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第三章 【24】 一日目 延長戦②

〈ヒビキ視点〉


「……キャンドル、会長……っ! お、俺、本当にやっていなんです! 無実なんですよっ!」


 今度こそ、ギルド職員に連れられてきた様子の。


 自分が所属するギルドの会長マスターである、童顔会長……ライト・キャンドルの登場に。


 最後の希望に縋る豚鬼が。


 必死に、無実を訴えかけると。


「……なるほど。これが『女難』かな?」


 受験生たちが密集する更衣室を見まわしていた童顔会長が。


 ポツリと、意味不明な呟きを漏らして。


「……?」


 床に正座させられている豚鬼が。


 怪訝な表情を、浮かべるものの。


「よろしい、ではあらためて現場にいたみんなから、少しばかり、お話を聞かせてもらえるかな! いや初日の測定試験ゲージテストを終えたばかりでお疲れだとは思うんだけど、夕食代くらいは支給するからさ。もう少しだけ、事件解決のために時間を割いてくれると有り難いんだけど、大丈夫かな?」


 現場の緊迫感を打ち消すように、明るい声を放ちながら。


 居合わせた受験生たちに、対価を提示することで。


 ひとまずその場を仕切り始めた、童顔会長に。


「ちょっ、ちょっと、キャンドル会長!? 貴方、途中から割り込んできて何を勝手に仕切っているのですか!?」


 先着していた赤鬼会長……ウィッシュ・ゴールドが。


 非難の声を向けるものの。


「……あれ? というかゴールド会長こそ、何故ここに?」


 ごく自然に放たれた、童顔会長の返答によって。


「……っ!」

 

 高級背広ブランドスーツに身を包んだ、赤鬼会長は。


 ブルブルと、身体を震わせながら。


「べ、べつに……たまたま、試験に使用した施設を、巡回していただけですよ!」


 強引に、話題を断ち切るようにして。


「それよりも、そこのキミっ!」


 会話の矛先を、童顔会長をこの場に連れてきたらしい、ギルド職員へと向けたのだった。

 

「キミは〈灯火キャンドル〉じゃなくて、〈黄金うち〉の職員だろう!? どうしてこのような有事に、上司である私の判断を仰ぐことなく、厚顔にも、他所様のギルド会長マスターを頼っているのだね!?」


 そして半ば、八つ当たりのように。


 自らのギルドに所属しているらしい職員に、唾を飛ばすものの。

 

「あの、いえ、ですがその……普段であればゴールド会長は、この時間はもう、帰宅しておりますし……私もそのように、伺っておりましたので……てっきりここにいないものだと、思い込んでおりました……」


 普段からろくに、接していないのだろう。


 明らかに慣れていない、上司からの詰問に。


 すっかり狼狽してしまい、うっかり口を滑らしてしまった、部下の本音に……


「〜〜〜っ!!!」


 赤鬼会長は、ただでさえ赤みがかかった肌を。


 さらなる朱色へと、染め上げていた。


「……あっ。あのっ、ご、ごめんなさいっ! 申し訳ございませんっ!」


 遅れて自らの失言に気づき。


 慌てたギルド職員が、青ざめながら陳謝するものの。


「き、キミねえ……そもそも、会長職というものはだね――」


 怒りのあまり。


 声が震えてすらいる、赤鬼会長の言葉を。


「まあまあ、それはひとまず、横に置いておいてもいいじゃないですか、ゴールド会長」


 横手から割り込んだ、童顔会長が。


 角の立たない笑みで、強引に押し留める。

 

「というよりこれは、廊下を慌てた様子で駆けていた彼女を、僕が無理やりに捕まえて、自分から首を突っ込んでしまっただけですので、あまり彼女を責めないであげてください。むしろ他所様のギルド職員から勝手に情報を聞き出してしまい、こちらこそ申し訳ありませんでした。非礼をお詫びします」


 それから、改めて。


 明らかに非がない童顔会長から、下手に出てしまわれては……

 

「……っ、ふ、ふん! その通りですよ、キャンドル会長!」


 職員へ憤懣を残す、赤鬼会長としても。


 この場でそれ以上の追求は、できないようで。


「いかにギルド会長とはいえ、互いの領分は、きっちりと線引きしていただかねば困りますなっ!」


「ええ、ええ、しっかり反省させていただきますとも」


 微妙な空気を残しつつも。


 ようやく会長マスター同士の応酬に、一区切りがついたのだった。


(うおお……さすが大手ギルドの会長マスター同士、バチバチにやり合ってんのなあ……)


 いちおうは、この騒動の元凶であるはずなのだが。


 すっかり置いてけぼりにされている豚鬼が。


 床に正座したまま。


 そんな感想を抱いていると……

 

「……とはいえ、こうして事件を知ってしまった以上は……なによりも、〈灯火ぼく〉の冒険者(こども)たちが巻き込まれているのなら尚更に、見て見ぬ振りは出来ません。僭越ながら僕もこの事件の解決にご助力させてもらっても、よろしいですか?」


 流石に、そうした豚鬼の姿を見て。


 放置することはできないと、判断したらしい童顔会長が。


 改めて、この場への介入を申し出ると。


「……でしたら私も、話を傍聴させていただきたいのですが」


 いったいいつから、騒ぎを聞いていたのか。


 言い争いを繰り広げていたギルド会長たちの背後から。


 白制服に身を包む鉄面皮の精人アルヴが、ヌッと現れて。


「……っ、はあああっ!? ら、ライター監査官殿おっ!?」


 どうやら彼の素性を知っているらしい、赤鬼会長が。


 先ほどまで赤らめていた顔から、見る間に、血の気を引かせていた。


「ど、どうしてライター監査官殿が、このような場所に……?」


「貴方と同じく、試験会場に使った施設の見回りですよ」


 よほど地位のある、人物なのか。


 童顔会長に対するそれよりも、遥かに強張った対応をみせる、赤鬼会長に対して。

 

「それについ先ほど、現場の空気は直に感じたほうが参考になると、思い直したばかりでして……できれば参加者の皆様の様子を、陰ながらでも拝見できればと思い、この付近を散策していたのですが……まさかこのような場面に遭遇するとは、思ってもみませんでしたよ」


 監査官と呼ばれた、白制服の精人アルヴ男性は。


 内心を窺わさせない、鉄面皮のままに。


 淡々と、そうした己の状況を説明する。


「な、なるほど……それはそれは……なんとも、間の悪いことで……」


 その言葉に、すっかり顔色を青ざめさせながら。

 

 監査官と呼ぶ精人アルヴの登場に萎縮してしまっている、赤鬼会長に代わって。

 

「とはいえこのような事件が発生した以上は、どのみち監査委員会にも、報告をあげる必要がありましたからね」


 こちらは普段の態度を崩していない、童顔会長が。


 穏やかな表情を保ったまま、場の主導権を握りに動いた。

 

「であればいっそこのまま、ライター監査官にも同席してもらったほうが、手間が省けるうえに情報の精度も上がると思うのですが、いかがでしょうか?」


「ええ、私としても、それを希望します」


「……もちろん私としても、不服などありませんとも。ええ」


 そして結局。


 この場に同席しようとする童顔会長と、監査官に。


 赤鬼会長が折れるかたちで。


 どうやら責任者たちの話は、まとまったようである。


(……えっと、それで、この流れで俺はいったい、どうなっちゃうの?)


 そうした場の空気に、押し流されて。


 今や寄る辺なく、急流に翻弄される木端の心境となった豚鬼が。


 ただひたすらに困惑の表情を、浮かべるのだった。


     ⚫︎


「……なるほど。つまり皆さんの証言を整理すると、おおよそこんな感じですか」


 それから四半刻ほどかけて。


 童顔会長が、その場にいた冒険者たちから手早く聴取した情報を、統合したところ。


「まず上の階にある女子用の更衣室で、数名の女性たちが、ロッカーに保管していた自分の下着が、紛失していることに気がついた。そのためすぐに、近くにいたギルド職員を捕まえて報告したところ、一部の女性たちが、現行犯を逃さないために下の階にある男性用の更衣室に突撃して、彼らの手荷物を抑えたうえで中身を改めたところ、ヒビキくんの所有物から盗難品とされる下着の一部が見つかった……とまあ、このような流れで、おおよそ間違いないのかな?」


「え、ええ、私はそのように、聞いております……」


「……ふむ」


 導き出された、事件の展開に。


 もっとも事件の近くにいた、ギルド職員の。


 肯定を得た、童顔会長が。


 顎に手を当てて、熟考の様子を見せていた。


「ではもう、犯人は決まっているではないですか! キャンドル会長、新人とはいえ貴方のギルドの冒険者の不始末を、どうなさるおつもりですか!?」


 一方で。


 聴き取りの時間を置いたことで。


 その間に動揺から立ち直った様子の、赤鬼会長が。


 こちらはもうすっかりとヒビキを犯人だと決めつけている様子で、黙考する童顔会長に、責任を問い質すものの。


「……いや、流石にそれはお馬鹿――じゃなくて、短慮が過ぎませんかねえ、ゴールド会長」


「え? 今あなた、私を馬鹿と仰いました? 仰いましたよねえ? え?」


「空耳ですよ。そんなことよりも、ライター監査官殿は、この件、どのようにお見受けしておられますか?」


「そんなこと? えっ? ええっ!?」


 会長職という立場から。


 あまり雑に扱われることに、慣れていないのか。


 さらりと流された暴言に困惑する赤鬼会長を、相手にはせずに。


 童顔会長が水を向けると。


「……では、まず確認なのですが」


 それまで聴きに徹していた、白制服の監査官……ベニストン・ライターが。


 感情を伺わせない鉄面皮を保ったまま、口を開いた。


「どうして貴方がた女性陣は、盗難事件が発覚した直後に、男性陣のなかに犯人がいると、判断したのですか?」


 そして放たれた精人アルヴの、淡々とした問いかけに。

 

「え? えっと、それは……」


「……そういや、なんでだろ?」


「いやたしか誰かが、男たちの中に怪しいヤツがいたって言い出したんじゃなかったっけ?」


 先ほどまでの、ギルド会長たちの遣り取りから。


 彼が鬼帝国クラウンズの首都から出向してきたギルド監査官だと察した女性冒険者たちが、迂闊な発言を控え、正確な状況を思い出そうと、ざわざわとざわめいて……


「「「 …… 」」」

 

 やがて、その視線が。


 ひとりの鼠人ラットマンへと向けられた。


「そ、そうでチュよ! アチシは知っているでチュ! そこの豚鬼オークが昼休みに、コソコソと更衣室のある二階に上がっていくのを、バッチリこの目で見ていたでチュ!」


「……それは本当なのですか、ヒビキくん?」


「え、ええ、それはまあ、その通りなんですけど……」


 監査官からの確認を、肯定こそするものの。


(でも俺をそうやって呼び出したのは、あの子たちなんだよなあ……)


 ここまで話を聞いてしまえば。


 いかに察しの悪い豚鬼であっても、自分があの小柄な鼠人……ジェリーに嵌められようとしていることは、理解できている。


 となれば当然、あのとき自分を二階に呼び出していた彼女の友人……オリビアもまた、彼女の共犯者であると見て、間違いないだろう。


 現にヒビキの背嚢リュックから見つかったのは、彼女の下着であるし。


「……っ」


 先ほどから、無言で俯いたまま。


 幼馴染の発言を訂正しない、彼女の態度も。


 そうした推測の、補強材料となっている。


(……はあ。これじゃあ俺が呼び出しの件を口にしたところで、私は知りませんって、シラを切られて終わりだろうな)


 そうした諦観から。


 つい嘆息してしまう、豚鬼を前にして。


「オラあ、やっぱりテメエが、犯人じゃねえだべさ! 潔く観念して、罪ば認めっだ!」


 すかさず反応したのは。


 彼女たちの義兄を名乗る、頭布バンダナを巻いた森雄鬼タンザン……グレイであり。


「だからいちいちウゼえんだよ、ドチビが! 黙ってろッ!」


 グレイとてしっかりと筋肉のついた、身長百八十センチを超える、逞しい青年であるのだが。


 背丈が二メートルを超える巨漢の牛鬼ゴズル……タウロドンが。


 その頭上から、牽制の言葉を叩きつける。


「だいたいエステートの種豚であるアニキが、あんなジャリガキの下着なんざ、わざわざ盗む理由がねえだろうがよ!」


「あアンそりゃどういう了見だ、クソノッポ! リヴはちいっとわかりづれえが、えれえ別嬪さんだど! 目ん玉あ腐ってんのか!?」


「腐ってんのはテメエの目ン玉だろうが、女贔屓のクソ森雄鬼タンザンが! そんなに女のご機嫌取りしてえんなら、男娼館で腰降ってろ!」


「ブッ殺す! リヴと精霊様の名にかけて、クソノッポ、テメエは今すぐぶち殺すだあっ!」


「上等だクソ野ろ――あ痛あっ!」


 そして一触即発の事態に発展していた男たちの間に、割り込んで。


「いい加減にしろ、タウロドン。少し落ち着け」


 興奮する牛鬼の脹脛ふくらはぎに、蹴りを見舞うことで。


 強制的に、続く言葉を堰き止めて。


「それにお前も少し、黙ってくれ」


「……っ!」


 さらに牛鬼よりは、背丈が低いとはいえ。


 それでも自分よりも身長の高い森雄鬼を、鋭い視線で、封殺つつ。


「……ウッス、すいません、姐さん。出しゃばりました」


「いや、いい気にするな。それはヒビキのことを想っての怒りだと、理解している」


 尋常ならざる迫力で、男たちを黙らせた。


 美しき赤髪の女蛮鬼アマゾネス……オビイは。


 頭を下げる牛鬼を労いつつ。


 人垣を割って、ヒビキの元へと辿り着くと。


「なあ……ヒビキよ。何かオレに、言うことはあるか?」


 淡々と。


 感情を押し殺した声音で。

 

 そんな言葉を、口にしたのであった。


【作者の呟き】


 特級女難さん「……ひえっ!」

 

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― 新着の感想 ―
豚くんに冤罪をふっかけるなんて、 何 て 恐 ろ し い こ と を !!! ママのお怒りについて、考えただけでも寒気が… (((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブルブル
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