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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第56話 説得

 王宮からほど近い場所にそびえる公爵邸。その堂々たる門をくぐり、広々とした庭園を抜けた先には、要人をもてなすための華やかなエントランスがある。アルフォンス・エーデルシュタイン――この国の王太子である彼は、侍従や近衛の少人数を連れて、その公爵邸の玄関ホールへと足を踏み入れた。


 今回の訪問は、事前に公爵夫妻へ通告済みだ。だが、先日まで「コーデリアによる陰謀」で散々な思いを味わった公爵家が、わざわざ王太子をどう迎えるのか、アルフォンス自身も少なからず胸の内に緊張を抱いていた。何しろ、かつて彼はこの邸の令嬢フェリシアを断罪してしまったという、取り返しのつかない過ちを背負っている。


 玄関先で出迎えに立った侍従が先導し、アルフォンスは落ち着いた色調の応接室へと通される。部屋の中央には、レオポルド公爵とエレオノーラ公爵夫人が控えていた。どちらも表情は硬く、だが礼儀を欠くことなく、王太子を丁重に迎えている。


「殿下、ようこそわが邸へ。お忙しいところ、わざわざお越しいただき恐縮です」


 レオポルド公爵がまず口火を切る。低く抑えた声には、面立ちに相応しい威厳と、どこか疑念がにじんでいるのをアルフォンスは感じ取った。かつてなら、彼は「公爵家の令嬢を将来の妃に迎える側」として堂々と振る舞えただろう。だが今は違う。自分が犯した過ちを自覚するからこそ、この場は謙虚な態度で臨む必要があると、アルフォンスは心に刻んでいる。


 ソファに腰を下ろすよう勧められ、アルフォンスは「ありがとうございます」と静かに礼を述べて腰かける。エレオノーラ夫人も近くに座り、夫妻の視線は王太子に集中した。少し遅れて侍女が紅茶を運んできたが、今は雰囲気が張り詰め、誰も口にしようとはしない。


「突然の訪問、無礼を承知しております。ですが、公爵様、そして公爵夫人に直接お伝えしたいことがありまして」


 先に言葉を切ったのはアルフォンスだった。いつもの飄々とした気配や貴公子然とした雰囲気はどこか影を潜め、真摯な面持ちで二人を見つめる。その表情に、公爵と夫人も態度を崩さずに耳を傾ける。


 アルフォンスは一度深く息を吸い、いっそう落ち着いた口調で話を続ける。


「まずは、フェリシア嬢が先日の夜会で多大な苦痛を味わう原因となったこと、そしてユリウス・アッシュフォードが負傷する結果を招いたこと――これらの責任は、私にもあると痛感しております。改めてお詫びを申し上げます」


 彼の低く通る声が応接室に響く。レオポルド公爵はわずかに視線を伏せ、エレオノーラ夫人も落ち着かない様子で、しかし王太子に正面から向き合っていた。


「殿下……娘の無実を信じきれず、あのように断罪した過去について、わたしたちも胸を痛めております。ですが、それを殿下ご自身が認め、こうして詫びてくださるとは……」


 公爵がつぶやくと、エレオノーラ夫人も小さくうなずく。その声にアルフォンスは苦い表情を浮かべるが、すぐに持ち直すように口を開く。


「名誉が回復されたからといって、あのときの苦痛が消えるわけではないでしょう。それでも、コーデリアの陰謀を暴いたフェリシア嬢とユリウスは、結果的に国全体の混乱を防ぎ、王家の威厳を保つことにも寄与してくださいました。――私はその功績を、この国として正式に称えたいのです」

「正式に、称える……ですか」


 レオポルド公爵が繰り返す。声は静かだが、慎重に言葉の意味を探る響きがある。アルフォンスはうなずき、再び視線を交差させる。


「ええ。先日の夜会の惨劇は、あまり外部に派手に広められない事情もありますが、それでも『フェリシア嬢とユリウスがコーデリアの陰謀を阻止した』という事実は動かない。もしここで『断罪された公爵令嬢が逆転した』などと曖昧(あいまい)な形で終わらせれば、あの二人の真価が正しく認められずにしまうでしょう」

「それは確かに……とはいえ、わたしたちも、娘が勝手に命を張る真似をしてしまったので、まだ気持ちの整理がつかないのが正直なところです。ユリウス・アッシュフォードのほうも、大怪我を負いましたし……」


 エレオノーラ夫人が切なげに口を挟む。愛する娘の危機を見ていた両親にとって、安易に「よくやった」と喝采を送れる話ではないのだ。しかしアルフォンスは頭を下げ、なおも冷静に言葉を選んだ。


「もちろん、ユリウスもフェリシア嬢も、命がけでした。しかし、その犠牲によりコーデリアの策謀は断たれ、貴族社会や王家の大きな破壊を免れた。だからこそ、私は王家の意志として、改めて二人を評価し、公爵家にもそれを示したいと思っています」

「…………」


 レオポルド公爵はしばらく沈黙し、エレオノーラ夫人のほうを見る。夫人も何か考え込むように目を伏せ、やがて意を決したように口を開く。


「殿下は、フェリシアとユリウスを『公に評価する』ことで、何を狙っていらっしゃるのかしら? わたしたちから見れば、娘は公爵令嬢、ユリウス様は子爵の息子――身分差は歴然です。それを無視して仲良く過ごすのは容易ではありません」


 夫人の問いかけに、アルフォンスは表情をわずかに和らげる。予想どおりの反応だ。二人はフェリシアがユリウスを愛しているのを知りながら、そこに横たわる身分差の壁がいかに高いかを思い悩んでいる。


「お二人はまだ、フェリシア嬢とユリウスが本気で結ばれることに抵抗をお持ちだと承知しています。しかし、もし二人が『公爵家と子爵家』という差を埋めるだけの成果や実績を積むならば、少し見方が変わるのではありませんか?」

「…………」

「私の立場から申し上げるなら、ユリウスは公爵令嬢の相手としてふさわしくなる可能性を秘めた人物です。命を張ってフェリシア嬢を守った、あの勇敢な姿勢が何よりの証拠でしょう。しかも、彼は決して(おご)らず、誠実に行動している。――私は、そんな彼を王家として支援したいと思っているのです」


 アルフォンスの言葉に、レオポルド公爵は再び腕を組んだまま唸る。エレオノーラ夫人も息を呑むようにして、王太子の面差しを見つめる。


「殿下がそこまで仰るのだから……もはや、わたしたちは娘の意志を無視はできません。しかし、いきなり『結婚を許す』とまではいかないのはご理解いただけると思います」

「もちろんです。私もすぐに婚約を結ぶことを強要するつもりはありません。ただ、お二人には『ユリウスを身分だけで判断しないでいただきたい』というのが、今日のお願いです。王家の推挙があれば、彼が公爵家へ近づく道が多少なりとも拓けるかもしれません」

「……なるほど」


 レオポルド公爵は微妙な表情を浮かべながらも、王太子の真意をしかと受け止めた。実際、貴族社会においては、王家からの後押しがあるか否かで周囲の反応が大きく変わる。フェリシアとユリウスが自分たちの意志で努力を続けるとしても、完全に独力での突破は厳しい――そこをアルフォンスが補おうというわけだ。


「フェリシアとユリウスがこれからどうなるか、わたしたちにもわかりません。ですが、あの二人が互いに想い合っているのも確か。……殿下からそこまで助力いただけるというなら、今後の展開次第では可能性を否定できないでしょう」


 そうつぶやくレオポルド公爵の横で、エレオノーラ夫人も控えめに微笑を見せた。


「わたしは娘を愛しています。もしユリウス様が本当に公爵家に相応しい地位や振る舞いを身につけ、フェリシアを幸せにしてくれるなら、反対し続ける理由はないのかもしれません……」

「ありがとうございます。お二人が完全に承諾するには時間がかかるでしょうが、私はその時間をフェリシア嬢とユリウスが使って『本当にふさわしい関係』となるよう育んでほしいと思っています。私が口出しできることでもありませんが、どうか、道を閉ざさないでやってください」


 アルフォンスは頭を下げる。その姿に、公爵夫妻の表情が少し緩みを帯びる。エレオノーラ夫人は「あの夜会でのごたごたが嘘のようですわね……」とつぶやき、レオポルド公爵は「本当にな」と苦笑めかして相槌を打った。


 こうして、王太子が自ら足を運び、「フェリシアとユリウスを支援したい」と宣言したことで、公爵家側も二人の交際を頭ごなしには否定できなくなった。依然として慎重姿勢は崩してはいないものの、少なくとも「絶対に許さない」という態度ではなくなったように見える。


 やがて、エレオノーラ夫人が「あの子の未来を考える上で、大きなきっかけをいただきました」と微笑み、アルフォンスは静かに深く礼をする。


「コーデリアの事件で多くを失いましたが、あの事件があったからこそ、フェリシア嬢とユリウスは真価を発揮し、今こうして新しい道が見え始めているのかもしれません。……不思議な巡り合わせです」

「殿下がお越しくださらなければ、わたしたち夫婦もまだ頑固なままだったでしょう。ありがとうございます。フェリシアにも、あなたが仰ったことを伝えましょう」


 レオポルド公爵がやわらかな笑みを浮かべる。アルフォンスはその表情にほっと息をつき、最後にもう一度深く頭を下げた。


「フェリシア嬢にお会いする機会もあると思いますが、そのときはわたしも改めて謝罪させていただきたい。この国の王太子として、彼女の力になれるなら幸いです。それでは、今日はこれで失礼いたします」


 そう言って立ち上がるアルフォンスを、公爵夫妻は同じく立ち上がって見送る。扉が開き、アルフォンスが従者とともに応接室を出ていくとき、夫妻は複雑な表情ながらも、どこか穏やかな雰囲気を漂わせていた。


 こうして、王太子自らの説得は、確かな成果をもたらした。公爵家が完全に折れたわけではないが、少なくともフェリシアとユリウスの未来を閉ざすような厳格な態度ではなくなったのだ。貴族社会の大きな壁が、ゆっくりと、その硬さを緩め始めている。


 邸を後にする馬車に揺られながら、アルフォンスは窓の外の景色をぼんやりと見つめる。かつての自分は、フェリシアを信じきれず、コーデリアの虚偽に翻弄されていた。だが今こそ、自らの弱さを認め、彼女の幸せを応援することで、その罪を少しでも償いたいと思っている。


(フェリシア、そしてユリウス……。この国の慣習も、身分の差も、何とか乗り越えてほしい。王太子である私にできることは、もう全部やるつもりだ)


 アルフォンスは胸中でそう強く誓う。王家の威信を高めるためにも、彼女らが健全に評価され、幸せを得られる状況こそが望ましい。


 今はまだ障害が残っていても、アルフォンスの説得によって公爵夫妻が心を動かされたのは、確かな一歩だった。その先に待つのは、ユリウスの努力とフェリシア自身の意志が試される場面かもしれない。だが、王太子がこうして直接動く以上、貴族社会の古い慣習も少しずつ変化していくだろう。


 馬車がゆるやかに加速し、邸の正門を抜ける。アルフォンスは視線を落とし、わずかに苦い笑みを浮かべた。自らの過ちを清算するには、まだやるべきことが山積みだ。しかし、その一端をきちんと果たしてみせる。それが自分なりの贖罪であり、フェリシアとユリウスの愛を守るための責務だと思っている。


 どこまでも広がる青空を見上げながら、アルフォンスは心の中で言葉なき誓いを立てるのだった。今度こそ間違えず、あの二人を支えられるように――そして、この国を動かす一人の王太子として成長していくために。

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