表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/63

最終話 始まりの朝

 朝の淡い光が窓から差し込み、わたし――フェリシア・アッシュフォードの瞼をゆっくりとこじ開ける。かすかな夢の名残が意識をくすぐっていたが、次第に「現実」へと引き戻された。ふわりと薫る花の香りは、昨日の結婚式でたくさん贈られたブーケのものだろう。新婚の部屋には、祝いの花や贈り物がまだ整理されないままに並んでいる。


 わたしはベッドの上で軽く体を伸ばし、やわらかなシーツの感触を楽しんだ。完全に慣れきらない子爵家の寝室――そう、この部屋は今わたしの「新しい家」なのだ。見慣れた公爵邸の調度品はここにはほとんどなく、昨日までと空気がまるで違う。でも、なぜか不思議な安心感がある。


 横を振り返ると、彼――ユリウス・アッシュフォードが、すでにわたしより少し早く起きていたらしく、椅子に腰掛けて新聞を読んでいる。わたしが身動きした気配に気づくと、朗らかな笑みを浮かべた。


「おはよう、フェリシア。よく眠れた?」

「ん……おはよう、ユリウス。ええ、とても……まだちょっと不思議な感じだけど、ぐっすり眠れたわ」


 わたしは髪を整えながら、彼の隣へゆっくり歩く。まだドレスでも何でもない、簡素な部屋着の自分の姿に、一瞬だけ気恥ずかしさを覚える。それでも、こうして肩の力を抜いて話せるのが、新婚生活の醍醐味なのだろう。


 ユリウスは書類をそっとテーブルに置き、わたしの両手をとる。


「昨日、あれだけ盛大に祝福されて……今日はちゃんと疲れがとれたかな。無理していない?」

「大丈夫よ。父様と母様も、ハンナも、みんなが気を遣ってくれたし。……それに、あなたがそばにいるから安心できて、ほんとにぐっすり眠れちゃった」


 わたしがそう言うと、ユリウスはどこか照れくさそうに「そっか」と笑う。昨日までは「結婚式」という一大イベントを成功させるために緊張しっぱなしだったが、それが終わってほっと一息つけるのは、わたしたち二人とも同じらしい。


 ドアをノックする音がして、侍女ハンナが遠慮がちに姿を見せる。


「失礼します、フェリシア様、いえ……アッシュフォード夫人。朝食の用意が整いましたので、お部屋か食堂か、どちらにお運びしましょうか?」

「ハンナ、そんなにかしこまらないで。わたしは変わらずフェリシアでいいわ。わたしとユリウスは簡単に済ませるつもりだから、食堂でお願いね」

「かしこまりました。何かご要望ございましたら、お申しつけください」


 そう言ってハンナは微笑むと、先に下がっていく。わたしはバタバタと慌ただしい新婚生活をイメージしていたけれど、こうして落ち着いた朝を迎えられるのは幸運かもしれない。


 ユリウスがそっとわたしの手を引いて立ち上がる。わずかに触れ合う指先が、昨日の誓いを思い出させてくれる。


「ねえ、これからわたしたちで、新しい未来を作っていきましょう」


 わたしは彼と目を合わせ、静かに伝える。結婚式という大イベントは終わったが、ここからが本当の始まり。公爵家と子爵家の結びつきの中で、新たな歴史を刻まなくてはならない。ユリウスはわずかな苦笑を浮かべつつ、大きくうなずいた。


「もちろん。子爵家として、公爵家の面々にも胸を張れるように、俺も努力を続けるよ。でも、それが苦じゃないのは、君が一緒だからだろうな。ありがとう、フェリシア」

「わたしこそ、あなたが一緒だから、何だって頑張れるわ。これから先、何があっても、一緒に乗り越えましょう」

「うん。一緒に笑い合って、支え合って、新しい時代を作っていこう」


 わたしの耳元にユリウスの低い声が心地よく響き、思わず胸がときめく。まるで昨日の感動を抱えたまま、次なる日々へと進み出す気分だ。ドレスやタキシードに身を包まない、普段着の姿なのに、すでに世界が薔薇色に染まっているように感じる。


「それにしても、ここからが本番ね。わたし、少しは子爵夫人としての務めを果たせるかしら」

「大丈夫。公爵家で培った令嬢としての才覚が役立つはずさ。俺だって、君の知識や経験を借りて、この家をもっと良い方向に導きたいと思ってる」

「ふふ、それなら楽しみだわ。さっそく、今日から子爵家の使用人たちに挨拶して……いろいろ整理しなくちゃね」


 そんなささやかな夫婦会話こそ、わたしが心から望んでいた幸福だ。派手な夜会での愛の宣言や断罪の事件はもう過去になり、いまはただ静かに二人の暮らしを築いていく未来だけがここにある。


 ユリウスが手を伸ばし、窓を開く。外は雲ひとつない青空が広がり、陽光が部屋の中を明るく照らす。わたしはその光のまぶしさに思わず目を細めた。


「いい天気ね……。まるでわたしたちの門出を祝福してくれてるみたい」

「そうだな。晴れ渡る空を見てると、なんだか気持ちが引き締まるね。これから先、楽しみがいっぱいだ」

「うん。わたし、あなたと一緒ならどこへでも行ける。これからも末永くよろしくお願いします」

「こちらこそ、アッシュフォード夫人」


 最後の言葉に、わたしはくすっと笑いながら恥じらいを見せる。自分が「夫人」と呼ばれる日が来るなんて、少し前までは夢にも思わなかったからだ。けれど今、その言葉が誇らしく胸に響いてくる。


「じゃあ、朝食に行きましょうか。ハンナが待ってる。わたし、おなか空いちゃった」

「はは、そうだね。じゃあ食堂へ行こう。新婚最初の朝食だな。なんだか変な気分だけど、嬉しいなあ」

「ふふ、本当にね」


 軽やかに笑い合いながら、わたしたちは部屋を出る。子爵家の廊下を歩く一歩一歩が、昨日までは他所の家のように思えた場所を、今は自分の「新しい家」だと感じさせてくれる。この家でユリウスと暮らし、いつか子どもを授かり、家族になっていくのだろう。


 そう想像すると、胸に温かな光が満ちてくる。まだ公爵令嬢としての習慣が抜けない部分もあるけれど、ユリウスと一緒なら問題ない。いずれ子爵家もわたしに馴染んでくれるし、わたしもこの家の一員として活躍してみせる。


 遠くからハンナが「お二人様、こちらです」と声をかけ、わたしとユリウスは微笑み合って歩みを進める。そして――



 ――その日から、フェリシアはアッシュフォード家の一員となり、ユリウスと肩を寄せ合いながら新しい人生を踏み出した。


 かつては混乱や絶望に呑み込まれそうだった二人だが、今はどんな困難が立ちふさがっても、もう振り返ることはない。胸の奥で熱く脈打つのは、互いを救い合い、支え合ってきた数えきれぬ日々の結晶。


 フェリシアのまなざしがユリウスと交わるたび、愛しさが込み上げ、視界が涙でにじむほどの喜びに包まれる。指先を重ねれば、そのかすかな温もりが何よりも愛おしく、全身を優しい希望で満たしてくれる。かつての痛みも、苦難も、いまや二人を結びつける固い絆の証。


 それでも人生は続いていく。この先にある笑いと涙、ほんの少しの不安さえ、二人でいれば乗り越えられる。フェリシアはユリウスの手をぎゅっと握りしめ、心の底からそう思う。いくつもの夜と朝を迎えながら、二人はずっと隣で、声を重ね、笑顔を交わし合いながら歩んでいくのだと――。


 そうして彼らは、限りない幸せを確信しながら、穏やかな未来へ足を踏み出す。心に刻み続けた想いが、虹色にきらめく光となって、いつまでも二人を照らし出しているかのように。


(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ