてしまったのか。


 露悪的な態度をみせる、少女に向けて。


「……愚かな真似を」


 彼女の話に長耳を傾けていた監査官……ベニストン・ライターが。


 淡々と、感情を読み取らせない声音で、呟いた。


「貴方がたは、理解しておられるのですか? このような事件をしでかした以上は、此度の公開試験を辞退していただくのは当然のこと、今後の冒険者活動にも、大きな影響を及ぼしてしまいます。多少の金銭に目が眩み、将来を棒に振るこの結末を、貴方がたは想像していなかったのですか?」


「……わかったような、口を利くんじゃねえよ!」


 あくまで論理的ロジカルに。


 正論を突きつける、監査官に向かって。


「アチシらには、お金が必要だったんだ! そのための方法を、金に困ったことのないようなアンタらに、とやかく言われる必要はないね!」


 自分でもそれが、正解だとは、思っていないのであろうに。


 それでもそれを選ばざるを得なかった苦しみを滲ませながら、小柄な鼠人が、感情を吐露する。


「それに、このま試験を続けたって、どうせアチシに昇格の目は、なかったんだ! 今回は会長オヤジに無理を言って試験に出させてもらったけど、自分の器くらい、自分が一番良くわかってるよ! アチシはCランク(ここ)で、頭打ちさ!」


 だから、このまま先のない努力や投資を続けるよりも。


 目の前の手軽な報酬を選んだのだと、少女は主張する。


 そうした冒険者の慟哭が部屋に響き渡って。


 しばしの沈黙を、落としたところで……


 ……ドタドタッ、ドンッ!


 ドスドスドスッ!


 と、部屋のに繋がる廊下から。


 騒がしい足音が聴こえてきた。


 やがて。


「ジェリー! オリビア! どこにおるんやっ!?」


 扉をぶち破るほどの勢いで。


 大声を張り上げながら部屋に飛び込んできたのは、恰幅の良い袴着姿の虎人タイガラであり。


 顔に刻まれた古傷を、歪ませて。


 すっかり狼狽した様子の、虎人会長を。


 目にした瞬間に。


「お、オヤジどん!」


会長オヤジいっ!?」


「……っ!」


 彼のギルドに所属する森雄鬼タンザン鼠人ラットマン一角鬼イッカクの少女が。


 それぞれに、動揺の気配を浮かべたのだった。


「このっ、バカタレどもが! 皆さんに、なんちゅう真似を……なんちゅう……馬鹿な真似を……しくさりおってからに……っ!」


 口からは叱咤の言葉を、吐き出しつつも。


 部屋の隅に拘束されていた少女たちの姿を、目にするなり。


 瞳に涙を滲ませた虎人会長は、彼女らに近寄って。


 優しくその身体を、抱きしめていく。


「お、おやじい……っ!」


「おとっ、おとうざあああん……っ!」


「馬鹿たれ……馬鹿たれどもがあ……ガキのくせに、いらん気い回しよってからに…………おいグレイ! おまえがそばについとって、こりゃ一体どういう有様じゃあ!?」


「も、申し訳なか、オヤジどん! オラじゃリヴらば、守れんかったあ!」


「かーっ、不甲斐ない! アニキなら妹の面倒ぐらい、しっかりみたらんかい、このボケえッ!」


 そして元は、同じ孤児院の出身だというギルド関係者が。


 一団となって、湿っぽい空気に包まれていると。


「本当に……皆様方には、ご迷惑を、おかけしてしまいましたねえ……」


 虎人会長から、やや遅れて。


 静々と、最後に部屋を訪れた人物が。


 室内に拘留されていた事件の、関係者たちに向かって。


 開口一番に、そんな言葉を口にしたのだった。


「おや? 貴方は……〈静樹園〉の、シスター・マーガレットではありませんか」


 新たに部屋を訪れた、その人物に。


 童顔会長は、心当たりがあって。


「ええ、ええ、ご無沙汰しておりますねえ、キャンドル会長」


 この街に長く住む人間であれば。


 まず間違いなく、どこかで顔を合わせているであろう。


 神樹教の修道服を見にまとう、精人アルヴ修道女シスター……マーガレットに。

 

「……そちらの方は、キャンドル会長のお知り合いですか?」


 こちらは交易都市の住人では、ないために。


 彼女の素性を知る由もない、白制服の監査官……ベニストン・ライターが。


 童顔会長に、確認の意を向けてきたので。


「ああ、申し訳ありません、ライター監査官」


 想定外の登場によって。


 少しばかり、面食らってしまった童顔会長は。


 ひとまずは監査官に、彼女の紹介をすることにする。


「こちらの女性は、この交易都市で神樹教の孤児院……〈静樹園〉の運営を任されている、有名な修道女シスターなのですよ。そして僕の記憶が確かなら、彼女はそちらにいる〈護虎會バインツ・ファミリア〉の方々の、育ての親のひとりでもあったはずです」


「ご紹介に預かった、シスター・マーガレットでございます。取るに足らない、枯れた身の上ではございますが、どうか皆様、お見知り置きをしていただけると、ありがたいですねえ……」


 そのように、童顔会長からの紹介を受けた。


 種族特性から、見た目こそ二十代の後半程度に見えるものの。


 樹齢数百年にも及ぶ、古木のごとき風格の。


 静謐さと優雅さを纏った、精人アルヴ修道女シスターは。


 修道服に包まれた、細い身体を。


 年季を感じさせる、丁寧な所作で。


 深々と、折り曲げながら……


「……そしてキャンドル会長のお言葉通りに、過分ではございますが、そちらの迷える子羊たちの、母親の真似事などを行なっておりました」


 風に揺られる枝葉のように、朗々と。


 心からの、謝辞と誠意を滲ませて。


「ですので、遠路遥々ご足労してくださった監査官様、およびこの一件でご迷惑をかけてしまった皆様がたには、分不相応だとは思いますが、ひとまずは私が、心よりの謝罪を申し上げさせていただきますねえ……本当に、申し訳ございませんでした。この子たちの愚行はすべて、私の至らなさゆえ。罪に罰を求めるのであれば、どうか私にもその一端を、背負わさせてくださいませ……」


 そんな言葉を、口にしたのであった。



【作者の呟き】


 怒涛のネーム付き新キャララッシュは、ひとまずここで打ち止めですが、読者様がついてこられているか、心配ですねえ。

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