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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第50話 揺るぎない想い

 朝焼けがほのかに差し込み始める頃、王宮の傷病棟はようやく落ち着きを取り戻していた。夜明け前にばたばたと医師や看護師が駆け回っていたのも、ユリウスが奇跡的に目を覚ましたからだ。検査や応急的な処置も一段落し、今はとりあえず「大きな山は越えた」と宣言されたところ。


 その安堵の知らせを耳にしながらも、わたしはまだ胸の奥がどきどきしている。彼が目を開いてくれたときの衝撃が、いまだ消えないからだ。あの瞬間が夢ではなく現実だと、こうして彼の息づかいを感じるたびに強く実感している。


「……苦しくない? 本当に大丈夫なの?」


 わたしはベッドの横に置かれた椅子へ腰を下ろし、ユリウスの顔を見つめる。彼は上半身を少しだけ起こしてクッションに寄りかかり、すこし息を切らしていた。胸の傷の痛みや体力の消耗は相当なはず。それでも、その瞳には意識がはっきりと宿っているのがわかる。


「うん……少し息苦しいけれど、大丈夫だよ。医師からも痛み止めをもらってるし……こうしてしゃべれてるから、平気さ」


 ユリウスは弱々しい声のなかにも、わたしを安心させようとする優しさをにじませている。その姿に胸が熱くなる。先ほどまで、彼がもう二度と目覚めないかもしれないという恐怖に苛まれていたことを思えば、こうして会話を交わせるのは奇跡に近い。


「……ユリウス、本当に、ありがとう。あなたが守ってくれなかったら、わたし……今ごろどうなっていたか……」

「いや、俺のほうこそ、ありがとう。フェリシアが最後まで呼びかけてくれたから……ここまで戻ってこられたんだ。あのまま眠り込んでいたら、正直……危なかったかもしれない」


 ユリウスはふっと笑うけれど、その頬のこわばりにまだ痛みや疲労が残っているのが伝わってくる。彼を苦しめる原因を考えると、結局はわたし自身の行動が招いた結果だと思わずにはいられない。コーデリアを追い詰めるために証拠を公にし、あの夜会で断罪を決行し……そして彼が刺されてしまった。


「わたしのせいよね。コーデリアを追いつめようとした結果、あなたまで犠牲にしてしまった。わかっていたのに、どうしても止められなかった……」


 そうつぶやくと、ユリウスはわずかに首を振る。そこには確固たる意志がにじんでいた。


「フェリシア……君は自分を責めすぎだよ。俺が守りたかっただけなんだ。君が生きていてくれるなら、俺が少し傷つくくらい、たいしたことない」

「たいしたことなんかあるわ。こんなに深く刺されて、意識が戻らないなんて、一歩間違えば……」

「後悔はしてない。……あのときフェリシアを見捨てる選択肢なんて、俺にはなかったから」


 ユリウスの弱々しいながらもはっきりとした言葉に、わたしの目頭がまた熱くなる。どうしてこの人はいつも、こうして身を挺して守ってくれるのだろう。わたしは公爵令嬢だからといって、ずっと彼に甘えてばかりだったのかもしれない。


「……あなたって、本当に昔から何も変わらないわね。わたしが素直じゃなくても、あなたはいつだって助けてくれた。わかっていたのに、わたしは王太子の婚約者という立場にこだわって……」

「君には、君の背負うべき責任があった。それは仕方ないさ。俺は、そのうしろ姿を見ているだけでよかった。……それでも、今回のことは、どうしても守りたかった。君を失うところだったなんて、想像するだけでも……」


 彼が言葉を詰まらせる。きっと今も痛みがあるのだろう。わたしはすぐさま、「もう、あまり話さないほうが……」と言いかけたが、彼の瞳が「これだけは言いたい」という意志を宿しているのを感じ取った。


「だから……フェリシアは気にしなくていいんだ。君が無事で本当によかった。それだけで、俺は生きた甲斐がある……」

「ユリウス……」


 どうしようもなく胸が締めつけられる。わたしはそっとユリウスの手を取り、その指先の温もりを確かめる。少し前まで冷たかった手が、今は柔らかいぬくもりを返してくれることが嬉しくて仕方ない。


「わたし、あなたに何も返せていないの。本当は、あなたにたくさんの感謝を伝えたいし、もう二度と離れたくないと思っているのに……。あなたのほうが、傷つくばかりで……」

「そんなことない。フェリシアがいてくれるだけで十分だ。あと……そうだな、もし君が、俺のそばにいてくれるなら……もう、それだけで十分かもしれない」


 ユリウスは照れ笑いを浮かべるが、その笑顔からはどこか不安定さも感じられる。もともとわたしは王太子の婚約者だった。立場の違いを踏まえれば、わたしたちが一緒にいることに障害がないとは言えないのだ。


 けれど、この期に及んでわたしは自分の心を押し隠すわけにはいかない。ユリウスに生きていてほしいと願い、実際に彼が生き延びてくれた。その事実が、わたしのなかの迷いを一気に吹き飛ばしたのだ。


「ユリウス……わたし、あなたを守りたいの。今度はわたしが立ち上がって、何があっても支える側になりたい。もしあなたが拒まないなら……これからは、一緒に歩んでほしい」


 鼓動が早鐘のように鳴る。あまりにも真っ直ぐな言葉を吐き出してしまい、わたしは少し恥ずかしくなって唇を引き結ぶ。しかし、ユリウスの頬はほんのり赤く染まり、瞳には確かな喜びが湛えられていた。


「……フェリシアがそう言ってくれるなら、俺も遠慮しない。俺も……君とずっと一緒にいたい。王太子との婚約を解消した君が、これからどんな扱いを受けるかもわからないけれど……それでも、俺が守り抜く」

「ありがとう。わたしも、家の事情や立場の問題はあるけれど……あなたとなら、乗り越えられるって信じてるの」


 わたしは改めてユリウスの手を握りしめ、目を閉じかける。彼の呼吸音がここまで心を安堵させてくれるなんて、つい最近までは思いもしなかった。


 ふとユリウスが身体を起こそうとして、「痛っ……」と苦しげに顔をゆがめる。咄嗟(とっさ)に、わたしは彼の肩に手を添えて「無理しないで」と制止した。


「今はまだ安静第一よ。あなたには回復してもらわなくちゃ、わたし……心配でたまらないわ」

「ごめん……ちょっと張り切りすぎた。君がそんな風に言うから、早く元気な姿を見せたくて……」

「嬉しいけれど、焦らないで。わたし、あなたが元気になるまでいくらでも待つから。もう、あなたを失う恐怖は味わいたくないのよ」


 言いながら、わたしの胸にまた少しだけ痛みが走る。あの夜会で、あの凶刃が彼を突き刺した光景がフラッシュバックしてしまうのだ。ユリウスはわたしの顔が曇ったのを察したのか、静かに笑みを浮かべた。


「フェリシア……そろそろ、ちゃんと言葉にしようか。俺は……君のことが好きだ。ずっと守りたいと思ってきたし、今は誰よりも大切な人だって胸を張って言える」

「ユリウス……!」

「だから、君も……俺のそばにいてほしい。家柄がどうとか、これからどんな波紋が広がるとか、全部わかったうえで……それでも、君を離したくない」


 それは、わたしたちの関係における決定的な告白だった。わたしは一瞬息が詰まるような感覚を覚える。でも、すぐに熱い思いが込み上げてきて、わたしは微笑む。


「もちろんよ。わたしだって、あなたなしの人生なんてもう考えられない。だからこそ、今度はわたしがあなたを守るし……一緒に、この先を歩むの」

「ありがとう……。まさか、こんな形で想いを確かめ合うことになるなんて、予想もしなかったけど……悪い気はしない」


 ユリウスは照れ隠しに視線をそらすが、その耳たぶが赤く染まっているのをわたしは見逃さない。どんなに堂々としているように見えても、こういうところが昔から変わらなくて愛おしい。


 小さな沈黙が病室を包む。外の光が少しずつ差し込み、朝の訪れを告げている。わたしは改めて彼の表情を見つめ、もう一度ゆっくりと手を握りしめた。


「ユリウス……あなたが目を覚ましてくれたとき、正直、自分の心がぐちゃぐちゃになったの。嬉しいとか、申し訳ないとか、いろんな感情が混ざって……でも今は、この瞬間が何よりも大事だって思ってる」

「俺もだよ。生きていられてよかったって……初めてこんなに強く感じてる。君と一緒に未来を考えられるなら、痛みなんてどうってことない」

「もう……無茶はしないでね。あなたまでいなくなったら……わたし……立ち直れない」

「大丈夫、約束する」


 ユリウスはかすかに笑い、わたしもそれに応えるように微笑む。二人だけの空間が、重苦しいはずの傷病棟の一室とは思えないほど、優しく温かく感じられる。王太子との断罪やコーデリアの陰謀など、あれほど息苦しかった出来事が一瞬、遠くの景色に思えてしまう。


「……ほんと、遠回りだったけれど、こうして素直に想いを伝えられるのは嬉しいわ」

「俺もさ。フェリシアが王太子と婚約していた頃は、正直……見守るしかできなかったからね」

「ごめんなさい……ずいぶん長く待たせちゃった」

「待ってなんかいないよ。俺はただ、君を支えたかっただけだから」


 ユリウスの言葉に、わたしは胸がぎゅっとなる。どこまでも優しいその姿勢が、かえって切なく愛しくてたまらない。せめてものお返しに、今度はわたしが彼を支え、一緒に未来を築く。その決意が一層強まる。


「じゃあ、これからは互いに助け合いながら、ちゃんと前に進みましょうね。困難なことも多いと思うけれど……あなたとなら、きっと乗り越えられる」

「うん。そうしよう」


 わたしは再び、彼の手をそっとなでる。まだ包帯の隙間から見える体には痛々しい痕が残っているが、この命がつながっている以上、恐れるものはない。わたしも公爵家として、彼との関係をどう守っていくか考えなくてはならないけれど、それはまた別の話だ。今はただ、彼が生きていてくれる事実がなによりの宝物だ。


「ユリウス、ありがとう……。愛しているわ」


 思わず口を突いた言葉に、ユリウスの瞳が大きく見開かれる。けれどすぐに、彼は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべ、頬をかすかに紅潮させる。


「……そんなストレートに言われると、照れるな……。でも、ありがとう。俺も……愛してる」


 どちらも満足に体力があるわけではないのに、胸がいっぱいになって、どうしようもなく嬉しい。わたしはそっと彼の腕に触れ、けれどあまり強く抱きしめたりはできない。痛みがあるからだ。だからこそ、今は手を重ねることだけで十分だと感じている。


「これからも、ずっと一緒にいましょう。わたしたちにはまだ試練が待ち受けているかもしれないけれど……負けないわ」

「うん、負けない。フェリシアと一緒なら、なんだってできる」


 そうして、わたしたちは穏やかな朝の光のなか、お互いを確かめ合うように微笑みを交わす。長い苦難の末にたどり着いた、ほんの短い時間。それでも、この瞬間があるからこそ、未来へ踏み出す勇気が湧くのだと知った。


 騒乱の夜会から始まった事件と断罪の影に、こんな愛し合う心があったなど、誰が想像できただろう。わたしはユリウスの温かい手を握ったまま、そっと目を閉じる。彼がいる。彼が生きている。それだけで胸が震えるほど嬉しい。


 遠回りしてきたわたしたちの道は、まだ始まったばかり。けれど、今度はどんな障害があろうとも、きっと二人で乗り越えられる。朝日の柔らかな光が病室を照らし、わたしたちは二人だけの静かな誓いを胸に抱いた。

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