表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/181

第三章 【19】 一日目 昼休憩②

〈ヒビキ視点〉


「ヒビキよ。本当に、心当たりはないのか?」


「……いや、心当たりなんて、ないですヨ……?」


「アニキ……? 本当に、大丈夫なんですか……?」


「あ、ああ、問題ないって。たぶん。きっと。おそらくは」


 あくまでこちらを心配してくる、美しき女蛮鬼アマゾネス……オビイと。


 巨漢の牛鬼ゴズル……タウロドンに。


 己のちっぽけな自尊心を守るため。


 勝手に追い込まれている豚鬼オークが、心苦しさを覚えながらも、嘘をつくと。


「……そうか。ならいいのだが」


 現在ヒビキたちのいる食堂には、自分たちの他にも、衆目があるために。


 基本的に、種婿を立ててくれる花嫁は。


 これ以上、この場でことを荒立てるつもりはないようで。


 ひとまずは、言及を控えてくれたのだが。


「……」


 とはいえ、言葉では否定されても。


 あまりに不審な、種婿の態度から。


 花嫁は、何かを察しているのだろう。


「…………」


 ただ『じと……っ』と、無言のままに。


 横手から頬に突き刺さる、視線が痛い。


「……っ! ん、ちょっとトイレ、行ってくるわ!」


 そうしたオビイの圧力に、耐えられるなったわけではないが。


 視界の端で追っていた『彼女』も。


 無事に、食堂を抜け出したようなので。


 急いで弁当を胃袋に詰め込んだヒビキは、おもむろに食事をとっていた長机から立ち上がって、そんな言葉を口にした。


「お? だったらアニキ、オレもご一緒しますよ?」


「い、いやいや、いいからいいから! 今回は大きいほうだから! それに付き合わせるのは、流石に恥ずいって!」


「ちょっとヒビキ氏〜? 食事中にお下品ですよ〜?」


「顔面が下品なお前のほうが不快だピョン」


「それもうただの悪口いいいいいっ!」


 相変わらず仲の良い冒険者たちを、その場に残して。


「……ヒビキ?」


「じゃあちょっくら、行ってきまーすっ!」


 訝しむオビイの視線から、逃れるように。


 強引に食堂から離脱したヒビキは、いそいそと。


 食堂のある一階に設けられたかわや……を、通り過ぎて。


 突き当たりにある階段を上がって、階層を跨ぎ。


 二階の隅にある、人気のない部屋へと向かった。


(……おっ。ホントに開いてる。このまま中に入って、待っていればいいのかな?)


 事前に指定されていた部屋は、施錠がされておらず。


 誰もいない部屋で、手持ち無沙汰となったヒビキは。


 ひとまずは、手近な椅子に腰を下ろして。


 ぶふーと、長い息を吐き出したのだった。


(しっかし……オリビアさん、いったい何の用事なんだろ?)


 ヒビキが、身内に嘘をついてまで。


 こうして人気のない部屋に、足を運んだ理由は。


 午前中の試験で顔見知りとなった一角鬼イッカクの少女……オリビアの。


 要望ゆえであった。


(ちょっとあの場では言いにくい内容だから、昼休憩中に一人で抜け出してきて欲しいって、言われたけど……)


 こうしてわざわざ、呼び出されたとはいえ。


 流石に、その内容が。


 本日顔見知りとなったばかりの彼女が、自分なんかに好意を寄せているからだなんて、自惚れるほどに。


 色呆けはしていないと、ヒビキは自負している。


 むしろそうした『好意』の感情は。


 女蛮鬼の森里では、四六時中浴びせられていたために。


 たとえどれだけ、上部を取り繕うとも。


 あのときオリビアの抱いていた感情が、そういった類のものではないと、直感的に判断できていたのだ。


 そう、あれはもっと、切実で。


 大切なものを、守るために。


 覚悟を決めた、決意の表情だった。


 だからこそヒビキはほとんど初対面である彼女の申し出を、断ることができずに。


 こうして言われるがまま、空き部屋へと足を運んでみたのだが……


(……来ねえな)


 五分ほどが経過しても。


 待ち人が訪れる気配がない。


(もしかして入れ違った? いやでもちゃんと、オリビアさんがジェリーさんと一緒に、食堂を出るのを確認してから、すぐに俺も後追いしたわけだし……だとしたら、入る部屋を間違っちまったとか?)


 一度、疑念を抱いてしまえば。


 答えを持ち合わせない不安は、見る間に膨れ上がっていく。


 このまま、自分はここにいていいのか。


 他の部屋も確認したほうがいいのか。

 

 そもそも昼休憩は有限なのだから、身内から怪しまれる前に、もう食堂へ戻ったほうがいいのではないのか。


(あともう五分だけ待ってみて……来なかったら、悪いけど今回は諦めてもらおうか)


 実際に時間を割いて、いちおうの義理は果たしたのだから。


 たとえこちらに何かの手違いがあったのだとしても、それはもう、納得してもらうしかない。


 そう自分に言い聞かせて。


 豚鬼はさらに五分ほど、部屋に居残ったのだが……


 結局、そのあとも。


 待ち人が部屋を訪れることは、なかった。


     ⚫︎


「ご、ごめんなさい! わ、わたしのほうに、急に、用事が入っちゃって……っ!」


 その後、定刻となり再び組み分け(グループ)別に移動した、本日最後の試験会場にて。


 一角鬼の少女は、ヒビキと顔を合わせるなり。


 開口一番に、頭を下げてきた。


「あ、ああ、なんだ、そういうことですか」


 如何に、謝罪をされたとはいえ。


 実際に、時間を消費して。


 それを無駄にされ。


 そのうえこちらに、落ち度がなかったともなれば。


 否応なく、不満の感情を抱いてしまうのが。


 人間というものである。


 それはヒビキとて、例外ではない。


(……でもなあ。本当に用事ができちまったんなら、ま、仕方ねえか)


 とはいえ予定とは、往々にして。


 予想外の事態に、見舞われるものであるし。


 少なくとも彼女はこうして、謝罪の意を示しているのだから。


 それ以上の責任を求めるのは、ヒビキの倫理観としては、過剰に分類される行動である。


 よって。


「……まあ、そういうこともありますよね。それより問題のほうは、大丈夫なんですか?」


「え? あ、はい……そ、そっちも、何とか、なりました……」


「そうですか。それなら良かったです」


 今世の見た目よりも、ずっと精神年齢が大人である豚鬼が。


 自分の半分ほどしか生きていないであろう少女に、寛容な態度を見せると。


 それをどう受け止めたのか。


「……っ!」

 

 額から伸びる一本角を、避けるようにして垂れた。


 長い前髪に隠れている、少女の瞳が。


 大きく、揺らいで。


「あ、あのっ! その、え、えっと、その……」


「……ん? どうか、しましたか?」


「えと、その、ですね……」


「……?」


 やけに狼狽したの様子を見せる少女に。


 意味のわからない豚鬼が、じっと答えを待っていると。


「…………そ、その、じつは、わたし――」


「――リズ、いつまでグズついてるでチュか?」


 ふたりの間に、割り込んできたのは。


 彼女の幼馴染である、鼠人ラットマン……ジェリーであった。


「もうすぐ試験の順番が回ってくるでチュよ? ちゃんと持ち場につかないと、減点されちゃうでチュ!」


「あっ……ちょ、ちょっと待って、ジェリーちゃん……っ」


 いまだに躊躇う様子を見せる鬼人少女の背中を。


 グイグイと、小柄な少女が強引に押しながら。


「待たないでチュ。もうアチシらは、進むしかないっチュよ」


「……っ!」

 

「そういうことなのでヒビキくん、バイバイだチュ〜っ!」


「え、ええ。お互いに、後半も頑張りましょう」 


 遠ざかってく少女たちの背中に。


 豚鬼が、声をかけると。


「……っ! うん、ごめん、ごめんね、ヒビキくん……っ!」


 相変わらず、目元は前髪に隠れたまま。


 振り返ったオリビアが、そんな言葉を口にしたのだった。


(……ん。なんか妙に、申し訳なそうにしてたけど……)


 最後までこちらに頭を下げていた少女の態度に。


 後ろ髪は、引かれるものの。


 自分とて、このあと試験があるのだし。


 そうやって彼女たちばかりに、構っているわけにもいかない。


 仕方がないと、割り切って。


 ヒビキは気持ちを切り替えた。


(……あと、いねえな。例のゲス野郎。何個が空席あるから、トイレにでも行ってんのか?)


 だが、それはそれとして。


 大事な花嫁にちょっかいをかけた不届者の、顔くらいは覚えておこうと。


 試験会場を見渡せる位置に設けられた、特別観戦席に、視線を走らせる豚鬼であるが。


 残念ながらそれらしい人物を、見つけることはできなかった。


(まあいいや。そのうち戻ってくるだろうし、ひとまずは目の前の魔術スペル測定に、集中するか!)


 こうしてやや、消化不良な気持ちを抱えつつも。


 豚鬼は本日最後の、測定試験に。


 集中していくのであった。


【作者の呟き】


 シリアスさん「……お? おおっ?」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ