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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第59話 二人だけの誓い

 盛大な祝福の喧騒が一段落し、会場のあちこちで笑い声や談笑が響いていた。花びらのように軽やかな音楽が流れ、人々は次々と夜会の華やぎを楽しんでいる。


 そんな中、わたし――フェリシア・ローゼンハイムは、会場の片隅に足を運んでいた。メインフロアの中央が人で埋め尽くされるほどの盛況ぶりに、少し息苦しさを感じたからだ。そして、わたしと同じように静かな空気を求めた人がもう一人いる。ユリウス・アッシュフォードだ。


「フェリシア……ここ、やっぱり落ち着くね。さっきは皆の前で堂々と立ち尽くすのに、緊張したよ」


 彼は軽く微笑みながら、先ほどまでの大騒ぎの空気を思い出すように肩をすくめた。わたしは思わず息をついて、胸をなでおろす。


 メインフロアから少し離れたこの場所は、晩餐用のテーブルが並ぶコーナーの陰に位置し、人目がやや届きにくい。そこにわたしたち二人だけがしばし腰をおろしている形だ。隣には薄手のカーテンが揺れ、シャンデリアの光が控えめに届いていた。


「ユリウス、わたしも緊張したわ。あんなにたくさんの人の前で、正式に婚約を認められて……正直、まだ夢みたいで」

「うん、俺もそう。今まで苦しみや不安ばかりだったけど、いまは嬉しさが大きすぎて胸が苦しいくらいだよ」


 ユリウスはそう言って、わずかに照れくさそうに笑う。その瞳には、まだ少し傷の痛みをこらえる色が見えるが、心は満たされているのがわかる。実際、先ほどの大舞台で「婚約を承認する」と宣言されたときの感動は、わたしも今なお胸の奥で熱く脈打っていた。


 わたしはそっとドレスの裾を整え、ユリウスの顔を見つめる。長かったすれ違いと、コーデリアの陰謀、そして夜会の惨劇を乗り越え、やっとわたしたちは堂々と並び立てるようになった。その事実がまるで宝石のように輝いている。


「……ねえ、ユリウス。もう一度、わたしに教えて。あなたはいつからそんなにわたしを想ってくれてたの?」


 正面からそんなことを聞くなんて、少し気恥ずかしくはある。でも、今のわたしはもう隠し立てをするつもりはない。ユリウスも一瞬だけ戸惑ったように視線をそらし、しかしすぐに柔らかい声で答えた。


「いつから……正確には覚えてないくらい、ずっと昔からかもしれない。幼少の頃、まだ君が王太子妃の教育を受ける前から、俺は君の賢さや優しさに惹かれてたんだ。けれど立場の違いがあって、遠くから見守るだけだった」

「そうだったんだ……でも、わたしはずっとそれに気づかなくて、むしろあなたを突き放すような態度ばかり取ってしまってたよね」

「仕方ないよ。君は公爵令嬢で、しかも王太子殿下の婚約者になるはずだった。俺みたいな子爵家の息子がそばに寄り添うなんて、普通ならありえない話だし。――それでも、君を見守っていられるだけでよかったんだ」


 ユリウスが真摯に微笑むのを見て、胸が切なくも温かくなる。わたしは自分の傍で、ずっと彼が寄り添ってくれていた事実を何度も思い返し、後悔することも多かった。しかし今、もう悔やまない。彼が傷を負ってまで守ってくれたから、わたしは立ち直ることができた。


 思わず感情があふれそうになって、わたしは瞳を潤ませながらささやく。


「わたし、あなたを断罪されたあの日、心のどこかで『助けてほしい』って思ってたのに、あなたに素直になれなくて……。今さらだけど、本当にごめんなさい」

「謝らなくてもいいさ。あれは君に選択肢なんてほとんどなかったんだろう。コーデリアの策略もあったし、王太子殿下の断罪も重くのしかかっていた」

「ええ、でも、それでもあなたをもっと信頼できていればよかったと……何度も思ったの。だから、こうしてあなたの言葉を聞くと、嬉しくてたまらないわ」


 わたしたちは声をひそめつつ、楽しげな夜会のざわめきを背景に言葉を交わす。誰もわたしたちのことを邪魔しにこないのは、王太子や公爵夫妻が気を遣ってくれているのだろう。この片隅だけが、まるで別世界のように静かな泡に包まれた空間になっていた。


 ユリウスは笑みを深め、そして小さな声で告白を続ける。


「フェリシア……さっきの壇上でも言えなかったけれど、君のことを本当に愛してる。ずっと昔から、大切で仕方なかったんだ。俺がコーデリアに刺されても後悔しなかったのは、君が生きていてくれれば俺はそれでいいって思えたから」

「……やだ、そんなの、また怖いこと言わないで。あなたが死んじゃったら、わたしはどうなってたかわからない……。もう二度と、あなたを失うなんていや……!」


 胸が締めつけられるように痛み、わたしはユリウスの腕にすがるように身を寄せた。彼もまた、自分の体温を伝えるようにわたしの手を包み込み、優しく微笑む。


「ごめん。でも、そう思うくらい君を愛してるってこと。今はもう怖がらなくていいよ。俺は生き延びて、ここにいる。君も幸せになれるなら、どんな代償だって払う。――今はもう、代償じゃなくて、共に未来を勝ち取るだけだけどね」

「うん……。わたしも愛してる、ユリウス。あなたが怪我を負って倒れたとき、本当に世界が崩れ落ちると思った。だから、こうして一緒に夜会に出られて、婚約まで認められるなんて……もう涙が止まらないくらい嬉しいの」


 そう言いながらも、わたしの頬には確かに涙がこぼれている。しかし、それは悲しみの涙ではない。大切な人を取り戻し、堂々と一緒に未来へ歩むことを許された幸福の涙だ。


 ユリウスは苦笑しながら、そっとその涙を指先で拭おうとする。まだ深い傷の名残で腕を動かすのに苦労しているのがわかり、わたしが代わりにハンカチで涙を拭う。


「ユリウス、まだ無理しちゃだめ……。ちゃんと治して、わたしと並んで歩くためにも……焦らずにね」

「そうだね。君と結婚式を挙げるときには、しっかり体を治して、ちゃんとリードできる男にならないとな。――……あ、結婚式って……まだ正式には決まってないのか」


 ユリウスは照れるように言葉を切り、わたしは声を上げて笑ってしまう。だって、さっきまであんな大舞台で正式婚約を宣言されたばかり。もう結婚式の話なんて早すぎるかもしれないけれど、想像するだけで胸がときめくのも事実だ。


「でも、そんなに先の話じゃないかもしれないわ。父様と母様も承認してくれたし、周りの貴族の目も、王太子殿下が後押ししてくれるなら……あまり恐れる必要もなくなる。わたしたち、やっとスタート地点に立ったんだもの」

「スタート地点か……そうだな。本当に、ここから先が二人の新しい始まりなんだ。これから色んな困難や責務もあるだろうけど、君が隣にいてくれるなら、俺は怖くない」

「わたしもよ、ユリウス。もう一度言わせて。――あなたを愛している。どんなときも、あなたを支えたい」


 わたしがそう伝えると、ユリウスは何よりも嬉しそうな笑みを浮かべ、そっと抱き寄せてくれた。激しい抱擁ではなく、傷を考慮した優しい仕草。それでも十分に伝わる。彼の体温がわたしのドレスを通して染みわたり、心に安心をもたらす。


「俺も……本当に愛してる、フェリシア。死にかけたとき、頭に浮かんだのは君の笑顔だった。君を残してなんか、死ねるわけないと思ったよ」

「ねえ、そういうことはもう言わないで……。あなたが命を懸けて守ってくれたのはわかった。でも、今度はわたしがあなたを守る番よ。二人で幸せにならないと、損じゃない?」

「はは……確かに損だ。君と一緒に生きるためなら、俺、なんだってやるさ」


 わずかに静寂が訪れ、周囲の音楽と人々のざわめきが遠く聞こえる。いつの間にか二人きりでひそやかに抱き合うような形になっているが、誰も邪魔をしない。いや、むしろ夜会で正式に婚約が承認された二人が少し寄り添っているだけなのだから、自然な光景として受け入れられているのだ。


 わたしは腕をほどき、ユリウスの瞳を見つめた。お互いがしっかり向き合い、微笑み合う。一度失いかけた命と愛が、今ここに確かにあるのを感じられて胸がいっぱいになる。


「……さ、戻りましょうか。きっとまた、みんながわたしたちに祝福の言葉をかけてくれるわ。まだまだお礼も言い足りないもの」

「そうだな。王太子殿下にも改めて感謝しなくちゃ。殿下が全てを取り(つくろ)ったわけじゃないにしても、少なくとも大きな後押しをしてくれたんだ」

「ええ。父様と母様も同じ。今はきっと、わたしたちの姿を見守ってくれてるのよ。二人がどうやって幸せをつかむのか、見届けたいって思ってくれてるんじゃないかな」

「それなら、恥ずかしい姿は見せられないな。よし、フェリシア、行こうか。……さっきよりは落ち着いた?」

「うん、あなたと話せて、しっかり安心できた。ありがとう」


 わたしはユリウスの手を取り、笑顔を交わしてからゆっくりと人々が集まるエリアへ歩き出す。わずかな時間だったが、この片隅でのひとときは愛を再確認する甘い時間だった。これだけでも十分幸せだが、わたしたちにはさらに多くの祝福が待っているのだから、もう何も恐れるものはない。


 ユリウスの背中に寄り添いながら、わたしはかすかに目頭を熱くさせる。苦難を乗り越えた末の、堂々たる婚約。愛しい人と共に幸せをかみしめる今宵を、永遠に忘れないだろう。


「ユリウス……ずっと愛してる。これからも、よろしくね」

「俺も、ずっと愛してる。フェリシアがいてくれれば、何も怖くない。……行こう、みんなのところへ」


 わたしたちは再び人々が集う会場の中心に戻る。周りには笑顔を向ける貴族たちの姿――わたしとユリウスが歩み寄るたびに「おめでとう」「末永くお幸せに」と声が上がる。二人で微笑みながら応えるのが、これほど胸躍ることだなんて、予想もしていなかった。


 そうして夜会の隅からふたたび光の中へと進むとき、わたしはユリウスとしっかり手を繋いでいる。もう誰もわたしたちを引き離すことはできない――そう確信する穏やかな夜が、彩り豊かにわたしたちを包むのだった。

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